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2人は任務を終えた後の予定を立てていた。それに伴い、この時点で得られた情報が展開されたが、なんとも曖昧な物だった。
第1にターゲットの女は我々より数倍長く生きているというのだ。年齢は不詳だが見た目は子供のようであっても経験値は我々を遙かに凌ぐらしい。油断大敵ということを念押しで言っていた。次に確保した神器は"梅乃小路"へと速やかに渡すという事だ。なんとも原始的な取引内容に不安を覚えるが、シンプルなのは良い事だ。兎にも角にもそれで我々の行動の何かが変わるわけでも無いような情報なのである。良く言えば任務に支障は無く、悪く言えば必要の無い物だ。
そんな些事を一通り聞いたドンは頭の中に落とし込んだ後に質問を返してみた。
「つまり例外なく神器はババアが管理するって事か。お偉いさんはそれで納得してるのか?」
「えぇ、我々が持っていても仕方ないので」
神器に宿る神は疫病神なのだとリーシュは認識している。その力に魅せられ有する事を選んだ場合、必ず災難が訪れるだろう。
厄介ごとに巻き込まれる前に、一刻も早く手放すのが賢明なのだ。
「まぁ俺たちにとってはどうでもいいがな。しかし生死問わずと言うが、女子供を殺すつもりはない、お前の言う通り俺たちより何倍も長く生きてると言っても。俺は見た目で決めるタチなんだよ」
「それがリバティドギーの意向ならばそうすれば良いですよ、生死は問わないのですから。ですが目的は達成してもらいます」
「あぁ」
「ゲノムスタンプはここに…これで執行権利書の手続きは終了です、では今後の予定を…」
リナリアと浦安はターゲットとの距離を詰め50mに入らないよう保っている。か細い少女にしか見えないこの子は、果たしてリーシュが言うような危険人物なのか甚だ疑問である。
周りを確認する事なく、ただ忽然と歩き続ける。まるで部活帰りの学生のように。
なんて事のない日常の如く、チェーン店のカフェに足を止めて、自動ドアを開ける模様も何一つ違和感の無い光景だ。
「なんだ、コーヒーブレイクか?」
「休憩でしょうか」
メニューを眺める後ろ姿だけが微かに見えるが、流石に店内には入れないので車内から見張ることにした。
「ですので常に通信状態を…」
「どうした?」
「いえ、通信状態が良くないみたいなので一旦切りますね、共用Wi-Fiは質が悪くてね、また後ほど」
ドンがリーシュの異変に気付く。
「ところでalma社の件で、ソフトウェアへのクラッキングの線はほぼ無いと言っても良いとの調査結果が厚労省から発表されることになりましたよ、アーノルドさんの潔白は証明され、株価はプラスに転じてます」
唐突に関係の無い話を始め、紙を差し出した。細く整った字でこう書かれていた。
『後ろを見るな ターゲットがいる』
「あぁ、結局フリダシに戻った訳だが、アーノルドにとっては一件落着ってわけだな。奴も厄介事を呼び寄せる才能があるんだろうよ」
外で張り込みをしている2人は、窓際のテーブルに見慣れた男が座っているのを見つけた。
「おいイベ、奴の後ろの席見てみろ…」
「あいつらって疫病神を呼び寄せる能力でもあるのかしら…」
「ドンにメッセージを送るわ」
「後ろに神器使いがいるわよ、死にたくなかったらジッとしてて」
「あぁ、リーシュも気付いてる、追跡は続行」
出来るだけ関係の無い話をしながらスマートフォンでイベリスにメッセージを送る。
これで迂闊に動けなくなった訳だが、現状維持を選択する他ない。と思いきや、またも彼らは災難を呼び寄せるのであった。
カフェの前に足を止める2人組を捕捉したリナリアはすかさず報告をする。
「こちらアルファ、怪しい男が2人、カフェに近付いている。スーツにオーグメント」
服の上からでも分かる鍛えられた身体と、訓練されて身についたであろう仕草。そしてなにより戦う者の眼をしているということ。
これだけ揃っていれば、私達はただ一服しに来たのではないと言っているような物だ。
「オーエンの部隊じゃない…」
「イベ、ドンに連絡を」
「もう送ったわさ」
ドンがメッセージをリーシュに見せる。
「ちょっとタバコ吸ってくるぜ」
「では私はお手洗いに」
「カフェに入った」
「オーエンに連絡を」
「今送った」
ドンはすれ違いそうな2人組の顔をチラリと見たが、鋭い眼光で睨み返された。自分達の仕事に支障をきたす人物が否かを見極めているのだろう。服装、腕の位置、そしてどんな眼をしているのか。間違い無くカタギでは無かった。
リーシュとドンは2人組の動きを注視する。紙切れを女のテーブルに置き、何事もなかったかのように遠くのテーブルへ座る。
ターゲットはメモを読み、届いた飲み物を飲み干すと席を立った。
リーシュはオーエンに報告をする。
これから仕事だって時に邪魔が入る、さぞご立腹であろう。
「どうやらこの件に関心があるのは我々だけでは無いみたいです」