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第14話

 第14話

 週明けの月曜日から、いつも通り夢幻と2人で仲良く登校だ。

 美愛は嬉しそうに、夢幻の周りをスキップで飛び跳ねながら進んで行く。


「おいおい、そんな歩き方していたらこけるぞ。」

 夢幻は、半ばあきれ気味に美愛を制する。


「だって、うれしいんだもーん、お兄ちゃんと一緒に学校へ行くの。」

 美愛は上機嫌であった。


 昨日の日曜日は夢幻が学校を休んでいた1日半分の授業のノートを、幸平から借りて勉強することに費やしたために、さほど遊んではもらえなかった。

 それでも食事の支度で、夢幻と一緒に台所に立てるだけでも十分にうれしかった。


「お前もいつかはこんな料理を、旦那さんに作ってあげられるようにならなくっちゃな。」

 夢幻は特製の肉じゃがを美愛に手ほどきした。


 勿論、美愛はわざと難しいふりをして、失敗を繰り返した。

 そんな美愛を丁寧に指導するのが、夢幻にとっても喜びなのかもしれない。


 夢幻が登校しても、クラスではそれほど反応はなかった。

 いつも通りの状況に夢幻としても少し面食らったのだが、捏造画像もメールも第3者からのものと分かり、かといって夢幻の投稿画像が真実と判定されたわけでもない。

 そう言った玉虫色の状況なので、クラスメイトも様子を伺っているのであろう。


 こういった状況は、夢幻にとってはありがたかった。

 既にエヌジェイが組織を上げて夢幻の病状に関して調査研究してくれることになっているので、これ以上話題として取り上げられる必要性はない。


 それよりも話題に上がらずにそのまま立ち消えてくれる方が、普通の学生生活を送る上でありがたいのだ。

 夢幻はこのままパジャマの件も含めて、みんなの記憶が薄まって行く事を期待していた。


 その週の土曜日に、夢幻たちは約束通りエヌジェイのオフィスを訪ねた。

 美愛は夢幻が安心して寝入ることが出来るようにとの付き添いだが、春巻幸平の方は少し違っていた。

 2人が睡眠実験に入っている間、一人別の部屋に通されていた。


「春巻幸平君、ハンドル名はウルフ ファング……訳せばオオカミの牙だね。

 前回の訪問時に、うちのネットワークに簡単に侵入したのを見て、調べさせた。


 これは結構有名な国際的ハッカーらしいのだが、うちの情報部の人間もそんな人物が普通の高校生だったって驚いているよ。

 しかも、ソフトの制作会社の社長もしているね。」


 神大寺は幸平を応接のソファに座らせてから質問を開始した。

 彼の隣には前回とは異なり、痩せて背の高い、およそ軍人のイメージとは異なるグレーのスーツ姿の男性が座っている。

 恐らく、情報処理関係の所属なのであろう。


「あっと……、コーヒーでいいかね?」

 神大寺は幸平が渋々頷くのを見ると、コーヒーを3杯事務の女性に頼む。


「ハッカーと言っても違法な事はやっていません……ネットワークセキュリティの研究の為に、色々なOSのファイアーウォールの研究をしているだけです。将来は自分でOSを設計するのが夢です。」

 幸平は、自分の影の部分を指摘されたにも関わらず、平然と答えた。


「まあ、アクセスした先の重要情報を流したり売り飛ばしたりする様な過激な事はしていないようだが、内閣府や警視庁のホームページに侵入して、アクセス記録としてウルフ ファングのロゴをページに書き込むのは、いわゆる器物損壊なのだよ。


 まあでも、別に君のしてきたことを咎めようという訳ではない……実質被害もないわけだしね。

 それよりも、うちは出先機関であるために、職員の認識も甘いせいか簡単にセキュリティを破られてしまった……どうだろう、君に協力してもらって、ここのセキュリティを強化してもらえないだろうか。


 勿論、謝礼はする。あまり高額は望めないが、OSを作りたいのだったら、ここにある様々なOSを組み込んだコンピューターを合間に使っても構わない。」

 意外にも神大寺は、幸平に対して協力を要請してきた。


「へえ、そうですか……様々なOSってどの程度揃っていますか?またその環境は?」


「それは……。」

 神大寺の隣の職員が、色々と聞きなれない言葉を幸平に告げていく。

 幸平はその都度頷いているのだが、神大寺にはその会話の内容が全く理解できていなかった。


 その日から幸平は、非公式ながらオフィス エヌジェイのネットワークセキュリティ担当者となった。

 条件として所内のコンピューターを自由に使うことが出来、予約さえすればネットワーク上のスーパーコンピューターへのアクセス権も与えてくれるというのだ。


 会社の社長もしているとはいえ、コンピューターに少し詳しい程度の普通の庶民に出来る事とかけ離れた待遇は、非常にありがたい事であった。


 1ヶ月ほど経過して、夢幻の症状に関してある程度まとまったと言うので、報告会が開催された。

 これには夢幻と美愛の他に幸平と、夢幻の父も参加した。

 父は普段は口には出さないが、夢幻の状況を一番心配しているといえるのかも知れない。


「では、報告に入ります……雫志多夢幻君。高校3年生。17歳。男性。」

 会議室のスクリーンに夢幻の姿が映され、それを照れくさそうに夢幻は頭を掻きながら見ている。


「症状、睡眠時浮遊症候群……これは、寝ている時に体が浮いてしまう症状ですが、前例がないため、勝手に命名いたしました。

 学術名にするには論文を発表する必要性がありますが、今の所、国家機密の扱いとなっているため、発表は出来ません。」


『おーそうか。』

 夢幻の病状がいつの間にか国家機密となっていたことに、誰とはなく感嘆のため息が漏れる。

 そうして淡々と報告は続いていく。


「睡眠時という事ですが、夢幻君が寝入った瞬間から体が浮き始め、約1時間半後に元の位置に戻ります。

 浮遊時に脳波を計測したところ、α波が大量に出ていることが判り、リラックスした睡眠時に症状が起きていることが判ります。


 また、どうやら浮遊と下降を1時間半ごとに繰り返すことから見て、ノンレム睡眠とレム睡眠と言う睡眠の形態がありますが、そのうちの脳が休んでいると言われるノンレム睡眠時に体が浮いて、レム睡眠へ移行して体が下降してくると考えられます。」


『おうっ!』

 また、どこからともなく感嘆の声が上がる……なにせ、いうなれば人類史上初の病状なのだ。


「体が浮くという事に関しまして、反重力場なども考えられましたが、そういったものではございません。

 なぜかと言いますと……反重力と仮定すると、地球の重力圏から離れた途端に、その物体は遥か彼方へと飛んで行ってしまうからです。


 地球の自転だけでも赤道部分の外周4万キロメートルですが、それを1日で1周していますから、そのスピードは時速1667キロメートルで音速よりも速いのです。


 更に太陽の周りを1年かけて回る公転スピードに加えて、銀河系内での太陽系の公転スピードを考慮すると、各惑星のスピードは秒速240キロメートルと言われています……重力で地球上に引っ張られているから、この場に留まっていられるという訳です。」

 研究者と思しき白衣姿の男性が、分かりやすく説明してくれる。


「では、どうやって体が浮いているのですか?」

 夢幻の父が堪らずに質問をした。


「残念ながら、それはまだ究明できていません。

 彼の場合は重力の影響は受けながらも体が上昇するのですが、真上に上昇して真下に下降してきます。

 風洞実験なども実施しましたが、浮上している彼の体に強風を当ててもその位置が動くことはありませんでした。


 それどころか、彼が身に着けていた熊さんのパジャマや髪の毛が風になびくこともありませんでした……つまり、彼の体の周りには一種のバリアーと言うか、保護機能が働いているものと推測されます。」


「熊さんの……、は余計な情報だよ。」

 映し出された実験映像に、夢幻が不機嫌そうに呟いた。


「でも、お兄ちゃんは、よくベッドから落ちたり、キャンプに行ったときも、朝起きたら高い木の枝に引っかかっていたこともありました。

 それは、浮いている間に動いて位置が変わっているという事ではないのでしょうか?」

 今度は美愛が質問をする。


「それは多分、レム睡眠への移行時に目が覚めてしまったものと推定されます。

 寝ている間は夢幻君の体の周りには保護機能が働きますが、目が覚めるとそれらは全て消えてしまいます。

 その為、下降ではなく自由落下になってしまう訳です。


 風などの影響も受けるし地球の自転の影響も受けます。

 もう一度寝てしまえば、それ以降は保護機能が働きますが、目が覚めたままだと、そのまま地面に叩きつけられることになります。」

 研究者は、なんとも恐ろしい話を平然と表情も変えずに説明する。


『えーっ!』

 この言葉には、一同戦慄を覚えた。


 眠っている時に体が浮いてしまうなんて、ある意味興味をそそる病状でありながら、ちょっと間抜けで利用価値がないような、只のお騒がせ病状であると思っていたのだが、場合によっては地面に叩きつけられてしまうという事は、大怪我したり、悪くすれば、そのまま死んでしまう事も考えられるのだ。


 リラックスしたムードであった報告会が、緊迫した雰囲気に切り替わった。


「さらに、浮いてしまうのは彼の体だけではありません。

 彼のお気に入りの熊さんの枕も一緒に浮遊するのですが、直接肌に触れているものも、彼の能力の影響を受ける模様です。


 ベッドのマットに関しても浮く場合があるのですが、素肌との接触面積が小さいためと、当時の彼の浮遊能力を超える重さの為に、途中で落下してしまう場合が多かったようです。

 マットも彼の能力が向上して行けば、一緒に上昇して行く事が想定されます。


 その為、マットを一緒に浮遊させないために、接触箇所である足に、靴下を履かせておくなどの対処が考えられております。

 実験では観測の為、使用していませんでしたが、彼の体に直接乗っている掛布団などの場合は、一緒に浮かび上がるようです。」


 どおりで、しょっちゅう夢幻の部屋からドタンバタンと、重いものが落下する音がしたものだと、父は納得して頷いた。


「さらに同時浮遊の影響ですが、彼の体に負荷を与え続ければ、一緒に浮遊できる重さが増加……つまり成長することが判りました。

 眠る前に彼の体に括り付けておけばよいのです。


 何も負荷を与えない体一つの場合は、その力が増加して行く事はなかったのですが、浮遊を制御しようと重りを体に括り付けていくと、当初は50キログラムの重りで浮遊を押さえられていたものが、百キロになり2百キロになり、今では1トンもの重さまで一緒に浮かび上がることが出来ます。


 ところが寝てしまって浮かんでから接触するものに関しては、力は及ばないことが考えられます。」

 報告会は淡々と続いて行く。


「すみません……でも、お兄ちゃんはこの間家の天井板にひびを入れてしまいました。

 体が浮いてから接触するものも、一緒に浮かそうとしてしまうのではないのでしょうか?」

 美愛が今回は行儀よく、手を上げて質問をした。


「そうですね、力が及ばないというのは、寝てしまってから接触するものに関しては、保護機能の中に入れないという事と、それ以上の力まで成長して行かないということです。


 睡眠中に体が浮くことを制限するための重りを追加して行って、今では夢幻君は1トンのものまで一緒に浮かび上がらせる力がありますから、このまま負荷を増加させていくと、やがては家ごと空に浮かんでしまう可能性は十分に考えられます。」

 思いもかけない言葉に、美愛も父も顔を見合わせた。



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