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ダメな習慣

コップに滑る水滴をひとつひとつ手で拭いながら、壁にかかった油染みが模様のようになったメニューをゆっくりと見回す。

決して綺麗とは言えない店内でも、私は上機嫌だった。

久しぶりに飲む日本酒が美味しいのももちろんだけど、隣で拓斗が楽しそうに笑っているからだ。


帰ろうとしたエレベーターホールで私は油断した。

いつもなら、絶対にここで出会ってしまわないように立ち上がる時間をずらしたり、タバコを吸いに行った隙を見計らうのに。

仕事が結構うまく行って調子にのっていたのかもしれない。

ただなにも考えてなかった。

ここに拓斗もいることを忘れていた。

あまりにも仕事中に意識しているから、仕事が忙しくなったり、終わった瞬間にちょっとこんな風に忘れてしまう時がたまにあった。

ふとした瞬間にすぐにまた元の状態に戻るけど、戻った瞬間は夢から無理矢理起こされて悪い冗談を聞くような気持ちになった。


「いま帰り?」

拓斗は、壁に体を預けて上層から降りてくるエレベーターの表示を見ながらそこに立っていた。

たまたまそこにいたみたいな感じで。

いや、みたいじゃなくて、きっと本当に偶然なんだけど、避けられない運命みたいな強度でそこに立っていた。

「あっ、待ち伏せとかじゃないよ?たまたま」

しまった、みたいな顔をしてたんだと思う。

あたしの顔を見てすぐに否定する。

そして当たり前のようにするりと、私の隣に立った。

当然飲みに行くよね?という空気を感じる。

そしてそれに断れない自分がいることも認めなくてはいけなかった。

「イタリアン?普通に居酒屋?」

そう言いながら、私たちを乗せるためにあいたエレベーターに乗り込みながら拓斗が聞く。

ほら、こうやって行かないっていう選択肢は拓斗にない。

諦めるように笑って「居酒屋」って答える私もどうかしてる。


「何ヶ月ぶりだっけ?」

何飲む?梅酒?ってメニューをこっちに渡しながら拓斗が聞く。

「たぶん半年」

「まぢで?そんなにあゆとまともに話してなかったんだ」

すいませーん!と遠くの店員を呼び寄せて、食べ物も手際よく注文していく。

あっ私冷奴食べたい。って言ったらあっさりと、俺いらない。と、却下されながら。

知らないうちに注文が終わってた。いつもそうだったなぁ、と思ってなんだか懐かしい気持ちになる。

「もう俺あゆ不足だよ。遊んでくれる人も全然いないしさ。あゆって俺にとって最後の砦だったみたい」

「最後の砦?」

「飲み友達がみんな異動しちゃったじゃん?」

「あー、長谷川さんとか三鷹くんとか?」

「そうそう。あとはもうあゆしかいないのに、そのあゆがなんか冷たいし」

誰のせいだよ、と思っていたら飲み物が届いて乾杯を促される。

何に乾杯なのかな、と思いながら。

こうやって拓斗のペースに巻き込まれてだんだん自分がなくなっちゃうんだよな。

拓斗の選ぶものはどれもすごく素敵な組み合わせで、今運ばれてくる料理だってどれも本当においしそうだし。

拓斗がいるから安心できて、いつも飲まない日本酒とか飲めるし。

別れたことさえ忘れなければ、私たちが仲良くしたってなにも悪いことじゃない。

そう、飲み友達になればいいのだ。

名案みたいに感じた。

こんな風に楽しいだけなら、もっと早く飲みに行けばよかった。気にしすぎる私を付き合ってる頃、拓斗はよくバカにしてきたっけ。

私は付き合ってた時のような気分に戻っていた。


私だってなにも考えてなかったわけじゃない。

少しくらいは、そうなるかもって思ってたし、さすがにそういう雰囲気になったら帰ろうと思ってた。

だけど、拓斗はあっさりと「じゃあ、またね」と言って改札に消えていった。

それがまた作戦みたいでムカついたけど、なにもかもが古い習慣みたいに体に染み付いていて、なぜかとても居心地がよかった。


そんな上機嫌の帰り道に、真中章から連絡がきた。

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