第21話
第21話
「次はどっちに曲がりますか?」
縦横20メートルは優にありそうな巨大な横通路をゆっくりと直進していく。
所々、分岐で通路が交わるたびに、美愛は神大寺に行き先の指示を仰いだ。
「うーん。じゃあ、右……そして次を左。」
ところが神大寺は、その都度うなるだけで明確な指示は出せていない様子だ。
指示もその場の思いつきの感じがしてきた。
「どうします?一旦停止しますか?」
見かねた美愛が、停止して作戦の練り直しを求めてきた。
「そうですよ、闇雲に進んで行ってもどうにもなりません……いずれ敵に見つかって捕まってしまいますよ。
どうしてか知らないけど、今のところは敵の影も形も見えませんけど、これだけ大きな乗り物であれば、何千、何万もの宇宙人が乗っているに違いありませんから、そんなところに我々4人だけでは、見つかった場合には戦い様もないですよ。」
幸平も美愛に賛成した。
「いや、動き回った方がいい……じっとしている方が、巡回の警備に見つかる可能性がある。
それよりも動いて、常に位置を変えている方が、相手に悟られにくいはずだ。
こんな巨大な円盤に比較すれば、我々は小さなアリンコ程度の存在のはずだ。
向こうの監視機能に引っかからない可能性が高い……とりあえずの目標は中央操作室だ。
この円盤の全ての操作を集中的に実施できるところで、そこを制圧してバリアーの無力化と、その他の強力兵器を破壊したい。
中央と言うからには、円盤の中央部分にあるはずだろ?
その為中心に向かって進もうとしているのだが、直進だと相手に目標が悟られるので、ジグザグに進むように指示をしているだけだよ。」
「うーん、そうですか……でも中央操作室って日本語で、中心的な役割の操作を行う部屋だからそう命名されているだけで、何もその構造物の真ん中に位置している訳ではないですよね。
特に運転操作する場合などは、構造物上部の先端で、大きな窓のある部屋に設置するのが普通ではないのですか?
飛行機や船などでも上方の先端にありますよね?ブリッジなんて呼ばれていますが……。」
幸平が冷静にダメ出しをした。
「そ……、そうか……で……でもそれは地球人的な発想だろう?特に日本人特有の考え方だ。
ここは地球外生命体の宇宙船いわゆる空飛ぶ円盤だから、中央操作室が本当にこの円盤のど真ん中にあってもいい訳だろう?」
神大寺は、それでも自説を曲げようとはしなかった。
「確かにそうですけどね……今のように映像・監視技術が発達した中では、地球の乗り物だって別にいちいち直接外の風景を目視で確認しなくても、モニター映像で運転することは可能になって来ています。
そうであれば、一番重要な中央操作室を、一番安全な構造物の中央に設置する考えもありなわけです。」
「そうだろう?まずは中央部を目指そう。」
神大寺は再び指示を出した。
「それよりも、一旦どこか部屋に入りませんか?
簡単な操作モニターでもあれば、そこで円盤内部状態を検索できるかもしれない。」
幸平が改めて提案をする。
「そうよね、今いる位置も分からない状態より、少し状況把握をして、更に目標の位置も検索できれば早く進めるわ。
当てずっぽうで進んで行って、それこそ敵の監視装置に引っかかったらまずいでしょ。」
美愛が賛同する……そうして、通路に整然と配置されているドアの前に次々とアクセスして行くこととなった。
「開かない、次。」
ドアの前に車体を向けてもドアが開くことはなかった。
「旧式の自動ドアのように、ドアの前のセンサーに重さを感じて開くタイプじゃないのか?
そうだったら、浮いている状態ではドアは開かんだろう。」
神大寺が横から、根本的な問題を定義する。
「いえ、ドアの前を見る限り、そのような重量感知式のセンサーは見当たりません。
それに、無重力の宇宙を飛行する円盤だから、体重感知式センサーは採用されない可能性の方が高いです。
それよりもドアの右側に青く光っている丸い半球があります……そこがセンサーになっていて、触れると開くのでは?」
幸平が後部座席から身を乗り出して指摘する。
「じゃあ、お兄ちゃんを起こしましょう……そして一旦ここから出て、そのセンサーをタッチしましょう。」
「いや、それは危険だ……侵入者防止のために指定されたもの以外がアクセスすると警報が鳴るようになっているかもしれない。
警備が来た時の為に、バリアーは解かない方がいい。
それよりも、操縦用レバーの右側にあるつまみを引っ張って見てくれ。」
神大寺に言われた通りに美愛が引っ張ると、車体前方に人の右手を模ったアームが出てきた。
「サンプル採取用のアームだ……そこにあるセンサーを付けて右手を動かすと、その動きの通りに外にあるアームが動く仕組みだ。」
美愛は右手にひじから先を全てカバーする、無数のケーブルが繋がっているセンサーを装着した。
「駄目です……やはり認証システムなのですかね。」
アームの金属骨組みだけの右手で青く光る半球をタッチするが、ドアが開くことはなかった。
「一寸ノックしてみますか?」
美愛がアームが自由に操作できることに調子に乗って、ドアを少し叩いてみた。
すると、ドアは軽く向こう側へ押すことが出来た。
「えっ?鍵が掛かっていないのじゃあ……?」
美愛はそのまま車体を前進させる。
幸いにもドアは4メートルほどの高さで幅も3メートルを優に超えており、車体のまま突入できた。
ドアはゆっくりと押されて行き、車体前部が中へ入るとともに、内部に照明が照らされた。
部屋の中は二十畳ほどの四角いスペースで仕切られ、奥へと続く通路があった。
部屋の中央部分には巨大なテーブルが設置されていて、部屋の入口の大きさと伴って、地球外生命体の巨大さを示唆していた。
「じゃあ、お兄ちゃんを起こします。」
「まずは、酸素マスクをしてくれ……空気中の酸素濃度が分るまでは外さないように。
夢幻君にもマスクを付けてから、起こすようにしてくれ……いいね。」
部屋に入って数分が経過し、住民が出てこないことを確認したのち、美愛が車体後部へと向かおうとしたが、神大寺に酸素マスク装着を指示された。
神大寺がドアの引手脇からボンベとマスクを取出し、装着しながら美愛たちにも同様にするよう指示を出す。
そうなのだ、ここは地球上とはいえ、異星人の円盤の中なのだ。
生存できる環境が異なっていれば、酸素などない可能性もあるのだ。
「お兄ちゃん、起きて。」
カプセルを開き、酸素マスクを夢幻の口に当ててから体をゆすって起こす。
「う、うーん……どうだ?終わったか?」
夢幻がカプセルの中でベルトを装着したまま両手を伸ばし、大きく伸びをした。
「まだまだよ……とりあえず、今は安全。」
「そ、そうか。」
「酸素濃度、20.7%。有毒ガス及び放射能反応なし……よーし、美愛君たち、マスクは外しても大丈夫だ。」
暫くすると、前方から神大寺の声が響いてきた。
「こっちへ来てみてください。」
既に車体を下りて部屋の奥へ向かった幸平が神大寺を呼び寄せる。
そこは8畳間ほどの広さで、その中央部分には2メートルをゆうに超える巨大なカプセルが設置されている。
「どうやら、これが宇宙人たちのベッドなのでしょう……ここは、居留区のようですね。」
幸平の言葉に神大寺も頷いた。
「お兄ちゃんも降りて見る?寝てばっかりじゃ、つまらないでしょ?」
美愛が夢幻を部屋の調査に誘う。
「いや、いいよ……俺はここで待機しているよ。
あとどれくらいで終わるとか……全く当てがないとかなんて、知らない方がいいしね。
下手に状況を聞いて、これからどうなるだろうかなんて不安な気持ちになったら、肝心な時に寝られなくなってしまうかもしれないから……。」
夢幻は両肩をホールドしていたベルトを外し、とりあえず上半身を起こした。
「じゃあ、あたしだけ行ってくるね。」
兄のいう事は、なんとなくわからないでもないのだが……まったく状況を知らない方が、心配の種が多いのではないかと、ちょっと首をかしげながらも、美愛は兄を置いて車体の外へと出た。
円盤内の空気は地球と同様で特に臭いもなかった。
奥の部屋を見ていた幸平たちは既に戻っていて、部屋の中央にある大きなテーブルに注目していた。
幸平がテーブルの上方に手を翳すと、目の前に大きな画像が浮かび上がった。
何もない空間がスクリーンのように画像を映し出す。
「へえ、こりゃすごいや……3Dホログラムですね。このテーブルが情報端末にもなっているのでしょう。」
幸平はすぐに屈み込んで、テーブルの側板を外して内部基板にテスターの針を当て始めた。
「えーっ?電位差が0.1Vもない……というか、こんなテスターでは反応しない位の微弱電流なのか……もしかすると、光コンピューターなのかな?」
幸平は様々な部位にテスターの針を当てていたが、やがてあきらめた様に立ち上がって、スクリーンの画面を操作し始めた。
幸平がその画像に触れるたびに、次々と画像が切り替わって行く。
幾何学的な記号のような文字の羅列で、幸平には表示されている内容が全く理解できずにいた。
「これが宇宙人の言語ですかね……言語学の権威とかも連れてくればよかったですよね。
タブレットを繋げてデータを収集したいところだけど、電位差がほとんどなくて無理やりタブレットを繋げても、データのやり取りも出来そうもありません。
光通信の可能性も考えてピックアップアダプター繋げてみましたが、日本製のものでは反応せず、制御機構は全く分かりません。
とりあえず、これで操作することを覚えたほうが早そうだけど、必要な情報に辿りつくまで、何時間かかることやら……。」
幸平がそう言いながらタッチを続けるが、一面の幾何学文字の羅列は配列が切り替わっていくだけで、内容が判ることはなかった。




