ポイントカード(ショートショート43)
ここに来るまでの間。
――どんなものだったのかな?
頭の隅に埋もれたわずかな記憶、私はそれを掘り返すようにして前世をさぐっていた。
つまらなかった気がする。いくら掘り返しても、いいものが出てこないのである。
漆黒の闇のなか。
私はコンビニの明かりを見つけた。
記憶のほとんどが失われているというのに、なぜか明かりだけで、それがコンビニだとわかった。
そして……。
これからやるべきこともわかっていた。役所で乗船手続きをすませ、それから船着き場に行って渡し船に乗るのである。
私はコンビニに足を踏み入れた。
船で飲む缶ビールとスルメを手に取り、支払いのためにレジカウンターの上に置いた。
店員の女の子がレジを打つ。
大きな八重歯のある魅力的な子だ。頭に二本のツノがあることもさして気にならない。
「お会計の方、五百四十円になります。ポイントカードはお持ちでしょうか?」
店員が笑顔でたずねてくる。
「いや、そんなものは持ってないが」
「もしよろしければ、すぐにお作りになれますが、いかがいたしましょうか?」
「どうするかな、船の時間もあるし……」
「これから乗られるんですね?」
「ああ、次の船にと思ってるんだがね」
「でしたら、カードはあった方がお得になると思いますよ。ポイントがたまると特典がつきますので」
「では、作ってもらおうか」
「それではお客様、こちらのタッチパネルに右手を乗せてくださいますか」
店員が取り出した電子パネルに、私が右手を乗せると、すぐさま横からカードが出てきた。右手の掌紋から、私に関する情報を読み取ったのであろう。
「お客様は再発行ですね」
「じゃあ、失くしてたんだな」
「再発行でも、以前のポイントがこのカードに引き継がれますので」
店員がポイントカードをくれる。
「それで次の船のことだが」
私は財布から千円札を抜いて渡し、ついでに船の出港時刻をたずねた。
「この時刻表にありますので、のちほどご覧になってください。それで乗船券ですが、当店でも発行手続きをいたしております」
店員が時刻表をくれて言う。
――コンビニでやれるとはな。
私に残るわずかな記憶では、役所で手続きをしなければ乗船券はもらえないことになっている。
その記憶も十年前だったか、百年前だったか定かではない。ただ前回は、ごっつい鬼から発行してもらったような気がする。
「役所に行かなきゃならんと思ってたんだが、ずいぶん便利になったものだな」
「船に乗るお客様が増えまして、それでコンビニも発行業務の代行をしてるんです」
「では、ここでいただこうかな」
「現在、カードに一ポイントたまっております。今回はご利用されますか?」
店員がタッチパネルを見て問うてくる。
「なんだね、そのポイントというのは?」
「船に乗るごとに一ポイントつき、一ポイントごとに特典があります。お客様は前回、一ポイントお使いになっておられますが」
――一ポイント?
前回の一ポイントの特典、私の前世はどうであったのだろうか?
「以前の私のことは、ここでもわかるのかね?」
「プライバシーにかかわることは、当店ではいっさいわかりかねます。でも役所では、教えていただけると思いますよ」
コンビニは簡易な手続きだけを代行し、重要な情報管理は役所が行っているようだ。
「使うかどうか参考にしようと思ったんだが、わからなければしょうがないな」
「申しわけございません。当店でわかるのはポイントの利用状況のみでございます」
「今回は使うまい。一ポイントじゃ、ろくな人間になれないみたいだから」
「ですね、一番下の特典ですので」
店員がひととき女の子の笑顔になる。それから店員の顔にもどって指さした。
「ポイントをご利用されない場合、乗船券の発行のみとなりますので、あとはあちらの方でお手続きをお願いします」
店員の指さす先には自動発券装置があった。
あれが役所とオンラインでつながっているのだろう。
「では、お釣りの方です」
私の手を両手で包むようにして、店員は釣り銭を渡してくれた。
私は発行手続きをすませ、現世行きの乗船券を手にコンビニを出た。
ポイントカードを見て思う。
――最低でも五ポイントぐらいためなきゃ、人間というもんはまともになれんのだろうな。
ということはあと四回は生まれ変わって、現世で反省を積まなければならないのだが……。