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第16話

第16話

「今日は変な事はないでしょうね。」

 翌日の晩にも飛行実験は行われることとなった。

 但し、今回は2名の隊員の代わりに神大寺が参加するようだ。


「昨日のA国の超能力者たちか?若い隊員ではとっさの事態では経験不足で対処が困難という事で、今回から私が参加することにした。

 昨日のように一方的にやられるようなことは無いようにするから、済まないが実験に協力してくれ。


 もう少し実地試験をしなければならない項目があるのだ。」

 神大寺は不機嫌そうな美愛をなだめて、何とか協力してもらえるよう説得を始めた。


 夜の都会の空高くへ、繋いだプローブだけを頼りに4人は音もなく上昇していく。

 昨日同様、地上からその姿が確認できなくなってから、ライトを点灯させた。


「一寸悪いが、協力してくれんか。」

 神大寺に言われて、美愛と幸平が寝ている夢幻の体を、様々な方向へと向ける。


 夢幻の体はもちろん浮いている状態であり、腰に巻き付けたプローブが絡まら無いようにさえ気づかえば、上下左右どころか斜め方向でさえも、向きを変えるのは容易い事であった。

 頭と足に同時に反対方向の力を加えれば、体の中心を支点に、コマのように回り続けるのではないかと思える程である。


「ようし、ここらでいいだろう……夢幻君の体を仰向けに直してくれ。」

 手に持ったスマホの画面を眺めていた神大寺が、美愛たちに指示を出した。


「何を見ていたのですか?」


「これか……実はスマホのGPS機能を見ていた。

 丁度今、東京湾の沖合に達したところだ……ここで、これを落下させる。」


 神大寺は背負っていた大きなリュックサックを外して、手前側に持ち替えた。そうして、両手を放す。

 しかし、リュックは足元に転がるだけで、落ちていくことはなかった。


「バリアー機能で守られているから、この中から落ちていくことはないはずじゃないですか?」

 幸平が大きなリュックを見つめながら問いかける。


「どうやら、その様だな……つまり、夢幻君と一緒に一度浮いてしまえば、後はプローブを外しても一緒にバリアー機能の中に留まるという事のようだ……まあ、安心感が高まったという訳だ。」

 神大寺の顔は、ほっとしたような、結果に不満の様な複雑な表情である。


「それはそうと、そのリュックはなんの実験ですか?」


「ああ、これか?リュックから何本もロープが出ているだろう?

 このロープは我々が腰に付けているプローブと同じ方法で結合されている。


 上空から自然落下させて、ある一定の加速度になった時に、想定通りプローブが切断されるかどうかを、数種類の接合強度から最適値を割り出す為と、パラシュートが自動的に開くかどうかの実験を兼ねているのだよ。」

 神大寺はこともなげに答える。


「えーっ?今、あたしたちを繋いでいるプローブって、既に試験済みと思っていたけど、落下時に切断されるかも、パラシュートが開くかも確認しないまま、与えられていたってこと?実際に機能しなかったらどうするつもりよ。」

 美愛が神大寺の言葉に、強く反応する。


「い、いやあ……風洞実験室や加速器での試験など全てクリアーしているよ。

 今回のは実際に上空に上がった時の性能を確かめる、いわゆる最終試験的なものだ……あくまでも確認のためだよ。


 大体、この機能が働かなかった場合、一緒にいる私も一蓮托生なのだから、堪忍してくれ。」

 神大寺が必死で興奮している美愛をなだめる。

 しかし実験は想定外の事態で失敗であり、この日はそのまま帰還した。


「プローブの切断とパラシュート動作、確認しました……現在着水地点に向かっています。」


「了解。こちらでも、パラシュート動作は確認できた。

 後はプローブの接合強度の比較だけだな。」

 神大寺が無線で地上と通信している。翌日の夜の飛行実験で、落下実験を再度実施したのだ。


 一旦バリアーの中に入ってしまうと、バリアーが切れない限り、どんな物も外へ出せなくなることが判り、一旦夢幻を寝かせてバリアー機能を発揮させてから、夢幻たちの上方に投げ上げる事により、一緒に上空まで実験用のリュックを運び上げたのである。


 そうして上空に達してから、バリアー内部からリュックの下側を突っついて移動させ、端から突き落としたのだ。

 夢幻のバリアーは膜のように多少の伸縮があるので、出来る事であった。


 この日も何事もなく実験は終了し、A国含め他国の超能力者に出会ったのは、最初の日だけであった。

 そうして翌週からはまた、屋内での浮遊実験が続けられた。


「睡眠中に、ただ上昇して同じ位置に戻ってくるだけと考えていましたが、どうやらノンレム睡眠時は体の前方側に進み、レム睡眠時に体の後方側に進むということが判ってきました。

 夢幻君の場合は寝返りなども、ほとんど打たない熟睡型の睡眠である為、判明が遅れたものです。


 寝ているときに体が浮くため、体の下側の血流が悪くなるという事もなく、寝返りが不要という事も言えます。

 しかし、まあ、そうであるがゆえに、寝ている間にどこかほかの場所に行くこともなく、ベッドの上に戻ってこられたのだと考えております。


 また、ある程度上空まで行くと浮上するスピードが鈍る件に関してですが、どうやら酸素濃度に関係しているようです。

 酸素濃度計を追加した実験では、酸素濃度が20%を割り込むと上昇スピードが緩むようです。


 夢幻君の保護機能……バリアーと言いましょうか、その中には地上の酸素も一緒に含まれて上昇するのですが、当然同行者含めて呼吸により消費します。

 どうやら空気など無害のものはバリアーを通過して取り込むようですが、上空は酸素濃度が薄いため無意識下で上昇をストップさせるようです。


 その様に酸素濃度が希薄な状態が続くと、彼は寝返りを打ってうつぶせになりノンレム睡眠の状態でも下降し始めます……これらの事を参考に、推進装置を作成してみました。」

 白衣の研究者は、自分の傍らにある装置を指しながら説明をした。


 それは、細長いカプセルのような物が支柱に挟まれているようで、研究者がカプセルの上部を下側に少し押すと、支柱の軸を支点に縦方向にくるくると回転した。

 そうした後に今度はカプセルを水平に保って横方向に押すと、横方向にも回転した。

 よく見ると支柱部分の底が丸い板になっていて、その円を中心に回転をしているようだ。


「これにより、夢幻君が睡眠中は行きたい方向に進むことが出来ます。

 カプセル内は常に一定の気圧と酸素濃度が確保されるよう、ボンベを常備していますので、上空へ行っても変わらずに操作できます。


 しかし、制御が効かずにどこまでも上昇を続ける可能性がある為、操縦には十分な注意が必要です。

 上昇を止めたい場合は、カプセル内の酸素濃度を下げるためポンプを起動します。

 これでも酸素濃度は20%ぎりぎりまでしか下がらないので、夢幻君の体に影響することはありません。


 また、夢幻君の体をカプセル内で、ベルトで半固定するため寝返りは打てません。

 その為、停止させるための低酸素濃度の状態は5分程度が限度です。


 ノンレム睡眠中は行きたい方向に体の前面を向けて、レム睡眠中は体の後面を向ければ進みます……但し、レム睡眠中は覚醒しやすいため、実際に操作できるのはノンレム睡眠中の1時間半が限度と考えた方が良いでしょう。

 長時間継続したい場合は、一旦起こしてから、もう一度眠っていただく方が得策です。」

 研究者が淡々と説明していく。しかし、美愛たちにはその説明の意味が全く呑み込めなかった。


「どういう事ですか?お兄ちゃんを操縦するなんて……睡眠時浮遊症の研究じゃなかったのですか?

 睡眠時の超能力研究をして、まだ、世に知られていない超能力者を発掘しようと考えているのだと思っていました。」

 美愛は不思議そうに神大寺に尋ねる。


「いや、そうなのだが……実際、最初のうちはそのつもりだった。

 しかし、夢幻君の能力が明らかになるにつれて、少し変わってきた。

 いずれわかるよ……今のところは、何も聞かずに協力してくれ。」

 神大寺は神妙な面持ちで答えた。


 美愛としてもそれ以上の詮索はしないことにした。

 何にせよ、兄の病状に関しての調査研究は続けて欲しいのだ。

 協力を拒否するという事は、兄の病状が悪化することを止める手段が不明のまま終わってしまうことを意味しているのだ。


 不本意ではあるが、実験に付き合って研究を続けてもらうしかない。

 当事者の兄は、他人事のように実験内容などに一切関心がなく、この説明にも顔を出さずに別室で待機している。

 美愛は、自分がしっかりと気を配って実験経過を見守って行かなければ、兄の病状の改善は望めないだろうと、気を引き締める思いで実験に望んでいる。


 推進装置は畳2畳ほどの鋼鉄製の板の上に、1メートルほどの長さの支柱が2本立っていて、そこに繭のような細長いカプセルが支柱に挟まれて固定されている形だ。


 まずはカプセルを立てた状態で透明のカバーを開く。

 夢幻がそのカプセルの中に入って、股下と両肩にそれぞれ固定ベルトを装着してから、カバーを閉じて横になると準備完了だ。


 夢幻はすぐに寝入って、美愛たちを乗せた鋼鉄製の板はゆっくりと宙に浮かび上がる。

 前回の飛行実験から、夢幻の体を様々な方向へ向けていたのは、進行方向をコントロールできるかどうかを実験していたのだと、美愛たちもようやく納得した。


 美愛と幸平が協力して、夢幻が入ったカプセルを様々な方向に向けて、上下左右へと進んで行く。

 確かに、直に体の向きを変えるよりはるかに楽で効率も良い方法だ。

 実験はビルの4、5階をぶち抜いて作られた風洞実験室で行われたが、美愛たちはその中を自由に動くことが出来た。


 夢幻の体を包み込んでいるカプセルによって体の向きを変えることにより、彼の体にかかる重力の影響から目が覚めることを心配していたそうだが、カプセルの中の夢幻の体は安定していて、どの方向を向けても無理な姿勢にはなっていない様子であった。これにより、この形態での推進装置が採用されることとなった。


「同乗者は、夢幻君が眠る前に同じ鋼板の上に乗りこむことにより、保護された状態で一緒に行動できますが、念のために今まで同様、夢幻君の体に結びつけたプローブを付けていただきます。

 当然、夢幻君が目を覚まして上空で落下開始した時には、自然とプローブは接続が解除されるように制御します。


 また、現状同様、同乗者全員小さな酸素ボンベとマスクは装備していただきます。

 夢幻君収容のカプセルには酸素ボンベ備え付けで、自動的に酸素濃度調整しますが、皆さんは各自の判断で使用してください。


 目が覚めているのだから、危険と判断したらすぐに使用するように願います。

 また、ある一定の高度でパラシュートは自然に開きますから、異常事態ではなるべく個々の距離を確保してください。


 カプセルは落下と同時に支柱と離れて、カプセル自体からパラシュートが開く安全設計です。

 以上、お願いいたします。」


 後日届いた最新式の推進装置は、レジャービークルを想像するような外観で、運転席にはコックピットを想像するような2本の大きなレバーが備えて付けてあった。


 前部2人で後部に3人掛けのシートが備え付けられていて、後部座席の後ろに夢幻を収容するカプセルが支柱と共に備え付けられていた。

 形はRV車だが当然タイヤはなく、更に屋根もない不思議な形をしていた。


「2本のレバーの内、右側は縦方向、左側は横方向にカプセルが回ります。

 これにより、あらゆる方向に進むことが可能です。


 しかし、面白がってあまり急に回転力を与えないでくださいね……夢幻君の睡眠の妨げにならないよう、慎重な操作をお願いいたします。

 操作は、今まで通り妹の美愛さんにお願いいたします……彼もその方が安心でしょう。」

 いつもの白衣姿の研究員が、最新装置を自慢するかのように、その装置の説明を声高に始めた。


「はーい、質問。私はまだ車の免許を持っていませんが、運転をしてもかまいませんか?」

 美愛がその説明に対して質問を浴びせる。


「この装置は、車ではありません。タイヤも付けておりません。

 更に推進力は、現在科学的に未解明の超能力で賄われています。


 現実の物理力によって動作するものではないのですから、そのようなものの操縦免許など何歳になっても取得できるものではありません。

 その為、自動車運転免許の有無は関係ないと考えております。


 そもそも公道を走るのではなく、空を飛行するのですから、そう言った意味では航空免許ですが、現在の法律で違法との判断はされないものですから安心して運転してください。」


「はーい、じゃあどうして、車の形をしているのですか?」

 美愛は続けて質問をした。


「我々制作者の意志です……我々は影の部隊……いわゆる秘密部隊のため、装備に日の丸など国家を現す識別を付けることは禁じられています。

 その為、暗にこれが日本のものであることを知らしめようと、日本の技術であるという事を一番イメージしやすい形にこだわりました。


 テレビやビデオや携帯電話など意見が出ましたが、最終的に車の形に落ち着いたものです……携帯やテレビに人が入って宙に浮かんでいたらおかしいですからね……。」


『おう、そうか。』

 どこからともなく、納得の声が上がった。

 車体にはアーミーカラーの迷彩が施され、側面には日の丸ではなく国連旗が描かれている。

 ついに夢幻たちの意志には関係なく、人類最大の危機に対する準備は整ったと言える段階に入ったようだ。



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