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大地を抉り取る程の一太刀が工作員を襲う。直撃は免れたようだが、肩を負傷したようだ。血を流しながらも仲間を回収して退避しようと機会を伺っている。
渾身の振りは分かりやすい合図であった。完璧なタイミングで飛び出し、挟み撃ちにして近距離へ詰め寄る2人。このフォーメーションでの銃撃は流れ弾が味方に当たる可能性がある為、リナリアが上に飛びその内にドンが足元を狙う。言わずとも体が反応し、対応し、呼応する。
しかしながら最初で最後、最大のチャンスをモノにする事は出来なかった。歴戦のプロフェッショナルによる絶妙な奇襲を単純な反射神経のみで受け流してしまうのだ。足を狙う弾丸は虚しく地面を叩き、上空から飛びつく猛獣は反撃を与えられてしまった。
そのまま近接格闘に持ち込むが、解放状態のリナリアとほぼ互角の戦いを繰り広げている。
「居合斬り…か?」
「久々に本気でやれそうだぜ」
一旦距離を取り、もう一丁のPX4を取り出す。リミットパージのギアを1段上げると、獣のように目が発光する。
高速で廃車の山を縫うように移動し撹乱する。飛び込む位置に着き、相手の様子を伺うため頭を出した。物音も極力抑え、アサシンのように隙を伺う。
神器使いが仕込み刀を半分程抜くと、煙のような物に纏われた。適合者が使う氣とはなにやら違う。薄っすらと晴空のような色を付け、目やら口やらが浮かび上がっているのだ。
なんとも気色の悪い能力を解放したものだが、一体なにを見せてくれるのだろうか。2人は身構えた。間髪入れず隠れているリナリアの方向へ刀を振った。嫌な予感がして即座に回避し走り回る。判断は正解だった。潰れた車両は綺麗に真っ二つに切断されている。
「なぜ位置がわかる?あの刀に付いたゴーストの仕業か…掃除機を持ってくるんだった」
位置を捕捉出来る能力、しかしまだ情報が漠然としている。何をもって索敵が可能になるか、その理由を複数並べ選定する。
例えば透視する事が出来るとすれば、常に目で追ってくる筈だ。しかし相手はそうしない。つまり周囲に何かをして探っていると思われる。マーキングはどうだろうか。何か条件を満たす事で追跡することが出来る。リナリアとは接近戦をしたばかりで、条件を満たされてしまった可能性がある。だが、まったく接触していないドンに向けて攻撃した段階でマーキング能力の線は薄れた。するとやはり煙状の霊体を使って居場所を感知している可能性が高い。では何を探っているのか。音であろうか、それとも匂いであろうか。はたまた温度であろうか。
リナリアはタクティカルベストを使って検証してみた。
その場に捨て、自身は離れてみる。
するとベストに向けて斬撃を飛ばしてきたのだ。
「ドン、奴は匂いを感知して居場所を把握してきやがるぜ」
「めんどくせぇなそりゃ…腕飛ばされる前に逃げねぇか?」
「腕だけで済めばラッキーだ。部が悪いぜ、しかも見かけより身体能力も高い」
感知能力自体は驚異的では無いだろう、サーマルゴーグルを持っていれば似たような事が出来る、その手の相手とは何度も戦っているので慣れたものだ。厄介なのは伸びる斬撃との合わせ技であることと、はたしてその芸しか持ち合わせていないのか、それともまだ手札があるのかがわからない点にある。もう少し詳細を探った方が良さそうだ。
「あなた適合者?なかなかのやり手みたいだけど、私には絶対に勝てない」
「一体なにが目的だ⁉︎」
「一応聞いておくわ、スレスのナイフを知らない?」
「知らないね」
「そう…見逃してあげるからもう関わるのはやめなさい」
「見逃してもらえるみたいだぜ?」
「尻尾巻いて逃げるような選択肢は無いだろ、ギアを上げよう」
「オーケー」
隠れても無駄だと言うことも分かり、覚悟を決めた。
リミッターは完全に外され、全開状態のリナリアは、より一層目を輝かせた。
ドンの援護と共に、相手に向かう。
両手から繰り出される弾丸は小銃のように絶え間無く射出され、捌き切れないように上下左右振り幅を大きく狙う。なんとか追い詰めたが、今度は相手が距離を取った。鉤爪の様に伸ばした刃を突き立てて自らを引きこむと、スクラップの向こう側へ姿を隠す。
壁を隔てて遠距離から斬撃を浴びせるつもりだ。なるほど、防壁に守られながら攻撃を放つことができる最高の手である。
その手には乗らないと上着を投げセンサーを撹乱させて、間合いを詰める。
宙に舞った軍用のユニフォームはズタズタに裂かれた。
壁の裏に回り込み銃弾を浴びせるも、また逃してしまう。
「3回斬撃を飛ばすと必ず一回鞘に収める…ありゃリロードしてんのか。見えてきたぜ」
その予想は当たっていた、刀を収め気を込める姿を見たのだ。
「ビンゴだ、隙があるとしたらそこだぜ」
ここからは詰めろの最終局面である。
お互い必要な情報も得た、手札も揃った、布石も撒いた。
神器使いの底知れないポテンシャルが勝るだろうか、それともリバティドギーの経験が成す対応力が功を奏すだろうか。
意識の変更は無意識に外に漏れるものだ。仕草として、表情として。しかし、その些細な変化を汲み取るのも至難の技だ。だが彼女はそれを見逃さない。メンタリストが統計データを駆使して当てはめるようなロジックでは無く、もっと野生的な洞察力で捉える事が出来る。
「やっと気付いたか…大した事ないわね、分かりやすくアクションしてたのに…でもこれはフェイク、本当は氣を送る量で調整出来るのよ、回数ではなくてエネルギー残量として考えるのが正しい、つまり威力や距離を抑えて節約すればそれだけ多く斬れる」
観測ポイントからの道中、リナリアはドンと通信していた。この後のちょっとした打ち合わせのようなものだ。
「合図を決めようぜ」
「ん?なんのだ」
「私が奴の能力を理解した時に仕掛ける、だが奥の手ってやつもある確率が高い。奴が実力者なら尚更だ」
「それで?」
「アイコンタクトなんかできやしない、合図はツインリロードだ、そして久々に全開で行く。そしたら気配を出来るだけ消し、奴が私に"奥の手"を食らわしたその時に撃て」
3発目の斬撃を回避し、2丁拳銃をリロードすると、一気に距離を詰めた。
しかし相手は鞘に収めようとも、氣を込めようともせず、刀を縦振りした。
予想外の4発目が直撃し倒れるリナリア、その影に銃を構えるドン。刀のストロークは峰を向け、殺意を示さない。その刹那、刀身を返し5度目の斬撃を加えようと焦るも、その時すでに口径から火が吹き出ていた。
左腕をかすめ刀を落とし、2発目は恐ろしい程の判断力と瞬発力で平行方向へ飛ぶも足に弾丸を受けた。
「その出血じゃ10分もモタねぇぞ!治療してやるからさっさと投降しろ!」
「冗談じゃないわ…」
警告を無視する神器使いは、落とした刀をゆっくりと拾い状況を即座に確認する。何かがおかしい。違和感の正体はリナリアだ。そこに横たわっていた筈のリナリアが居ない。
「しまった…」
すぐに刀を構えて氣を送る。
ゴーストが出現し、センサーモードに切り替え、索敵したのだろうが時は既に遅かった。
「後ろ⁉︎」
「動くな」
「やっと捕まえたぜ…」
肩から脇腹に裂かれた伸縮性のあるインナーから覗かせるのは、細かく点々と黒光りするフレームだ。リナリアはそれを誇らしげに撫でている。ヒヤヒヤしたぜ、という顔でドンは苦笑しながら動きを止めた神器使いにゆっくりと接近する。
ドンはリナリアの奥の手というやつを半信半疑に思っていたが、やってみるものだ。ドヤ顔を貼り付けた面を見て、道中の打ち合わせでのやり取りを思い返してみた。
「奴が私に"奥の手"を食らわした時に撃て」
「…お前が囮になりたいようなマゾヒストだとは思わなかったぜ」
「バカ言え、こっちにだって奥の手はあるんだよ」
「なんだ奥の手って」
「やっとお披露目だぜ、こないだ手に入れた最強の防弾ウェア。グラフェン・カーボンナノチューブを含ませた蜘蛛の糸で作った最強の繊維にタングステンをあしらった特注アーマーだ」
「お前が満足ならそれでいいんだがな」
「もし外した場合、つーか外れるだろうけど。奴は私がくたばったのを確認したら気にも留めないはずだ、お前がマグナム構えて狙ってるんだからな。私から注意が逸れたら死んだフリはお終いだ。気配を限界まで消し、後ろ取って無力化する」
「失敗したら?」
「化けて出て乗っ取ってやるさ」