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第五話 『泣きっ面に蜂』


 その日の放課後も、俺は血まみれで解読困難となった「ことわざ集」を手に、のんびりと歩いていた。

 ぶっちゃけた話……俺にとって放課後という時間は、やることがない、ただ家に帰るだけの時間に過ぎなかった。

 何しろ、俺には友達がいない。

 あの砂の世界へと跳ぶ前は、もうちょっとくらい……挨拶くらいしてくれるクラスメイトがいたと思うのだが。

 破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能が、知らず知らずに周囲へとプレッシャーを与え得ているのか、アレ以降、話しかけてくれる人もいないのが現状である。


 ──いや、違うか。


 話しかけてくれるヤツはいる。


「ひ、ひぃぃぃ、た、助けてくれぇええぇええっ!」


「す、す、す、済みませんでしたぁあああっ!

 こ、殺さないで、下さいぃいいいいっ!


 この前、適当に骨をへし折って『教育』してやった上級生の不良共……いや、「元」不良共と呼ぶべきだろうか。

 茶髪に染めてた髪を真っ黒に戻し、着崩していた制服をしっかりと整え、ピアスも外し……突っ張って生きていた彼らはいきなりオドオドと兎並に臆病な小動物へと化していたのだ。

 彼らが何を考えているのかはさっぱり分からないが……まぁ、「本当の暴力」と直面したことで、価値観が変わったのだろう。

 突っ張って社会に背を向けても何の意味もなく……例え、暴力で幅を利かせて生きていたとしても、それ以上の暴力に直面してしまえば、ただ屈して泣いて喚いて許しを乞う以外に道がない、ということに。

 そういう力の理論から逸脱するための社会であり、法律なのだ。

 暴力を振るえば、警察や自衛隊という「それ以上の暴力」によって叩き潰される。

 それが社会というものである。


 ──まぁ、そんなのは、俺に関係のない話だけど。


 不良や暴力団を適当に潰しているだけの『善良な市民』である俺には、警察や自衛隊なんかとお知り合いになる機会などあり得ない。

 そういう社会の縮図すらも理解しなかったゴミ共が、俺の「教育」によって社会性を取り戻せたというのなら、それはそれで良かったのだろう。

 ……だけど。


 ──ちとクスリが効き過ぎた、か。


 そう俺が反省混じりにため息を吐くのも仕方ないことだろう。

 何しろソイツらは……視界に俺が入るや否や、いきなり土下座して奇声を上げ始めたのだから。


「お許しをっ! 

 お許しをっ!

 私たちが、悪かったですっ!」


「どうかっ!

 どうか、御目こぼしをっ!」


 元不良共は俳優でも目指しているのか、時代劇の農民っぽい叫び声を上げて、俺に慈悲を乞い続ける。

 とは言え、俺としては降りかかる火の粉を払っただけで、コイツらに恨みなんざない。

 幾ら何でも五月蝿過ぎる上に、周囲の視線が徐々に恐怖と嫌悪に染まって行くのが分かる。

 こんなんじゃ、彼女どころか友達さえも出来ないだろう。


 ──ちょっと、黙らせる……

 ──訳にはいかない、か。


 俺は脳裏にふっと過ぎった「顎をへし折るか咽喉を潰して物理的に黙らせる」という選択肢を、頭を横に振って追い払う。

 それをやらかすと……俺の望みが致命的に断たれてしまうことくらい、流石の俺にでも分かる。

 結局……多少は葛藤したものの、俺はソイツらを無視して通り過ぎることにする。


「あ、ありがとう、ございますっ!

 ありがとう、ございますっ!」


「生きてるっ!

 俺たちは、生きてるっ!

 今日も、助かったっ!」


 俺が通り過ぎたことで、そのアホ共は更なる奇声を上げ……周囲から白い目で見られていた。

 ……何故か、無関係の俺も含めて。

 酷い話である。


 ──転校すりゃ、俺に遭うこともないだろうに……


 奇声を上げ続けるアホ共と、その所為で周囲から注ぎ続けられる恐怖と嫌悪の視線を俺は意図的に無視すると……その前をさっさと通り過ぎて校外へと逃げ出したのだった。




「くそったれ、あのアホ共め……」


 通い慣れた通学路で、俺は天を仰いでそう嘆息していた。

 相変わらず、友達が出来ない。

 その機会すらも、あのアホ共の所為で縁遠くなる一方だ。


 ──今の俺は、昔とは違うんだけどなぁ。


 昔の俺は、周囲の人間なんざアホでゴミだと思い込み、全てを殺そうと思っていたダメ人間だった。

 しかし、今の俺は違う。

 破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能を手に入れてからは、あの頃みたいに思い通りにならない世の中に対して負の感情を募らせるようなことはない。

 周囲の人間は軽く殴れば臓物と脳漿をまき散らして死ぬ程度の弱い存在だと悟っているし、この俺たちが暮らしている社会すらも、適当に蟲を数匹放っただけであっさりと瓦解する脆いものだと分かっている。

 だからこそ、俺はそんな脆弱な社会を壊そうとせず、俺の方から歩み寄ってやって、何とか迎合してやろうと頑張っているのだが……

 ……何故か、俺に話しかけてくれる人は、以前より少なくなり、俺に向けられる視線は、ますます負の感情を強めるという体たらくである。


 ──何故だ?

 ──蜂ですら、ああやって集団生活をしているってのに……


 俺はふと目に入った丸い蜂の巣……スズメバチっぽい巣を見て、そうため息を吐いた。

 っと、不意に蜂関連のことわざがあったのを思い出した俺は、手元の血まみれの本へと視線を移す。

 ……その時だった。


「見つけたぜ、てめぇ。

 昨日は、うちの弟分が世話になったそうじゃねぇか」


「おぅ、この人はなぁ、この辺り一帯を仕切っている那屡魔鬼を仕切っている、成瀬さんんだっ!

 てめぇなんざ、ワンパンよ、ワンパンっ!」


 ……気付けば、いつものように、変な連中が俺を取り囲んでいた。


 ──またか。

 

 総数二十余りの、時代錯誤の格好をした連中の中で、一人だけ格の違う大男の存在が見て取れた。

 コイツが、この連中のボスなのだろう。

 偉そうな態度で、顔をアホみたいに歪ませて俺を必死に睨みつけている。

 とは言え、あの塩の砂漠で真剣を手にした男たちと斬った張ったを繰り返した俺である。

 命のやり取りをした経験すらない、こんな素手のアホ一匹に威圧感なんざ受ける筈もない。

 そのまま無視して手元の本へと視線を向ける。


 ──泣きっ面に蜂、か。


 相変わらず手元の本はぐしゃぐしゃになった挙句、血で彩られ、そのことわざの意味までは解読できない。

 とは言え……俺も日本人として生きて来た人生経験がある。

 そして、近くにはそれを実証するためのモルモットもいる。

 ……これで分からなければ、馬鹿、だろう。


「おぅっ!

 無視ってんじゃねぇぞっ!

 ビビってんのか、こらぁっ!」


 そうして俺が手元の「ことわざ集」に注意を向けたその隙に、何とかっていうこの眼前の男は急に胸ぐらを掴んできたかと思うと、そのまま右拳を俺に叩きつける。

 ……何度も何度も何度も何度も。


「でたぁっ!

 成やんの掴みパンチっ!

 以前にボクサーも泣かしたというっ!」


 この男の取り巻きらしい、身長の低いチンピラがそう叫ぶものの……


 ──別に、痛くも痒くもないんだが。


 その程度の攻撃なんざ……鋼鉄製の刃物すら弾き返す俺にとっては、何の意味も持たなかった。

 所詮、コイツのは喧嘩でならした程度の腕である。

 ……生存競争という名の、凄惨な殺し合いを生き抜いてきた俺にとっては、「軽く痛めつける」のを目的とするコイツの攻撃など児戯にも等しいのだ。

 まぁ、この俺に破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能がある時点で、それ以前の問題だとは思うのだが。


「こ、コイ、ツ……」


「……気が済んだか?」


 いい加減、胸ぐらを掴まれる感覚が鬱陶しくなった俺は、ソイツの左手を握り、軽く力を込める。

 枯れ木に布を巻いてへし折ると、そういう音がするだろうという、くぐもった破砕音が響いたかと思うと……


「みぎゃぁあああああああああああああああっ?」

 

 直後に、男の口からは情けなくも甲高い悲鳴が上がる。

 虐待される猫の子かと思うような、哀れを誘うその悲鳴に俺は眉を顰めると……そのままソイツの肋骨に手をかけ、軽く捻る。


「ひぎぃいいいいい、おぉぐぇえええええええっ?」


 ……肋骨の破砕音は、悲鳴と嘔吐にかき消されて聞こえなかった。

 とは言え、俺は別に骨の折れる音を聞いて喜ぶような悪癖は持ち合わせていない。

 取りあえず、俺の握力を味わった男の顔をゆっくりと見下ろす。


「ゆ、ゆる、ゆるし、ゆるして……

 許して、くだ、さ、い……お願い、しま、す」


 ソイツは、哀れにも泣いていた。

 目から涙を垂れ流し、鼻からは鼻水を垂れ流し、ついでに口からは涎と泡を吹いて……俺に必死に許しを求めている。

 ……だけど。


「ああ、ちょうど都合が良いな」


 戦争を体験し、幾つもの屍を踏み越えて来た俺にとってはそんな泣き顔など……見慣れた一光景に過ぎない。

 そのままソイツのそっ首を掴むと……


「ひ、ひぃいい。

 ゆる、ゆるし、ゆる、たすっ?」


「ひ、酷過ぎる……」


「鬼だ……

 いや、悪魔だ……死神だ……」


 必死に泣き叫び、小便を垂れ流し始めたソイツをズルズルと引きずって、目的の地点へと……さっき見つけたスズメバチの巣の近くへと歩み寄る。

 周囲の取り巻き連中も、口々に何やら呟くばかりで……俺に刃向ってまでコイツを助けようとはしてこなかった。

 コイツには……人望、というヤツがなかったらしい。


「……ひぃぃぃっ?」


「ほら、頑張って実演してくれ~」


 後は簡単だった。

 俺は必死に暴れようとするアホを持ち上げると……そのままソイツを適当にスズメバチの巣へと放り込む。

 ……顔面からモロに。

 しかも……死なない程度に力を加減して。


「みぃぃいいいぎゃぁあああああああああぅぉえええええぇぇぇえっ!」


 後は……哀れなものだった。

 スズメバチたちは、自分の巣を破砕して突っ込んできたその生物を、あっさりと外的だと判断したらしく、一斉に攻撃を仕掛けたのだ。

 その何とかって名前の男は、まるで電気ショックを浴びたかのように、エビ反りになって跳ね、身体に火がついたようにのたうち回り、シャクトリムシのように身体を折って伸ばしを繰り返し……

 直後に、痙攣して動かなくなった。


「……あれ?」


 何かあっさりと静まり返った男の姿に、俺は首を傾げる。

 幾らスズメバチの毒が強力とは言え……即死するほど凄くはない筈なんだが。


「アナフィラキシーショックだ。

 前に成やん、スズメバチに刺されたことあるって言ってたから……」


「お、おいおいっ!

 それって、ヤバいじゃんかっ!

 成瀬さん、おい~~っ?」


 ……アナフィラキシーショック。

 俺でも某狩人漫画を読んで知っている……蜂に二回刺されると、何やらヤバいことになるらしいという症状のことだ。

 そうして俺が眺めている間にも、蜂に刺された男は仲間たちに開放されていて……どうやら人望が完全に枯渇していた訳じゃないらしい。


 ──ああ、コレのことか。


 その現象を目の当たりにしたことで、俺は軽く頷く。

 ……そう。 

 こうして実験が完了した以上、コイツらにもう用はない。

 だけど、まぁ……このままアイツが死んでしまえば、ちょっとばかり鬱陶しいことになる気がする。

 ……多分。

 まぁ、警察なんざ、数匹静かにさせれば大人しくなるとは思うが……好き好んで厄介ごとを招く必要もないだろう。


「成やん、おいっ!

 死ぬな、てぇっ、この蜂ども!」


「く、くそっ!

 死ぬんじゃないっ!

 ああ、鬱陶しって、いてぇえええっ?」


 だから、俺は静かに……蜂に刺されながらも心肺蘇生法を頑張っているその連中に近づくと……


「……お前らは、遊んでいて、蜂の巣を壊してしまった、良いな?」


「な、なに……は、はいっ!」


「は、はいぃぃぃっ!

 分かりましたっ!」


 アホ共をそう説得する。

 ついでに彼らに群がっていた蜂に権能を込めた右拳の裏拳を放ち……蜂共を一掃する。

 近くを飛んでいた蜂たちは、一斉に塩の塊と化し、地に墜ちて砕け散る。

 彼らに罪はないが……さっきから羽音が鬱陶しくて仕方ない。

 鬱陶しいから殺すというのは、まぁ、普通のことだろう。


「……あ、あんた」


「た、助けて、くれる、のか?」


「……知るか。

 二度と俺の前に現れるなよ、アホ共」


 健忘症でも患っているのか、そこの横たわったままの馬鹿が死にかけた『原因』を忘れたらしく、何故か感謝し始めたアホ共にそう告げると、俺はゆっくりと歩き出す。

 三分くらい歩くと、救急車の音が聞こえて来て、止まる。

 ……あの馬鹿が助かったかは知らないが、まぁ、正直、どうでも構わないだろう。


 ──それよりも。


 今は、もっと大切なことがある。

 俺は手に持っていた「ことわざ集」を開くと……ポケットのシャーペンでメモを取る。


「泣きっ面に蜂。

 つまり、泣いている時に蜂に刺されると、アナフィラキシーショックで悶え苦しんで、命がヤバい、という意味か。

 まさか、現代医学まで網羅しているとは。

 なかなか侮れないな、ことわざってのも……」


 そうして俺は軽く肩を竦め、再び歩き始めると……また新たなことわざを学ぶべく、手元の本へと視線を落としたのだった。



注:「泣きっ面に蜂」

 泣いている顔をさらに蜂が刺すということから、不運や不幸なことの上に、さらに不幸が重なる、という意味。

 ……今回はそう間違えてない。


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