第20話
第20話
「おー、大した成果だ……我々の作戦は間違っていなかったと、完全に証明されたな……。
さて順序は逆になってしまったが、後はJチームにお任せしよう。
やり直しなど効かない重要な作戦だから、少しでも成功確率の高いものは率先して挑戦しないとね。
とりあえず我々は一旦引き返して、新しい能力に関して研究を開始するよ。
でも、命の危機に切迫して発揮される力じゃ、確認方法に手間取りそうだがね。」
サイキックAがそう言い残して、3人は来た時同様に空を駆けるようにして去って行った。
「では、準備を急ぎましょう……我々の目標ポイントまで、後10分ほどです。」
テレビ画面で見るまでもなく、輸送機の窓からでも遠くに円盤が確認されるまでに迫ってきていた。
美愛たちは作戦室後方のドアを開けて、格納庫ともいえる飛行機の胴体の骨組みが丸見えの部屋へと入って来ると、そこには既に夢幻の姿があり、ドア側に固定されたテーブルに用意された大きなステーキを頬張っていた。
「お兄ちゃん、また食べているの?……本当に緊張感のない。
あたしなんて緊張のあまり昨晩はよく眠れなかったし、今日はずっと食べ物がのどを通らないっていうのに。」
美愛は呆れたような顔をして、能天気な夢幻を眺めていた。
「ああ、旅客機と違ってこんな大きな輸送機の中に十数人しかいないから、気を使って簡易ベッドをしつらえてくれたのはいいけど、壁が薄いっていうかエンジン音がやかましいし、結構揺れるものだから僕も寝不足だよ。」
幸平も美愛に続いて眠そうに眼をこすって見せた。
「あなたの場合は、寝不足の原因は別にあるでしょ?」
美愛がそう言った幸平を睨みつけながら、ほほを膨らませた。
「いやあ、美愛ちゃんと一緒の部屋で寝るなんて事、この先の一生にあるかどうかだから、このチャンスを逃してはいけないと思って……。」
幸平は、豪快に笑って見せた。
よく見ると、その左ほほには人の手の形の大きな赤い痣が付いているように見える。
幸平は痛そうに、その痣をさすりながら続けた。
「でも……何もベッドに縛り付けることはなかったんじゃないかな……。
最初はそう言ったプレイだと思って喜んでいたのだけど、そのまま朝まで放置なんて……ぐすん。」
幸平は悲しそうに涙ぐんで見せた。
「当たり前でしょう?只でさえ緊張して寝つきにくいのに、襲われる危険を感じていたら、おちおち寝入ることも出来なかったわよ。
夜半にあなたをベッドに縛り付けて、ようやく人心地ついたんだから。」
美愛はふくれた顔のまま、そっぽを向いた。
「いいなあ、随分と楽しそうで……将来は社長夫人だなあ、美愛。」
二人のやり取りを見ながら、幸平はうらやましそうに微笑む。
その間も、彼の食事の手は止まることはなかった。
「いやあ、そ……、そうかなあ。」
夢幻の言葉に、幸平は恥ずかしそうに後頭部を掻きながら顔を赤らめる。
「何を言っているのよ……それに、どうしてあなたが恥ずかしがるのよ、馬鹿じゃないの?
大体、こんな人とずっと一緒にさせられて、楽しいものですか……お兄ちゃんもこの人に注意してよ。
本当にいやらしいんだから……。」
美愛は幸平を指さして強い口調で文句を言うが、夢幻は只にこやかに笑って答えるだけであった。
「それにしても、まだ食べるの?いくらなんでも食べすぎなんじゃ。」
美愛は、自分が格納庫へ来てからも止まることのない夢幻の食欲に対して、半ばあきれ気味であった。
「お前たちはちょっとでも眠れたからいいよ……俺なんて、寝て体が浮いて天井を押し上げると飛行に差し支える可能性があるからって、寝かせてもらえなかったんだぞ。
一晩中見張りの隊員が付いて、ちょっとでもウトウトとしようものならすぐに揺り起こされたよ。
腹がふくれると眠くなるから食事も我慢してコーヒーをがぶ飲みして……胃が痛くなってきた……。
今になってようやく眠れるのだから、いっぱい食べておくんだ。文句ある?」
夢幻はスープ皿のスープをスプーンですくい、左手に持ったパンを口に運びながら、美愛たちを睨みつけた。
「そうだけど……それにしても、作戦会議にも出席しないで食べているだけなんて……お兄ちゃんは訓練のときだって、いっつもその内容説明を聞こうともしていないけど、あとで困っても知らないわよ。」
美愛は、作戦のキーパーソンである夢幻が、未だにその作戦自体に興味を持っていないことに不満を持っていた。
「困るも困らないも、俺はその作戦中ただ寝ているだけじゃないか……作戦を知って何かをしようと目を覚ましては、いけないのだろう?そうであれば、下手に内容は知らない方がいい。
知ってしまうと、お前たちのように興奮して眠れなくなるかも知れないしな。
どうせ俺なんか、ひとたび眠れば簡単には目覚めることが無いように、強烈な暗示を施されている身だ……危険に遭遇しても逃げることも出来やしない。
だったら、そんな危険に関する情報など知らない方がよっぽどいいのさ。」
「そ……、そうだったの……。」
夢幻なりに作戦遂行の為、どんな場面でも眠ることが出来るよう考えているのだ。
夢幻も美愛もどうしてお互いが、このような危険な作戦に参加する気になったのか、計りかねていた。
しかし、そのことを相手に尋ねるという事は、自分が嫌々参加することを表しているようで、気を遣わせてしまう恐れがある為、躊躇わせていた。
その為、いかにもやる気がある様に振る舞おうと、二人とも必死で取り繕っていた。
「さあ、食べたら寝る前に歯を磨いてからトイレだ。」
ようやく人心地着いた夢幻は、作戦室横の洗面所へと歩いて行った。
「夢幻君じゃないけど、我々も食べておいた方がいい……この作戦にどれだけの時間がかかるか判らないのだからね。
緊急用の食料は積んではいるけど、食べる暇があるかどうかも分からないから、今少しでも食べておきなさい。」
神大寺に促されて、美愛も幸平もテーブルに盛られた食事に手を付けた。
幸平は野菜サラダとパンを野菜ジュースで何とか流し込み、美愛はバナナを一本無理やり口にほおばったが、どうしても飲み込めなかった。
夢幻が戻ってきて、車体後方のカプセルにベルトを装着して収まり、後は夢幻の寝入るのを待つだけとなった。
美愛たちは念のために夢幻の体から回されたプローブを腰に巻きつけた。
さすがに昨晩から眠るのを制限されていただけに、この緊張する場面でもすぐに寝息を立てだした。
それは、軽く固定されただけの車体がギシギシと音を立てて浮き始めたことで、簡単に認識できた。
「では、格納庫オープン……そして、車体の固定器具を外します。」
放送と共に、格納庫前方の床がゆっくりと下に降りて行き、スロープのようになって外が丸見えになった。
輸送機の後部の下側ハッチが開いた格好だ。
ガシャンと言う音と共に、彼らを乗せた車体がゆっくりと浮かび上がる。
美愛はすぐにレバーを押して、夢幻の体を収納したカプセルを立てて前方に向けた。
タイヤのない車体はそれに従い、少し浮いたままゆっくりと前進を開始した。
上空は凄まじい強風が吹き荒れているようで、格納庫中の保護ネットなども風にあおられて勢いよくたなびいている。
しかし、美愛たちを乗せた車体は何の影響も受けていないように、まっすぐに進んでやがて輸送機から表に出た。
それを確認した輸送機は一気に上昇してから反転した。
円盤へ必要以上近づかずに避難した格好だ。
「よーし、ではこちらも反転だ……但し、こちらは目標巨大円盤だがね。」
美愛の隣の席に座っている神大寺が、美愛に方向転回を命じる。
それに頷いて、美愛は器用にレバーを操作して車体を円盤に向けて方向を修正すると、車体はゆっくりと巨大な目標に向かって進んで行く。
と同時に、バリアーの外側で待機していた戦闘機たちが攻撃を開始し始めた。
美愛たちの車体が近づくのを、判りにくくするための陽動作戦と考えられる。
彼らは、全く手ごたえのない銃撃を巨大円盤周囲各所でただ繰り返していった。
「いいぞ、もう少しでバリアーに到達する。」
神大寺の言葉通り、車体の前方が青白い半透明の光に包まれたかと思うと、彼らを乗せた車体自体を包み込んでいく。
その瞬間はショックも何も感じなかったが、少し推進力が弱まったような微妙な感覚が操縦桿を握る美愛には手ごたえとしてあった。
それでも前方へ進んで行くと、やがて視界が開け、目の前に巨大な円盤の表面の金属のごつごつした模様が広がって見えた。
「やりました、作戦成功です。」
美愛が喜んで、すぐ横の神大寺の顔を見た。
「巨大円盤のバリアー内への潜入成功……引き続き作戦を遂行してくれ。」
神大寺は、冷静に身に付けているインカムのマイクに向かって指示を出した。
「了解、バリアー内の編隊、攻撃を開始します。」
すぐに無線で返答が返ってきた。
「バリアー内での攻撃って?」
美愛が不思議そうに神大寺に問いかけた。
「ああ、夢幻君のパワーを使って、敵のバリアー内への潜入には成功した。
しかし、それでも円盤内部には簡単には入ることは出来ない。
なにせ夢幻君のバリアーは敵のバリアーを通過することは出来ても、円盤の外壁を通過することは出来ないのだからね。
本来なら我々がバリアーを通過してから総攻撃を開始して、敵が反撃を開始した隙をついて戦闘機がバリアーの内側へ侵入。
そうして内側からの攻撃を開始と言う算段だったのだが、順序が逆になって待っていたようだ。
我々は次の段階へ進むため、円盤上部のあの位置に待機していよう。」
神大寺は美愛に行き先を指示をする。
美愛がその方向に車体の向きを変更すると、そこは円盤上部にある大きな四角形の平面のすぐ脇の場所であった。
彼らの目の前の広い空間は、サッカーグランドかヘリポートを想像させた。
車体が位置につくと、すぐに編隊を組んだ戦闘機からの攻撃が開始された。
円盤とバリアーとの間隔は百メートル程度であろう。
その狭い空間をバリアーにも円盤本体にも接触せずに、先ほどから飛び続けていたのだ。
遠くから見れば、平滑に見える円盤表面にも、アンテナと思しき長い金属棒や、角ばった突起上の建造物など、近くで見ると凹凸は激しい。
その表面の突起物を避けながら高速で飛行するというのは、それだけでも相当高い飛行技術であり、更に直下の円盤に向けて攻撃をするのだ。
まさに一歩間違えば、自分に爆風が返ってくるような、命がけの作戦だ。
それでも彼らの攻撃は功を奏したようで、巨大円盤の各所が破壊されて外壁が吹き飛ばされ、あるところでは装甲の形状が変形し始めた。
やがて美愛たちの目の前の平面がパックリと口を開け、そこから小さな円盤が飛び出してきた。
ここは巨大円盤が飛来して来て、小型円盤を発射した時の発射口の目の前であったのだ。
バリアー内の戦闘機の攻撃に業を煮やして、円盤で仕留めようとするのであろう。
「よし、いいぞ……作戦通りだ。急いで今円盤が出てきたところへ潜り込むようにしてくれ。」
神大寺の指示通り、美愛が車体をコントロールして、先ほど開いた空間へと入って行く。
そこは、どこまでも続くような底が見えない空間であった。
やがて円盤を放出し終えたのか、上部のシャッターが音もなく閉じる。
それと同時に、壁のあちらこちらに照明の丸い明かりが確認できた。
四角く切り出されたような、格納庫へと通じる発射口と考えられる空間がどこまでも深く続いて行く。
「我々はうまく潜入できたようですけど、協力して攻撃をしていたバリアー内部の編隊は大丈夫なのですか?
円盤の攻撃で、撃ち落とされてしまうのでは……?」
美愛はほっと胸をなでおろしたところだったが、幸平が不満そうに神大寺に向かって問いかける。
「大丈夫だろう……彼らは戦闘機乗りのプロ中のプロだ。そう簡単にはやられはしない。
それに小型円盤とはいえ厚さが数十メートルもある。
バリアーの中の狭い空間で、我々の戦闘機のように自由には飛べんさ。
やがて、バリアーを解いて総攻撃をかけようとするだろう……そうなればこっちのものだ。
こちらも艦船を含めて総攻撃を開始する。
我々は、この円盤が持つ強力な武器……バリアーを含めてだが……それらを内部から破壊して使えないようにしてしまうのが潜入の目的だ。
そこに横方向への通路のように見える穴がある……そこへ入ってみよう。」
小型円盤の発射口をゆっくりと下っていたが、神大寺の指示に従って目の前の壁面に大きく開いた通路のような空間へと入って行くことになった。




