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黎明に飛ぶ  作者: 山臣
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養生一日目 2


少し遅めの、少し多めな朝食を食べ切って、私は重たい身体を引きずって辿りついたソファーに倒れこんだ。

意識ははっきりしている分、駄々を捏ねるようについてこない鈍った身体に辟易してしまう。食事を取るだけでこんなに疲弊してしまうのでは、あちらでの普段通りの力技な生活ができるようになるのは何時になってしまうのだろうか――考えただけでも酷く憂鬱だった。

ソファーで丸まってしまった私を見かねたのか、ユルヤナが後片付けを終わらせた後、私の頭上側に座って髪を梳いてくれた。しかし本当にこのソファーは大きくて羨ましい。落ち着いた色合いの赤毛は、おそらく本物の獣のものだ。兎か、牛か、山羊か狼か、この世界の生物を知らない私にとっては憶測するしかないが、かなりの高級家財であることは確信的だ。

さらり、さらりと優しく頭を撫でる手は暖かい。そのまま寝てしまいそうになるが、寝てしまうのが勿体無いとも思う。


「……疲れたのか」

「ああ、うん……美味しくて沢山食べたから、顎とか胃とか、色々疲れて……重たい」

「食べて寝れば、どうにかは、なる」

「んー……そ、か…」


最後は呻きに近かった。我ながら泣けてくる病弱具合だ。

本当に、回復するまでどれだけ時間がかかるやら。


「私、どれくらい……ここに、いればいいの?」


疑問に思ったことが口をついて出てしまった。


「……ここにだけ、いる必要は無い。好きな場所を見ていいし、観察だっていい。王都を歩くのだって構わない。俺と一緒にいさえすれば、どんなものからも護れる」

「出歩いて、いいんだ?どこかに行きたい時は、ユルヤナに、言えばいい?」

「ああ、……俺がいるから、どこでも」

「でも、私はまだ疑われて…るんだろ?動き回ったら、危険はないの」

「俺が一緒にいるから、大丈夫。俺に仕掛けてくる奴は……多分もう、いないから」


今少し不穏な発言を聞いた気がする。

まあ好戦的な性格ではないだろうけど、報復はきっちりするタイプなんだろう、意外にも。多分、と言う所が現在進行形で恨みを買ったりしてる自覚がありそうだ。いや、反対にないのか。異種族がどうとかで集中砲火でも浴びた時期があったのか知らないが、報復、というより躾は大事だ。うん、やはりユルヤナは正しい男のようだ。正義などという言葉は虫唾が走るが道徳的に正しいということは素晴らしい、うん。


「……ただ、妹弟にはまだ会えない」

「そ、か」

「今、何とか説得してる。……心配だろうが、すまない。堪えてくれ」

「……うん」


確かに、この見た目が骨皮では明らかに「監禁とか投獄とかしてました」事情が分かりやすすぎて



嗚呼。

歩きたい。

走りたい。

剣を――木刀で、竹刀でもいいから握りたい。


何より、抱きしめたい。



あのふたりを、


わたしのこどもたちを。



体力があれば、力があれば、今すぐ何だって振り切って、斬り伏せて、殴り蹴り倒してでも――会いに行って、掻っ攫ってもう誰にも何にも、神や悪魔にだって渡しやしないのに。心ばかりが急いて焦って嘆いて、なのに身体を言う事を聞かないでそんなことも容易く出来ないなんて、狂ってしまうには十分だ。

――いや、そろそろ狂ってもいい頃なのだ、本当は。

ただユルヤナが「会わせる」と言ったから、時が経ち手を伸ばせば触れられると知っているから、だからこそ私は自暴自棄にならず取り乱しもしないでこうして寝転がっていられるのだ。だって、あの冬・・・から私は独りになったことなどなかった。いつだって義兄がいて、瑠璃がいて、由鷹がいた。あの三人がいたから――あのふたりがいるから私は私でいられるというのに、どうして私はあのこたちに会えない、何故手が届かない、何故、何故、何故。

嗚呼、嗚呼、畜生、嗚呼あの忌々しい慇懃無礼なコソ泥王子を今すぐにも刺してやりたい。私からあのこたちを奪う男、あのこたちを傷つけようとするおとこ。やさしくて無知で愚かで可愛いあのこたちをどうにかしようとしているのなら、どうにかしてしまっているのなら、殺す。殺すしかない、そうだ、はらわたを引きずり出して、心臓を貫いて、首を、真っ二つに断ってしまって。この場所は高いから突き落としてやるのだっていい、きっと怖がるだろう。いい考えじゃないか、そうだ、



―― あ の と き み た い   に   、




「……千隼っ!!」



切羽詰った低音が耳に届くと同時、顔の前で組んでいた手を乱暴に解かれてソファーに縫い付けられた。


「っ、あ…?」


は、と今まで止めていた息を吐き出す。

すぐ目の前にいたユルヤナが、ほ、と安堵するように溜息をついた。

随分と息苦しい、ということはそんなに長い間息を詰めていたのだろうか。少なくともあの冷静で少し天然なユルヤナが慌ててしまうくらいには。


「……急に息を止めたから、驚いた」

「……ごめん、考え事してたら、止まらなくなったみた、い」


何を考えていたのか、忘れてしまった。

きっとどうしようもなく暗い考えだ、忘れてしまった方がいい。――どうせ碌なことは、無いのだから。

はあ、とまたユルヤナが浅く息を吐いた。

ソファーに押し倒された形で、私とユルヤナの額同士がこつりと合わさる。

少し悲しげに歪んだユルヤナの端正な顔が間近にあって、けれど私には羞恥も嬉しさも何も沸かない。ただ事実が事実として、彼を彼としてだけ脳髄が理解し処理する。これは敵ではなく、男でもなくて、言うなれば親鳥であって、私は仔だ。餌を待って、慈しまれる殻つきの仔鳥。

じんわりと額が熱い。唇を繋げるような早急さは無いけれど、力を貰っている気がするからおそらくこれも精気を受け取っていることになるのだろう。


「……あったかい」

「ああ」

「口はしないの」

「……今まで、息を止めていたから。でも、」


額から熱が離れて、今度は首元にこめかみ辺りをすり寄せられた。まるで猫か、犬の仔だ。体格も顔も声もまるきり大人なのに、この男は行動だけが妙に幼いというか、獣らしい。それでまるで厭らしさを感じないのだから、つくづく得な男だ。いや、これは私にしかやらないそうだから、得も何も無いか。


「……やはり非効率的、だな」

「…そうですか」


半ば諦めた気持ちで瞼を閉じると、柔らかい感触が唇に触れた。

口の中と中とを繋げてしまえば、後は暖かさと多少の息苦しさに流されるだけだ。否も応も無い、ただ受け容れる。それで身体が楽になるのは知っているから。


「……ん、」


それでもやはり少し息苦しくて、無意識に手に力を込めていた。

手首を掴まれてソファーに縫い止められたままだった手にはいつのまにかユルヤナの手が絡んでいて、力を込めるとそっと握り返された。恋人つなぎか、と心中突っ込む。

そんな甘い関係ではない。信用しているだけ、少し信頼も混じって、好意も混じって、それでもこれはそんな男女の行為などでは有り得ない。思えない。私も、ユルヤナも。





そんな状態が数分続いて、沈黙は突然破られた。



「ぎゃ――――――っ!!?」



ノックも無くいきなり扉から現われた、男の低い絶叫によって。



私達は二人ともびくっと身体を跳ねさせて、身体を離した。と言っても繋いだ手はそのままだったから、押し倒されているように見えている、ということに変わりは無い。

これは嫌な誤解を生んだだろうなあと思いユルヤナを見上げると、彼も無表情なりに驚いているようだった。気配には聡いと思うので、気がついてはいたのだろうけど、ノックをしないのは予想外だったのだろうか。

振り返って見やれば、男は中々の美丈夫だった。急いで扉を閉めたからかそれとも何か恐ろしいものを見たつもりでいたのか、背後の扉にぺったりと背中が張り付き、腰が引けているのがなんとも情けない。きちんとしていそうな普段なら、きっと引く手数多の選り取り見取りだろう。はっきりとした赤毛に若葉のような瞳、日焼けしてはいるが白人特有の白い肌、兵士が着ていそうだが上等な服と磨かれた鎧の手足と来れば、それは立派な肉弾系騎士様そのものである。ただ、今は少し情けないが。


「なっ……お、おまっお前は少女趣味だったのか!?」


――少女趣味ってお前……

確かに誤解される状況だが第一声がそれはどうなのだろうと思う。まあ少年と思われないだけましかもしれない。あちらでは間違われることがほとんどだった。だから髪も肩くらいまでは伸ばしていたのに、まるで効果は皆無で、気落ちしたものである。


ユルヤナは溜息をつくことも無く、冷静にフードを目深に被ると、私の上から退いて男を見やった。


「……ノックはしてくれ、と言ったはずだが。フリッツ・アルムホルト隊長殿」


隊長、と呼ばれた男は驚きから立ち直ったのか、床に散らばってしまった書類を拾うとげんなりした表情を浮かべた。


「書類で手が塞がってたんだよ。ていうかお前、勝手に執務放棄するなよ!!滞りすぎて下の奴が悲鳴上げてるぞ、おかげで俺に催促してこいって言われたんだからな」

「俺は命令に従っただけだ」

「命令!?部屋にこもって厨房に出没してメシ作ってこんな小せえ子と乳繰り合うのが命令か!?」

「小さいっていうなド畜生が」

「あれ俺今なんか凄い言葉聞こえたけど幻聴だよな、働きすぎの。命令ってあれか、あの召喚の儀式で一緒に落っこちてきちまった女だか子供だか魔だとかの世話しろって奴か?最上級命令って訳じゃねえんだから書類くらいやろうぜ、お前普段滞ったりしねえんだから下が慌てちゃってもう大変よ」

「責任者が俺に言った、それは最上級権限を持つと捉えた」

「あのお馬鹿さんの言うことなんか聞くなよ……いや揚げ足取りうめえだけか。全くお前ときたら……」


はた、と男は私のほうを見た。

その頃には私も起き上がってきっちりソファーに座っていたから、しっかり目が合う。



「……どうしてあの『黒魔女』がここにいるんだよ――!?」



五月蝿い男だなあと思う。

ていうか、その二つ名みたいな名前なんだ。知らんぞ私は。





やっと他の登場人物登場。

この二人は公衆の面前でもいちゃつきまくる未来が確定してしまいました。

ちなみに千隼はこの世界の基準でいえばかなり小さいです。


別に連載している小説で、設定とか色々ボツったり組み換えたりしたのがこの小説なので、色々似通ってたり主人公がどっか壊れてたりしますが、お気になさらずとか本当気にしないで下さいorz


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