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第2話 黒の剣王

 アドノスはダイエットに成功した後は、オトマールに頼み剣の師範を雇った。


 最初は戸惑ったオトマールだが、隠居してあちこち旅している祖父が剣の達人である事を思い出して、了承してついでに今のアドノスにあった剣を見繕った。



 旅をしている祖父にも手紙を出しておく。



「貴方。剣なんて危なくないかしら?」


「大丈夫だよイザベラ。ちゃんとした剣の師範を雇うからさ。それにラドフィード家は代々大将軍を輩出した家柄だよ?まあ、僕には剣の才能は無いから文官の方だけどね。もしかしたらアドノスには剣の才能があるかもしれないからさ」


 痩せたオトマールは元々端正な顔立ちをしていた為に、余計にカッコよくなり宮廷でも人気を集めている。


「それならいいのだけど」


「相変わらずイザベラは心配性だね。ちゃんと身元も確かな人だよ。まあ、依頼をしたけど断れなくて驚いたけどね」


「そうなの?」


「ああ、とても気分屋な人だからね。あまり剣士ギルドにも顔を出していないようだね。今回は本当に運が良かったよ。偶々依頼を出した時にふらっとギルドに現れて僕が出した依頼を受けてくれたんだもんな」



 この世界には魔物と言う人類を脅かす存在がいる。


 そんな魔物に対抗できるのは職業(ジョブ)持ちと呼ばれる人々である。


 職業持ちにも色々あり、一つの職業持ちは一職業(シングラー)、二つの職業持ちは二職業(ダブラー)、三つの職業持ちは三職業(トリプラー)と呼ばれている。


 滅多に三職業持ちは居なく、才能ある者でも二職業である。



 そして剣士ギルドはそんな職業持ちが所属する相互扶助組織である。



 他にもギルドはあるが此処では割愛する。




 アドノスはオトマールから優秀な剣の師範を手配したと言われて、来るのは後3日後の予定だと言われた。


 それまでの間に素振りや腕立て伏せ、腹筋と少しでも身体を鍛えた。



 勿論前と変わらず最低20キロは最近は毎日走っている。


 ただ走るのも退屈して最近は重りを担いで走っている。


 身体が軽くなってからは活力が漲って来て、何でもできる気がして来る。


 もちろん学問にも力を入れた。


 ゲームではあまり語られなかったクロッカス王国の歴史や周辺諸国の話を聞け意外と楽しかった。


 主に主人公はクロッカス王国内でしか活動しなかったからな。


 本当に最後の最後に漸くクロッカス王国以外の土地にも少しだけ行った程度である。


 そう言えばやはり主人公は居るのだろうか?


 居るとしたらどっちだ?


 ゲームのプレイ時は男主人公か女主人公か選べたからな。


 まあ、名前と外見に種族は固定だったから会えばわかるだろう。


 種族とはこのパンタシア・クロニクルには人族と呼ばれる見た目が人間と全く同じ種族以外にも居る。


 一応人族の中でも民族で分かれてたりするが、此処は話せば長くなるので割愛する。



 有名な所だと長命であり、魔法の適性が高いエルフや鍛冶の技術はパンタシア一のドワーフに、野生の力を秘めた獣人などが居る。


 人族よりも優れた種族が多いが、それでも人族が繁栄してきた理由の一つには数がある。


 それも圧倒的な数でパンタシア一の人口を誇るからである。


 クロッカス王国は公正な国であり差別を禁止して居る国である。


 他国では人族至上主義であったり奴隷制度を未だに使っている国もある。


 一応クロッカス王国にも奴隷はいるが、どれも犯罪奴隷であり重罪を犯した者に科せられる重い刑である。勿論犯罪奴隷は厳しく管理されているので安全である。




 それから5日後


 予定よりも2日遅れてその人物はやって来た。



 いつもの様に庭で一人素振りをしていると、何者かが庭に侵入して来たことを察知した。


(この気配は見覚えはないな。侵入者か)



「何者だ!此処がラドフィード侯爵家の屋敷と知っての狼藉か!」


 そう言い木剣を気配のする方向に向ける。


 木剣の先には一本の木があり、その影から一人の人物が姿を見せる。



 現れたのは黒髪を首の辺りで乱雑に切った、無気力な黒い瞳を向ける全身黒尽くめの若い女性であった。


 だが、アドノスに油断は無い。


 その女性からは何も感じられ無いのだ。


 こうやって直接目の前にしても見失いそうになるほど、気配がせず。


 察知出来たのは殆ど奇跡に近い。



 若い女性はボソッと一言だけ言った。


「……合格」





 その後はアドノスの声で警備の者がやって来て一悶着あったが、父であるオトマールが騒ぎを聞きつけてやって来て事なきを得た。






 ■


 そして現在は応接室で対面している。


「ミュースさん。来るなら来ると連絡の一つもして下さい。それに予定よりも2日も遅れて来たばかりか不法侵入までして、危うく警備の者が貴女を捕らえようとして返り討ちに遭うところでしたよ」と父のオトマールは目の前の女性ミュースに不満を口にする。


 ミュースは見たところ10代後半に見える若い女性である。


 だが、その無気力そうな瞳とは対照的に一部の隙もなく今も対面の席に座り、茶菓子をポリポリと見た目のクールさと反して可愛らしく食べている。


 後で父に聞くと本当に若くまだ18歳であるそうだ。



 父が一通り不満を言い終えると、漸くミュースは口を開いた。



「……ミュース……これからよろしく……あと追加を頂戴」


 そう言って空になった皿をオトマールに手渡す。


 オトマールは盛大な溜息をした後、メイドに命じて追加の茶菓子を持って来るように指示を出した。


「アドノスです。よろしくお願いします」


 普段はもっと高圧的で尊大な態度のアドノスも、両親の前だと丁寧な口調になる。



「……うん…」


 それっきりミュースは追加の茶菓子が来るまで一言も話さなかった。



 代わりに父がミュースに付いて説明してくれた。


「アドノス。ミュースはああ見えて剣士ギルドのトップの実力を持つ人だよ。何せ黒の剣王と呼ばれている程の腕前だからね。それとまだ会ったことは無いだろうけど、父……アドノスからしたら祖父にあたる人物の元弟子でね。その縁で多分今回は依頼を受けてくれたんだと思うよ。まあ、剣の腕だけは確かだから学ぶと言い」と簡潔に説明してくれた。


 それで漸くアドノスは思い出す。


 ミュースがゲーム時代よりも幾分か若く髪も短かった為に、すぐには気付かなかったのである。


 ゲーム時代は黒髪が確か腰の辺りまであり、今よりも少しだけ身長が高く胸もあったように思える。


 ゲームでは度々ふらっと現れて此方を助けてくれた助っ人キャラである。



 剣の腕前だけは作中トップクラスであり、主人公が剣士を選択した場合に目標にする人物の一人である。



「さて、もうそろそろお昼だ。訓練は昼食を食べてからでもいいかな?」


 ミュースは無言で小さく頷く。



「なら昼食にしようか。イザベラも仕事がひと段落したら食堂に来るように伝えといてくれ」


 普段イザベラは自身の商会の方に顔を出して、其処で書類仕事を行なっている。


 だが今日は偶々屋敷の方で書類をしているので、呼べばすぐに来るだろう。



 普段もこの時間には態々屋敷に戻り昼食を食べている。



 食堂に到着して席に座り暫くすると、イザベラが食堂に姿を見せた。



 最初にアドノスを見て微笑み次に視線を移すと、ミュースの姿を捉えて眉をピクリと動かす。


「お疲れ様イザベラ。紹介するよ今回アドノスに剣を教えてくれるミュース殿だよ。彼女は若くして剣王の称号持ちでもあるよ」


「勿論存じておりますわ。御義父様の御弟子さんでもあったのでしょう。ですが!予定よりも2日も遅かったでは無いですか!何処で何をしていたのですか!」


 イザベラは商会の主人でもあるために、時間には厳しい所がある。


 それに常識的に考えて数時間の遅れならまだしも、2日も遅れてやって来れば怒るのは同然でもある。


 ミュースは簡潔に答えた。


「……迷った」


 それを聞いてオトマールはやっぱりと思い、イザベラは何だが脱力感に苛まれる。



「はぁ、何だが貴女を相手にしてますと、此方が疲れる一方だわ。もう遅れて来た事については不問にしますが、以後は気をつけるようになさって下さい。それとアーちゃんの訓練はちゃんとなさって下さいね」



「アーちゃん?」と言いミュースは小首を傾げる。


「アドノスの事だよ」



「……任せて……剣には自信がある」と力強く返事をしてくれた。



 そして話の終わりを見計らったかの様に(実際には見計らっていた)メイド達が次々と料理を配膳して回る。



 料理に舌鼓を打った後、いよいよ訓練である。



 アドノスは動きやすい運動着に着替えて庭に向かう。


 庭には既にミュースが居て、何処から入って来たのか野良猫と戯れて居た。



 こうして野良猫と戯れている姿を見ると、年相応の可愛らしい少女であるが、その腕前は大陸屈指の実力の持ち主である。


「ミュース」と声を掛けると漸く野良猫と戯れるのをやめて此方に振り返った。



「………さん……」


「ん?何だ?」


「……貴方は…年下……だからさん付けする」


「ならば、俺を倒してからにするんだな」とこの口は勝手に傲慢な事を口走る。


「……わかった」



 そう言ってミュースは木剣を構えた。



 木剣の位置を上段から中段に動かしても、ミュースは微動だにせずに此方をジッと見つめているだけである。


(隙が無いな。流石は最強キャラの一人だ。このままじゃ埒があかない。一か八かの勝負だ!)


 突きの構えをして、足裏に魔力を集めて一気に解放させる。


 爆発的なスピードでミュースに迫るアドノス。



 だが次の瞬間気が付けばアドノスは地面に倒れ伏して居た。


 まさに黒い暴風の様であり、何が起こったのか全ては捉えることは出来なかったが、アドノスの突きを見事に回避したまではわかったが、その後は何が起きたのか全く分からなかった。



「……その歳で魔力をそこまで操作出来るのは……すごい」とミュースは少しだけ驚いてくれた様だ。


「完敗だ。だがいつかは超えてみせる」


 そう言ってアドノスは立ち上がりミュースに一礼した。


「今だけは貴女を師として仰ごう。これからよろしく頼む」


「……うん」



 こうしてアドノスは人生初の師を得る。





 ■■■


 その光景をオトマールは窓から眺めて居た。



「まさか、アドノスにあそこまで剣の才能があるとはな。もしかしたら職業持ちなのかな?ふふふ。これは何かプレゼントを考えないとな。もう少しでアドノスの誕生日だったからね」と上機嫌でこの後の予定を立てて行く。



 別の部屋の窓からはイザベラがその光景を見ていた。


「ああ!大丈夫かしらアーちゃん!」


「奥様。落ち着いて下さい」


 長年イザベラに仕えてきたメイド長が諌める。


「でも!?」


 メイド長は内心で溜息を吐いた。


(はぁ。奥様は相変わらずアドノス様の事となると駄目になるわね。それにしてもあの歳でアドノス様は凄いわね。まるで先代様の様だわ。いえ、先代様の血を引いていらっしゃるもの。当然かしら)



 その後は何とかイザベラを落ち着かせる事に成功する。

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