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第11話

 第11話

 その日の夜になっても夢幻が帰宅することはなく、父が捜索願を出そうかとも言い出したが、夢幻が出したとは思えないが、テレビ局へのメールや追加の投稿画像などがあるので、警察も簡単には捜索してくれないだろうと、美愛が引きとめた。


 夢幻が居ないので、その夜は美愛が炊事を担当した。

 心配した父が代わりにやろうと名乗り出たのだが、美愛に断られてしまった。


「俺だって、夢幻が小学校へ入るまでは、母さんに代わって炊事していたもんだ。」

 父は自慢するでもなく、そう言いながら炊事場へと入ってくる。


 でも、美愛は知っていた。父の料理はワンパターンで、しかも味付けが濃いため、夢幻が率先して料理を覚えて父に代わったという事を。

 心配性の父が何とか代わろうとするのだが、美愛の包丁さばきを見てあきらめたのか、テーブルへと戻って行った。


「なんだ、うまいじゃないか……いつも不恰好な包丁さばきで、料理を焦がしたりしていたのにいつの間に……。」

 父はまんざらでもない顔をして笑顔を見せる。娘の成長がうれしいのであろう。


「お兄ちゃんには内緒だからねー……私が料理できることを知ったら、もう一緒に台所に立ってくれなくなるかもしれないから……お兄ちゃんの前では、料理べたなふりをしているだけなんだから……。」

 そのコメントには、さすがの父も苦笑した。


 夢幻の事は心配ではあるが、今の所は探す術もないのだ。

 とりあえず、元気というメールの文字を信じて待つことにした。


 翌日、美愛はたった一人で登校した。

 いつもは兄と腕を組んで浮き浮きで登校するのだが、たった一人での通学路は、こんなにも長い距離であったのかと、手に持つカバンの重みを初めて認識した。


 少しでも手掛かりを得ようと、休憩時間に兄のクラスである3年の教室を覗きに行ってみる。


「やあ、やっぱり僕の事が気になって会いに来てくれたのかい?うれしいなあ。」

 昨日家まで訪ねてきた春巻幸平が、廊下で夢幻のクラスメイトに話しかけていた美愛を見つけて、教室から出てきた。


「そんな訳ないでしょ……お兄ちゃんはやっぱり来ていません?」

 昨日の今日なので、美愛は冷たい視線を幸平に注ぐ。


「あ、ああ、夢幻の事だよねえ。

 夢幻が行方不明という事に関しては、クラスでも話題にはなっているのだが、なにせあのメールと捏造画像が放送されているから、恥ずかしくて出てこられないのだろうという見解が主流で、同情する奴もいるにはいるが、大半はしかとだね……夢幻はクラスではおとなしいほうだからなあ。」


「そうですか、お兄ちゃんの昨日の状況を詳しく聞きたかったのですけど、休み時間に突然職員室へ行って、先生に早退を申し出たってことぐらいしか……。」


「そうなんだよ……僕も午後の2限目が始まるときに先生から聞いたくらいだから。

 他の誰も、夢幻が帰るところを見てはいないのじゃないかな。


 それはそうと、昨日家に帰ってから僕なりに調べたのだけど、気になる情報をキャッチしたから、後で家に行くよ。詳しい話はその時だ。」

 突然失踪した兄に対して、今のところは幸平だけがただ一つの手掛かりと言えるかもしれない。


 授業が終わって帰宅すると、家の周りには依然としてテレビ局などの報道関係者が、詰めかけていた。

 中には帰宅してきた美愛に対してマイクを向けるアナウンサーもいた。


「お兄さんの、加工した映像の投稿についてどう思われますか?

 当初は、あくまでも事実として映像を投稿なされていたわけですよね……、それがあまりにも騒ぎが大きくなりすぎて、慌てて種明かしをした……。


 そうまでして、有名になりたかったのでしょうか?

 お兄さんは、日頃から有名になりたいなど自我が強い方でしたか?」


「お兄ちゃんは投稿画像を加工などしていません!

 後から加えられた画像はお兄ちゃん以外の人の、それこそ捏造です。お兄ちゃんは……。」


「そうは言っても、追加された画像もほとんど同じ人物に見えますよね。

 顔の部分はぼかしを入れられていますし……あの2つの画像の人物が、別の人物だとする証拠はありますか?


 それとテレビ局各社には、実際にお兄さんからお詫びのメールが届いているのですよ……これをどう説明しますか?」


 失踪した兄を慕う妹と言う題目で、この映像は話題になるだろうと、インタビューをしているアナウンサーは、内心ほくそ笑んでいるようだ。

 尚も執拗に質問を繰り返して、妹に話をさせようと、後ろのスタッフも指示を出しているようだ。


「ああっと、HHHテレビさんですね……いつも見ています。只今連載中の探偵ものアニメ……。」

 そこに、突然制服姿の一団が割り込んできた、いつもは影から美愛を見守っている親衛隊の一部だ。


 彼らはマイクを奪い取ると、矢継ぎ早に放送中のアニメなど最近の番組の話を始めた。

 その隙に別の学生が美愛を誘導して、無事家に入ることが出来た。

 美愛をさらし者にしない為の行動であろう。玄関の外では、未だに大声でアニメの批評会が行われているようだ。


“ピンポーン”

 しばらくして、家のチャイムが鳴った。

 美愛は念のためドアホンで玄関の様子を確かめてみると、ドアの前には昨日同様、春巻幸平の姿がある。

 その後ろ側では、未だにマイクを手に学生たちがアニメ談義を続けている様子だ。


「いらっしゃい。」

 美愛はドアを開け、幸平を中へと入れた。


「お邪魔します。」

 幸平は家の中まで響く声で挨拶し、美愛と共に階段を上がって夢幻の部屋に入って行く。


「へえ、制服姿もいいけど、普段着もずいぶんとかわいいね。」

 昨日は制服姿のままであったが、今日は帰宅してから部屋着に着替えたところだったので、Tシャツにジーンズ姿である。


「変な気を起こしたら、容赦なく鉄拳が飛びますからね。」

 美愛は冷たい視線のまま、握り拳を胸元に構えて見せた。

 兄の情報を得られるかもしれない、数少ない協力者なのだ、多少の危険を顧みている余裕はないのだ。


「ひ……、一人でプログラムを組んでいるうちはよかった。

 会社を興した時も社員などはなく、自分で作ったプログラムをネット販売するだけのものだったから。


 それが会社が大きくなって従業員を抱えるようになってみると、従業員たちの生活も支えなければならなくなって、すごいプレッシャーにさいなまれているよ。

 学校では社長の肩書があるから羽目を外すわけにもいかないし、ひと時の安らぎを与えてくれー。」


 幸平はそう言い放つと、性懲りもなく美愛にキスを迫ってくる。

 すかさず美愛は、落ち着いて回転回し蹴りを幸平の鳩尾に決め、幸平は言葉を発することもなく、腹を押さえてその場に崩れ落ちた。


「体の弱いあたしの体力をつけるためと精神修養の両面から、幼い時から空手を習っているのよ。女だからと思って油断してかかると、痛い目みるわよ。」

 美愛は、力強く両手で拳を作って構えて見せた。


「ど……、道理で……。」

 幸平はうずくまったまま、苦しそうに美愛を見上げる。

 その幸平の背中を美愛は右足で踏みつけて床に腹ばいにさせると、今度は前に回り右足の指先で幸平の顎を持ち上げた。


「ふざけている暇はないのよ、お兄ちゃんの行方を探さないと……協力するっていうから家に上げたけど、そんな気がないのだったら、今すぐ叩き出すわよ。

 お兄ちゃんのあなたへの評価は、少しHな所があるだったけど、大きな間違いね。


 親友に対してはお兄ちゃんの観察眼も曇ってしまったのかしら……あなたは、ド変態よ。」

 美愛は厳しい目つきで幸平を睨みつける。美しい顔立ちをしているだけに、その迫力は満点だ。

 更に、美愛にはどうやら“S”的な要素もあるのではないか。


「あらあら、若い人たちは元気でいいわねえ。」

 夢幻の部屋でドタバタと大きな音がするにも関わらず、階下の居間で菓子をつまみながら、テレビドラマにくぎ付けの母は、のんびりと上方を見上げただけで視線をテレビに戻した。


「は……、はい。反省しています。」

 幸平は痛む腹をさすりながら、起き上がって美愛の前で正座して、おもむろにバッグからタブレットパソコンを取り出した。


「これが追加された投稿画像で、投稿サイトのサーバーにアクセスして、投稿元を突き止めた。

 エヌジェイと言う会社だが、表向きはプリンター用紙などのオフィス製品の仲卸の会社のようだ。


 この会社のホームページから侵入してみたのだが、どうも納品先は政府の機関限定で、どうやら公的機関のように感じる。

 公的機関でOA製品の仲卸をする理由は判らないし、何かのダミー会社のような気がするね。」


 幸平はNJと大きく書かれたホームページを、自分が持ってきたタブレット型パソコンで表示して見せた。

 2度も強烈な一撃を食らい反省したのか、どうやら夢幻の話が主体で、美愛に迫ってくる様子は今のところなさそうである。


 そこには各種OA製品の納入元に対して、アクセスの方法が記載されている。

 通常は販売先に対してのアクセス方法が記載されているのであるが、このページはどうやら逆の事を記載しているようだ。


「どうしてこんな会社が、お兄ちゃんに成り代わって、捏造したような映像を投稿したの?」


「全く分からない……大体、OA機器と夢幻とのかかわり合いも想像できない。

 夢幻は事務用品を販売している店で、アルバイトでもしていたか?」


「いえ、お兄ちゃんは家事が忙しくて、バイトなんかしたことがないわ。

 学校のクラブ活動だって、ほとんど参加していないのに。」

 美愛は雫志多家の生活環境を嘆いて見せた。


 兄ががんばっているおかげで、自分は運動部にも参加できているのだ。

 今のところは開店休業状態のバトミントン部ではあるのだが……。


「夢幻が帰宅部なのは本人の好みであって、家事が忙しいからという訳ではないだろう。

 バイトも、あいつの性格からいって、客商売なんかは向きそうもないしね。

 なにせ、おとなしい上におおらかと言うかのんびりしているから。」


 幸平の言葉に、美愛はクスリと笑った。

 おっとりとした性格で、人と争うのを嫌う兄の事を、覇気がないとかやる気が感じられないなどと揶揄されることはあっても、いい風に言われることはほとんどない。


 やはり兄の親友の言葉だと美愛は感じていた。兄が居なくなってから、ようやく見せた微笑みである。


「関わりのないところからの、横槍ともいえる捏造画像の投稿だ、何かの陰謀が隠されている気がする。

 この会社は、会社情報には住所や電話番号などはなく、連絡先のメールアドレスだけがホームページに記載されているだけだ。


 そこで試しに市場価格から30%ほど安い価格でコピー用紙を提供できるとメールしたら、とりあえずサンプル品を要求してきた。

 すぐに注文に入らずに、サンプル品で相手の品質を確認してから商売の話に移ろうとするところを見ても、相当に慎重な会社だ。


 それでも、送付先の住所は手に入れることが出来た……意外と近くで、ここから電車1本で行けるところだ。

 明日は土曜日だから、行って見ないか?」


「で……でも……私たち見たいな学生が行っても、相手にしてくれないのじゃ……。」

 美愛は幸平の提案は判るのだが、実際に相手に話を聞く難しさを想定していた。


「だから、サンプルを持ってきたアルバイトのふりをして、中に入れてもらうのさ。

 僕の会社はコンピューターソフトの制作会社だから無理だけど、親父は小さいながらも商社を経営しているから、親父の名刺と領収書を持っていけば信用してくれるさ。


 実際は工作機械の商社だけど、コピー用紙を持って行っても問題はないだろう。」

 幸平の言葉には自信がみなぎっていた。


「それに、実際にコピー用紙を売る取引にまで、持っていこうと考えている訳じゃない。

 相手のオフィスに入って、ネットワークに少しの時間だけでもアクセスできればいいのさ。


 既に、ホームページからHTTPサーバーへの侵入には成功しているから、現場へ行けばそれほど時間はかからないだろう……うまく行けば捏造画像の生映像や夢幻の情報も手に入るかもしれない。

 まずは情報を引き抜いて、それらを解析してから次に再度接触すればいい。


 そうすれば、危険も少ないだろうし、突然訪ねて行って、夢幻をどこへ連れて行きましたか?なんて聞いても相手にしてくれないだろうし、警察を呼んでも知らんふりをされるのが落ちだ。」

 先程までと違い、意外にしっかりとした幸平の提案に、美愛も納得して頷いた。


「お邪魔しました。」

 幸平は大きな声で挨拶をして帰って行った。


 美愛は、夕食を作っている最中も食べている最中も、入浴中でさえも、明日起こるかもしれない冒険の事で、頭が一杯であった。

 方法は判らないが、相手のオフィスへ入ってネットワークへアクセスすれば、相手の情報が引き出せると幸平は言っていた。


 そんなスパイ映画まがいな事を、やろうというのである。

 そういえば、先ほども動画投稿サイトのサーバーにアクセスして、投稿者の情報を引き出したと言っていた。

 彼は、そのようにネット上で不法アクセスを試みる、いわゆるハッカーと言う輩なのであろうか?


 大きな会社や公的機関のホームページを改ざんしたり、アクセスした人の情報を盗み取るような違法集団なのか?そんな人が自分の兄の一番の友人であるとは、到底信じられなかった。


 とはいえ、今の所兄の情報に辿りつくには、彼に頼るしか方法は見えてこないのである。

 とりあえず、彼を信じて付いて行こう。

 違法行為に手を染めるかどうかは、兄を見つけ出してから考えればいいと、美愛は心に決めた。



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