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都内で小さなカフェを営む山田は度々世話になっている情報屋でもある。
その腕前は確かで、並外れた営業力により信頼を勝ち取り、情報を色濃く得る事が出来る。
山田はグローバル特区で今回の件についての情報を集めていた。
「ここは海外です。歪なビルは耐震構造を無視し生え続ける」湾岸を経て煌びやかに生える街並みを眺め彼と、とある男は語る。
「アーノルド・ヘンリッジという男を知っているか?」
「名前だけはね、消息は不明だとか」
「管理社会が嫌いな男だった。デジタルに精通しながらアナロジーな物を好んでいた。彼はチェスが好きだった、必ず椅子とテーブル、そしてチェス盤とモレッティを用意する。人類はAIに勝つことができなくなってしまったが、彼はそれでも人間同士のゲームが好きだった」
「思想と役割は必ずしも一致させる事が出来ない。彼は自分が許せなくなりシステムに不備を残した…」
「そんなことしない!アイツは…」
「すみません、単なる妄言です」
「いや、こっちこそ…アイツは仕事を楽しんでたよ。彼と現会長"青樹々二郎"は中慎ましくプロジェクトを構築していたんだ」
「企業での三権分立化には問題が山積みだった。アメリカ、日本、そしてAIの主張を汲み、上がった案は従業員の投票によって決まる。非効率的な民主主義の成れの果てだ。理論とは知の組み合わせで成る、ならば人工知能に理論で敵うはずがない。そんな悲観的なビジョンに打ち勝つほどの整合性の取れた説得など出来るか。彼はやった。そう、実にアナロジーな方法でな」
彼の口調、表情などから、アーノルド氏への尊敬が表れていた。古くから彼を知り、共に同じ道を歩んできたのだろう。
「以前拝見した事があります」
百聞など情報に値せず、一見すれば確証となる。
彼のモットーである。
自らの足を使って人との繋がりを重視する情報屋である彼もまた、アナロジーな嗜好を持つ者なのかもしれない。
「アプリケーションとして各自の端末にインストールさせ、各個人の、そして群集のアイデンティティやイデオロギーを汲み取り、形骸化するAIをその手に触れさせた」
「そうだ、群集は自分達に害が無いと判断し、1/3の権利をAIに寄与する事を選んだ」
「第二権力以下の層に位置する社員は、AIは我々の味方であると思う事でしょうね」
「手元にある安心感、透明化の一途を辿るalmaはスーパーグローバル企業としての地位を確立した」
男は煙草を取り出した。
呼吸を整えるように、煙をいっぱいに吸い込み、溜息のように吐き出した。
「華やかさの裏に潜む闇は深くなっていったよ…その根幹とも言えるシステムを組んだのがアーノルド・ヘンリッジだったんだ。そのチームに日本人はいない。彼は彼が決めたチームでこの会社を大いに支えた、それは三権の一角を成すマルコ氏に恩義があったかららしい、詳しくはわからんがね。マルコは問い詰められた、米国に有利なシステムを組んだと、日本人がいないのは何故なんだと。群集を惑わせ、社風は揺らいだ。AIはalmaを中道化するという"まやかし"に負けた。青樹々はハリボテの三権型体制をシンボルにし、会長という不要の椅子を作り上げてしまった」
「その案は通らないのでは?」
「そう、通常なら通らない。ましてや米国が許さない。青樹々はアーノルドを推薦したんだ」
「なるほどね」
「腐敗してしまった、AIは群集の意思を吸い出してくれるものだが、群集を操作してしまっては意味がない。企業はでかくなりすぎて権力争いを始めてしまった。アーノルドは失望した。自分の息子のように向き合っていたAIが利用されたのだ」
海沿いから子供がはしゃぐ声が聞こえる。
発せられる言語は英語だった。
「彼は私に一通の手紙を送っていた。彼らしいな、ほんとに…」
彼の悲壮に胸を打たれた。
それでも彼は進んでいくのだろう、家族の為に、そして自分を守る為に。
自分の道を進み続けるアーノルド氏に羨ましさを感じながら。
「モーリス、君のことは忘れないでおく。よくたすけてもらったからね、それじゃあ」
咥え煙草で海を眺めながら「あぁ」とだけ返事をした、山田の去り際に一言を添えて。
「最後まで自分勝手な奴だったよ」
「でも彼の"自分勝手"は毒にはならないと思います。夢を追う事に夢中だったんでしょう」
「そうだな…俺が知ってるのはこのくらいだ」「今日はありがとうございました。相場と明細は送っておきました、なにかありましたらご連絡を」
彼は2本目のタバコに火をつけて 言った。
「しないよ、なにもありゃしないからね」