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レコードブレイカー MLB選手 ロジャー・マリス(1934-85)

作者: 滝 城太郎
掲載日:2026/02/03

ロジャー・マリスは名門ヤンキースの中ではヨギ・ベラ、ミッキー・マントルに次いで史上三番目となる二年連続MVPに輝いており、彼の後に続くのはアーロン・ジャッジだけである。アメリカでは賛否両論だった61本塁打の新記録も日本では大変な話題となり、マリスを表敬訪問に訪れた同年のセ・リーグ首位打者、本塁打王、MVPの長嶋茂雄とのツーショット写真も人気を呼んだ。王と長嶋より、マリスと長嶋の方が絵になると思っているのは私だけだろうか。

 現在の大リーグにおけるホームラン記録はバリー・ボンズが記録した七三本であり、かつては夢の数字であったベーブ・ルースの六〇本塁打も今となっては史上八位に過ぎないが、上位を占めるボンズ、マグワイア、ソーサのいずれもが薬物疑惑の渦中にあることを考えれば、ルースの記録を最初に塗り替えたロジャー・マリスの六一本こそアーロン・ジャッジが六二本のア・リーグ記録をつくるまで、正真正銘の世界記録だったと言えるのではないだろうか。

 ロジャー・ユージン・マリスは大リーガーの多くの例に漏れず、高校時代から野球だけでなくフットボール、バスケットボールにおいても傑出した万能選手であったが、驚くべきことに百メートルを十秒台で走るスプリンターでもあった。

 当然、各地の大学から引っ張りだこのマリスは、オクラホマ大学への進学を第一に考えていたが、地域を統括するクリーブランド・インディアンズのスカウト、フランク・フェイーから熱心にトライアウト受験を勧められた結果、見事に合格し一万五千ドル(当時のレートで五百四十万円)でインディアンズと契約した。時に一九五二年、マリス十八歳であった。

 ルーキーリーグでは三割二分五厘、九本塁打、1Aクラスでは三割一分五厘、三二本塁打と順調に成績を伸ばしたマリスは3Aインディアナポリスで二割九分三厘、一七本塁打の記録を残し、一九五七年にメジャー昇格を果たした。

 こうしてマリスは栄光のメジャーリーガーとしての第一歩を踏み出したわけだが、高校時代のマリスは野球よりもフットボールの方で有名だった。しかも高校時代はマリス(Maris)ではなくマラス(Maras)という苗字だったので、スター・プレーヤーになってからも、地元ではかつてのロジャー・マラスとマリスが同一人物であることに気づいていない人も少なからずいたという。

 これについては面白いエピソードがある。偶然道で出くわしたシャンレー高校時代の牧師から今の仕事を尋ねられたマリスが「プロ野球の選手をしています」と答えると、牧師はびっくりしてこう尋ね返したという。「君は野球で飯が食えるのか?まさか、君がニューヨーク・ヤンキースのロジャー・マリスというのではなかろうな」


 メジャー初年度は、一一六試合に出場し二割三分五厘、一四本塁打とまずまずの成績だったが、二年目は五十一試合に出場した時点で突如アスレチックスにトレードされた。

 ボブ・ブレーガン監督とそりが合わずGMのフランク・レーンからも疎まれていたことがその理由だが、マリスは感受性が強くマイナー時代から監督とささいなトラブルを起こすことが多かったことも事実である。

 しかし、彼にとってこのトレードは吉と出た。シーズン後半の七十三試合に出場したマリスは一九本

塁打を追加し、長距離砲としての素質を開花させたのである。

 三年目は虫垂炎の手術で一ヶ月棒に振りながら初のオールスター出場も果たすなど、順風満帆の野球生活だったが、「売れる選手は売れるうちに売る」という当時のアスレチックスの方針に則って、またしてもトレードに出されることになった。トレード先はニューヨーク・ヤンキースで、マリス、ケン・ハドリ(後に南海で活躍)、ジョー・デマエストリの三名に対し、ドン・ラーセン、ハンク・バウアーら四名を放出。

 ワールドシリーズ史上唯一の完全試合達成者であるラーセンは知名度はともかく投手としては二線級に過ぎないが、二年前のワールドシリーズでは四本塁打八打点の活躍で世界一をアシストした生え抜きのリードオフマンであるバウアーと売り出し中の強打者マリスが含まれていることで、このトレードは球界の注目を引いた。

 マリスに関しては「変わり者」のイメージが定着しており、ヤンキースの名将ステンゲルといえども彼を扱うのは至難の業という声もちらほら聞かれたが、ステンゲルは「マリスは選手として素晴らしいからヤンキースで採ったのだ。僕は怠け者か無能者でない限り選手と争ったことはない。大丈夫だよ、マリスはそのどちらでもない」と一蹴し、マリスが最大限に力を発揮できるよう配慮した。

 結果、マリスは生え抜きのスーパースター、ミッキー・マントルが不調の中黙々と打ちまくり、チームのV4に貢献した。マリスは初タイトルである打点王のほか、ア・リーグMVPを獲得したが、俊足を生かした守備も巧く、ゴールデングラブ賞にも選出されている。


 翌一九六一年は、日本でも稲尾和久(西鉄)が四二勝を挙げるなど、様々な記録に沸いたシーズンだったが、海の向こうのアメリカでもエクスパンション(球団数の増加)に起因するホームランブームが起き、近年にない熾烈なホームランダービーがこの年のメジャーリーグの話題を席捲した。その中心となったのがヤンキースのMM砲コンビ、ミッキー・マントルとロジャー・マリスであった。

 スタートで出遅れたマリスは五月を終わってまだ十本とここまでは平凡な成績だったが、そこから一ヶ月で二〇本という離れ業で一気にトップに立った。三〇号到達はマリスが七月二日、マントルが七月十三日と、両名ともルースが六〇本打った時のペース(七月三十日に到達)を上回る量産ぶりで、オールスター後には記録更新のムードも高まってきた。

 七月十八日にフリックコミッショナーが「(ルースの時代の試合数である)一五四試合以内においての本塁打数をもって記録の更新を認める」という異例の見解を出したのも、国民的ヒーローであるルースの記録が破られることに対して多くのファンが不快感を示していたからで、この年のホームランダービーは必ずしも野球ファンに大歓迎されたものではなかったのである。

 しかし、そんな世論の反発をよそにMM砲は競い合うかのように打ちまくり、マリスは八月二十二日に早くも五〇号の大台、マントルもルースより早い九月三日に五〇号に達し記録更新は時間の問題となってきた。

 こうなると世間の注目はどちらが記録を更新するかの一点に絞られ、地元ニューヨークを中心にほとんどのファンがマントルによる記録更新を願うようになった。それもそのはず、マリスは外様でマントルは生え抜きであるからだ。

 マグワイアやボンズのシーズン本塁打記録更新、イチローのシーズン安打記録更新に際して多くのファンがそれを歓迎したのは、対象となる過去の記録保持者がロジャー・マリス、ジョージ・シスラーだったからである。

 ハンク・アーロンがルースの生涯本塁打記録を抜き去った時の反発と同様、球界にとって神格化された存在であるベーブ・ルースの記録を破るということは神聖なものが汚されるというイメージで捉えられていた。

 したがって、ルースの後輩であるヤンキースの二人に対しても最初は風当たりが強かったが、記録更新の可能性が高まるにつれ、どうせなら生え抜きのマントルに新記録を達成してもらいたいと思うのも仕方がないことであろう。

 しかし、そのおかげでマリスはニューヨークのファンからも非難を浴びるなど完全に矢面に立たされてしまった。中にはマリスには新記録達成者の資格がないという声もあった。走・攻・守三拍子揃った元三冠王にしてホームランキングの常連という往年のルースを髣髴とさせるマントルの球歴に比べれば、荒削

りな一発屋でタイトルも打点王一回というマリスはどうしても見劣りしてしまう。

 しかも間の悪いことに終盤に肺炎に罹ったマントルが二週間の休養を余儀なくされ、記録更新の可能性はマリス一人に絞られてしまった。これでヤンキースが熾烈なペナント争いでもしているのであれば、ファンもマリスの打撃に期待せざるを得ないが、リーグ優勝が秒読み状態となると、ルースの記録更新を阻止したい気持ちの方が強くなってくるのも仕方がないことかもしれない。

 そもそも陽気でフレンドリーなマントルと偏屈屋のマリスではファン受けも違う。汚い野次や脅迫めいたファンレターに心を痛めたマリスは部分的な脱毛症になるほど追い詰められた。


 なかなか新記録が出ないままヤンキースは十月一日、ついにシーズン最終戦を迎えた。七万人収容のヤンキースタジアム

に集まった観衆は二万三千人。マリスの新記録達成のボールに懸賞金が賭けられていたため、右翼下段席こそ満員だったが、多くのファンはマリスがルースの記録を破ることに何の関心も持っていなかったのだ。

 レッドソックスの先発は新人のトレーシー・スタラード。今季ここまで二勝しか挙げていないが、一九六センチの長身から投げ下ろすストレートは威力十分で、奪三振はすでに一〇〇を超えていた。注目の第一打席は大きなレフトフライ。マリスが打った瞬間、観客席は大きくどよめいたが、これは後に三冠王となる新人カール・ヤストレムスキー左翼手が好捕した。

 そして四回裏の第二打席、スタラードが空振りを狙って放った内角高めのボール球をマリスが強引にフルスイングすると、打球はラインドライブを描きながらライト中段に飛び込んだ。この歴史的な一発にはサクラメントのレストラン経営者サム・ゴードンが五千ドルの賞金を賭けており、ホームランボールをキャッチした十九歳の自動車運転手サル・デューラントがその恩恵に与った。

 マグワイアやボンズのホームランボールには桁外れの賞金が賭けられたが、スタープレーヤーであるマリスの年俸が三万五千ドルの時代である。五千ドルあればフェラーリでもポルシェでもポン買い出来た。


 シーズンMVPはホームランの新記録を打ち立てたインパクトもあってマリスが二年連続で受賞したが、打率、安打数、長打率、出塁率ではマントルが上回り、得点(リーグ1位)も分け合っていることから見ても成績的にはほぼ同格で、仮にマリスが六〇本で止まっていたとしたら、ニューヨークっ児から絶大な人気を得ていたマントルの可能性も十分あったと思われる。

 余談になるが、このシーズン大活躍をしながら、MM砲のマッチレースのあおりを食って影が薄くなった選手がいる。後に近鉄で活躍したジム・ジェンタイル(日本登録名はジムタイル)である。

 ジェンタイルは大リーグ史上二人目となる年間満塁本塁打五本という当時のメジャー記録に並んだうえ、シーズン通算でも三割二厘、四六本塁打、一四一打点というMM砲に匹敵する素晴らしい成績を残していた。特に打点はマリスとタイで、もしジェンタイルが単独で打点王を獲得していれば、マリスは一冠だけとなり、MVP投票でもさらにマントルに票が流れたかもしれない。

 ペナントレース中に熾烈なホームラン王争いで燃え尽きてしまったのか、ワールドシリ-ズでは怪我のため二試合しか出場出来なかったマントルが六打数一安打〇打点、伝説を塗り替えたマリスも十九打数二安打一本塁打二打点と全く振るわなかった。

 三十歳を過ぎた頃から故障がちになり、一九六七年にはカージナルスに放出されたが、もはや往年の長打は期待出来ず、翌年三十四歳の若さでグラウンドを後にした。奇しくもライバルだったマントルも同じ年に引退している。

 引退後はビール会社に勤めていたが、リンパ系細胞ががん化するホジキン病という難病に冒され五十一歳の若さで世を去った。

 すでに世間から忘れ去られていたマリスの最期を看取ったのが、MM砲全盛時代に確執が噂されていたマントルだった。

 思えば、生え抜きのスーパースターだったマントルが本塁打王、マリスが打点王とタイトルを分け合った一九六〇年、外様のマリスがMVPに選出されたことで、マリスは熱狂的なマントルファンからの誹謗中傷にさらされるようになったが、実はこの二人、ベンチの中では仲が良くマントルはマリスを弟のように可愛がっていた。

 マスコミやファンが二人が対立していると思い込んだのはあくまでも想像に過ぎなかったのだ。

 マントルはビリー・マーチン、ホワイティ・フォードとともに「三銃士」と呼ばれるほどの遊び人で、「うちのチームには昼の十二時と夜中の十二時の区別がつかない時計を持っているやつがいる」とステンゲルを嘆かせたほど、素行不良が問題視されていたのに対し、マリスは都会生活に馴染めない堅物でまるで接点はなさそうだったからだ。

 ところがマントルが享楽的に見えたのは人生を「太く短く」と割り切っていただけのことで、根は気が優しく、むしろ内気な青年だった。マリスが急逝した時も、ショックを受けたマントルは「自分の方が先に死ぬべきだった」と嘆き、これを機にアルコール依存症に陥り、自らの死を早めることになった。

 せめてもの救いはマリスが、「人間は本当に苦しい時、誰が真の友かがわかる」とかつてはライバル視されていたマントルこそ最高の友だったことを悟って世を去ったことだろう。

 生涯成績 ’260 275本塁打 850打点 1325安打

マリスの61本は、メジャー球団の拡大時期に当たるため各チームの平均的な投手力が低下したうえ、試合数も8試合増えたことから、条件的に明らかに有利であり、ルースの記録を破ったとは言い難いとケチがつき、しばらくは参考記録扱いされた。そう考えると今日のメジャー球団数は当時より大幅に増えているため、ジャッジといえどもマリスの時代に62本打つのは無理だろう。ア・リーグ記録までジャッジに更新され、また影が薄くなったマリスだが、ジャッジが62本打った年の三振が175だったのに対し、マリスはわずか67である。マリスはマントルほど大振りしないクラッチヒッターだったが、今日のように三打席連続三振しても四打席目にホームランを打てばいいという評価基準だったら、軽く70本を超えていたかもしれない。

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