第17話
第17話
それから本当の危機が訪れるまで、意外と時間はかからなかった。
ある朝の未明、突然ニューヨークの街を覆い尽くすかのような巨大な空飛ぶ円盤が出現し、そこから東へと進み大西洋の真ん中上空で静止した。
各国空軍がスクランブル発信して無線や拡声器で呼びかけるが応答はなく、やがて数機の小型円盤が発射されて4方へ散って行った。
その小型円盤は、アメリカやヨーロッパの主要都市へと飛来し、その都市の住民たちを連れ去って行った。
円盤の底が開き、そこから青白い光の束が下りてきて、その光の束に包まれた人々や動物たちが次々と円盤へと吸い上げられて行ったのだ。
特にスポーツ競技場や野外音楽堂などの人々が密集している場所を狙われた。
円盤ごとに数百人規模の人々が連れ去らわれていく。
地球外生命体による、地球生物の収穫が開始されたのだ。
各国では外出をしないで自宅で待機し、効率よく誘拐が出来る集団での行動は避けるように通達された。
無人のビル街を警察や軍隊の武装した車両が回り、四六時中住民たちに呼びかけている。
国によっては人類文明の終わりだとして自暴自棄になり、百貨店などに強奪しになだれ込む暴徒たちで溢れ返り、 特に避難するための食料などを買い漁るというよりも、強奪目的の人々で町は大混乱に陥った。
余りにも多い一般市民たちの暴挙に、警察も軍隊も対処に苦慮していたのだが、屋外に集団で行動している人々の群れを感知した円盤が飛来し、暴徒たちを根こそぎ連れ去ってからは、集団での暴動は自然と解消した。
人々は避難するべき場所もなく、ただじっと自宅へ閉じこもってテレビやラジオでの報道を注視するほか、方法はなくなって行った。
しかし、自宅の壁などが円盤からの光線による誘拐を防御してくれると考えている住民は、一人もいない。
誰もが屋外での誘拐が困難になれば、次は建物を破壊して中にいる人々を誘拐し始めるであろうと、想定していた。
最後の希望は、地球が現有している武力による反撃だけであった。
ついに、同胞ともいえる地球人同士の殺し合いではなく、地球侵略と言う地球外の敵との交戦に武力が使われるのである。
誰もが、その瞬間を待ちわびていた。幸いにも、相手は地球の施設の破壊を実施しようとはしていない。
そうしなくても屋外での誘拐が容易であるという事もあるのだが、広範囲に影響を及ぼすような破壊兵器は使用されないのではないかとの希望があった。
何よりも人類含めて地球生命体の誘拐が目的であれば、大量殺戮兵器などの使用はないかもしれないとの淡い期待が持っていた。
さらに巨大な円盤の飛来とはいえ、地球規模で考えれば、たった1機だけの円盤は小さな存在であり、現有兵器の集中攻撃を仕掛ければ、完全な破壊までには至らなくても、相手にダメージを負わせる可能性は十分にあると誰もが考えていた。
円盤飛来後は、どの放送局も地球外生命体の飛来に関する特集のみを放送して、彼らの目的と武器や防御力などの技術力の差の分析など、持てるだけの情報力を駆使して推測しようとしていた。
各地で人々を誘拐した円盤を追跡してきた各国の空軍は、最終通告を加えた後に小型円盤を収納した巨大円盤に向けて攻撃を開始した。
しかしミサイルなどの攻撃は、全て円盤の外壁に達するはるか前に、見えない壁に当たるような形で、全て爆発した。
更に、その爆風は弾かれてしまい、巨大円盤にかすり傷一つ負わせることは出来ない状況だ。
機関砲などの攻撃を加えても同様で、円盤に当たるはるか手前で、全ての銃弾が弾き返され、強力なバリアーが円盤を包み込んでいることが容易に想像できた。
攻撃は全て円盤の手前で弾かれてしまうので、各戦闘機共に跳弾の影響を考慮しながら攻撃を仕掛けて行かなければならず、苦慮していた。
海軍による攻撃を加えるために軍艦も招集されているのだが、いかんせん到着までに時間がかかることと、戦闘機によるミサイル攻撃に動じない防御力から、物理攻撃は絶望視され始めた。
「おーい……俺たちにミサイルの破片や銃弾が当たらないよう、攻撃の手を緩めてくれ。」
スクランブル中の戦闘機のパイロットに対して、全チャンネルを使って無線連絡が入ってきた。
パイロットが見回すと、信じられないことに3人の人影が浮かんでいて、上空を駆けるように近寄ってくる。
誰もが我が目を疑った。
「我々は、とある国の特殊部隊……いわゆる超能力部隊だ。
私のコードネームはサイキックA……連れの2名はサイキックBとサイキックCだ。
いちいち酸素ボンベのマウスピースを咥えなくても済むように改善要求をしたら、このようなフルフェイスの酸素マスクになってしまった。
無線機能も付いているから便利ではあるが、これでは顔が見えないから、放送されても俺だと気付かれないなあ。」
彼らは巨大円盤と戦闘機の中間地点に立ち止まると、円盤を背に説明を始めた。
ゴーグルと酸素マスクが一体となった、スキューバーダイビング用のフルフェイスマスクに軍服姿の彼らは、一見して日本の特撮ものの戦隊ヒーローのようにも感じられた。
誰もが世界を救うヒーローの登場を想像したが、これが現実であることへの認識は、突然出現した巨大円盤を考え合わせても難しい状況だ。
丁度その時、A国政府から各国政府首脳宛に、超能力部隊による未確認飛行物体への攻撃作戦の内容が通達されてきたようだ。
各パイロットには、サイキックAからのメッセージと共に、自国の管制室からの指示が回ってきた。
それは各戦闘機部隊は超能力部隊の背後からフォローに回り、彼らの攻撃により円盤のバリアーにほころびが見え始めたら、その場所に向けて一斉攻撃を加える事。
そうできなくても円盤から攻撃を開始しようとする瞬間は、バリアーが解除されるはずなので、その時を待ち一斉攻撃を加えるという内容であった。
「じゃあ、行くぞ。晴れの舞台だ。」
サイキックAは、サイキックB,C兄妹に攻撃開始の合図をした。
彼らは、そのまま走る様に円盤まで近づき、両手を振り上げたかと思うと、一斉に強く引き下ろした。
その瞬間、円盤に向けて稲妻のような雷撃や、紅蓮の炎が発射された。
圧巻なのはサイキックAの光の球の攻撃で、数メートルもある巨大な光の玉がいくつも、円盤目がけて飛んでいく。
しかし、それらの攻撃のどれもが円盤どころか、その手前のバリアーにすらダメージを及ぼすことはなかった。
彼らの超能力攻撃は、ミサイルや銃弾などの物理攻撃とは異なり、バリアーで弾かれることはなかったが、バリアーは彼らの攻撃を無効化するかのように、何の反動も起こさずに雷撃や炎はそのまま消えた。
バリアーの膜に、それらが吸収でもされているかのように。
丁度その頃、輸送機の中
「この映像を見てください、A国の超能力部隊が、円盤に向けた一斉攻撃を始めました。
電気系、炎系、光系の超能力攻撃のどれか一つでも、相手のバリアーに効果があるのではないかとの予想でしたが、どの攻撃も効果は見いだせていません。」
白衣姿の研究員が、ライブ映像をモニタースクリーンに映し出しながら説明している。
モニターの前の席には、雫志多美愛と春巻幸平に加えて、神大寺剛三の姿があった。
彼らは巨大円盤飛来の情報を入手して、すぐにアメリカ本土までやって来て、その後自衛隊輸送機に乗り換えたのだ。
基地への移動も輸送機での飛行も、全てあらかじめ準備していたごとく、スムーズに最小限の時間で実施された。
「あの時のA国の超能力部隊だわ……そうよ、地球侵略の敵に対して攻撃を仕掛けるために存在していたのでしょう?
それなのに、あの時はあたしたちに向かって攻撃してきて……あたしたちが武装していないからって、なんて卑怯な奴ら……。」
美愛は超能力部隊の攻撃映像を見て、あの時の恐怖が蘇ってきたようだ。
「いえ、あの時に説明した通り、彼らの攻撃が夢幻君のバリアーで防がれることは、充分に承知した上での行動です。
攻撃の威力も今のものとは比べ物にならないくらい、弱いものでしたし……それに、そのおかげで夢幻君のバリアーと円盤のバリアーの性質が比較できました。」
「バリアーの性質?」
研究員の説明に神大寺が身を乗り出した。
「そうです、円盤を完璧に防御している保護膜ともいえるバリアーです。
現代科学では作り出すどころか、その構造を想定する事さえ難しい未知の空想上のものですが、地球外生命体が宇宙空間を飛来してくる飛行物体には、そう言った防御機能が備わっているであろうことは推定していました。
超空間を移動して時空を超越することも想定されていますが、通常空間でも光速に近いスピードで飛行するはずです。
そうなると、浮遊する異物は大きな障害となるのです。
大きなものはレーダーであらかじめ感知しておいて、方向転換で避けることも可能ですが、小さなものは認識も出来ず衝突し、円盤の外壁にダメージを与えます。
その衝撃は、相対飛行速度が増せば増すほど増加しますので、バリアーが必須となる訳です。
ミサイルや銃弾や爆撃など、物理的な攻撃が一切通じない相手との戦闘、その戦闘を想定して作られたのが超能力部隊です。
各国独自で国家機密として極秘裏に研究されていましたが、有事の際には地球の防衛のために国境を越えて協力し合うという事が、国際会議で約束されていました。」
「しかし、その頼みの綱ともいえる超能力部隊の攻撃も、相手のバリアーには全く歯がたたんではないか。
もっと希望がある作戦だったような気がしていたが……。」
神大寺が疑問を投げかける。
「そうですね……これほどまでとは予想していませんでしたが、超能力攻撃が効果を与えないことも想定はされていました。
その確認の為に、夢幻君の保護機能に対して、彼らは超能力攻撃を仕掛けて見たのでしょうが……。」
「そうよ、あいつらの攻撃なんて、何の影響もなかったわよ。
手加減したなんて言っているとしたら、それはあいつらの強がりよ。」
美愛は、まだあの時の事を根に持っている様子だ。
「それまでのメインの作戦は、超能力部隊の攻撃のフォローで物理攻撃を仕掛けるというものでした。
その為に、高度な飛行技術や精密爆撃をすることが出来る精鋭たちが選出されました。
世界中の国の軍隊から選りすぐった航空エリートたちの部隊です。
一点集中ともいえる攻撃をしつこく与えて、バリアーに少しでもダメージを与える……実際のダメージがなくても、相手に危機感を持たせるだけでもいい……相手が焦れてこちら側に攻撃を仕掛ける瞬間を待ちます。」
「焦れる?」
「そうです。物理攻撃を全て弾いてしまうバリアーに守られて、余裕でこちらを観察している相手を、少しでも焦らせようと考えた作戦です。」
「そうよね、向こうはどうしてこちらを攻撃してこないのかしら……あんなすごいバリアーを持って防御力抜群なら、攻撃力もすごいはずでしょ?どうして今は、こちら側の攻撃を受けているだけなのか不思議だわ。」
言われて美愛が、首をかしげた。
「それは、奴らが我々の事を高等生物として認識していないからと想定しています。
我々も家畜を飼って食料としますが、その家畜が多少逆らったからと言って、本気で怒ったりはしないでしょう?
余裕を持ってやらせておいて、収穫の時期になったら収穫します。
先に処分していたらその分収量が減りますよね……その様な考え方ではないかと……。」
「我々は家畜?」
「奴らにとっては、その様なものではないかという事です。
地球外生命体が地球に来訪した時に、相手の目的はどうあれ戦闘機がスクランブル発進し、地球外生命体とコンタクトを取ろうとすれば、ある程度の文明の発達を認められて、知的生命体として認識してもらえる……以降は外交や通商などの文化的交流が望めるのではないかと言う学者たちが大半でした。」
「そうよね……相手が知的生命体で文明を持っていれば、何も言わずに強奪や誘拐ではなく、まずは平和的な接触があってもいいはずよね。」
「そのような意見が大半でした……しかし、文明が発達した社会を征服して搾取するという意見も、少なくなかったのです。
その様に圧倒的な技術力の差で征服されようとした場合も想定して、様々な対策が検討されてきた訳です。
それが今、私たちが参加している作戦なのですが、今回の場合は想定よりも悪い事態……有無を言わさずの強奪・誘拐です。
さすがにここまでの意見は、これまでにはなかったようです。」
「つまり、こんな形の戦いは想定していなかったという事?」
「そうです……侵略戦争という事になれば、地球上のあらゆる場所が戦場となり、大規模な被害や犠牲者が多数発生することを予想していました。
ところが今回、物質的被害は少なくて、人類や生物たちの誘拐だけが行われています。
現状考えられる想定は、人類を誘拐して他星へ連れて行って労働力として使うという意見が有力です。
それと、もう一つ……。」
「もう一つ?」
「そうです。先ほど言った家畜と言う事に関係しますが、我々人類も家畜を使って農耕など行いますが、家畜を育てて肉を摂取しています……現在はそれが主な目的です。」
「つ……つまり、我々は宇宙人の餌になってしまうってこと?」
幸平がつい思いついたことを、口にしてしまった。




