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黎明に飛ぶ  作者: 山臣
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序話

ぎゃあ。

ぎゃあ。

忌まわしい声を上げて、鴉が飛ぶ。






「にいちゃん、朝だよ」

「…おう」


義兄の部屋の扉をノックして声をかけると、一拍置いてくぐもった返事がきた。

寝起きがいいのは取り柄だと思いながら、次に瑠璃と由鷹の部屋へ行って、学習机の上の鳴りっ放しの目覚まし時計を叩いて止める。何故こうも轟音じみた音でも起きられないのか理解に苦しむが、そこはそれ、きっとふたりの母方の血かもしれない。いや、隔世遺伝ということもあるか。

それにしても、はやく飯を喰わねば冷めてしまうではないか。毎朝のことだけども。


「いつまで寝てるんじゃゴルァ」

「んー…」


目覚まし時計の一番近くで寝こけている由鷹の布団を剥ぎ取り、膝の上に抱き上げてやる。もう小5とはいえ、まだまだ女子よりも未成熟な身体は軽い。ぽんぽんと背中を叩いてやると、眠い目を擦りながらぎゅうと首に抱きついてきた。

しかし一瞬後、がばっと顔を上げて悲鳴をあげながら腕を突っ張って暴れ始めた。顔が赤い。小さいときからの癖とは中々抜けないものだのう、ふははは。


「いい加減それはやめろって言っただろ、姉貴!!」

「はいはい、おはようさん。寝惚けるあんたが悪い。早くトイレ行ってテーブル座ってな」

「オレはもう11歳なんだぞ、恥ずかしいだろ!!」


由鷹が怒鳴っていると、隣の布団ももぞもぞ動き始めた。

明るい砂色の髪が布団から這い出してきて、可愛らしい顔がぴょこりと覗く。眠たげな目は鳶色で、長い睫は


「……おはよ、千隼ねえちゃん」

「おはよう、瑠璃。ご飯食べるぞ」


ふたりがもそもそと身支度を済ませている間、味噌汁をついで、ご飯もよそって準備終了。今日は塩鮭と水菜とホウレン草の胡麻和えに、肉体労働向けの義兄と育ち盛りのための肉団子と野菜のあんかけ。我ながら健康的なメニューだ。

毎度和食なのは趣味だ、文句は言わせん。誰も言わないけど。


全員そろって、いただきます。これも我が家の習慣だ。

各々食べながら、自分の予定を話したり聞いたりする。


「俺、今日は早く上がるから飯作っとくわ」


とは、園芸土木会社に勤める義兄の言葉。


「じゃあ、冷蔵庫の中の卵そろそろ使って。スクランブルでも、ゆで卵でもいいけど」

「温泉卵がいいな」

「にいちゃんの好きな方でいいよ。今日講義終わったらバイトあるから先食べてていいし」

「そんぐらい待つ」

「待つ」

「待てるよ」


確かに一緒に食べることと躾けたのはいいが、こうも頑なじゃなくていいんじゃないか。

流石に三人血が繋がっているだけのことはある。


にいちゃん――義兄は、義理の母の連れ子だ。

対する私は父の連れ子で、まあ所謂血の繋がらない義兄妹というやつだ。

兄は歳が歳であるし、私が幼稚園に上がるころには既に家を出て家庭を持っていた。私の学年が小学校の半ばになると、運悪く義母が自動車事故で亡くなり、数年後次いで父も亡くなり、不幸は続くものだなあと思った。悲しさなど何も無い。ただ放り出された思いで呆然とし、私は父方の親戚の家に数ヶ月転がり込んだ。しかし小学校を卒業する頃に、何と兄の奥さんが自動車事故で亡くなった。

悲しいのは悲しかったし号泣もしたが、私にはそれより呆然とした記憶が強い。

義兄を押しのけて彼女は私を可愛がってくれて、親戚の家に放置された後も、彼女とは手紙を何回もやり取りをした。込み入った事情で会うことは叶わなかったものの、それでも彼女は手紙で私を励まし、心を撫でてくれた。

どうしたものかと思った先に、義兄が本当に引っこ抜くように私を引き取ってくれた。

元々義兄にも彼女にも良くしてもらってはいたが、血も繋がらないのに、しかも自分も妻を失ってよく決断したものだ。

今でも義兄が私を引き取った理由は分からないが、その逆境に強いらしい部分はどことなく似ていると、私と義兄ふたりを知る人間からはよく言われる。


瑠璃はその時まだ小学校の2年生で、由鷹に至ってはまだ幼稚園児だった。

こうなると、もう姉妹というよりも実の子供の面倒を見るような気持ちだ。血の繋がらない甥と姪という、近からずも遠からじな関係ではそれを当てはめるのも妥当のような気がした。

そうやってこの6年あまり、随分と幸せな時間だったような気もする。

正直に言うと、義母も父もあまり真っ当な人間ではなかった。筆舌に尽くしがたいその所業は、どうにも私を捻くれさせるには十分で、義兄がいなければとっくに私は堀の中か病院行きであったかもしれない。その義兄もよく義母の手で、捻くれてはいるがああも真っ当に育ったものだと思う。

だから兄に面倒を見てもらえたこの6年は私の中では特別だ。

恥ずかしいから言わない、訳はない。自慢しろと言われれば迷うことなく自慢する。

この三人の家族がいて、私はしあわせだと。




全員送り出した後、鍵をかけていつものバス停まで歩く。

ゴミ捨て場の僅かな肉片に群がる鴉達を横目で見やって、野生も大変だと肩をすくめる。喰うのは構わないが、道が汚れるのだけは何とかならないものか。

ふいと目を逸らすと、かあ、と他の鴉たちより幾分高い声がした。ばさり、と羽音を立てて傍らの塀に何かが降り立つ。


「よう」

「かあ」


挨拶をすると、つぶらな黒い瞳がこちらを見た。

まだみすぼらしさと華奢さが目立つ、首に赤いリボンをかけた若いカラスは、最近よく逢う顔馴染みだった。

小さな頃から動物は好きだし、割と好かれる方なのだと思う。眺めていると寄ってくることがしばしばあり、このカラスもいくらか前に寄ってきたもので、戯れにリボンを邪魔にならないよう首にかけてやると、気に入ったのか以来ずっとそのままだ。


「食べる?」


パーカーのポケットから、いつもの袋入りのにぼしとジャーキーを取り出す。

本当は猫用だし、猫でもカラスでも無闇に餌付けをしてはいけないのだが、可愛いのだから仕方が無い。そう思うことにしている。願わくば五月蝿い老婆に見つからんことを。

カラスは首だけ私のほうに傾けて、手づからジャーキーを食べた。光があたってきらきら光る濡羽色は、玉虫のようで綺麗だ。


今日はいいことがありそうな気がする。

と言っても、それが当たった試しはほとんどないので、今日も何てこと無い普通の日常だろう。

短大に行って、講義を受けて、死ぬほど課題を出され、バイトで愛想笑いをし、家に帰ったら義兄のご飯を食べて、風呂に入っておやつでも皆でつまみながら居間で課題をやって。ああ、掃除もしなきゃいけないし、洗濯は――瑠璃の当番だったな。

なんてことない、いつもの忙しくて幸せな日だ。








義兄が事故で死んだと、聞かされたのは3時間目の講義が終わった頃だった。





別に連載してるものとは別に、ちょっと軽めの。

前に夢で見たストーリーを煮詰めた感じです。

なんで、あまり深くは考えてません。

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