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テレプシコーレ

作者: まいにくん

ニュース速報 VIP 小説・ラノベのワナビスレ 統一お題

テーマ『夢』『橋』『ゼンマイ仕掛け』

   なあなあなあ、おまえのユメってなに?

   朝起きたときは覚えてたのに忘れたって?いやちげーよ。その夢じゃねーよ。

   オトナになったら何になりたいかのほうだよ。

   いろいろあるだろ、ゼンマイ飛行士とかゼンマイ仕掛け士とかゼンマイ巻き士とかさ。

   え?お前のユメはなんだって?それはなあ……



 うららかな春の朝だった。

 とても懐かしい夢を見た。

 夢と言っても現実に起こった事、過去の記憶がリフレインされたものだが、あれは八歳か九歳そこらの出来事だったように思う。だいたい十年前。

 当時、よく一緒に遊ぶ友達がひとりいた。ヤツは幼馴染で、俺が当時病気だったのをまったく気にする事なく外に連れ出し二人で遊んでは、ヤツの父親で俺の家の執事をやっていたおっさんに喝をもらっていた。

 ぼっちゃんに何かあったらどうすんだ、と。

 今思えばそうやって怒られたのは病気とか関係なく、子供にしてはかなりデンジャーな遊びをしていたからだったんだろうと思う。外で遊んだところで悪化もしなければ治りもしない、今調べるとそのような病気だったから。だが当時の俺は、ヤツが怒られたのは、二人の遊びが俺の病気に悪いからだと思い込んでいた。

 当時、ぼっちゃんこと俺は自分の病気などどうでもよく、子供らしく溢れ有り余るエネルギーを身体を動かし遊ぶ事で発散したかったので、そいつが毎日毎日外に連れ出してくれるのは当然ウエルカムだった。ヤツが怒られるからと遠慮したこともあったが、それでも結局ヤツとは遊ぶことになった。

 そうやって色々危険な遊びをしつつ、さっきの夢のようにお互いの将来のユメを語り合ったりしていた。

 そういえばあの頃のヤツや俺のユメってなんだったっけな……。十九になった今ではよく覚えていない。俺は今中等学校でゼンマイ学の講師をしている。当時の俺のユメが叶ったのかどうかは分からない。

 ともかく、俺はヤツと一緒に遊ぶのがこの上なく楽しかった。それはヤツも同じだったと思う。いつも満面の笑みでドアを開いて俺を連れ出すのはヤツだったから。

 でも、そんな楽しい日々は長くは続かなかった。

 戦争が起きた。

 国土は、まるい形の島が南北に二つ並んでいるのを想像してもらえばいい。

 歴史に名を残す偉大なゼンマイ仕掛け士の手で作られた人工島で、人口は両島ともに百万人ほど。

北島南島共に上から見れば本当にまんまるの形をしているのだ。

 国はその北と南の島にそれぞれ分裂した。北がノーリア、南がサリアという名前だ。

 その時に大人の事情というやつで南の島に住んでいた俺とヤツのうち、ヤツだけがノーリアに行ってしまった。

 以来十年にわたる戦争が両国の間で行われた。

 もちろん国交断絶状態だったが、戦争と言っても、島と島のあいだは海だし、ノーリアもサリアもほとんど軍事力を持たない国同士だったので、兵隊さんがゼンマイ銃を打ち合ってそれで人が死ぬような物ではなく、貿易だったり、宇宙開発競争であったり、情報戦であったり、果ては球技の国際試合であったり可愛いものであった。

 だが確かにその影響で、陰で人が殺されたり、自ら首を吊る人間がいたり、誰かが悲しい思いをしたり、戦争で有る事にはかわりは無かっただろう。俺とヤツも十年も引き離されてしまって文通すら許されなかった。

 戦争はきっかり十年続いた。きっかり十年、つまり最近終結したのだ。

 きっかけは単純だった。内乱の原因だった資源事情が解決するような革新的な技術がもたらされたのだ。

 具体的に言うと、この二島のエネルギー資源である風力発電の効率が格段に上がったのである。

 現金な話だなあと思うが、戦争が始まってからこっちお互いがお互いに首を絞めあっている状態が続いていて、これ以上戦争を続けていれば共倒れだったのはどちらの国民の目から見ても明らかだった。渡りに船といった感じだったのだろう。

 ともかく、どちらかが折れることなく戦争は終わった。それは両国にとって喜ばしい事であったので、終戦と国交正常化を祝って両国のあいだで式典とお祭りが催されるらしい。それが約二ヶ月後。

 一介の教師である俺ですらも駆り出されるくらい人手が足りてないようで、休日の今日、朝起きて髭をそりのっそりもっそりスーツに着替え、呼び出された市役所に赴く為に発条二輪に乗った。

 発条二輪とはその名の通り、ゼンマイ(発条)の力で走行するバイクだ。ちなみに昔はガソリンを燃料として使うバイクが主流だったそうだが、五十年前にこの惑星の石油が完全に枯渇してからはこの世で最もコストパフォーマンスが悪い乗り物の一つになってしまった。

 この南島ではゼンマイの力が主に使われている。もちろん北島も同様だったが、この戦争のあいだに向こうは電気も頼るようになったそうだ。世界的には水力、火力、発条力が三分の一ずつ均等にシェアを分けていて、そこに最近、電気の力、電力が加わってきている。

 二島から見て南西の海上に位置する巨大風車群によって生まれる『巻き』のエネルギー(これを俺達はゼンマイエネルギーと呼んでいる)を、グレート・シャフトと呼ばれる、海底を通る長大な鉄の棒で二島に届けている。

 そのエネルギーは、一度『本ゼンマイ所』と呼ばれる北島南島に一つずつある施設の超級ゼンマイ群(直径二十メートルもあるゼンマイが三十数基)に蓄えられた後、地下シャフトを通して各島それぞれの市にある『市ゼンマイ所』に分配される。そこから地下シャフトラインで各家庭やエネルギー分配業者にゼンマイエネルギーが送られるのだ。

 俺はその各家庭に送られてくるゼンマイエネルギーをこの二輪に蓄え使用している。

 だいたい三時間の『巻き』で連続十時間の走行が可能だ。

 そして、そんな感じのことを平日は中学生相手に教えてもいる。


 市役所に到着した俺は駐輪場に発条二輪を停め、ゼンマイエンジンをステイにし、ゼンマイエネルギー供給機とドッキングさせる。忘れずにエネルギー充填料を払っておく。本来自分の乗っているタイプの二輪はもっと複雑な操作と専用のアダプターが必要だったが、一々面倒なので自分で勝手に改造しておいた。冬の車検に通るかびくびくだったが意外と良くなされる改造の様で、すんなり通って拍子抜けした。

 市役所に入り受付で名前を告げると大きな会議室に通された。人一人いなかったのでとりあえず適当な席に腰掛け待っていると少し経ってから三人のスーツ姿の男達が入ってきた。

 どうやらそのうち二人は俺と同じように呼ばれた人らしい。説明をするのは俺と同じような眼鏡をかけた、しかしちょっと小太りの中年男の様だ。

 とりあえずの自己紹介タイム。呼ばれた二人は俺と同年代の男でフィリップとピーターと言うらしい。二人はこの国のゼンマイ機構を管理する『ゼンマイ省』の人間だそうだ。イイ笑顔の小太り中年はヤンという名前で約二ヶ月後の終戦・国交回復記念祭の企画実行委員会の人間らしい。俺も名刺を差し出しながら自己紹介をした。

 ヤンはホワイトボードを使ってイイ笑顔で説明しだした。

 今日どんな面倒な仕事を言い渡されるのかと考えながらやってきたがどうやら一番面倒な予想が的中したようだ。

 ヤンが説明しだしたのは二島、北島と南島の間に架かる『橋』について。

 この二島は戦争前は一つの国で、両島を行き来するために橋が架けられていた。それが内乱の時に外されてしまったのだ。

 その橋というのが普通の橋じゃない。まず半分ずつ北島側と南島側に分かれている。次にその半分の橋が何とゼンマイの力で動く。上から見れば時計の針の様な感じで島の周りを一周するように動かすことが出来る。その様子からか『ぐるぐる橋』という安直なネーミングがなされていた。

 もともとこの島を作った偉大なゼンマイ仕掛け氏にしてゼンマイ学のオーソリティーであったアル・ウィッフィン博士は、たった二島で作品を終わらせるつもりはなく、勝負も中盤のオセロの様な感じで規則正しく丸い島を二十くらい量産するつもりだったらしい。その時に東西南北四方向の島へ行き来出来るようにとこの可動式の橋は作られたのだった。

 正直なところそんな風に周りに丸い島が密集するようならば、可動式の橋では間に合わないので普通に四方向に橋を架ける方がいいと思う。だが昔は橋を作る為の鉄が希少だったそうだしその時に考えればそうするのもありなのかもしれない。ただ島一つの規模のゼンマイ機構を作るのと四方向に橋を架けるのと使う鉄の量にそこまで違いがあるとは思えないが……。

 その橋だが、今は先ほども言ったように外されている。外されているというのは破壊されたと言う訳ではなく、その橋のゼンマイを中途半端に回して、お互いの島に向かっていた橋をあらぬ方向にずらしただけの話だ。

 現在はノーリア側の橋は上空から見ると、真北を十二時として九時の方向に、サリアのものは三時の方向に向いている。

 男の説明についてまとめると、約二ヶ月後の終戦・国交回復記念祭でこの橋に両国からパレードを通すつもりなので、それまでにこの橋を正常な向きに戻してほしいのだと言う。その為にはその筋の知識を持つ人材が必要だと。俺に白羽の矢が立ったのはそういうことらしかった。俺が大学で研究していたのがまさにこの『ぐるぐる橋』についてのことだったのだ。研究していた時にお世話になった教授がこの件の担当の人間に色々吹き込んだらしいというのは後からわかった。

 ヤンの説明はそこまでだった。事情を理解した俺は説明を引き継ぐ。

 橋を動かす為のゼンマイを回すには三つの手順が必要だった。まずゼンマイ機構中枢部にゼンマイエネルギーを蓄えること。橋を動かすゼンマイ機構の中枢は、この島の中心でもあるゼンマイ仕掛けの大時計塔の地下に埋まっている。そこに街に張り巡らされているゼンマイネットワークからエネルギーを注ぐ必要がある。

 大学で研究していた頃、調査の為に大時計塔の管理人さんに何度もお世話になったので、住所も知っているし面識もある。エネルギー充填の方は問題ないだろう。ついでに言うと三つ目の手順はスイッチを押すだけなのでこれも問題ない。

 問題は二つ目の手順だった。この島のフチに存在する立ち入り禁止の外環路に入り、機構に直結したバーを『人間が』押して島を三周し、ゼンマイエネルギーを蓄えなければならない。しかも一つ目の手順で中枢に注いだゼンマイエネルギーはいわばその補助でしかなかった。三周というのはこの橋が時計回りにしか回転しないのと、バーを押して一周しただけでは四分の一しか橋は回らない構造になっているからだ。

 なぜアル博士はそんな面倒な機構にしたのか。自分だったら中枢にゼンマイエネルギーを注ぐだけで回るように作っただろう。それはアル博士の残した文献を読み、そこに滲み出る性格を捉えていくうちに何となく理解することが出来た。つまりこの博士は人間がゼンマイを巻くことに執着を持っていたのである。

 一々ゼンマイを巻くには人間は非力だし時間は無駄になるし現実的ではない、なので風力をゼンマイエネルギーに変換してそれを分け合うと言う機構を開発した。だがやはりゼンマイとは己が手で『巻く』ものである。アル博士はそういう風に思っていたらしかった。なので、今でも大時計塔の時計機構に、巨大風車群の起動用の仕掛けに、そしてこのぐるぐる橋回転機構にと、重要な場所にはやはり人間の手でゼンマイを巻かないといけないような構造に設計したらしい。

 バーを押しながらこの島を三周、真面目に三周。おおよそ三百六十キロメートル。……そのバーを動かす重さによるが、これがどんなに軽く、どんなに急いでも人間の足だと休みなしで丸六日はかかるだろう。現実的に考えて二週間は欲しい。中枢にゼンマイエネルギーを注ぐ時間も視野に入れて逆算すれば今すぐ動きだしても余裕はそんなに無い。

 あともう一つの問題としてこちらが橋を向こうに向けるだけでは意味が無い。北島でも同じようにゼンマイを巻く役目の人間が必要だ。それは一体どうなっているのかとヤンに尋ねたところ、そもそもこの話を持ちかけたのはノーリアの政府の人間らしく、向こうは人材がそろっていて既に動き始めているらしい。そこまで話したところで、ヤンは懐から何か名刺大の小さなものを取り出した。

 それは画面らしきものが付いた小型のテレビジョンのようだった。ヤンの説明によるとそれは最近ノーリアで使われだした電子式のコードレス・テレフォンというものだそうだ。どうやらそれで相手方と連絡を取ってくれということらしい。ゼンマイも使われていないらしいし通話線も繋がっていないのにどうやって通話するのか尋ねたところ、ヤンは困った顔をした。そこで突然俺の隣に座っていたフィリップが説明しだした。半分以上知らない専門用語で理解するのに苦心したが、要はどうやら戦争中に宇宙開発競争で打ち上げられた人工衛星を介して通信しているらしい。なんともすごい技術だが、それは一体どういう風に使うのだろうか。

 などと思っているとコードレス・テレフォンの画面に何やら横書きのメッセージが表示されていた。

 

マ)ハジメマシテ ワタシハ ノーリア ゼンマイ ギジュツ カイハツキョク キョクチョウノ マリエダ ガイヤルド デス ヨロシクオネガイシマス


 俺は二つの意味で驚愕した。まず、この技術力に。そして、相手の名前に。

 マリエダ・ガイヤルド。それは十年前に離れ離れになった俺の唯一の友達だったヤツの名前。俺の家の執事のおっさんの子供。ちなみに両国の国策で同姓同名は無いように管理されているので名前が一緒の別人というのは無い。外国から来た人で被る場合は姓名の間にAとかBとか入れられるらしい。

 そうか、ヤツは技術開発局の局長なんていうお偉いさんになっていたのか。あのやんちゃが。俺は時間差で訪れた三つ目の意味でも驚いた。

こんなタイミングでまた会うことになるなんて、今朝の夢は予知夢だったのかもしれない。

 で、これどうやって返信するんですかねと電気技術が盛んな外国から来たらしいフィリップに尋ねると、コードレス・テレフォンの画面を指でタッチして操作し、さらに本体から画面だけを上にスライドさせて下にあった簡易キーボードの様なものを露出させて「ハジメマシテ」と打って見せた。なるほどそうやって操作するのか。キーの並びも大体タイプライターと一緒だな。

 その後もフィリップは一通り操作の仕方を使いながら説明してくれたが半分くらい頭に入っていなかった。あのマリエダが、という思いと、なんと返信しよう、と言うのが頭の中をぐるぐる渦巻いていた。

 とりあえず俺は自分の頭文字である『ハ』を登録し、フィリップの打ち込んだ「ハジメマシテ」を消去ボタンを連打して消し、

 

 ハ)コンニチハ ハリー ヴォルト デス イマハ チュウガコウデ キョウシヤッテマス ヨロシク


と苦労しながら打ってみた。少し間をおいて返信がくる。

 

 マ)ハジメマシテ ジャナカッタ デスネ ヒサシブリ ダナ ハリー!


 マリエダだ。やっぱり俺の知っているマリエダだった。俺は自分の顔がニヤニヤと気持ち悪い笑みに染まっていくのがよく分かった。隣でフィリップもピーターも目を丸くしている。


 ハ)マリエダ ヒサシブリ! ゲンキダッタ?


 マ)ゲンキダッタゼ! ソッチハドウ? ハリーモ オジサンモ オバサンモ ゲンキ?


 ハ)ゼンイン ゲンキダヨ! オッサン ゲンキ?


 ヤン何事かと訊ねたので、幼馴染の親友なんですよと答えると三人は大層驚いていた。


 次の日から『ぐるぐる橋回転大作戦』が始まった。スタッフはピーター、フィリップ、ヤン、俺、市役所から男三人。市役所の例の会議室が作戦本部、部長は俺。学校の方は政策として生徒を祭の準備に駆り出し始めたので授業そのものは無かった。心苦しかったが他の先生に色々任せてきた。

 ぐるぐる橋を動かすのに必要な事を簡単にまとめると。

(1)大時計塔地下、ぐるぐる橋可動機構中枢にゼンマイエネルギーを三周分注ぐ。

(2)南島外環路をバーを押しながら三周(約120km×3)して本稼働用に『ゼンマイを巻く』。

(3)大時計塔の朝九時のチャイムに合わせて中枢部の稼働ボタンを押す。

 の三手順。

 まずフィリップに外環路を点検するための人材を集めるよう指示を飛ばし、マリエダとコードレス・テレフォンでぐるぐる橋を動かす為にどうすればいいかを話し合った。

 

 マ)ソチラノ ゼンマイ エネルギー ノ デンタツ キカクハ 2ネン マエニ カワッタト キイタ


 マ)ドウヤラ ソノ キカク デハ チュウスウ二 エネルギーヲ オクリコム コトハ デキテモ タメル コトガ デキナイ ヨウダ


 ハ)ヘンカンキ ガ アレバ イケルダロウカ?


 マ)ソウダネ コチラデモ キカク ヘンカンキヲ ツクッタ  ソノ ズメンヲ オクッテ オイタノデ サンコウニ シテホシイ


 『規格変換機』の設計図は何と空輸で届いた。目の前にゼンマイ飛行機が降り立つのを見たのはあれが初めてだった。

 ついでにノーリア側の『ぐるぐる橋回転大作戦』スタッフの写真も付いていた。驚いたことにスタッフの半分以上が女性だった。男くさいサリア側のスタッフとはえらい違いだ。そしてマリエダは見違えるほどに成長していて驚いた。

 『規格変換機』の作成は俺とピーターで進めた。ピーターはどうやら去年まで大学で俺と同じ研究室に所属していたらしく、ぐるぐる橋ゼンマイ機構について調べ上げた俺の論文も読んでいたらしい。お陰で俺の話もよく理解してくれて、こちらのエネルギー伝達規格に合わせる為の計算も手伝ってくれた。

 ここに来て、どうやら『本ゼンマイ所』にある超級ゼンマイ並みのエネルギー貯蓄キャパシティのゼンマイが三台必要だと言う話になった。エネルギー充填に問題は無いとか嘘ついたの誰だよ……。これは三つ目の稼働ボタンについてもちゃんと調べて置かないと。

 とりあえず超級ゼンマイは本ゼンマイ所に借りることが出来るかどうか聞くことにした。

 そこでフィリップが本部に戻ってきて点検要員を確保できたと言うのでやけに早いなと思ったら、その点検要員とはうちの中学の生徒のことだった。なんでも準備に駆り出すと言うのは政策で決まっていたのだが肝心の何をやらせるかというところまで決まっておらず、どうしたものかと考えあぐねていた所にフィリップが通りがかったそうだ。

 とりあえずフィリップには生徒を現地に運ぶためのゼンマイバスを手配させた。

 今回の件、非常に忙しくなりそうだった。しかし少しワクワクしている自分もいる。なにせあのマリエダとの仕事だ。条件反射の様なものでヤツの名前を見るだけでそうなるように、約十年前に教育されてしまったらしい。

 マリエダとは仕事の話も、他愛ない話もなんでもした。そういえば、と思ってあの夢の件について聞いてみたのだが……。


 ハ)ソウイエバサ


 マ)ン?


 ハ)ショウライノ ユメニツイテ カタッタ コト アッタ ヨナ


 マ)アーアッタナ ハリーハ ソノ ユメノ ナイヨウ オボエテル?


 ハ)ソレガ オモイダセナイ


 マ)ドッチノ? リョウホウ?


 ハ)リョウホウ  マリエダ オボエテタラ オシエテ キニナル


 マ)オボエテルケド オシエナイ ゼッタイ


 ハ)ナニソレ!


 こんな感じで頑なに教えてくれない。一体どんなユメをお互い持っていたのだろうか。出てきそうで出て来ず気持ち悪いので、ヤツにしつこく頼みこむと。


 マ)コノ ケイカクガ セイコウシタラ オシエテヤル


 だそうだ。気になる。


 『ぐるぐる橋回転大作戦』が開始されてから一ヶ月経った。

 外環路にホームレスが住んでいてその立ち退きに色々な省庁を巻き込んでおおごとになったり、超級ゼンマイを借りるのにお偉いさんに頼み込んだり、その超級ゼンマイの運搬で特殊なゼンマイ車両が必要だったので借りようとしたら予算オーバーして今度は別の所に頼み込みに行ったり、マリエダにこちら側のスタッフの写真を送ったり本当に色々あった。

 

 マ)ハリーモ セイチョウ シタナ


 ハ)ダロ?


 マ)シンチョウハ ソコマデ ノビテ ナイガ


 ピーターとフィリップが百八十五オーバーとデカ過ぎるだけだよ……俺はチビなんかじゃないよ……。


 とにかく、この一ヶ月必死で駆けずり回った結果、

(1)大時計塔地下、ぐるぐる橋可動機構中枢にゼンマイエネルギーを三周分注ぐ。

 はなんとかなった。

(3)大時計塔の朝九時のチャイムに合わせて中枢部の稼働ボタンを押す。

 の稼働ボタンについても、実際はボタンじゃなくレバーだったという点だけで、問題無いことが明らかになった。


 これから頑張らないといけないのは、

(2)南島外環路をバーを押しながら一周して本稼働用に『ゼンマイを巻く』。

 だ。

 バーの重さだがそんなに重いというものではなかった。だがゼンマイなのでやはり巻いていくごとに重くなっていくのだろう。

 それについてはマリエダと話し合い、バー押しが一周するごとに可動レバーを倒し、九十度ずつ橋を回転させて行くことにした。

 こうすることでバーが重くなりすぎるのを避けた。これを三回行う。

ランナーは体力に自信のある市役所所員九人とピーターとフィリップと俺でリレー方式。ヤンは体力的に無理とのこと。

 全員で十二人である。時計の文字盤のようにランナーを配置して、一周百二十キロメートルを十二等分、一人十キロを三回走らせることにした。ランナーの配置には貸し切りゼンマイバスを利用。一日に走らせるのは三人。四日間でバー押しがやっと一周。五日目の朝九時のチャイムに合わせて橋を稼働させる。

 これで十五日かかる計算である。ただやってみない事には何が起こるかわからないのでこれでも間に合うかどうかはわからない……。マリエダの方が先にやっていて色々聞けるかと思いきや向こうでもホームレス立ち退きのいざこざでおおごとになっていたらしく、この『巻き』の作業は全く同じタイミングで始めるようだ。


 マ)ウチノ トウサンガサ


 ハ)オッサン?


 マ)ソウ オッサン オッサンガ ホームレスニ カツ イレタノガ キイタ ミタイダ


 おいおいおっさんの喝のレベル上がってるじゃねえか……。おっさんことマリエダの父は政府の偉い人やっているらしい。一介の執事から大出世だ。


 『巻き』作業開始当日。時間、朝九時。天候、晴れ。気温、十八度。

 外環路上の位置、十二時。第一ランナー、ハリー・ヴォルト。服装、ジャージ。

 俺は目の前のバーと足元の外環路を確認する。胸の高さのバーは鉄製で錆止めの赤いペンキが新しく塗られていた。ゼンマイ自体は千年二千年ごときじゃ腐らないが、巻く為のネジ、この場合はバーだが、は違う。最初に見た時は錆ついていて酷い有様だった。そういう鉄材加工の職人を親に持つ生徒を知っていたのでその人に新調してもらった。ちなみに値も張ったのでさらに予算をもらうことになった。中々立派な鉄のバーが壁からにょきっと生えている。その壁にはバーが通る為の隙間が先の方までずーっと続いている。

 外環路は鉄製の足場で網掛けなので下が透けて見える。下は海だ。幅も人二人が楽にすれ違える程度。幼こんなところにホームレスは住んでいたものだ。今は急ごしらえのプレハブに移ってもらっているが。


 位置について……よーい、スタート!

 足場を蹴って走り出す。バーは問題なくスリットをするすると通って行く。今のところ不都合はないようだ。

 不安なのはどこかで引っかかる事と、一周でどれだけ重くなるのかだ。外環路の時計の九時の位置……四日目あたりから二人体制で押していかないといけないんじゃないかと思っている。

 第一区画は巻きによる重さを全く感じること無く終わった。

 この日は第二区画……一時五十分あたりでボケた老人ホームレスが入ってくるというトラブルに見舞われたがそれ以外は全く問題無かった。

 二日目、外環路を時計と見たときの三時から六時の九十度も特に何もなく終わった。

 しかし三日目、外環路を時計と見たときの六時から九時。ここにきて『巻き』でバーが重くなるという事態が起こる。予想より早い段階だ。とりあえず予備ランナーとして用意していた三人に一緒にバーを押す二人目に入って頑張ってもらうことにした。明日のバーを押す二人目は仕方ないので一日目のランナーが入ることにした。

 これに伴いランナーグループを一つずつずらすことにした。三人グループが五つ存在していて、入る場所が、外環路を時計と見たときの十二時から三時(一グループ)、三時から六時(一グループ)、六時から九時(二グループ)、九時から十二時(二グループ)の計六つなので順番にずれていくようにした。

 四日目、バーはさらに重くなっていたが二人でやれば問題ない。ただ、十一時から十二時の最後の区間は二人でもそこそこキツかったらしく普通の二倍の時間がかかった。

 五日目の朝、俺は島の中心にある大時計塔に来ていた。四日間の努力の結果として橋を九十度動かす為のレバーがここにはある。それはこの時計塔の朝九時のチャイムが鳴っている間にしか倒せない。

 九時になった。かなり上の方でカチッという大きな音が響いたと思うと今までに聞いたことのない大きさのチャイムの音が聞こえてきた。今度は耳栓持ってこようと思うほどの大音量。たまらないが我慢してレバーを倒す。レバーは引っかかることなく意外にスムーズに倒れた。

 直後。

 チャイムの旋律に恐ろしい程の重低音が伴奏のように加わる。

 橋が動き、島全体が震えているのだ。

 橋はきっかり二時間かけて九十度動き切った。

 動き切った今、橋は真南に向いている。


 マリエダからメッセージが来ていた。どうやらあっちも成功したようだ。

 その日は昼から飲み会だった。もちろん自分を含めてアルコールを摂取できない年齢の人間もいたので食べ会みたいになっていたが。とにかく上手く橋が動いてくれたことが嬉しくて、皆機嫌が良かった。

 

 翌日からはまたバー押しランニングだった。六日目。元二日目のランナーたちは最後に走ってからばっちり日にちが開いていたので、コンディションは良かった。ただなぜかバーが突っかかる事が多くなったので、そのせいで終った頃にはへとへとだった。バーがつっかえると、胸にバーがめり込むので結構痛い。それがいつやってくるかわからないのでびくびくしながらのランニングになった。

 一体何が引っかかっているのだろうとマリエダに相談してみると。


 マ)ソレ コッチデモ オコッタ ゲンインハ スリットノ ツギメ


 ハ)ナルホド


 マ)ダカラ チョット コウ モチアゲル ヨウニ スレバ モンダイ ナイ


 マリエダにもらったアドバイスのおかげで、七日目は一度もつっかえることなく無事ランナーが走り終えることが出来た。

 思えば昔から何も変わってないな、と思った。

 マリエダはいつも俺をリードしてくれて、危ない遊びでもちゃんとけがをしないようにいつでも見はってくれていた。お陰で、した遊びの内容と比べると怪我率は極端に少なかった。

 十年経っても、俺が少し逞しくなろうとも、マリエダはマリエダだった。その事がやけにうれしくて本人に言うともっと逞しくなれよと怒られた。これが喝の遺伝子か。


 八日目、九日目とやっぱり一周目と同じようにだんだん重くなっていったが、予定通り二周目を終えることができ、十日目にはまた橋を九十度回すことが出来た。橋は九時の位置に来た。

 


 その十日目の夜のことだった。


  なあなあ、もうすぐもう会えなくなるだろ? えらい政治家の話だと七年は会えないって。

  そこでだ、お互い次会う時までに将来のユメを叶えることが出来るように準備しておこう。

  次会ったときにユメを叶えることが出来るように……。



 目が覚めた。

 もう蒸し暑い夏の朝だった。

 この夢は初めて見たと思う。だがマリエダと初めてコードレス・テレフォンで話した日の朝見た夢と同じように、これも過去の記憶がリフレインされたものだろう。

 この記憶は確かマリエダが北に行ってしまう時のものだったはずだ。

 慌ててマリエダに確認を取ると、


 マ)アア ナツカシイナ タシカニ ソンナ ヤクソクシタナ


 ハ)ツギ アウ トキニ ユメ カナエルッテ ドウスンノ? オレ ワスレチャッテルヨ?


 マ)ワスレタ コトニ ツイテハ イツカ オトシマエ ツケテモラウト シテ


 ハ)オトシマエ...


 マ)ユメヲ カナエル ホウハ コッチデ ジュンビ シテオイテ ヤロウ


 ハ)ジュンビ イル コトナノ?


 マ)モチロン


 ハ)キニナル オモイダセナイ カナ ユメノ ナイヨウ


 マ)ココマデ キタラ オモイ ダサナクテ イイヨ  ソレヨリサ


 ハ)?


 マ)オマエ カノジョトカ インノ?


 超失礼な質問来た!いないに決まってんだろクソッ!この後、親友との約束忘れるような男に彼女なんているわけないよな。というねちねちした精神攻撃が始まった。ユメ忘れられて相当根に持ってるなこれ。


 外環路バー押しランニング選手権もいよいよ最後の三周目。この三周目は酷かった。何が酷かったって、天候だ。

 連日の雨の中、バーを押して必死に走る走者が不憫でならない。さらに外環路の下の海も荒れていて、直接被害は無かったが、試練だという雰囲気が醸し出されていた。

 あまりにも雨が酷い日は休みにした。外環路にはちゃんと手すりが付いているが、滑って転んで海に叩き落される危険性もないこともなかったからだ。

 なんとこの雨で六日飛んだ。途中から雨が酷くなり切り上げた日も三日ほどあり、祭りにはギリギリ間に合いそうと言った感じだった。

 ノーリア側も同じ状況だった。向こうでは何でも走者の一人が実際に海に転落しかけたらしく、こちら以上に慎重になっていた。

 だが、そんな雨も長くは続かなかった。この海域には存在しないはずの雨季のような雨週間が去った後はすぐ夏が始まった。本当に雨季だったんじゃないだろうか。

 晴れてくれたお陰で式典当日の三日前には『巻き』は完了していた。ノーリア側も一日遅れで完了したようだ。橋自体は終戦・国交回復記念祭の企画実行委員会からの指示で当日の朝回すように言われた。なんでも橋が合わさる瞬間を国交回復の歴史的瞬間にしたいようだった。

 終戦・国交回復記念祭の前日。


 マ)ハリー


 ハ)ハイ


 マ)パレードニ クワワル ハナシ キイテルカ?


 ハ)キイテルキイテル


 マ)イショウ ソッチノ ヤンサンニ ヨウイ シテモラウ カラ ソレキロ


 ハ)リョウカイ


 ハ)シカシ イショウマデ ヨウイ スンノカ


 マ)コレモ ジュンビ ダカラナ


 当日。

 いよいよこの日がやってきた。

 職場の仕事ほっぽり出して心血注いだこのプロジェクトが成就する日。

 パレードにはうちの中学のブラスバンド部も参加すると言う。

 気合を入れて朝八時に大時計塔にフィリップとピーターと俺は集合していた。

 フィリップは少し緊張した面持ちで、ピーターはいつも通りのほほんとしている。

 二人とも俺より十センチ背が高いんだから嫌になる。百七十四でチビの気分を味わうとは思ってなかった。

 だが、二人とも一緒に駆けずり回って方々に頭を下げ、挙句の果てに肉体労働までさせられた大切な仲間だ。

 そういうこともあって、なんとなく、最後のレバーはこの三人で倒したかった。

 そう提案すると二人とも快く引き受けてくれた。

 

 時間だ。

 カチッという音とともに、大音量の『サリア・クウォーター』が鐘によって奏でられる。

 三人で、思いっきりレバーを倒した。


 ……。


 …………。


 おかしい、もう鐘は鳴りやんだと言うのにいつものあの地鳴りが聞こえてこない。

 まさか失敗したのか。

 全身から嫌な汗が出てきそうになった瞬間、


 ドドドドドドドドドド


 今までの地鳴りの数倍の音量の重低音が響いてきた。

 もはや地震だった。

 これから急いでぐるぐる橋に向かわないといけないっていうのにこれじゃ上手く歩けないな。

 と、その時、後ろから橋の重低音とは違う別の低い持続音が聞こえてきた。

 何かと思って振り返ればそこには何か見たこともない形のバイクに乗った……あれは、あの小太りはヤン!?

 ヘルメットをかぶっているが体形で明らかにヤンだとわかった。ついでにメットのシールドを上げるとそこにはイイ笑顔が!

 不思議な形のバイクで大時計塔のアーチの中に入ってきて、後ろに乗れと指してくる。

 こんなかっこいい小太り中年いないわと思いつつ渡されたメットを着けて後ろに跨る。そのバイクは後から聞いたところによるとこの世で最も高価な燃料で動くガソリン燃料式のバイクらしかった。

 発条式とは比べ物にならない馬力で急発進したヤンのバイクは、ゼンマイ式自動車で渋滞している島のメインストリートを北に向かって爆走する。緊急用の中央分離帯の中の通路を通って、清々しくまっすぐに。

 

 ぐるぐる橋についた時にはもうパレードは始まっていた。まだ始まったところのようだが、ヤンさんに急かされて街路樹の陰で『用意していた衣装』に着替える。それは真っ白なタキシードだった。

 なにこのクソダサい場違いな衣装。マリエダはそんなに根に持ってるの?こんなの着る機会なんてそうそうないぞ。例えば楽団の指揮者とか、あとは――


――なあなあなあ、おまえのユメってなに?


 そんなことを考えているうちに着替えが終わってヤンさんに押されてパレードに加わる。お、あれうちの生徒だ。頑張ってるな。

 そんなことを考えているうちにも誰かが俺の背中を押して、パレードの中でも前へ前へ。おかしいなヤンさんはもういないんだが。どうやらパレードに参加している皆が俺を前に押し出しているようだった。

 そこでコードレス・テレフォンにマリエダからメッセージが届いた。押し出されながらそれを読む。


 マ)ハリー! ヨクキタネ


 ハ)ナンカ メッチャ オサレテ ルンダケド


――朝起きたときは覚えてたのに忘れたって?いやちげーよ。その夢じゃねーよ。


 マ)ソウシテ モラウ ヨウニ オネガイ シタカラネ


――オトナになったら何になりたいかのほうだよ。


 ハ)ナンデマタ


 そこでついにパレードの先頭に来てしまった。前からもノーリア側のパレードが来ているのが小さいながらも見える。


 マ)ジャーン!


 ハ)?


 マ)ココデ キョウ カナウ ユメヲ ハッピョウ シマス!


――いろいろあるだろ、ゼンマイ飛行士とかゼンマイ仕掛け士とかゼンマイ巻き士とかさ。

 

 頭上をカラフルな煙を吐きながらゼンマイ飛行機が飛んで行った。

 二つのパレード隊の距離はどんどん迫ってきている。向こうの先頭に俺と同じように何やら真っ白な服に身を包んだ誰かさんが見える。


――え?お前のユメはなんだって?それはなあ……


 マ)キョウ ココデ カナエル ユメハ...


――ハリーのお嫁さんになる事だよ!

 

 白い誰かさんは綺麗に化粧までしていた。それがわかるくらい近くに来たのだ。

 

 ニヤニヤした意地の悪い笑顔を浮かべた花嫁だ。こっちも負けじとニヤニヤしてやる。

 

 今日、二つのユメが、叶った。


タイトルはプレトリウスの「テレプシコーレ舞曲集」より。

執筆の際のイメージは、この「テレプシコーレ舞曲集」を元にボブ・マーゴリスが編曲した吹奏楽曲「テレプシコーレ」によるもの。

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