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重たい体を支えるソファが軋みを上げる。
ギュッと革製を圧迫する鈍い音を奏でた男は"ドン"という、彼はヒスパニック系のアメリカ人で、適合者保護を目的とした駐留特務部隊、通称リバティドギーの頼れる隊長である。
「またかよ、自動車業界もたまったもんじゃねぇなぁ」
alma社製のオートドライビングシステムを搭載した自動車に限り短期間で同様の事故が多発、制御システムの不具合という不確かな情報が行き交い、原因が特定出来ないまま評判が揺らぎ、株価が下落している。
「自動制御は複雑だし、何重にも安全対策がされています。制御システムの不具合という結論で片付けるのは無理があるんですけどね」
後ろから声をかける細身の男は浦安という名前だ。
雑用、店番などを任せる為に現地で採用されてしまった、"訳あり"というやつだ。
「肝心な事を忘れてるぜ、起きた時間と場所だ。考えてみな?場所もバラバラのように見えて選んだように等間隔だ。ダーツで決めるよりよっぽど規則正しいぜ。それと時間だ、事故は多発してるのに同じ日に2度起きやしない、わざわざ3日に1件と決めてるみたいだ。人間的だろ?4件目がまた明日から3日の内に来ればビンゴだ」
ガラの悪い男が喋ってるように思えるが、れっきとした女性である。
リナリアと呼ばれている彼女は、リバティドギーの重要な戦力となっている。
「なにに当たるんだよ」
ドンは気さくな男であるが、個性派揃いの部隊内では極めて常識人という立ち位置になってしまうので、このようにツッコミ役に回ることが多いのだ。
個性派1号がリナリアならば、2号は彼女であろう。
一見すると華奢な少女にしか見えないのだが、立派な軍人である。
彼女はイベリスと呼ばれる。
主に情報収集や任務中のサポートを担当する情報戦のエキスパートだ。
「今日日の自動制御システムってのはデータの蓄積で正確性を向上させているんだわさ、つまりalmaが開拓した巨大なサーバーによって安全係数が計算されている。スタンドアロンでは起動すらしない程にオンラインネットワークに依存した車なんだわ」
車が好きなのだろうか、浦安が満足そうに頷いた。
ドンはイベリスが「つまりなにが言いたいのか」をすぐに察した。
「しかしalmaのデータベースにアクセスなんてお前でも難しいだろ、ましてやハッキングして操ってるなんて非現実的な」
「それは正しい、非現実的なのよ」
イベリスが個性派2号ならば彼は3号だろう。
薄気味悪い笑顔を顔に貼り付けながら扉を開けた。
「やぁ皆さん珍しくお揃いで」
正確に言うとリバティドギーの所属では無いが、本部と駐留部隊を繋ぐ重要な人物だ。その役回りからリーシュと呼ばれている。
「蛇が出たぜ、"嫌なニュースでも持ってそうな"ってやつだ」
リナリアはリーシュを見ると決まって不機嫌になり、嫌味をぶつける。
「仕事が嫌なら都合がいい、その方がとっとと終わらせようと努力しますから」
彼は何を言われようとへばりついたような表情を崩すことは無かった。
「アーノルド・ヘンリッジ43歳独身、almaのシステムエンジニア歴が9年、その後は消息不明。逮捕歴もあります。NSAのデータベースへの不正アクセス」
「おいおい、まさかこいつがコレの犯人だとか抜かすんじゃないだろうな」
渡された資料には人の良さそうな中年男性が写っていた、とても悪戯に人の命を奪うような人間には見えない。
「違います」
「なに?」
「日米共同企業としてグローバル特区でalmaのシステムを構築した第一人者です。米国のメディアは彼の名を出し、説明責任を求めています。米国側としては日米共同企業は現与党が選任したも同然であるので彼の無実を晴らさなければなりません。彼の犯行の訳がないとわかっていてもね。彼の行方を見つけ、日本にいるならば帰国を促してやるのが平和的解決になるのだと判断しました」
リーシュは説明を終えると浦安の入れたコーヒーを口に含んだ。
「ウチらの仕事か?対適合者部隊が出る幕はないだろ」
「対適合者部隊は国防高等研究計画局と中央情報局が絡む高機動部隊です、日本と米国の鎖を断ち切るような要素が現れた場合には適切に対処しなければなりません。我々は戦地に派遣される末端の1部隊ではない、1ドル札の目に見守られる、極めて深層に位置する部隊なのです」
「3回は聞いたねそれ、長い物には巻かれろってことだろ。お前らしいぜ」
「それはそれは光栄です」