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第13話

第13話

「いやあ環境の変化っていうのか……、ここへきてなかなか寝付けなくってなあ。

 お兄ちゃん、もう2日も寝ていないわ。


 催眠術とかリラクゼーションとかやってくれているのだが、一向に効果が出ない。

 でも、ここの食事は良いぞう……家庭料理だが、出しの取り方が抜群だし味付けが最高だ。

 今度兄ちゃんも、あの味付けの仕方を勉強しようかと思っているんだ。」


 やっとの思いで見つけ出した兄なのだが、向こうはその様な苦労を知りもしないで、平然としている。

 美愛たちのやり取りを見ても、さほど驚いた風も見せない。こっちは途中命の危機まで感じていたというのに。

 こぼれ落ちそうになっていた涙が、止まってしまったほどだ。


「このパジャマと枕があればいいんだね……捏造画像の作成で使ったのだが、それほど重要なものだとは考えずに、洗濯してからしまっておいたよ。

 この部屋のセットの一部と考えて、備え付けておけばよかった。」

 気を取り直した神大寺が、熊のプリントが入ったパジャマと枕を抱えて持ってきた。


「こ……、これは……。」

 夢幻がベッドの上に座ったままそれを受け取り、神大寺の顔を見上げた。


「君のお気に入りの寝具だよ。

 それに、今日は妹さんと友人もいるしね……これでぐっすりと寝られるだろう。」

 神大寺が笑みを浮かべる。


「まーた美愛が余計な事を……。

 お兄ちゃんはなあ、そんな噂が世間に広まることを恐れて、このパジャマでなくても寝られるようになりたくて、ここへ来たんだ……なにせ、睡眠の研究だって言っていたから。


 それがどうして地球の危機を救う事に繋がるのかは判らないけど、俺にとってはこのパジャマなしでも寝られるようになれば、いい訳だ。」

 夢幻は少し怒ったように捲し立てる。


「お兄ちゃんは、そんなにパジャマの事を気にしていたの?

 ごめんなさい、あたしったらそうとは知らずに、いつもからかったりなんかして……。」

 美愛は、済まなそうに頭を下げた。


「いや、そんな気にしている訳でもないけど……サイズがあるんだから、このパジャマを着て寝ている同年代の男子高校生は必ずいるはずだ。

 このパジャマを着て寝ることを、恥ずかしがる必要性はないと考えている。


 だがしかし、パジャマは限定品ですでに販売していないしな……。

 家にある2着の内1着は袖が擦り切れてきているし、いい加減このパジャマから卒業しなきゃならなくなってきているのだよ。」


「パジャマは子供用で、大きなサイズもあるけど、ほとんどの人は部屋のデコレーションに使う目的で購入するのよ……実際に着て寝ている男の人は、本当に少ないと思うわ。

 だから、お兄ちゃんも卒業した方が、本当はいいんだろうけど……。」

 美愛は冷ややかな目をして答える。


「パジャマの数なら当面、問題ないよ。

 ここにあるのは私たちのネットワークで探し出した、熊さんのパジャマだから。


 卸の業者を主体で探したのだけど、すぐに手に入れたくて、見つかるたびに発注したから、ここには同じパジャマが10着ある……枕も5つあるよ。

 全部未使用の新品だ……これだけあれば、当面は大丈夫だろう?」

 神大寺が、別の隊員が持ってきた段ボール箱の中身を披露する。


「えっ?じゃあ……。」

 新品のパジャマを手に、夢幻は嬉しそうに神大寺の顔を覗きこんだ。


「ああ、全て君のものだ……実験が終われば持って帰っていい。」

 神大寺はやさしく答える。


「やったー……これで当分は安泰だ……。」

 夢幻は歓喜の叫び声をあげた。


「なによ、もう……気にしていたのは、そっちの方だけ?あたしたちの苦労も知らないで……。」

 今度は美愛がふくれて、そっぽを向いてしまった。


「実験って何をするのですか?」

 状況の変化がないことに焦れたのか、顔面の真っ赤な靴底跡が消えていない幸平が、代わって神大寺に質問をする。


「それはもちろん、夢幻君が睡眠時に発生する空中浮遊についての観察だよ。

 まずはその再現性を確認したのち、解析スケジュールを決めようと思っていたんだ……有識者とも調整しなければならないからね。


 ところが実験の再現どころか、何をしても夢幻君が寝付こうとしなくて弱っていたところだ。

 実をいうと……君たちが来てくれて助かったよ。」

 神大寺が笑顔で胸をなでおろす。


「お兄ちゃんの症状を本格的に検査していただけるのですね……それはありがたい事です。

 でも、どうしてあのような捏造画像を投稿サイトに追加したのですか?


 おかげで、うちの周りは報道陣で大変な状態です。

 お兄ちゃんが帰宅したら、その報道はもっとエスカレートするにきまっています。」

 美愛は兄をうそつき呼ばわりされている現状が、たまらなく不満であった。


「うーん、そうかあ……夢幻君の能力を利用しようとする輩が現れないよう、あれは嘘だといった情報を流したつもりだったが、かえって騒動になっているわけだなあ。」

 想定外の反応に、神大寺も弱ったように腕を組んで考え込む。


「それはそうですよ……空中浮遊なんて信じられない事象が、ましてや本人が寝ている時に起こるなんて、どうせありえないから最初話題になってもすぐに消えてしまったはずですよ……周りからは真実かどうか確かめようがないから。


 ところが、ねつ造という事になれば、それは誰でも簡単に理解できるから、みんなの興味の焦点になってしまう訳ですよ……オオカミ少年としてね……このままでは、当面夢幻は家に帰ることが出来なくなりますよ。」

 幸平の言葉に、神大寺はさらに頭を抱えた。


「それに、お兄ちゃんの能力を利用しようとする輩が現れないようにするって言っていますけど、あなたたちだってお兄ちゃんの能力を調べて何かに利用しようとしているのじゃないのですか?」

 美愛の言葉に、神大寺は苦笑いを返す。


「それはそうなんだが……我々の場合はれっきとした平和利用さ。

 それどころか、人類の救済に関わる問題に対処しようとしている。


 詳細は、この後おいおい説明しよう。

 まずは……準備はいいかな。」

 パジャマに着替え終わった夢幻に向かって、神大寺は問いかけた。


「準備ってわけではないけど、これならいつでも寝られますよ。」

 夢幻はお気に入りの枕と入れ替えて、ベッドに横になった……辺りを静寂が包む。


 とはいえ、たった一人で深夜の部屋で寝ようとしているわけではない。

 昼間のオフィス街のビルの中の1室で、しかも周りにはいかつい体をした数人の男性が夢幻に注目しているのだ。

 普通の人なら寝つけなくて苦しむところであろうと思うのだが、物の数分も経たずに、彼は寝息をたて始めた。


『おおっ!』

 夢幻が寝付いたとたんに、彼の体はゆっくりと宙に浮かび上がり始めた。

 その光景を初めて目にする一同は、小さく歓声を上げた。勿論幸平も含めて。


「とりあえず、実験の初期段階は成功のようだな……君たちは引き続き観察を続けてくれ。

 じゃあ、これから状況を説明しよう。」

 神大寺は数人の男たちに指示をした後、美愛たちを連れて隣の部屋へと入って行く。


 そこはパソコンを置いた机が何台も並べてあるオフィスの様で、そのうちの1台のモニターには先ほどの夢幻の部屋が映されている。

 幸平がこのビルに来て見つけた映像のようだ。


 神大寺は並んだ机の一番奥にある席に着くと、そこにあったリモコンを持ち上げスイッチを押した。

 すると今入って来た入口側の壁にスクリーンが降りて来て、天井に取り付けたプロジェクターの映像がそこに映し出される。


「これは、地球が出来てからの平均気温の推移を表したグラフだ。

 勿論星として完全に形成されて、気候も安定してからのものだから、ほとんど平坦に推移しているが、ある一定の周期で極端に下がっているのが分るだろう……1億4千万年周期だ。


 最近の研究で、これは銀河系内にある太陽系の位置に関係する気候変動だとする考察がなされている。」

 スクリーンには、気温の変化の推移を表す折れ線グラフが表示されている。

 これが地球創生以降の気温変化かと、美愛も幸平も息を飲んで見つめているようだ。


「これが化石などを元にした地球上の生物の推移グラフだ……ある一定の周期で繁栄と絶滅を繰り返している。

 すなわち種が入れ替わっているのだな。

 これは、気温が極端に下がる気候変動……いわゆる氷河期だな……に、生物が耐え切れずに絶滅していくのだと考えられてきた。


 ところが実際に平均気温の推移グラフと重ね合わせて見ると、実は生物の絶滅ともいえる数の減少は、1億4千万年周期よりも数千年前に起こっているのだ……学者たちは隕石の衝突説など唱えていて、実際にその痕跡も確認されてはいるのだが、それでも全ての場合の説明がつくわけではない。」


 モニターには2つのグラフを重ね合わせたものが表示されている。

 確かに表示されている線の山と谷は揃ってはいない。生物の増減の周期はもっと短いようだ。


「公表はされていないのだが、最も有力視されているのが地球外生命体の搾取だ。

 豊かになった地球の動植物を、気候変動による死滅前に収穫に来るというのだな……地球と言う星は、そう言った生命体の牧場ではないかと言う説もあるほどだ。


 その様なことを言われるようになってから、人類は急いで宇宙開発に乗り出し、人工衛星を打ち上げ、更に人工衛星に核弾頭ミサイルやレーザー砲を搭載するなどと言ったことが、まことしやかに囁かれるようになった。


 君たちが生まれる前の事だから知らないだろうが、スターウォーズ計画などと言って、実際に大国が計画したものだ。」

 スクリーンには、人工衛星や弾道ミサイルなどが次々と映し出されていく。


「ところが昨今のコンピューター技術を見ても分かるように、技術の進歩はある時期から加速度的に進むことが判った。

 これでは宇宙を我が物顔に渡り歩いている地球外生命体と技術力では対抗できないだろうと、当たり前の様に気づいたわけだ。


 そこで、そのような物理的な力ではなくて、もっと神秘的な力、そう超能力で対抗しようという計画がなされたのさ……大規模な予算で超能力者を育てようとしている大国もあるほどだ……トップシークレットで表には出さないがね……。


 日本の場合は、なかなか予算が通らなくて、こんなところでOA機器の仲卸会社のふりをしながら、細々と研究を続けていたんだ……やはり国家機密で、秘密組織としてだがね……。」

 モニターにはESPカードを使って透視能力を診断している様子などが映し出されている。


 それにしても地球の危機だというのに、ケチ臭いほどの小さな規模だ。

 先ほどから見ている限り、スタッフも十数名ほどで非常にこじんまりとした組織に見える。


「その、生物の絶滅の時期の周期と言うのは、これから何万年も先の事ですか?どうせ、地球規模だから、相当先の話でしょう?」

 幸平が冷静に質問をする。


「生物の繁栄と絶滅の周期と言うのは、いくつかあって、そのうちの一番近いものは、もうやってきているよ。

 最近の詳細な年代測定によると、今年がその年に当たり、測定誤差を含めてもここ2〜3年の内だろうと予測されている。


 だから、この説を信じている諸外国では、結構真面目に研究がされているよ……日本では、このエヌジェイの施設だけだがね……。

 だが、透視能力など裏返したカードの印を言い当てるなんて能力じゃ、確率を少し上回るかどうかで一喜一憂したり、これが本当に超能力と言えるのかどうか、判断できないような物ばかりだ。


 夢幻君のように、実際に体を浮かせるなんていう特殊能力は、この国の研究では初めてのものだろう。

 非常に貴重なサンプル……ご・・ごほん、貴重な能力だ。」

 神大寺が、慌てて言葉を選んで言い換えた。


「神大寺2佐・・ではなくて所長……夢幻君の浮遊の観察は終わりました。

 ベッドへ無事着床したので、そのタイミングで起こしましたが、寝起きが悪く少しぐずっています。

 1時間半ほどの間浮遊していましたので、睡眠状態によって浮遊するのではないかと推察されますが、詳しくは、今後の検査が必要です。」

 ドアを開けて、大柄の若い黒スーツ姿の男が部屋の中に入って来た。


「そうか、ご苦労。では、夢幻君を約束通り開放しましょう……帰ってもいいです。

 学校もあるだろうから、今後は週末の内のどちらか1日だけでも、研究に協力いただけるとありがたい。

 ネット上には、本来なら全てが終わってから流すつもりだった画像を追加しておくよ。


 それで、うそつき呼ばわりはされないだろう。」

 神大寺は美愛たちを先ほどの夢幻がいる部屋に案内した。

 そこには不機嫌そうな顔をした夢幻が、ベッドの端に腰かけていた。


「せっかく寝られたと思ったら、すぐにたたき起こされたよ……それで、とりあえず用は済んだから帰ってもいいだなんて、ひどいと思わないか?もう少し寝かせてくれよ。」

 夢幻は両手でいとおしそうに枕を抱えながら、半開きの瞼を擦った。


「うーん、2日も寝ていないのだからなあ……どうだろう、今日の所はこのままここで寝てもらって、家に帰るのは明日という事にしてもらいたい。

 明日は日曜だから、学校も大丈夫だろう?」

 夢幻の態度を見かねた神大寺が、やさしく提案をする。


「判りました……お兄ちゃんの居場所も分かったので、両親にはいきさつを報告できます。

 このままでは帰りの電車も厳しいでしょうから、今日の所はここに預けることにします。

 よろしくお願いいたします。」

 美愛は深々と頭を下げながら答えた。


 そうして、夢幻はもう1日エヌジェイに厄介になることとなった。

 帰りの電車の中で幸平がネットの状況を確認すると、動画投稿サイトにお詫びの画像が追加されていた。


 それには顔をそのまま映した中年の男性が熊さんのパジャマ姿で映っていて、空中浮遊の画像を見て自分も方法を思いついて再現してみたとコメントしている。

 更に、メールアドレスの詐称ソフトを使って各テレビ局にメール配信したのだと、お詫びのテロップを流していた。


 これにより、夢幻の投稿画像自体がねつ造であるという主張はなくなったのだが、頻繁に2転3転するような事柄に注目する人は少なくなるだろう。

 案の定帰宅してみると、家の周りの報道陣は影も形もなくなっていた。


 美愛が家へ入るのを見届けてから、幸平も家路へと急いだ。

 夢幻はと言うと、翌日の日曜日の早朝に大量のパジャマと枕を抱えて、エヌジェイの社用車にて家へ帰ってきた。




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