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黎明に飛ぶ  作者: 山臣
11/11

養生一日目 3




私を見て目を白黒させている男は、フリッツ・アルムホルトと言うらしかった。

ユルヤナが隊長と呼んだからにはそれなりの地位を持つ男だとは思うのだが、聞いた限りでは如何せん口調が崩れているというか、どうも軽い。普通の下町のおっさんのようだ。


「……『黒魔女』?」


私だけではなく、ユルヤナまで首を傾げた。その様子に、男はユルヤナの机まで書類を運んで塔のように積み上げ終わってから、はああ、と深い溜息を吐いた。


「お前なあ、頭良い癖にどうしてそういうのは聞き逃すわけ?興味無いの、そうだな、それしかないな。言い出したのはあの馬鹿王子が最初だろうがよ、それを一番最初に聞いてるはずのお前が適当に聞き流しちゃって末端の方が色々知ってるのは本当何なわけ?焦るわ、本当焦るわ。お前にとって取るに足らんことが俺らにとっては重要だったり娯楽だったりするわけよ、お分かりですかユルヤナさん?」


一部聞き捨てならないことがあった気がするが、ユルヤナはいいのだろうか。

ユルヤナはまだ理解できていないようで、首を傾げたままだ。その姿もまた幼くて、厳ついその姿では随分アンバランスに見える。しかし説教を零す男は難しい顔をしており、口調の軽さとはまるで真逆に表情は重たかった。

不意に男と目が合う。

睨む、というものでも、値踏み、というものでもない。文字通り観察されているように見える。あまり良い気分ではないが、仕方が無い。初対面で暴れてしまって余計な嫌疑をかけてしまったことは、私も百分の一くらいには悪かったと思っているし。

見つめた瞳に悪意は見当たらなかった。かと言って好意を抱くかと言えば、有り得ない。好意を感じるほど私はまだこの男のことを知らない。


「……『黒魔女』ってのは、まあ、俺たちの間でのお前さんの呼び名だ。見た目は、普通のお嬢さんだけどなあ」

「私は人間だ」


そればかりは自信を持って言える。

しかし、男は疑わしい目を私に向けた。これは不快だ。


「人間の女にあんな芸当ができるのか?あんな安物っぽい、小せえ刃物で兵士の手甲を裂くなんざ、相当訓練積んだ手練れでも難しいっつうの。俺だって突き刺すのは兎も角も、長剣とか槍選ぶか、でなきゃレイピアみてえな細い剣で関節突くしか出来ねえし。魔法でも使ったみてえだった、だから『黒魔女』ってな」

「……ああ、あれ。その場にいたんだ?」

「だって俺、あそこにいたもん」


大の男が、もん、とか言うな。可愛くない。


「あれは、私にも分からない。焦ってたから」

「焦ってたっていうか、お前、本当に獣みたいだったぞ。子供を守る猫の母さんそっくりだった。しかも小せえもんだから、皆慣れなくて怯んじまってよ。あの様子じゃ、家族ってのは本当かとも思ってたけど――今は、随分落ち着いてるな?」

「落ち着いてなかったら、私はここにいないと思うけど」

「そりゃそうだ。……って、ユルヤナ!俺が言いたいのはその件!!」

「……何だ」

「お前、面倒見ろって言われたのは知ってるけど、彼にも反逆者扱いの奴を『罪の宮』から出していいとは言われてなかっただろ!せめて俺かエルンストにでも言ってくれりゃ、何とか穏便に収めることも出来るってのに、何でそういうの一人でやっちゃうの!馬鹿王子が切れてたぞ、煩えったらありゃあしねえ」


あれ、許可を取った、と聞いたはずだが。

じっとユルヤナを見ると、いつもの無表情が見下ろしていた。少しばつの悪そうな雰囲気だが、後悔も反省もしているようには見えない。

しかし『馬鹿王子』で相互理解出来ているくらいには、あの責任者な陰険王子はこの二人の男には嫌われているようだ。弄りがいのある人間に対する悪口雑言ではなく、完全に好意が感ぜられない。


「……俺は『面倒を見ろ』と言われた。それは、俺に、この子を守る権利があるということだろう。それなら、あそこにいさせることは出来ない」

「あの馬鹿は監視とかそういう意味で言ったんだろうけどな、この良いとこ取りめ。まあ実害が無えなら、俺はそれでいいんだけどよ。……本当に人間だよな、こいつ」

「千隼は人間だ」

「ふうん、どうして判る?」

「血を舐めた」

「はあ!?噛み付いたってのか?」


ばっと男が私の方を見た。じろじろと眺められて、自然、顔が歪む。

どうしてそういう発想になるのか理解に苦しむな。


「私がユルヤナに攻撃されて倒れた時、舐めてたよね。私の吐いた血」

「別の生き物なら、別のにおいがするから。獣は、獣臭いだろう」

「お前さ……便利だけどさ、そういうことするなって、頼むから。大分こっちの人間ぽくなったけど、変態って言われたりしてもあんまり庇いきれねえぞ、俺は」


頭を抱えてしまった男を見て、ふと思い至る。


「……もしかして、ユルヤナが言ってた、習慣を正してくれたっていうひと、おにいさん?」

「え、俺のこと聞いてたのか?」

「いや、ユルヤナにキスされた時に申し開きされて、その時に」

「あああああああ!!」


いきなり大声で叫ばれて、驚きで肩が跳ねる。

何というか、この男の叫びは何となく背中にくるな。テンション的には割と一定なのに、驚かずにはいられない。


「そうだったユルヤナお前こんな小さい餓鬼になんてことをしてたんだよ!!少なくとも一般常識くらいは分かってもらえてると思ってたのに、お前がそんな変態だとは知らなかった!保護するとか守るとか言っておいて喰うとか本当どういうわけ!?」

「喰ってない」

「喰われてない」

「嬢ちゃん庇わなくていいんだぞこんな変態」

「いやだから喰われてないってば生命力分けてもらってただけですってば。どうして男はそういう下半身的思考が単純直線的なんでしょうねえ馬鹿なんですか、それとも人の話を聞かないんですか、どっちにしろ阿呆ですね分かります。あと私は餓鬼じゃあないですこれでももう十九歳だド畜生ここから飛び降りて地面にめり込んでしまえ」

「あれ、さっきの幻聴に似てる有り得ない罵倒を聞いた気がする。難聴かなあ、有給とって休めば治るかなあ。……生命力?」

「……精気を分けていた。口と口を繋げた方がより多く精気を分け与えられる」

「何それ、本当お前反則だな。精気なんて分け与えるもんじゃねえだろ、普通。しかも口移しとか……嫌じゃねえの、嬢ちゃん」

「……別に、なんとも」

「ふうん……痴女?娼婦じゃねえよな?」


無性に殺したくなった。

この目の前の赤毛を殺していいですか、信じてないけど神様。うん、ユー殺っちゃいないよ。ガッツリ殺っちゃいなよ。ありがとう私の脳内神、一生信じますよ、私の脳内限定でですが。

赤毛男の腰に下げられていた剣の柄を掴んで、それを引きずり出す。重たいかと思ったが、それほど重くない。殺るには、十分だ。はは。


「おい、待て待て待て待て待ちたまえよお嬢さん!!それはまずい非常にまずい!!」

「憶測で物を言うな不愉快だ。憶測ならまだいいが相手のことを考えて言葉を使え。その御馬鹿な口掻っ捌いていいですか、ノータリンの糞野郎」

「ああああまた何だか恐ろしい幻聴が聞こえる!ごめん、本当すいませんでした!!女性に対してとても理不尽かつ配慮がない発言でしたごめんなさい!」


分かればいい。放り投げるように剣を渡すと、慌ててはいるものの危うげ無く男は受け取った。

しかし、こう慌てた振り・・が上手いと勘違いを起こしそうだ。剣を抜いた時には油断していたのだろうが、もう隙がない。嫌悪は無いが、油断できないし好意もまだ湧かない。人柄に関しては、言わずもがなまだ理解が不十分。気を許すには、足りなさ過ぎる。

しかしユルヤナの空気が柔らかいから、きっと彼の敵では無いのだろう。そこだけは安心できる。

ああもう、また疲れてしまった。せっかく息苦しい思いをしてユルヤナに精気を分けてもらったのに、これでは堂々巡りのイタチごっこだ。


「千隼、」

「……ん」


ユルヤナの差し出す手を取って、身体を預ける。ふわりと浮き上がるような感覚の後、耳元で響く鼓動に安堵した。この国の人種とは違うらしいが、心臓はやはり胸の同じ左側にある。

じんわりと熱が体に移ってくるのが心地良い。精気が移ってくるのが分かるが、本当にこうも度々分け与えていたのではユルヤナは枯渇してしまったりしないのだろうか。少し不安だ。


「……本当に、力無えのな」


テンションの高かった先程から一転、男の声は感情の読めない色になった。

大方、元気だったのなら牢屋に逆戻りさせるつもりもあったのだろう。だが、残念ながら今の私は絶不調。男の言葉を借りるなら小さい餓鬼。信用されていないのは視線で丸分かりだが、こんなことで男の僅かな良心が疼いたのなら安いものだ。しかし早く絶好調に戻りたい。切実に戻りたい。


「……無いよ、二週間飲まず食わずで、寝てもいないから。力なんか落ちて、当たり前……」

「そうか、悪かったな。……お前さん、チハヤ、だっけか?」

「そう、千隼。こっち風に言うなら、千隼・赤城…かな。おにいさんは、フリッツ・アルムホルトだった……っけ」

「一回聞いてるだけでよく憶えてるな。リッツでいい、皆そう呼んでる」

「……わかった」


それ以上は会話する気力も無かった。瞼を閉じて、ぐり、と額をユルヤナの胸に押し付けると、目の前がほとんど暗い赤で染まる。この色はおそらくユルヤナのローブの色だろう、被せてくれたらしい。人肌の温かさにほっとして、本格的に丸まる。まるで胎児だ。


「お前に馴れる女子供なんて、俺、初めて見たわ」

「ああ」


可笑しそうにフリッツが笑っている。というか、ユルヤナも自分で肯定してしまった。

フォローになるが、確かに好かれるような容姿ではないかもしれないけれども全体的に男らしいし整ってる。それにあの、大広間で見た金髪美女も思いを寄せているような眼差しだったし、案外この男たちは鈍いのではないのだろうか。


「ユルヤナ、お前明日ぐらいにでもあの馬鹿の所に顔出して言い訳でもしてこいよ。あと書類な」

「悪いのは誤解されるような命令を出したあれだ。撤回させる気も無いが」

「違いねえ」


全く気負い無さげにフリッツは言った。

煙草でもふかしていそうな雰囲気で、それでも隙は無い。奇妙な男だ。



「……それがお前の花抱く鳥リンナトゥ・ハマ・クッカか?」



フリッツの奇妙な問いに、頭上のユルヤナが笑った気配がした。あくまで気配で、実際にあの無表情を動かしたのかは分からない。


「……さあ」



二、三、何か会話をして、フリッツは部屋を出て行った。

フリッツの最後の問いが何を意味するか考える前に、磨り減った体力が意識を削り取って、私はまた眠ってしまった。







やたら動かしやすい男が出てきました。

しかし思ったより千隼の口が悪い…まあいいか←

起承転結ってなにそれ美味しいの……思うように進みません

ボロボロな文体と流れで申し訳ありませんorz


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