第18話
第18話
「そうです……あまり考えたくはないのですが、そのような可能性も否定はできません。」
「えー、いやだなあ……他の星へ連れて行かれて労働力として使われるっていうのは、奴隷って事でしょ?
それは嫌だけど、食べられてしまうなんて考えられないわ。」
「奴隷として使う場合は、ある程度文明が発達している社会の方が良いわけです。
少しの教育で仕事を覚えますからね……その為、こちらの考え方の方が主流ではあります。」
「ふーん……それで、相手を焦らすっていうのは、どういった事をするのですか?」
「太陽系外どころか火星にだって有人で行くことも出来ないほどの文明ではありますが、我々だって意志があり知恵がある生物です。
その知恵を結集して、奴らに一泡吹かせてやろうという計画でした。
そうして相手が攻撃を仕掛ける瞬間は、当然バリアーは停止するでしょうから、その瞬間を狙って相手の円盤への突入部隊を繰り出す作戦でした。」
研究員は作戦指示書であろうか、分厚い書類の束をかかえながら説明を続けている。
「突入部隊?」
美愛が甲高い声を発する。
「そうです。当初は数百人規模の人間を、バリアーが切れた瞬間に空挺部隊で運んで円盤上部にパラシュート降下させるつもりでした。
各国軍の精鋭たち……、特別に訓練された部隊が対応します。
攻撃を受けるおとりとなる超能力者部隊や突入部隊含めて、特攻ともいえる命がけの作戦です。
彼らは円盤内部に侵入できれば、バリアー機能の無効化や内部破壊を試みます。
それが出来なくても、バリアーの内側で円盤表面への破壊工作を予定していました。」
淡々と研究員の説明は続いて行く。
「予定していましたという事は、現時点では作戦が変わったという事ですか?」
なんとはなく予感がするのか、幸平が椅子から立ち上がり気味になって尋ねる。
「そうです、理由は夢幻君の登場です。
彼は眠っている間に体が浮遊しますが、それだけではなく彼とその繋がれたものに対しても、外部からの攻撃に対する保護機能いわゆるバリアーですね……が働きます。
そのバリアーの特性が、今回の円盤のものと同様であることが判りました。この映像をご覧ください。」
研究員が指示したのは、先ほどの超能力者軍団が円盤への攻撃を実施して、全ての攻撃が吸収された様に消えた映像と、次の映像は先日夢幻たちが高空まで飛行した際に、超能力者集団に攻撃を仕掛けられた映像であった。
「この2つの映像を比べて見ると判りやすいのですが、超能力者からの攻撃をどちらのバリアーも弾き飛ばすのではなく、吸収するかのように消し去っています。
その性質は、雷撃や炎に加えて光の攻撃に対しても同様の効果があるようです。
これにより、安全にバリアーを通過して円盤に近づくことが出来ると考えられるようになりました。」
研究員は自慢げに胸を張る。
『安全にバリアーを通過して円盤に近づく?』
この言葉に、モニターを見ていた3人ともが反応した。
「そうです……この映像もご覧ください。
母船ともいえる巨大円盤から小さな円盤が飛び出して各国へと飛来し、人々を誘拐した訳ですが、小さな円盤が大きな円盤から離れる瞬間……この場面です。」
研究者は、巨大な円盤から小さな円盤が飛び立つ姿を映した映像を表示した。
そうして、小さな円盤が飛び出す瞬間をスロー再生しクローズアップする。
すると、一瞬小さな円盤自体を青白い半透明な光の球体が包み込み、それが進むにつれてシャボン玉のように消え、次の瞬間何事もなかったかのように小さな円盤は飛び去って行った。
「この青白い光自体が、円盤同士のバリアーが接触した瞬間だと推定しています。
つまり巨大円盤の周囲にバリアーがあっても、同様のバリアーを持った小型円盤は、問題なく通過できるという事です。
同性質のバリアー同士が融合しあって、その空間を物質が通り抜けることが可能という訳です。
この理論を組み立てて、既に各国宛に新作戦計画を国名は明かしていませんが、我々主導で行うと伝えてあります……あとは、この推定が確かであろうという事と、後30分ほどで我々が円盤近くまで達するであろうことを連絡するだけです。」
研究員からの、長い説明は終わった。
「地球外生命体の脅威が予想されてからは、各国共にその対応策を検討して発表するという繰り返しだった。
想定される武力と防御力に対して、地球上の科学力でどう対応していくのかがテーマだった……これは30年以上前から続いていることのようだ。
その都度、技術力の進歩で地球側の戦力想定も向上するが、想像上の相手の技術も向上するので、いつまでたっても追いつけない先の見えない研究だったがね。」
神大寺が付け加える。
「そんなことを、何十年も前から続けていたのですか?」
「そうだ……そのうちにA国が超能力者集団による攻撃を発案して来たので、どうやらA国では超能力の開発に成功したのであろうことは、薄々感づいていたのだがね。」
「ようやく最近になって、わが日本からも採用されるような提案ができる様になってきました。
勿論、夢幻君が見つかったからです。
私も沢山の作戦を提案させていただきました……そのうちの一つが今回の作戦です。」
白衣の研究員が自信たっぷりに言い放つ。
「要は、お兄ちゃんの飛行機能とバリアー機能を使って、あの円盤の中へと潜入を試みる訳ね。」
美愛が納得の声を発する。
「そうです……当初の作戦は特攻ともいえる肉弾戦でしたが、安全に実行出来る可能性がかなり高確率で想定されております。
但し、潜入作戦は大変危険な任務であることに変わりはありません。
ここには既に作戦の趣旨を伝えた隊員もいますから、美愛さんたちへ作戦の強制は致しません。
各人の自由意思にお任せします。」
研究員は真剣な眼差しで、美愛と幸平の顔を交互に見つめた。
「そうは言っても、お兄ちゃんは作戦が嫌でも抜けることは出来ないわけじゃない。
この作戦のいわばキーマンだものね……そうであればあたしは行くわ。
お兄ちゃんだけ一人で行かせられないもの……。」
美愛は覚悟を決めた様に、真剣な面持ちで答えた。
「やれやれ、近頃の女の子は勇敢だねえ……仕方がない……僕も怖いけど、参加するよ。
美愛ちゃんだけを、そんな危険な所に行かせるわけには行かない……僕が守るよ。」
幸平は大きな声でそう言い放ち、いきなり美愛に抱き付こうと立ち上がったが、美愛の冷たい視線に弾かれて、すごすごと席へと戻った。
それを見ていた神大寺は、思わず苦笑意を浮かべ俯く。
「なんで、あなたが行くのよ……あたしはお兄ちゃんが安心して眠れるように付き添いで必要だけど、あなたは不要でしょ……誰か他の人を希望します。」
美愛は、冷たく幸平の参加を拒否した。
「へっへーんだ、僕だってコンピューター担当で必要なんですー……相手のネットワークへ侵入して、内部から武器やバリアーの操作を行う必要性があるわけですよね?神大寺さん。
それに、僕だって夢幻の事を放っておけないしね。」
幸平は立ち上がり、神大寺の方に向いて同意を求める。
「ま……まあ……そうではある。
幸平君のコンピューター知識は、作戦を遂行する上で必要な能力だ……あくまでも本人が望む場合に限られるが、作戦に参加してもらえるのはありがたいことだ。」
神大寺はすこし、困ったような口調で答えた。
「は……、はい、参加させていただきます。」
幸平は勝ち誇ったように、胸を張って美愛の顔を見下ろすと、対する美愛は、思いっきり舌を出して、あっかんベーをして見せた。
「もちろん夢幻君には詳しく事情を説明して、この作戦に参加する意思を確認してあります。
彼の場合は実験段階から全て眠っているので、事情を理解するのは大変だったでしょうが、それでも快諾してくれました……地球人類の存亡にかかわることならば、自分の命を懸けるかいがあるってね。」
最後に研究員が付け加えた。
「ここで、止めることは別に恥ずかしい事ではない。
未知なる脅威との戦いに命を懸けるのだから、怖いのは人間として当たり前の感情だ……だから誰もそのことを非難したりはしない。それでも行くかい?」
神大寺は、最終確認とも取れる言い回しで尋ねた。
『はい。』
2人とも元気に声をそろえて答えた。それを見た神大寺は、してやったりとほくそ笑んだ。
-------------1日前
円盤がニューヨーク上空に飛来した時間は日本では深夜時間帯であり、翌日の早朝からテレビのニュース番組などで、有史以来の地球外生命体の飛来に関してのニュースで沸き立っていた。
その時点では既にアメリカやヨーロッパ大陸に向けて小型円盤が発射された後で、各地での誘拐報道も一緒に発信されていた。
その報道を受けてエヌジェイは、登校前の夢幻たちに連絡して迎えの車を送っていた。
地球外生命体からの誘拐報道を受けて、逃げる場所も想像できずに多くの人々は公共の避難所に避難をはじめていた。
勿論、学校も早々と休校を宣言し自宅待機を告げたが、自宅で少数で待機するより、大勢いる中で安心感を得ようとする人々が多い様子だ。
宇宙人からの攻撃により電力やガスなどのインフラが停止する恐れもあり、公の指定避難所で過ごそうとする向きが多いのだろう。
そのような日本中が騒然とする中を、黒塗りのセダンで自衛隊基地まで到着した時には、既に神大寺たちは準備を終えて輸送ヘリを待たせていた。
ここから自衛隊の輸送ヘリで近くの航空自衛隊基地へと向かい、そこからジェット戦闘機でアメリカまで向かうこととなった。
空中給油も交えノンストップで東海岸まで到達し、そこで待っていた自衛隊輸送機に乗り換え、大西洋上の巨大円盤を目指していた。
「おはようございます。緊急事態という事で、朝からお迎えが来たのですけど、どういった用件ですか?」
高校の制服姿の幸平が、出迎えてくれた神大寺に尋ねる。
高校の休校が報じられる前に既に身支度を整え登校しようとしていて、そのままエヌジェイからの迎えの車に乗り込んだようである。
夢幻と美愛は高校へ向かっている途中に行き先が変更になった様子で、神大寺から手荷物としてお気に入りのパジャマと枕を紙袋に入れたものを受け取っていた。
「事情は、輸送機の中で話す。まずは乗り込んでくれ……あまり時間的な余裕はないんだ。」
神大寺は輸送機の脇に横付けしたセダンから降りて来た美愛たちを、タラップへと誘導した。
美愛たちは怪訝そうな顔をしながらも、その指示に従った。
その数時間前、巨大円盤がニューヨークに出現した時点で、神大寺は上官から呼び出しを受けていた。
「お呼びでしょうか、高円寺さんぼ……。」
「肩書で呼ぶのは止めてくれんか……公的なオフィスビルだが、ここは一般人も利用可能な展望レストランで、君はあくまでも私的に私に会いに来ているだけだ……何せ君の所属は国家機密だからね……誰か近くで聞き耳を立てているとまずいから、家族として接してくれ。」
深夜の展望レストランの窓から東京の夜景を眺めながら、初老の男は振り向きもせずに苦言を呈する。
霞が関のオフィスビル最上階に位置する展望レストランの窓際の席へと駆け付けた神大寺は、すでにワイングラスを片手に席へ着いている相手に呼び掛けようとしたが、すぐに制されてしまった……。
どうやら、身内同士……という事をほのめかせているのだろう。
「は……、はい……失礼いたしました……お義父さん。
神大寺2佐……いえ……息子の剛三……お呼び立てにあずかり、只今参りました。」
神大寺は両足をぴったりと踵から揃えて、直立不動の体勢を取り右手で大きく敬礼した。
いつもは娘婿に対して寛大でやさしい父親であるのだが、この時は違った。
有史以来初の異常事態に対して、対応に苦慮しているのであろう。
「見たまえ、この街を……人類が営々と築き上げてきた都市文化の象徴である、摩天楼ともいえる壮大な景色だ。
ニューヨークでの出来事を知ってか知らずか、車のヘッドライトや街頭に建物の照明など、その一つ一つが生き物のように瞬いている。
その様な世界が、異星からの訪問者によって根底から破壊されようとしておる……危機的な状況だ。」
高円寺は尚も神大寺の方には振り向かずに、窓の外の景色を眺めている。
高層ビル群を縫うように走る高架道路には、途切れることもないヘッドライトの列が数珠のように連なっていた。
「は……はい。多くの科学者たちが預言……と言いますか予想していた通り、異星人が来訪いたしました。
しかも想定よりも、かなり深刻な状況ではあります。」
神大寺は、直立不動の姿勢を崩さずに答えた。
「いつまでも、そんな恰好でかしこまっていないで、君も席に着きなさい。
いよいよ、かねてからの計画通り地球防衛のための作戦が始まるのだが、君のところに居る超能力者、なんていったか……寝ている時に体が宙に浮く能力者だが、彼のバリアー機能が効果的らしいじゃないか。」
「雫志多夢幻君ですね……彼の超能力は睡眠時の浮遊ですが、実際にかなりな重さのものまで一緒に浮かび上がらせることが出来るので、認識できる超常能力として強力なものです。
超能力発揮時の脳機能の解析を含め、身体機能の解析を進めて、超常能力を引き出すための方法を分析していたところでしたが、いかんせん間に合わずに本日の異星人襲来を迎えてしまいました。」
神大寺はようやく直立不動の体勢を崩して義父の前のテーブル席へ着くが、依然として高円寺は神大寺の方を見ようともしていない。




