体文祭四日前☆2
楓のクラスはフリーダム☆
感想をいただけると嬉しいです。今後の参考にしたいので、評価を是非。
その後は、予鈴が鳴るまで二人で話し込んでいた。そして―――
「珍味専門のカキ氷屋がいい!」
「それなら大喰らい選手権の方がいいな、メニューは全部激辛で!」
「時計塔から集団絶叫バンジーだ!」
ここは楓のクラス、1‐5だ。現在、体文祭で何をするかの議論の最中なのだが…。
「メルヘン系お化け屋敷ー!」
「やっぱメイド喫茶が定番だろ!」
「いや、執事よ!!」
「ネコミミとかのアニマル系もいけるっ」
「黙れ変態ども! 貴様らは何もわかっとらん。肉体美こそが一番! 水着ショーだ!!」
「「「「黙れ変態!!」」」」
……なかなか決まらないでいた。
今日がクラスイベントの企画用紙を生徒会に提出しなければならない最終日。他のどのクラスもすでに提出して生徒会の認可を受け準備に取り掛かる中で、このクラスだけはこんな調子で決まらない。個性的でノリのよい生徒が多いクラスなので意見はどんどん出てくるが、とんでもない意見ばかりだ。普通路線でいくとスルーか却下されてしまう。
放課後まで残り一時間になった。皆好き放題に叫ぶ中、一人の女子生徒が手を挙げた。
「者ども、静まれい! 桜様のお言葉である!!」
桜様と呼ばれた着物と藁人形、逆に黒いゴスロリやタロットカードも似合いそうな女子が音も無く立つ。
いつの間にかクラス中がしーんとして、他クラスのざわめきのみが聞こえてくる。注目の中、桜様がそのいつも固く閉ざしている口を開く。
「………血塗れデストロイ」
――時が、止まった気がした。
たっぷり十秒ほどの沈黙。桜様は気にせず着席。
ややおいて、
「「「それだあぁぁ!!」」」
一部の男子(と書いて問答無用でバカと読む)がシャウト。
「…いや、意味わかんねーし」
楓は思わず深い溜め息をついた。
残り十分。結局決まることなく時間が過ぎて行った。
1‐5にいた人数は3分の2に減っている。どこに行ったのかというと、保健室だ。長時間の終わりの見えない討論で、鬱憤の溜まった血の気の多い男どもが拳での語り合いを始め、負傷者が続出したのだ。日常茶飯事のため、些細な怪我(行動に支障が無いギリギリの範囲までのこと)ではほうっておくが、今回は少し違う。羽目を外して流血者も多く、この後の部活に支障をきたすのだ。ストッパーでもある保健医が出張でいないせいもあるだろう。
いつも嫌な笑いをして、ボソリと治療中に怖いことを言う人で、負傷者や病人にとって見れば不安になることこの上ない。それだけならばまだいいのだ。保健室はその人格が表れたような陰鬱な雰囲気で満たされる部屋となり、奥に続く小部屋がヤバイ。誰も中を見たものがいないらしいが、そこから聞こえてくる無気味な声だとか呪文らしきものだとかが、恐怖心を心の底から引きずり出してくる。今ごろ男達は、主のいないために怖さの半減した保健室で治療をしているのだろう。
楓は痛みが嫌いであり、大の苦手な保健医に間違っても世話になりたくはないので、基本的に喧嘩には参加しない。だがけして弱いわけではなく、すばしっこく攻撃を避けてカウンターを狙い、意外と強い。
閑話休題。
「肉体美!」とか叫んで半裸になった変態などが退場してからも、話し合いが進められていた。
「決まらなかったら放課後かぁ…。裕ならさくっと決めてくれるのに……」
退屈を持て余していた楓がぼやくと、それを聞いた前の席の女子がいきなり立ち上がり声を張り上げた。
「そうよ、芥川様がいらっしゃるじゃない!」
その言葉に、助かった!とでも言うような声が返る。
「そうか、芥川がいるじゃねえか!」
「芥川様なら、私たちにぴったりのイベントを考えてくださるはず!」
「他のクラスに頼るのはアレだが……ううむ、仕方ない、最終手段だ」
「…え、何? どゆこと?」
楓を置き去りにして話は纏まっていく。
芥川とは裕のことだ。学年主席だったり、(楓には容赦ないが)優しく物腰柔らかな常識人で、一年の生徒全員に尊敬されている。生徒会副会長の後継との噂で、様付けで呼ぶ人は意外と多いようだ。
楓が着いていけず困惑していると、その肩にぽん、と手を乗せられた。
「では、芥川君への交渉は君に任せたよ、柴田君」
「は?く、クラス長…」
「さあさ、頼んだよ」
有無を言わせず楓を半ば強引に送り出すクラス委員長。
「…仕方ない、裕のとこ行くか」
「ってわけで、いい案をくれ、裕!」
裕と志信のいるクラス、1‐7へ行って裕達を呼び出すなり、開口一番がこれだった。
「…状況が見えませんが。どういう経緯で?」
楓は近寄り、裕の耳に少し顔を寄せると、
「実はかくかくしかじか、四角い○ーブで…」
それを聞いた裕は一歩下がると、薄く微笑み、抑揚を無理やりつけたような不自然さで言った。何と言うか、裕のオーラが氷点下で吹雪いている。
「はい、それって文面上では順を追って説明しているようですが、実は何も伝わっては来ないんですよね~。最後のはあからさまにふざけでしたし……志信」
すっと無表情になり、一段と低い声で相棒の名を呼ぶ。その一声で志信は音もなく楓の背後へ移動した。
「うわー!ちょ、ちょっと待った!ごめん、何か裕は何も言わなくても全部知っているような気がしてつい!!」
総毛立つような身の危険を感じて必死に弁明すると、心底呆れたような視線を返された。
「それは、僕への挑戦と受け取りましょうか」
「いい~ぃえぇ、滅相もゴザイマセン!!」
がしっと志信に後頭部を鷲掴まれ、恐怖で声が裏返ってしまった。
「……はぁ。まあいいでしょう。終了までもう時間も無いようですし。放課後は参加登録があります。かまってはいられません」
志信の手が離れて、楓は心底ほっとした様子で胸を撫で下ろした。
「大方、クラスイベントが決まらなくて僕に頼むことになって、楓君が押し付けられて来たのでしょう」
「BI・N・GO☆」
バチンとウインクをして親指を突き出すアホが一人。
「…時折、どうして楓君と友になったのか、自分でも疑問に思いますよ」
「えっひど。それはぁ、中学二年の時にぃ、裕達が…「いちいち言わなくてもいいです。時間がもったいない」…はい」
そんな突き放したいい方しなくても…とかぶつぶつ言っていたが、すぐに気を取り直してにかっとわらった。
「ま、裕達が何と言おうと、おれはダチになれてよかったと思ってるし。退屈しねぇし、何だかんだで助けてくれて優しいし。…感謝してんだぜ?」
少々照れくさくなって視線を逸らしていたため楓は気付かなかったが、裕は珍しく虚を突かれた顔を一瞬とはいえしていたし、志信は滅多に変化の無い表情をほんの僅かに変えた。
「………。ああ、もう時間がありませんね。ちょっとした対価はいただきますが、引き受けましょう。今日中に提出だったはずなので、今すぐ考えることにしますかね」
「スルー!? ねえ、スルーですか!!?」
楓が騒いでいるが、なおも裕は無視をする。志信はいつも通りだ。
「1‐5は体育系の方がとても多いですよね。校舎…いや、敷地内全部を使っても良いかも…。賞品なら……」
思考を呟いて整理しながら、胸ポケットから取り出した手帳に何やら書き付けている。
しばらくして、ピッとページを切り取り、半分に折って楓に渡した。
「対価もここに記しておきました。これを採用するかはご自由にどうぞと伝えておいてください」
「え、うん。クラス長に言っとくよ。ありがとな、裕!んで、志信も!」
渡された紙を持った手をぶんぶんと振って、急いでクラスに戻っていった。それを見送って、裕がぽつりと呟くように言った。
「…僕と志信も、君と友になれて良かったと、思う時があるんですよ」
教室から漏れてくる雑音に紛れた小さな声を、志信だけが聞いていた。
「さて!」
ぱんっと一つ手を打って気持ちを入れ替える。
「他人の願望や思惑も、友さえ全て利用して、僕らは僕らのための遊戯を進めようか」
いつもとは違う笑みで、裕は首だけ後ろに向けて志信を見やる。志信もいつもの無表情ではなく、かすかに笑っていた。二人が浮かべるのは不敵の笑み。
二人はそのまま、チャイムの音と共に歩みだす。裏の支配者の根城、生徒会室へと。
裕と志信は別に何かを企んでいるよう。
二人の言うゲームとは?
次回は楓のライバル(笑)が登場!