森とキトルとエルフ
男は壁を背に座り込み、足を投げ出してうつむいていた。
冷えるなぁと腕をさすったら、パラパラと何かが剥がれ落ちる感触がした。
三日前なら、いつもの泥が乾いたものが剥がれたのかと思ったかもしれないが、
その場所に目をやらずとも剥がれていくのは己の血だとわかってしまった。
・・・別に、いいけど。
乾いた血が剥がれようとも、傷口から膿が流れ出ようとも。いいのだ。
唯一動く手で、そろりと己の顔を撫でる。
切れて、腫れて、裂けて。指の腹でそっと触れたのにも関わらず、飛び上がりそうなほどに痛い。
飛び上がるほどの体力はかけらも残っていない。瞼もとうに閉じていて、男はただ待っていた。
体中から伝う血が、床に全て流れ落ちるあと少しの時間を。
今はどこもかしこも痛くてたまらないが、きっとあと少しで痛みも寒さもわからなくなるに違いない。
なぜなら、
あぁほら、思い出さなくていい「昔」がやってきた。
これが走馬灯と呼ばれるものならば、あと少しで俺は・・・
「キトル・ライバス。エルフの少女をかくまっているのは本当か」
「いいえお役人様。エルフの少女をかくまってはおりません」
「嘘偽りはないな」
「はい」
キトル・ライバスは自分でも驚くほどはっきりと即答できた。
(・・・エルフの『少女』はいないしな)
村の外れの山奥までお役人がぞろぞろとご苦労なことだと思いつつも、キトルは役人たちに茶を振舞い、狭い家の中も案内し、馬に水まで与えてやった。
「村で独り身だとは聞いていたが、お前、も少し整理をせぬか」
埃や木屑が舞う部屋に、役人達が咳き込みつつも憐れみの目でキトルを睨む。
男の一人所帯なぞこんなものだろう。
洗い物は床に散らばり、仕事の道具と生活用品は雑多に置かれ、年中閉め切った窓のせいで空気も澱んでいる。
「日中のほとんどを外で過ごす独り身は、雨風をしのげる寝床があればいいもので。通う女もおりませんしね」
半笑いで言い訳をすると、役人たちは特に答えず「だろうな」と出かけた言葉を飲み込んだ。
キトル・ライバスは村でも有名な変わり者。
若いころに村から数年出はしたものの、町にもなじめず一人で戻って一人で住んでいる。
年頃の独り身は、本来ならば村の大人たちが相手を世話するものだが、キトルに限っては女たちから「無理。ほんと無理」だそうだ。
「・・・話には聞いていましたが、すごいですね」
五人いる役人の一番後ろの若い男が、隣の男に囁いている。
すごいか?すごいだろうな。俺にはわからんが。
キトルは大男だった。成人した役人たちが睨み「上げ」なければならないほどに。
見上げるほどの長身に、岩を貼り付けたかのような筋肉。先の戦では傭兵をしていたが、長い戦が落ち着いて村に戻り、猟師を生業にしている。
身体にぐるりとまとった熊の皮は少々寸足らずなほどに見上げるほどの大男。
こげ茶のもじゃもじゃ髪と、境目のわからぬ同色のもじゃもじゃ髭。
案内を仰せつかった村長が「熊かキトルかわしにはわからんのが、遠目から手を振って、手を振り替えしたら人間でしょう。たぶん」などと言ったものだから、
キトルは初対面の役人達にぶんぶんと手を振られるという奇妙な体験をした。
「お前がキトルか?!二本足で立っているから熊じゃないよな?!」
熊ではないが、振った手を殴りおろしたくなったのは確かだ。
「ですから言ったじゃないですか。こんな血なまぐさい場所にエルフなどおりませんって」
最後まで「熊じゃ。あれは熊じゃ」と騒いでいた村長がキトルの玄関で帰りたそうな顔をしていた。
若い役人が無遠慮にキトルを見上げながら「・・肉壁のキトルって、壁じゃなくて岩じゃね?」「獣狩りのキトルだろ?」「なんで噂の英雄がこんな田舎に」などとブツブツ言っていたが、最後の戦が終わって随分だというのに、村の者はキトルが未だ血に塗れていると言い、町の役人は血に濡れていないかつての英雄に不服そうだ。
「これも規則であるからな。熊。いや、キトル。仕事の邪魔をしたな」
年長の役人は態度こそ横柄なものの、別れ際には部屋の中に干してある毛皮を見て「猟の腕はいいようだな。怪我するなよ」と何故かやさしい言葉を投げかけて去っていった。
馬に乗る前に、若い役人の頭に拳骨を落としていたので、案外根は真面目なのかもしれない。
玄関の先まで出て、お役人一行が道とは呼びずらい獣道を帰ってゆく姿を見送るキトルの腹から妙に可愛らしい音がする。
「クゥゥ」
(晩飯の準備途中だったな)
大男が腹をさすると、再び「クゥゥ」と鳴り、ついでに「ゴメンナサイ・・・」と可愛らしい声も聞こえた。
(いや、大男だってのは自覚しているが・・・この腹に気づかないもんかね)
人の気配が無くなったのを確認し、熊の皮で作ったコートの前を開けるとそこには、
「・・・さっきの魚、食べたい」
エルフの女がキトルの腹にしがみついていた。
・・・・・・・・・・・・・・
金髪に碧眼。陶器のように白く澄んだくすみのない肌と、尖った耳。
どこもかしこも華奢な身体に見えて、胸と尻は大きく主張して張っていた。
ただしそれは「洗った後」のこと。
晩飯の調達にと釣りをしていた川にプカプカと浮いていたソレがまさかエルフだとは思わなかった。
てっきり森の動物が死んで流れているのかと、枝を使って川岸に手繰り寄せたら人の姿をしていたので、そっと流れに戻そうとしたその枝を掴まれた時は舌打ちしてしまった。
「普通は助けるでしょ?恩に着せるでしょ?エルフの少女だよ?」
「普通のエルフは鹿皮を着ない。恩だの仇だのは面倒だ。そしてお前は少女に見えない」
エルフの「女」だった。それもかなり熟成した。
本人は適齢期だと実年齢を明かさなかったが、人と関わりを持たないキトルでもわかるほどに「いい大人」であり、まぁぶっちゃけ「いい女」でもあった。
「だが帰れ」
「嫌よ。食事の世話をして!寝床の確保とおやつの配給を要求するわ!」
だって私、可愛そうでしょう?人間達にエルフの里を焼かれたの。親兄弟が泣く泣く滝つぼに投げてくれなかったら死んでいる所だったわ。
私は怪我をしているの。身内も誰もいないの。里を出たことがないから右も左もわからないのよ。
「助けてくれるでしょう?だってあなたは森の妖精さんでしょう?」
「人間だ」
「あらやだ。人間はこんなに毛深くはないわよ」
「ただの毛深い人間だ」
「え。嘘・・・・だって手首までこんなに毛が生えて・・・お母様が熊だったの?」
「熊じゃない人間だ」と繰り返そうとした背後から、「お前は熊か!?キトルか!?」と遠い場所から声をかけられた。
まさか女が自分のコートの中に潜り込むとは思わなかった。
ついさっきまでえらく図々しい口を利いていたくせに、まだ濡れた身体は冷たく、震えていて。
いや、怯えているのだ。
それは、キトルにとって「まだ知らない」感情だった。
幼いころから身体が大きく丈夫で。自ら売るほどではなかったが、喧嘩だってしてきた。猟を覚えてからも自分より大きな獲物には血が沸き、獣でも、人間でも。
己を殺そうとする者に怯えた事がなかった。
知らなかったから。そんな感情を新鮮に感じたのかもしれない。
どさくさに紛れて共に生活をするようになったエルフの女は、妙に人間に詳しかった。
「キトル、人間はもう少しマシな所に住むものよ?あなた本当は人間じゃないでしょう?」
「ねぇキトル、人間は寒い夜は毛布を分け合って暖をとるはずよ?あなただけ自前の毛皮で温まらないで」
「だからね、キトル!笑う時は歯を見せるの!むき出さないで!」
荒れ果てた部屋を掃除し、自分の寝床を作り、「熊といえば蜂蜜でしょう」とキトルを蜂と戦わせ。
「・・・俺は何でお前の言いなりになってんだ?」
「森の生き物はエルフに親切なものよ?」
「初めて聞いたな」
「初めて言ったわ。ところで親切な森の生き物はエルフに貢物をしないの?」
「貢物?」
「そうね。貝殻のイヤリングとかどうかしら」
「森で貝を探せと?」
すっかり定位置になったキトルの腹の上で寝る女。
エルフと言い張るなら。いやどこからどう見てもエルフだけど。
何故キトルを恐れないのか。
最初に役人からかばったとはいえ、なんだこの懐き方は。
「腹の上に乗るな寝るな寝返りを打つな。適齢期ってのは嫁入り前じゃないのか」
「じゃぁあなたのお嫁さんになるわ。熊じゃなくてもいいのなら」
熊じゃない。人間・・・いや、お前はエルフだ。
こぼれようとしたキトルの言葉を、エルフの唇が止めた。
「あなたが熊だったら、私を食べてくれたかしら」
(・・・泣かねぇからかな。こいつを追い出さないのは)
エルフの女は態度がでかく、図々しくてやかましく。ずっと一人だったキトルの周囲できゃっきゃと指図をする。
怯えている癖に。
身体の大きなキトルが立ち上がるだけで、ぎょっと肩をすくめる。
魚を捌く用のナイフを見ないように顔を背ける。
エルフの肉は、不老不死の薬。
それが迷信だってことは子供でも知っている。
だがその迷信に大人が踊らされてエルフを狩る。
このエルフの女が何を考えているのかわからない。
何故人間のキトルに懐き、ともに生活をするのか。
キトルが善人だとでも思っているのだろうか。
何を根拠に?
その柔らかな肩を俺の節くれだった指が掴むとは考えないのか?
細い首など数本の指で息を止めることだってできる。
押し付けた胸の鼓動が伝わってないとでも?
そして何よりも
「そのナイフは突き立てる用じゃない。体重を込めた上で、押し引く用だ」
自分の腹の上に乗った女が隠し持ったナイフは、猟で捕らえた獣の肉を裂く用の物。
「お前、エルフの里の生き残りってのは嘘だろ。あの里は先の戦で滅んだはずだ」
「そうね」
「あの里に生き残りはいない」
「あなたが逃がしたから」
「逃げられただけだ」
「ご丁寧に女子供と老人だけを?」
「耳の長いのを狩れと言われたからそうしただけだ」
「教えてよキトル。女子供と老人だけで、生き延びられるとでも思った?」
・・・俺は、何と答えたのだろう。
浮き上がった疑問に引きずられ、キトルの意識は地下牢に戻った。
行軍の途中で偶然発見されたエルフの里。森に火を放たれ、逃げ惑うエルフ達が地下に掘った隠し通路で森の外へ出ようとした時に出会ったのがキトルだった。
(俺はただの馬の番だったんだ)
大柄な為に馬に乗れないキトルは、急襲班から外されて火に追われぬように馬を森から離して守る役目だった。
名誉の殿だなどとからかわれてたった一人。
馬に水を与えようとして、不自然な場所にあった古井戸を見つけた。
エルフの隠し通路とは知らずに。
(あの時も、熊に間違われたな)
問答無用でエルフ達に弓を射られた。
頭の中が霞んで、曖昧な会話しか思い出せない。
(そうだ。女子供だけでも逃がしたいと奴らが言ったから、俺は馬をやったんだ)
戦なんざうんざりだった。馬が無くなれば、行軍は出来なくなる。乗って逃げやがれ。男も女も関係ねぇ、行ってしまえ。
体中の至る所から矢を生やしたような大男に言われ、エルフ達は戸惑った。
たった一人といえど、何十もの矢に射られても二本の足で立ち、血まみれになりながらも「逃げろ、生き延びろ」と叫ぶ男。
「敵、ではないのか?」
会話はろくに覚えていない。だが傷を負ったエルフの何人かが「俺たちを逃がしたと知られれば裏切りになるぞ。どうせ俺たちはもう持たない。俺たちの首を取れ」と言い出して血まみれ同士で喧嘩になった。
「むしろ殺れ」「お前が殺れ」のわけのわからないやり取りに間に入った老人が「どうぞどうぞ」己の耳を切って差し出した。
今思い出してもわけのわからないあのやり取りだったが、結果、キトルはたった一人でエルフの軍団と戦った英雄として有名になった。
いや、馬を失いしかもエルフの耳しか戦利品がなかった大間抜けの英雄として。
そうか、やはりあの傷では男達は生き延びれなかったか。
エルフの女が懐に飛び込んで来た瞬間、キトルの心が躍った。
炎に追われ、着の身着のままに逃げ出した子らが生き延びていたのかと。
だが怯えてしがみつく身体のぬくもりに、「違う」と悟った。
古井戸から逃がされた女子供が見たのは、血まみれの縁者達と矢を射られた大男。
なんてことはない、復讐だ。
なんて甘い復讐なのだろう。
美しく成熟した女がキトルに微笑みかけ、ともに食事をし、夜はキトルの腹に寝そべりながらナイフを握る。
真夏の夜の夢・・・・あぁ、そうか。あれは夏まで続いたのだ。
重く腫れた瞼が開かない。この牢屋に窓はあっただろうか。もしも今が夜ならば、あの女が愛した月は昇っているだろうか。
「キトル。私、ここから見上げる月が好きだわ」
俺の腹に乗って寝ていた女が、腕枕を欲しがったのはいつからだったろう。
「キトル。秋になったらたくさん木の実を採りましょうね」
俺は冬眠しねぇよと言ったら嬉しそうに笑った女。
「キトル、私がお嫁さんになったら、毎晩毛づくろいをしてあげるわね」
毎朝ブラッシングをしながら笑う女の細い細いうなじ。
走馬灯ってのは人生の良い思い出が一瞬一瞬に切り取られて流れるって聞いたが、俺が思い出すのはあのエルフの女とのわずかにすごした日々ばかり。
なるほど。確かにいい思い出だ。
・・・・・・・・・・・
「キトル、キトル・ライバス。・・・驚いたな。まだ生きているのか」
審問官のザイネフ・コリウムは男の胸がわずかに上下しているのを認め目を見開いた。そして、自分が席を外している間に息が止まっていればよかったのにと憐れみの目を向けた。
「コリウム審問官、まだ吐かないのか?時間は差し迫っているのだぞ」
「領主様、既に規則から外れた拷問を科しております。これ以上は」
「・・・何としても吐かせろ!この男が知っているはずなのだ!」
「何度も申しておりますが、この男は村でも有名なでくの坊でございまして。
これ以上の拷問は村へ戻すこともできないかと」
「戻さずともよい!エルフの里への隠し通路を知っているのはこの男なのだろう!!」
「もう何年も前に焼けております」
「何年も前だからだ!逃げたエルフ達が戻っているはずなのだ!その証拠にのこのこと舞い戻ってきたではないか!」
きっかけは森をさ迷っていた数人のエルフ。
捕らえてみれば、女ばかり。
里に帰りたい離れ離れになった皆に会いたいと泣く女達に、領主は振り下ろすナイフを止めた。
・・・離れ離れ?帰りたい?
今ここで数人を殺すのはたやすい。だが、エルフの里には既に何人か戻っているのではないか?
かつて焼いた森へ数年ぶりに人をやれば、木々は生長し、かつての村を覆い隠してまた場所がわからなくなったと報告をされた。
さかのぼって調べさせると、エルフの村が滅んだ際に戦った軍はその後の戦で負け、兵は散ってしまったと。
だが、ただ一人。自分の領内には「まぬけな英雄」がいたはずだ。
エルフの戦士達と「隠し通路」の出口で鉢合わせ、戦って勝利したにも関わらず耳だけしか戦利品を奪い取れなかった間抜けが。
報告ではあの男は馬に水をやるために、番をしろと言われた場所から移動しており、その後の聞き取りでも目印になるようなものはなかったと証言している。
領主は捕まえたエルフの女を男に放った。
仲間の女達を人質に。
隠れ里の通路を聞き出せ。
泣いてすがれ。お前が殺したのはわが父、わが兄だと怒鳴り散らせ。
そして帰りたいと訴えろ。
「・・・それをこの馬鹿が!まさか襲った上に逃がすとは!」
・・・俺は熊とよく間違われるんでね。監視には役人じゃなく猟師を雇えばよかったのさ。
家から出ないエルフの変わりに森へ行くたび、場違いな格好の役人が遠くから手を振るって何の冗談だ。
「よりにもよって貴重なエルフの耳を切り取ろうとするとは!野蛮人め!」
違うんだシャーリーン。
あぁ、そうだお前の名前はシャーリーンだ。
お前を逃がそうと思ったんだ。お前がなかなか俺を殺さないから。
てっきり復讐だと思ってたんだ。
なのにお前は泣かなかったから。
仲間を裏切れない。俺も裏切れないと監視に気づいたお前が自分にナイフを向けたから。
「私を助けたのが熊ならよかったのに、どうしてキトルは人間なの?」
そうだなシャーリーン。熊なら草食だから、お前を喰わなかっただろう。
「領主様、これ以上この男を痛めつけても、知らないものは吐きませぬかと」
「だがあのエルフは見つかっていないではないか!あまつさえ仲間まで引き連れて!この男が逃がしたのだろう!!わしの馬まで奪って!!」
「しかし」
「奴隷商は明日わが館へ着くのだぞ!」
なんだ。前金はもう使ったのか。皮算用は狸じゃなく耳長でしたってわけだ。
はっ笑えねぇなぁ。
シャーリーン。俺は結局うまく笑えなかった。
お前はエルフを逃がしたのかって聞いたな。違う。逃げたのは俺だ。
でくと呼ばれ、熊と間違われ。
俺に手を振る者は、手を繋ごうとはしなかった。
加減の効かない怪力が何かの役にたつかもしれないと、親に捨てられた戦場で、俺の手は拳を握り、剣を握り、振り下ろすだけしかしなかった。
後ろ足で立つ熊とどこが違うんだ。
人を遠ざけて、お前を遠ざけて。
「キトル。キトル・ライバス。頷くぐらいは出来るか?最後の質問だ。お前はエルフの里の隠し通路を知らない。そうだな?」
「いいや知っているはずだ!エルフのやつらを!あの貝のありかを!」
「・・・貝?」
「お前が昔持ち帰った貝だ!エルフの婚姻の証の!これだけで金貨30枚の価値があるんだぞ!」
「森に・・・貝?」
森で貝を探せと?
どこかで聞いた。どこかで見た。あれは、耳飾り。森で手に入るはずの無い、貝殻でできた、婚姻の証?
「・・・シャーリーン、初めて聞いたぞ」
(そうね。言ってなかったわね。まだ(・・))
「シャーリーン?誰だ?」
男は傷つき、疲れて果てていた。
監視の目に気づき、シャーリーンを逃がし、仲間を奪って逃がした先で捕らえられて拷問を受けた。
鞭で打たれ、棒で打たれ、体中に無数の傷とあざを作っても、彼の元から逃げたエルフについては一言も行方を漏らさなかった。
投げ出した足に力を入れる。乾いた血で固まった瞼を開く。
だから領主は気がつかなかった。
最初から無抵抗だった男が鎖で繋がれていないことに。
数々の戦場を乗り越え、その身に無数の弓と剣を受けた男が、数々の拷問で傷ついていたとしても、骨一つ折られていなかったことに。
「ちょ、なっ、座れ!座るんだキトル・ライバス!」
「なんだ!近づくな!やめろ!」
あぁ、この貝殻を返さなけりゃ。
「やめろ!離せ!うぎゃぁぁぁ!」
綺麗に洗って、白い貝殻に戻してやらなきゃ。
「ひぃっ!や、やめてくれ!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
昔むかし熊に出会ったエルフがいました。
「お逃げなさい」
熊に言われてエルフは逃げました。
ところが 熊は後から追いかけてくるのです。
しろい貝殻のちいさなイヤリングを持って
・・・・・・・・・・・・・・・・
「おい!近づくな!エルフじゃないな?人間か!?」
「熊だ。入れてくれ」
「キトル!!」
ある日森の中で。
熊さんはエルフをちからいっぱい抱きしめました。