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第九話『袖振り合うも多生の縁』


 ちょっとした事故からデカいプロレスラーを宝石店へと叩き込んでしまい、ソイツが強盗で逮捕されたその翌日。

 俺は近くの肉屋で大量に仕入れたコロッケを食べつつも、相変わらずのことわざ辞典を手に勉強をしているところだった。

 先日は鎧袖一触という意味は分かったけど絶対に書けない、そんなことわざを必死で覚えたところで……せっかくだから次も「袖」繋がりの単語を勉強しようと思ったのだが。


「……袖振り合うも、たしょうのえん?」


 手の中のことわざ辞典は相変わらず返り血にまみれてまともに読むことも叶わない。

 だけど、それでも今回のはふりがなくらいは読めたのだ。


 ──多少の円?

 ──塩、かもなぁ。


 とは言え、ことわざというモノは音読み訓読みどころか昔の言い回し、更にはまともに読めない固有名詞どころか宗教用語までもをふんだんに使うこともあり、ふりがなだけが分かったところで意味を完全を理解するのは不可能である。

 だからこそ、俺のように文脈から推理するしかないのだが。


 ──意味は……相変わらず読めないか。

 ──しかし、肉屋のコロッケ、マジで美味ぇ。


 揚げたてなのだろうパリッとした表面と、中のジャガイモの熱さと香りが肉の旨味を引き立て……近くのスーパーマーケットで買うのとはレベルの違うその美味さに、俺は思わずことわざの勉強どころか自分の前方すらも意識から飛んでしまっていた。

 その所為、だろう。


「見つけたぞぉ、この餓鬼ぃいいいいいいいいっ!」


 眼前に似合わないスーツを着込んだ、昨日の凶悪なプロレスラーが迫っていることに、全く気付けなかったのは。


「お、逮捕されたんじゃ……」


「ああ、お蔭さまでなぁっ!

 だが、防犯カメラにてめぇに吹っ飛ばされたのが写っていて助かったのさっ!」


 俺の疑問に巨漢はそう笑う。

 宝石店のガラスを突き破った際についたのだろう、その凶悪な人相の顔には絆創膏やら包帯やらが巻かれていて、ますます凶悪さを増して見える。

 尤も……


 ──武器も持たない、人間なんてなぁ。


 こっちと来たら武装した鋼鉄の人型兵器……機甲鎧なんて相手に素手で喧嘩したこともあるのだ。

 幾ら二メートル超の巨漢だからと言って、ビビるほどでもない。


「だが、強盗という疑いは消えても、餓鬼に放り投げられたって汚名は消えねぇっ!

 だからこそてめぇを探していたのさっ!

 この業界っ、舐められたら終わりなんでなぁっ!」


「……あ、そう」


 巨漢が吼えるのを片手に、俺はコロッケをもう一つ取り出して啄む。

 流石に人と話しながら本を読むのは失礼にあたると考えたので、血にまみれたことわざ辞典は閉じることにしたのだが。

 

「てめぇ……舐めやがって。

 腕力だけで勝てるほど、路上ってのは甘くねぇんだよ」


 だが、そうした俺の配慮は眼前の巨漢には通じなかったらしい。

 額に青筋を立てて……マジで皮下脂肪が薄いのか、それとも心臓が強いのか、巨漢の顔には血管が浮き出てきて、まるで漫画の表現のようだった。

 そんな巨漢を眺めながら、俺は齧りかけのコロッケを口の中へと放り込む。

 残りは五つ。

 圧倒的に足りない小遣いで買った、めちゃくちゃ美味しい揚げたてコロッケなのだから、しっかりと味わって食べようと……残り五つほどの入った紙袋の口を折りたたんでいた、その時だった。


「いい加減、こっちを見やがれぇっ!」


 俺の優先順位に激昂したらしき巨漢が、俺のコロッケ袋を叩き落したのだ。

 当然のことながら、巨漢は馬鹿みたいに力が強く……コロッケの入った紙袋なんて落下の衝撃で破けてしまう。


 ──ぁ?


 そして、袋が破けた以上、本体も無事で済む訳もなく……その列車事故にあった死体のように中身が出た「コロッケだったモノ」を前に、俺は呆然と立ち尽くすことしか出来ない。


「はははっ、隙だらけだぁあああっ!」


 そんな棒立ちの俺に向け、巨漢は大声で吼えながらもその丸太のように太い腕をLの字に曲げ、俺の首に向かって叩き付けてくる。

 アックスボンバー。

 詳しいことは知らないものの、有名なプロレスの技だと何となく知っている程度の技であり。

 そして、幾らプロの格闘家として生きてきて腕力に自信があったとしても、それは所詮、少し身体が大きい程度の人間の腕力でしかなく……生憎とその程度の力では、破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能に護られた俺にダメージを与えるなどあり得ない。


「馬鹿、なっ?」


 その技に凄まじい自信があったのか、それとも体格差で圧倒できると信じていたのだろうか。

 技を首で受け止めた俺を目の当たりにして、巨漢がそう叫ぶものの……もう遅い。


「……お返しだ」


 そこから先は完全に昨日の二の舞だった。

 スーツ姿の巨漢が叩き付けて来た袖を掴むと……俺はただ膂力任せに強引に振り回し、近くの店のシャッターへと叩き付ける。

 ただの力任せの一撃ではあるが、身体がデカければデカいほど叩きつけられた時のダメージは増す。


「ば、馬鹿、な。

 ただの力任せで、俺を投げる、だと。

 今の力は人間を超えて……」


 格闘技を修めている人間だからこそ、技も重心も使うことなくただの腕力で大男を放り投げた、この俺の膂力の出鱈目さが分かったのだろう。

 実際、俺の腕力はンディアナガルの権能のお蔭であり鍛練なんかで培ったモノではないのだから、非常識なのは当然なのだが。


「だが、負けんっ。

 同じ相手にっ、二度も、負けてっ……」


 幾らミンチにならないように手加減したとは言え……そして叩き付けた先が電柱やアスファルトではなく柔らかいシャッターだったとは言え、俺の一撃を受けてもその巨漢は立ち上がってきやがった。

 とは言え、ダメージは大きいらしく、膝は踊り身体は揺れ、歪みひしゃげたシャッターにしがみついて何とか立ち上がったというのが正しいのだが。

 そんなプロレスラーとしての矜持に感心した俺は、ゆっくりと巨漢に近づくと再びその袖を掴み……


「……そうか。

 なら、食い物の恨みを晴らす。

 歯を食いしばれよ?」


 そう無慈悲に宣告する。 

 当たり前と言えば当たり前のことで……コイツは食事を無駄にしたのだ。

 あの塩の荒野では干し肉一つを争って人が死んでいた。

 あの蟲の砂漠では肉切れ一つを巡って人々は命を賭して蟲と相対していた。

 だからこそ、コイツは……食い物を無駄にしたコイツは、その命と絶望をもって罪を購うべきなのだ。

 そんな、表には出さない俺の激昂と殺意が通じたのだろう。

 巨漢は今になってようやくガタガタと震え始める。

 眼前に立つ俺が……ただの少年の姿でしかない俺が、実は人智を超越した存在だとこの期に及んで気付いたらしい。

 だが……もう遅い。

 食い物の粗末にするということは、その食料が口に入ることで助かるかもしれなかった命を奪うのに等しい大罪で……その恨みは、身内を奪われた復讐者に匹敵するほど恐ろしいモノなのだから。

 俺は巨漢の袖を掴んだままの手に力を込めると……


「待ってくれぇええええええええええええっ!

 俺が悪かったぁああああああああっ!

 飯をっ、飯を奢るからっ!」


 直後に放たれたその言葉を聞いて手を放す。

 

 ……人の金で食べる高級焼肉は、揚げたてのコロッケと比べて、勝るとも劣らない素晴らしい味わいだったと記述しておく。




 そいて、その帰り道。


「……なるほど、な。

 袖を掴んで振り回したら、金になった」


 流石はことわざ……古より使われていたという言い回しである。

 ことわざの通りにすると、しっかりとその通りになる。

 それを期待して最後はあの巨漢の袖を握った訳だが……焼肉という実にすばらしい結論と相成った訳だ。

 ついでにプロレスラーにならないかと誘われたが、流石に断ったものの……


「……袖振り合うも多少の円、という訳か」


 俺は満腹まで食べた肉の味に満足しつつそう呟くと……そろそろあるだろう漢字の追試への自信を深めたのだった。




注:「袖振り合うも多生の縁」


 知らない人と道で袖が触れ合うようなちょっとしたことであっても、前世からの深い因縁であるという意味。

 総じて、人との縁はすべて単なる偶然ではなく、深い因縁によって起こるものだから、どんな出会いも大切にしなければならないという考え方のことである。

 断じて金を恐喝する意味ではないので、ご注意を。



書き終えてから気付いたのですが、西森博之先生の「道士郎でござる」で似たよなギャグを見たのを思い出しました。

期せずしてパクリになってしまったので御座る。

が、もう書いてしまったから良いかな、の精神でアップします。。。

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