いらしゃいませ、死神様
不知火駅から3分の場所にあるコンビニ店は深夜と言う事もあり、客は一人もいなかった。
オレンジのストライプ模様のお揃いの仕事着を纏った明と志乃は、レジに仲良く並んでお互いにまっすぐに前だけを見て居る。
女の子からモテまくる所謂正統派なイケメンな明と何処にでも埋没していそうな普通の女の子の志乃。
同い年で同じ学校に居るものの2人の接点はこのコンビニでのバイトだけ。
クラスの中心的な明と誰かの輪の中に自然と混ざる志乃。
似ても似つかない2人の共通点はコンビニでバイトをしている事とそれによって生まれた死んだような目だ。
向かい側にある時計は午前1時を指していて、音楽もラジオの音もない店内はとても静かだ。
「今日もこの時間が来てしまいましたね明さん」
「そうですね、今週で2度目ですね志乃さん」
「今月で換算するともう月末なので8回になります」
「なるほど、それでは私たちは8回も2人で仕事をしている事になりますね」
「そうですね。あれ程、深夜のシフトで私たちを組ませるのを辞めろとお願いしたのはなんだったんでしょうね」
「所詮私たちはしがないバイトと言う事ですよ志乃さん」
「なるほど、解決策はないと言う事ですね明さん」
お互いに意地でも目を逸らさないつもりなのか、断固として前を向いたまま会話を続ける。
自動ドアに近い明の目の端には確かにそれが視界に入りこんでいたが、まるっと無視だ。
「ところで明さん」
「なんですかね志乃さん」
「見えるものを見えてないように演技するのは素人には難しいですね」
「分かります」
どちらともなく黙り込み、また静かな店内に戻る。
時計の長針は12を指したまま動かず、秒針までもその働きを辞めていた。
今、このコンビニと言う名の空間は時間を止めている。
「と言う事で……ちょっと話しかけてきてよ」
「嫌だ。俺は今ここでレディーファーストと言う言葉を発動する」
「そんなレディーファースト聞いたことないわ。男だろ行け」
「どう見ても、あちらさんは女なんだから女のお前が行け」
「女だったらナンパしてきなよ。美人だよ。許す」
「いや、俺ちょっと菓子の陳列だなの高さを目測で計算するので忙しいんで」
「代わりに計っておいてあげるから」
「その優しさはいらない」
2人のテンポのいい押し付け合いは半ば強引に志乃が勝利を得た。
ようやくまっすぐに前を見ていた2人はお互いに顔を向けた。
一方は晴れ晴れと一方は釈然としない様子で。
「行け?」
満面の笑みを浮かべた志乃のゴーサインで明は渋々とレジから出ると軽快な音を鳴らす自動ドアをくぐり、その横に立つずぶ濡れの女性に声をかけた。
本日は晴天で星も輝くような雲一つない夜であったが、彼女にだけ降り注ぐ局地的大雨で彼女はずぶぬれだったのだ。
だからなのかこうしてコンビニの下で雨宿りしているのだが雨は止まない。
「えーっと、お姉さん。ビニール傘で良かったら使います?」
「あら、良いの?おいくらかしら」
「いや、良いッス。店ちょ、いや、店の私物なんで使ってください」
「親切ね。ありがとう」
明は傘立てから一本のビニール傘を抜くとポンッと軽い音を出して傘を開き、彼女に渡す。
彼女はニッコリと笑みを浮かべて傘を受け取ると店の屋根から一歩外に出る。傘が雨を弾き、彼女はビニール傘特有のこもった様な雨音に目を細めて笑った。
「今からお出かけッスか?」
「えぇ、分かる?彼に会うの」
「あー、とりあえず雨が止んでから会った方が良いと思いますけど」
「そうかしら」
「なんつぅか、折角の可愛い恰好が台無しじゃないッスか」
「あら、上手ね」
「それに、もしかしたら彼氏が迎えに来てくれるかもしれませんよ?」
「そうかしら?」
ふふふと上品に笑う彼女に明は合わせるように笑い声をあげる。
するとコンビニから離れた所から、誰かが誰かを呼んだ。
そこには灯りはなく、それでも誰かがいると分かる人影があった。
「あ、アレってもしかして彼氏さんじゃないですか?」
「え、あら、本当だわ」
「噂をすればってやつッスね」
「アナタ、面白い人ね」
「よく言われます」
「ふふ、じゃあ傘ありがとう」
「いえいえ」
彼女は人影に向かって嬉しそうに手を振りながら駆け寄って行く背中を見送るとすぐさま回れ右をしてコンビニの中に避難した。
コンビニの中に帰って来た明は真夏だというのに唇も青くガタガタ震えている。
志乃が暖かいお茶を差し出すと明は何も言わずにソレを受け取り、ゴクゴクと喉を鳴らして飲み、しきりに体を擦り落ち着いたところでホッと息を吐いた。
「俺、凍死してない?」
「してたら此処から追い出す」
「あ、してないです。止めて下さい」
冷たい志乃の言葉に頭を下げて下らない冗談を言ったことを謝罪する。
明は体を擦りながらまたレジに入ると、志乃の視線を追うように同じように時計を見上げた。
「時計、進んでない」
「まだ何かあんのかよ……」
2人そろって心底嫌そうな顔をしていると、自動ドアが開きまた音楽を鳴らした。
条件反射でそちら側に顔を向けた2人は、怪しさ満点のお客さんに「いらっしゃいませ」と開きかけた口を閉じた。
フードの下からのぞくプラスチック製とは言い難い骸骨の面、全身を覆う光沢のないぼろ布のような真っ黒なマントに包まれた長身のお客は青白い炎に包まれながら自動ドアをくぐっていた。
「うわぁ……明さん、アレ、見えてないフリ出来ます?」
「うわぁ……志乃さん、残念ながら出来かねます」
「心なしか寒い。体も、心も」
「右に同じ」
空調が壊れたのかと思うくらいの冷気に2人はぶるりと体を震わせた。
異様な空気を纏った客に2人は相手の出方を窺うようにレジを挟んだ向こう側でゆらりと立つ客をジッと見つめた。
「どう!これ!死神レベルアップしてね?」
「チャラい」
「古い」
骸骨の面をずらして素顔を晒した男はウインクにピースまでつけてワンポーズとって見せた。
すでに誰か検討のついていた2人は、面倒くさそうに一言ずつ答えると、男は不思議をそうな顔をして首を傾げ、バサリとマントを広げてクルリとその場で一回りして見せた。
「アレ?この古典的様式美が分かんないかなぁ」
「ちょっと何を言ってるのか分かんないわ」
「その轟々言ってる火、止めて下さい。何か燃えたら弁償させますよ」
「大丈夫大丈夫、これ、今はやりのエフェクトってヤツだから」
「厨二病が」
「志乃さん、ちょっと一応相手神様だから」
吐き捨てるように漏れた言葉に明がたしなめると、志乃は大きなため息を吐いて「死神」を見上げた。
死神の垂れた目とかち合うと、途端に無表情になりハッと鼻で笑った。
「ちょっと明君、君の彼女、だんだんと遠慮がなくなってきたんだけど」
「いや、彼女じゃないんで」
「俺、一応神様だよ?いや、死神だから運気とか上がんないし死者迎えに来ちゃうけど、そこんところもうちょっと敬ってくれてもいいんじゃない?」
「敬ったら帰るの?じゃあ仕事して帰ってください死神様」
「さっき仕事終わったよ。さっきのアレね、明君いたでしょ。あの声とか超頑張ったんだよ」
ほら、これさっきの子。
そう言って懐から小さな光の玉が入った小瓶を取り出した。
コレがさっきのコンビニ前の女性らしい。
死神曰く、彼女は死人だったのだ。分かってたけど。
「彼女さぁ、元彼に未練タラタラだったみたいでさぁ、寿命だってのになかなか死なないから俺が迎えに来たわけよ。でさぁ、サクッと仕事を終わらせて休憩してる時に友達から電話が来ちゃってさぁ。電話してる隙に逃げ出しちゃって。んで、君たちが今夜のバイトだといいなぁくらいのつもりで来たら案の定!君ら居るし、彼女も居るし!君ら相変わらず2人そろうとホイホイだよね!わお!」
静かな沈黙が一瞬過ぎた。
「死神さん、それはちょっとウザイ。流石の俺もちょっとイラッてする」
「はやく帰れ」
「え、なに、客追い出しちゃう感じ?追い出しちゃう感じなの?折角買い物に来た客を追い出しちゃう感じなの?」
「ウザイ」
志乃の一言にも負けず、ケラケラと笑う死神に志乃はもう一度同じ言葉を呟いた。
まぁまぁと同じような気持ちでいる明が志乃の肩に手を置いた。
「ま、とりあえず、明君からあげとアメリカンドック」
「……常温でよろしいですか」
「よろしいよー。いやぁ、此処ぐらいなんだよね俺らが使えるコンビニって」
「金払ってさっさと帰れ」
「あはは、じゃあまた来るね!」
例の仮面を付けて来た時と同じように自動ドアから出ていくと、秒針がゆるりと動きだした。
すると、入れ替わるように大学生のカップルらしき2人が入ってきた。
志乃と明は何事もなかったかのようにお決まりの言葉を掛ける。
「いらっしゃいませ」
カップルはコンビニ店員を気にすることなく2人の世界だ。
だから志乃は口を開いた。
「……また来るって言ってたよね」
「言ってましたね志乃さん」
「……もう一回、店長に頼んでみる?」
「ダメだとは思うけど、他に方法がないのが悲しい」
神様を追い払うのに神頼みはできない。盛り塩だって意味ないだろう。
なんだったら既にその方法は試し済みだ。
「なんて言うか、お客様は神様ですってうるせぇよって感じだね、明さん」
「思っても言わないのが大人だよ志乃さん」
「大人じゃないから許される」
「右に同じ」