第一章:4 罪人闘技大会
罪人闘技大会当日。闘技場内は観客で賑わっていた。
アイリスはその様子を見ながら貴賓席でため息をついていた。
「(お兄様が、ケンジョウ様の釈放を許可してくれないなんて……手紙にもあんなこと書いてしまったのに……!ケンジョウ様にガッカリさせてしまった……!)」
ケンジョウの予想通り、釈放は叶わなかった。
兄、レオニードに話を通しにいったはいいものの、客観的な証拠が無いのにそんなことが許されるわけがないだろうと一蹴されたのだ。
「(今はアンジェとシャドウに証拠を探させている。
【雇用契約書】もしくは、【生ける鎧】に扮した人物を見つけることさえできれば、交渉の余地が生まれる。制限時間はこの大会の勝者が決まり、お兄様の戦闘という名の処刑が始まるまで……早く証拠を見つけて……!お願い……!)」
アイリスは焦っていた。
自身も探しに行ければいいのだが、国を挙げての年に一回のイベント。王族がいないという状態はよろしくない。
そんな心境を知る由もない要人たちはアイリスに挨拶しにやってくる。笑顔で応えながら焦りが募る。
その焦りの要因の一人がやってきた。
「ごきげんよう、お加減いかがですかな?」
「ルートヴィヒ……」
アイリス暗殺を企てた張本人、ルートヴィヒ。その顔を見た瞬間につい問い詰めたくなる気持ちをグッと抑え、アイリスはぎこちない笑顔を浮かべる。
「ええ、おかげさまで。傷もほとんど塞がりましたわ」
「それは重畳。姫様の玉の肌に傷跡なぞ残ろうものならば国の損失ですからな」
「…………ええ(どの面下げてそんなこと言ってますのこの男……)」
「今日の闘技大会、あの男がどれだけ戦えるか見ものですな。万一勝ち残っても殿下には勝てないでしょうが……」
「……」
「おや、姫様はそんなに興味ありませんでしたかな?」
「……ちょっと私、虫の居所が悪いんですの。少し外していただけるかしら?」
「……失礼致しました。それでは私はこれにて」
ルートヴィヒが離れていく様を見て一息つく。
そして入れ替わりにやってきた人物に声をかけられる。
「おやおや、ご機嫌斜めかい?そんなに眉間に皺を寄せていると綺麗な顔が台無しだよ」
「お兄様……」
話しかけてきたのはアイリスの兄、レオニード=キュレネ=ハイフレイア。
王子であり、騎士としての実力もさることながら魔術師としての実力も兼ね備えているハイフレイア王国の最高戦力。
美しい金髪が似合う美丈夫で、その左眼には眼帯が着けられている。
「誰のせいでご機嫌斜めになってると思いますの?お兄様がケンジョウ様の釈放を認めてくださったなら……」
「昨日も言っただろう。客観的な証拠が無いとそれは認められないと。僕が現場を見ていたならともかく、伝え聞きで証拠もない……そんな状態で王女暗殺未遂なんて大罪の疑いがある人物をおいそれと解放するわけにはいかないんだ」
「それはそうですけれど……」
「そもそも、アイリスも最初は例のケンジョウ=イズミが無罪である証拠が無いと判断したから捕らえるに至ったのだろう。証拠の重要性はよく理解していると思っていたのだけどね」
「うっ……」
「個人的にはアイリスを信じたい気持ちはあるけれどもね。故に、ひとつ忠告だ」
「えっ?」
「あまり、表面化してない敵に敵意を向けるものではないよ。特に、相手がこちらを騙せていると思っている限りは騙されているフリをするのが利口というものだ」
「……はい。わかりましたわ」
「まぁ、アイリスは良くも悪くもまっすぐだからね。簡単ではないと思うけれど……おや?」
レオニードが自身が入ってきた扉の方を向く。
つられてアイリスもそちらの方を見ると2人の男が入ってきた。美しいマントを羽織り、頭に冠を戴く男は自身で歩くのもままならないのか、そばにいる男に体を預ける形で前へ進む。
「父上!」
「お父様!」
アイリスとレオニードは父と呼ぶ男へ近付く。
歩くこともままならないこの男はアレックス=キュレネ=ハイフレイア。ハイフレイア王国の国王で、愛妻王と呼ばれていた。妻を亡くしてからかつて精力的に政に取り組んでいた姿が見る影もなくなるほどに痩せ細り、病まで患ってしまった。
「……うむ」
「殿下、姫様……陛下は今、衰弱しておいでです。あまりお近付きになりませぬよう」
アレックスを支える男が2人に声を掛ける。
この男はホルスト=フォン=ヴァンブレイス。ハイフレイア王国の宰相であり、王の相談役である。
「病状はあまりよろしくないのか」
「はい。本来なら私も陛下には安静にしていただきたいのですが……陛下たっての希望でこちらへ」
「僕が父上を席までお連れしよう。ホルストは自由にしてくれていいぞ」
「いえ、殿下のお手を煩わせるわけには」
「自分の父のことだ。ホルストが気にする必要はない」
レオニードはそう言いながらアレックスの横につき、抱えるように支える。
「……軽いな……」
異様なくらい軽くなった父に驚きながら、貴賓席中央に設えた玉座にアレックスを座らせる。
アレックスが玉座に座ったことを見ていたかのように、タイミングよく会場に声が響く。
「年に一度の罪人闘技大会ッ!!まもなく開幕ゥ!!飲み物の準備はいいか!トイレは済ませたか!観戦の準備はできているかァァァ!?」
貴賓席と反対側の席に実況席が備えられている。ここには魔道具の【拡声球】の付いた棒が設置されており、ここで声を出すと会場全体に声が響くという仕組みになっている。
「毎年のことながら、実況席にいるとうるさいですわね……ファリンさん」
「それが彼女の仕事だよ。他の観客も盛り上がってるみたいだね」
「今年も実況を担当するのはァ!ファリン=カイレスどぅぇっす!どうぞよろしくゥ!!!」
ファリンの自己紹介に合わせて会場は盛り上がりを見せる。
ファリン=カイレス。罪人闘技大会だけでなく通常の闘技大会でも実況を担う。見た目はとても若々しい女性だが、数十年見た目が変わらないことから、一部のファンからは吸血鬼と恐れられているとかなんとか。
「解説には魔術研究の第一人者、マジデス=ゴイデス先生をお呼びしているぞォ!よろしくお願いしまァす!」
「よろしくお願いします」
マジデス=ゴイデス。ハイフレイア王国における魔術研究の第一人者で、魔術教本などの執筆をおこなっている。マジデスの研究が魔道具などに役立てられていることからハイフレイア王国の重要人物であることが窺える。
「今回の闘技大会で、また面白い魔術が出てくるといいですね。魔術は魔力と想像力で構成される都合上、我々が知らない魔術がポロッと出てくることがありますからね」
「何故解説に魔術研究者を呼んでいるのかわかる説明ありがとうございまぁす!」
「毎年のことですからね。……まぁ、ここ数年ろくに面白い魔術は出てきてないんですけども。ずっとありきたりな魔術の解説ばかりしてる気がしますね」
「久しぶりに聞きたいですねぇ!ゴイデス先生のアレ!」
「言えたらいいですね、アレ」
「さぁて!場もトークで温まってきたところでェ!!!罪人闘技大会開幕だァァァ!!!!」
ファリンの叫びに観客席が盛り上がりを見せる。その様子を見てレオニードはぽろっと
「これほどまでに民達は鬱憤を溜め込んでいるというのか……」
と零した。
その言葉は観客たちの盛り上がりの中に溶けて、誰の耳にも届くことはなかった。
────────────────────
「ひ、ひぃぃぃ!!!もう無理だ!降参!降参するから!!これ以上は……!!」
「ふむ……じゃあ、もういいかの。オブジェにでもなってもらうとしよう。【一輪刺し】!」
老爺が投げたナイフが、降参宣言をした血まみれの男に突き刺さる。
胸にナイフが刺さり、ナイフが一輪の花へと変わる。その花弁は血のように赤黒く、動かなくなった男と合わせてひとつの芸術品のようだった。
「おっと情けなくも囚人サギロ降参宣言!しかし囚人ザイは容赦なく命を奪ったァ!やはり詐欺師に実力主義の罪人闘技大会は厳しかったかァ!?」
「【幻影分身】で自身を増やしてかく乱するのはなかなか良かったと思いますけどね。ただ、分身を動かすのに必死になってたのをザイ氏に見抜かれたのが厳しかったですね。まぁね……【幻影分身】は魔力消費もデカければ操作も難しい魔術なので。
それよりもザイ氏が最後に使った魔術が」
「あーすいません長くなりそうなんで!それではこれにて囚人ザイの勝利ィィィ!!!」
「解説させてほしかったなぁ……あれ禁術なのに……」
戦いが進み、会場の熱気がさらに増す。
戦いが終わる度に「やっぱ負けんのかよ!大穴一点狙いの夢がぁ!」「いやー儲けさせてもらいました、はっはっは」などと悲喜交々な観客の声が聞こえる。
「敗者を……炉へ……」
「はっ」
「…………」
そして、決着がつく度にアレックスがホルストに謎の指示を出している様を見てアイリスは怪訝な表情を浮かべる。
そんな様子を見てレオニードはアイリスに耳打ちする。
「アイリス、どうかしたかい?」
「いえ、その……お兄様は気になりませんの?お父様の……」
「……数年前からやっていることだ。……一度父上にあの指示について聞いてみたことがあるが教えてもらえなかった。詮索はしない方がいい」
でも、と続けそうになるところに実況席からの声が響く。
「第一回戦最終試合!!まず西ゲートから出てくるのは、この少年んんん!!!ケインんんんーーーーんーーー???あれ名字がない?あぁ、貧民街のガキか。改めて第一回戦最終試合、まず出てくるのはぁぁぁ!!!ケェイィィィン!!!!」
声と同時にケインと呼ばれた少年が短剣を持ってゲートから歩いてくる。
その瞳には、怯えと決意が共存している。
「えーと罪状は……窃盗?えっ?その歳で窃盗でこの闘技大会出たの?人生諦めすぎじゃない?これに出ずに刑期全うしてた方がよくない?」
「ファリンさん、テンションが素に戻ってますよ」
「おっと失礼!!!いやぁまさかここまで覚悟がキマってるとは思わずついつい素が出ちゃいました!!!
さぁ気を取り直して……続いて東ゲートより入場するのはこの男ォ!!!ケンジョォォォウ、イぃズミぃぃぃ!!!!」
観客が騒めく闘技場内に大きく響く声。ゲートが開き、ゆっくりと歩みを進める一人の男。
ケンジョウだ。
「ケンジョウ様……」
「ふぅむ、彼が…………アイリスは薄幸そうな顔が好きなのかい?」
「すっ!?べべ別に好きとかそういうことは……」
「はっはっは!冗談だよ」
「えー、このケンジョウ=イズミの罪状は……んん???王女暗殺未遂ィィィ!?」
驚きに響く声。その声に呼応するかのようにざわめきが大きくなる。
「何故そんな奴がこの大会に出られるんだ?」
「さすがに即刻死刑であるべきだろ」
「でもこの大会大量殺人鬼も出るしセーフセーフ」
観客の声が大きくなる。司会の声か、観客の声か……どちらのせいにしろうんざりした様子で
「そんなこと、俺はやってない……」
と呟いた。
「やってないんならなぁぁぁんでそんなとこにいるんですかねぇ〜〜!?」
「……聞かれている……?」
ぽつりと呟いた言葉に大きく反応されると思っていなかったケンジョウは驚きを隠せず視線は虚空をさまよう。
その様子を見てファリンは続ける。
「いやさっきから控室でもモニターで試合流してたでしょうが!!どうやって音流してたと思ってんの!?」
「……さあ。そもそも寝ていたので、もにたー?なるものは見ていません」
「寝てた!?人生懸かってんのに!?」
「反応を見る限りだと、もしかしたらケンジョウ氏、モニターも知らなそうですね」
「声が増えた?」
「あっ、私マジデス=ゴイデスと申します。そちらの音を拾っている【拡音球】や映像をお届けする【映録球】などの魔道具の製作もしております。本業は魔術研究なんですけどね」
「丁寧にどうも」
「いやなにのほほんと自己紹介してんですか!!??前代未聞でしょ解説と囚人がほのぼのと話してんの!!」
「ケンジョウ氏が魔道具知らなそうだったのでつい……教えて差し上げねばと」
「魔道具を知らないわけないでしょトンデモない田舎から出てきたわけじゃあるまいし!」
「……知りませんでしたが」
「知らなかったのォ!?」
「黒髪はヤマト人の特徴だと思われますが、ヤマトからいらっしゃったんです?」
「はい」
「マジ田舎だったわ!!……でも、ヤマトとも貿易してるんだから魔道具くらい広がってんじゃないの……?」
急に繰り広げられる謎の光景に観客席も貴賓席も呆気にとられ、空気が冷めていく。
「こほん!えー……気を取り直して、進めていきましょう!!
【窃盗犯】ケイン対……【王女暗殺未遂】ケンジョウ……試合開始ィィィ!!!」
正気に戻ったファリンの試合開始宣言が響き渡る。
その声に合わせ相手の方を向いたその時、ケンジョウは衝撃と違和感を覚えた。
「(相手は、子供……?それとなんだ、右手が軽い……?)」
すぐさま右手に視線を向けると、ゲートから歩いてくるときには持っていた剣が無くなっていた。
そして、その剣の行方はすぐに見つかった。
「おおっと!これは凄いです!ファリンさん、今の音拾ってます?」
「いや、拾ってないですねぇ!いったいどういうことなのでしょう!?試合開始直後に囚人ケンジョウの右手から囚人ケインの手の中にロングソードが移動したように見えましたが!?」
「ケイン氏が使ったのは【借りパク】という魔術です。これは単純明快、対象の人物から物を奪う魔術なのですが、対象者の魔力による抵抗が発生する為、対象の魔力を発動時の魔力が大きく上回らないと成功しないんです。子供の魔力で大人を上回るのは大変なものです。そのうえでさらに魔力を必要とする無詠唱でやってのけるのは……凄いです!」
「なるほどぉ!確かにそれはすごい……あの少年もちゃんと勝ち筋を持ってこの大会に挑んだんですね!……しかし、互いに動かない?どうしたんだァ!?」
実況席から聞こえる声からケンジョウは理解する。目の前にいる、怯えた顔の少年が構えている体格不相応の剣……あれはさっきまで自分が持っていた剣だと。
そして不可解に思う。何故あの少年はこちらに斬り掛かってこないのか、と。
「……かかって来ないのか」
「!……あ、アンタ」
「なんだ」
「アンタの剣は、オレがもらった!だ、だから……降参しろ!!き、斬られたくないだろ!?」
その言葉でケンジョウは察する。
「なるほど。人を斬るのが怖いのか」
「こ、怖くなんかないやい!オレは優しいからアンタにチャンスをくれてやってるんだ!!」
「そうか。で?仮にこの場で俺が降参したとして……それだけで最後まで勝ち進めるとでも本気で思っているのか?」
「うっ……」
「かかって来い。これから生き残りたいのならば。戦わない者に未来は、ない。怖いのならば戦わずに降参するのもいいんじゃないか」
「囚人ケンジョウ、説教始めましたよ」
「ケンジョウ氏はもしかしたら自身から攻撃をしたくないのかもしれませんね。相手が子供だから」
「う、っ、うぅぅぅ!!!!
バカに、するなぁぁぁぁ!!!!」
ケンジョウの言葉を受け、ケインは怒りのまま突っ込んでくる。
しかし、大上段に振り上げた剣を制御できるだけの膂力が無く、剣に振り回されてしまう。
無理やり踏ん張ってなんとかケンジョウに斬りかかろうとするものの、腰の入らない一撃は人を斬るに至らず。あっさりとケンジョウに片手で受け止められる。
「えっ……!」
「……眠っていろ」
空いた手でケインのみぞおちを下から抉るように殴りつける。
地味だが確かに響くその一撃は、剣と意識を手放すには充分すぎる威力だった。
意識を失い、力の抜けたケインの体をゆっくり横たわらせる。剣を拾い上げ、入ってきたゲートの方向へ歩いて行く。
「決ッ着ゥゥゥ!!勝者、囚人ケンジョウ!容赦無い一撃でした!流石に順当と言ったところでしょうか!」
「【借りパク】が決まった後に何かしらあればまた変わったんでしょうけどねぇ。でも彼は魔術の才能がありますよ。この闘技大会でなかったなら才能を活かせる機会もあったでしょうに……」
「これに出ると決めたのはあの子供本人ですから仕方がない!これから先あの少年にはこの国の為に強制労働に勤しんでもらいましょう!
さて、それでは数分の休憩を挟みまして、第二回戦と参りましょう!」
「……あんな少年まで……これが、国として、正しいのかしら」
「アイリス、滅多なことを言うものじゃない。気持ちはわからないでもないが」
ファリンの実況を聞きながらこの闘技大会の……ひいてはこの闘技大会を恒例行事として盛り上げている国の在り方の異質さに疑問を抱くアイリス。
負けたら一生釈放されない?人を斬ることに怯えていた子供でも?償う機会も与えられず……?
今までは凶悪犯が自分の欲に溺れた故の因果応報だと思っていた。しかし、ケインのような少年や、冤罪のケンジョウまでもがこの歪んだルールに囚われているというのは、アイリスには到底納得できないものだった。
「敗者を……炉へ……」
「はっ」
「お父様!?あの子はまだ少年ですわ!そんな無体な……」
「……」
アイリスの悲痛な呼びかけに眉ひとつ動かさないアレックス。代わりに隣に控えているホルストが口を開く。
「ルールはルールでございますゆえ……例外など作ってしまうと国が成り立たなくなってしまいます」
「だったら、新しいルールでも作ったらいいじゃありませんの!子供にまで一生をかけさせるなんて……おかしいとは思いませんの!?」
「思いませんな」
ホルストは冷たい目でアイリスを見据える。
そこには苛立ちが宿っていた。
「そもそも。この大会に出て敗北するとどうなるかなどという話は囚人達に既に説明しております。そのうえで選んだ結果に大人も子供もありませぬ。姫様も、王族たるお方ならば聞き分けてくださいませ」
「…………ッ!」
ホルストの真っ当な正論にアイリスは唇を強く噛み締めながら席へ戻る。その様子を見て、ホルストは兵に改めて指示を出す。「敗者を、炉へ」と。
その指示してる様を聞きながら、アイリスは静かに涙を流し、下を向く。
「(あの子は、確かに罪を犯した。この事実は間違いないですわ。罪に対する罰の重さに納得はできないけれど、理解は……しなければ。でも、せめてケンジョウ様だけは……いざとなったら、私が……)」
─────────────────
「さて!第二回戦も残すところ最終戦!
次の対戦カードはァァァ!?【快楽殺人鬼】のザイ対【王女暗殺未遂】のケンジョウだァァァ!!!」
ゲートが開き、両者ともに闘技場に足を踏み入れる。
対峙し、ザイがケンジョウに声を掛ける。
「ほっほっほ……お前さん、なかなかの修羅場をくぐってきておるようじゃな?人を殺めることに躊躇いのない、良い眼をしておる」
「……」
「無視、か……。老人の世間話には付き合っても損はないと思うがの」
「……あんたは、快楽殺人鬼なのか?」
「ふむ。それは少しだけ語弊があるのう。別にわしは人を殺めることそのものに快楽を覚えてはおらぬが……」
言いながらザイは手を握りしめ、開く。
その手の中には花が一輪あった。
「人が美しくなる様は、何度見ても飽きぬものよ」
「……人が美しくなることと、その花に何の関係が……?」
「……わからぬならそれで良い。お前さんが理解する頃にはもう手遅れじゃろうがな」
「さて、舌戦も一段落ついたところで!試合、開始ィィィ!!!」
2人の話が終わったと見るやいなや、試合開始の宣言がなされる。その合図とともにザイはナイフを両手に4本ずつ構え
「お前さんの力は未知数じゃからな。最初から全力で行かせてもらうぞ!【短剣乱舞】!!」
呪文を唱えながらナイフを投げた。
手から離れたナイフの軌道は横へ膨らみながらそれぞれ分裂し、ケンジョウの元へ弾幕となって襲いかかってくる。
「おおっとォ!囚人ザイ、いきなり大技を繰り出したァ!」
「コレは凄いです!おそらく【物質複製】、【長距離投擲】【曲射】を同時に使ってるようなものだとは思うのですが、ひとつの呪文にまとめているのが芸術点が高いですね!」
「対して囚人ケンジョウはァ……?ナイフの群れに飲まれている!?」
迫り来るナイフの弾幕に避けることもできずケンジョウは無数のナイフの影に飲まれてしまった。
「よおおおし!姫様を狙う不届きものめ!これにて成敗!」
「ケンジョウ様!?」
「……面白いじゃないか」
貴賓席のアイリス達から少し離れた場所にいるルートヴィヒが歓喜し、アイリスは悲痛な叫びをあげる。アイリスの隣にいるレオニードはケンジョウの行動に笑みを浮かべる。この場を観ている人の中で唯一、彼だけはケンジョウの動きを追えていた。
「あっさりと飲まれおったのう。拍子抜けじゃわい」
「そうか」
「ッ!?」
ナイフの群れに飲まれたと思われたケンジョウが、ザイの後ろにいる。
その事実を飲み込む前に、ザイは剣の横っ面で頭を殴られ、倒れ込んだ。そのまま立ち上がることもできずに意識を手放してしまう。
「な、なな、何が起きたァァァ!?囚人ケンジョウ、無数のナイフに飲まれたかと思ったら囚人ザイの後ろに現れ、そのまま一撃!!ゴイデス先生、これ何が……」
「ま……ま……」
「ま?」
「マジで!凄いです!!!!」
目の前で起こった出来事に、興奮を隠せないマジデス。
「で、出たァァァ!マジデス=ゴイデス先生の『マジで凄いです』が出たァァァ!ゴイデス先生、これ何がそんなに凄いんですか!?」
「これはですね、【短距離瞬間移動】という超高度な魔術ですね!ただでさえかなりの魔力を使うのに更に魔力を使う無詠唱でやってのけた!こんなことができる人がいるなんて思ってもみなかった!いやぁ、魔力総量だけなら私や殿下も超えるかもしれません。それほどまでに魔力を使うんですよね」
「ゴイデス先生やレオニード殿下を超える魔力!?それは……ええ!?」
「こうなると先ほどのケイン少年がさらに凄いことになりますね?ケンジョウ氏相手に【借りパク】を決めたことになりますから」
解説の声を聞き、驚きや賞賛の声が観客席から沸き上がる。
「ケンジョウ様……そんな魔力があるなら捕まった時にでも無理やり逃げ出すこともできたはずなのに……」
「ふふ、アイリス。アレはそんなものじゃないよ。実に単純で、力業だ。彼に似ているだけはある……。戦うときが楽しみだ」
「えっ?」
レオニードの言葉に、意味がわからないというふうに返すアイリス。結局彼は意味深に笑うだけで答えは教えなかった。
「さて、少しの休憩を挟んで第3回戦……ん?え?緊急?」
実況席へバタバタと兵士が駆け寄り、ファリンに耳打ちする。
「はぁぁぁ!?ほとんど棄権!?
んじゃこれスケジュールどうすんのよ!終日押さえてんのにこれじゃ日が沈む前に終わるわよ!?」
「ファリンさん、落ち着いて。マイクに声乗ってます」
「あっ、いや失礼しました……
いやね、なんか囚人ガルバルと囚人ケンジョウが怖いのかその2人以外棄権したいという申し出があったって報告がね?棄権したところで行き着く先は敗者のそれなのにね?」
その声を聞いて観客席から大ブーイングが起きる。
アイリスの顔から血の気が引いていく。
「(2人を除いて棄権となると……数時間単位で決着が速くなる……!アンジェ、シャドウ!証拠は……まだですの!?)」
「おやおや……急にタイムリミットが近付いてしまったようだね。まぁ……あれだけ派手に盛り上げられたら仕方ない部分もあるとは思うが」
「お兄様!あの……」
「ダメだよ、アイリス。僕が待てるのは決勝が終わり、僕があの場に降り立つまでだ。いくら予想外の出来事があったとしてもそれは曲げられないね」
非情な宣告にアイリスは目を伏せる。
そこに追い打ちをかけるかのように、ファリンの声が会場に響く。
「んーーーもう仕方ないか!囚人ケンジョウ!その場で待機しておいてもらって……」
「さっきザイ氏を殴り倒してからそのまますぐに引っ込んでいきましたけど」
「マイペースか!!!……んじゃ、まぁ……はい。10分くらい休憩挟んでから決勝戦といきましょうか?うん……なんなんだろう今年の大会。いつもの数倍疲れる気がする」
「独り言めちゃくちゃマイクに乗ってますよ」
「もういいです……」
─────────────────
「さて!10分経ちましたし!?そろそろ決勝戦始めちゃっていいかなーーー!?」
10分後、ファリンの元気な声が響き渡る。
その声に応じて会場は熱を帯びる。
「お前どっちに賭けた?」
「やっぱガルバルかなあ。最初の2戦の勢いすごかったろ」
「そっかー。俺はあのケンジョウってのに賭けたわ。やっぱ【短距離瞬間移動】の件でさ」
「でも戦闘力そのものってまだわからなくない?一回戦は相手がガキで、二回戦は後ろから一撃じゃん」
「それはそうかも……」
「んじゃ早速入ってきていただきましょう!
西ゲート、【リナルド商会若頭】囚人ガルバル!東ゲート、【王女暗殺未遂】囚人ケンジョウ!最高の戦いを見せてくれぇ!!!」
ファリンの声とともにゲートが開き、2人が入場する。
ケンジョウは相手を見据え、相手を分析する。
「(180cmある俺よりさらに巨躯。長柄斧を二振り持っている……力勝負に持ち込まれたら厳しそうだ)」
「なんだよ。ジロジロ見んなって!恥ずかしいだろ」
「え、あぁ、すまん……?」
思いもよらない言葉が投げかけられて呆気にとられてしまう。
「なんだよ、ちゃんと謝れんのかよ。んじゃこんな大会に出ずに謝って許してもらったらよかったんじゃねーの」
「やってもないことを謝れと言われても……」
「俺はな?ちゃぁんと、この大会に勝った後のことも考えてんのよ。レオニードを倒す算段もついてる。お前らみたいに何の考えもなしに命を捨てるつもりはないんだわ」
「……」
「レオニードを倒してオヤジの元へ帰ったとあれば箔も付くってもんよ。だからよ、お前も降参しちゃくれねぇか」
「断る。ありもしない罪で一生を棒に振るなどごめんだ」
「そうかい」
降参する気はないと見るや、構えを取るガルバル。ケンジョウもそれを見て構える。
「双方やる気は十分だァ!
それでは試合、開始ィィィ!!!」
言葉と同時に互いに駆け出す。ガルバルの右手から振るわれる斧をいなし、右手側に潜り込む。
いなされたと見るや否や、ガルバルは右手の斧を地面に刺し、それを支柱に左手側へ跳ぶ。潜り込んで斬りかかったケンジョウの攻撃は空を切る。
回転しながら左手の斧でケンジョウに切り掛かるが、それを察知したケンジョウは間合いの外へ大袈裟に離脱する。
大袈裟に逃げたことが功を奏した。広範囲の斬撃がケンジョウのいた付近を薙ぎ払っていく。
「へぇ。よく見てんじゃねえか。ちょっと避けた程度ならコレで決まってたんだがな」
「……」
「イラつくぜ、その目。まだまだ余裕そうじゃねえかよ!」
右手の斧を引き抜き、左手の斧と擦り合わせ
「【属性付与:雷】!!」
振り払うことで斧の刃先が雷を帯びる。明らかに雰囲気が違うことを察知したケンジョウは、脚に力を込める。
「……【風鳴】」
ぽそっと呟いた直後、ケンジョウはその場から消え……右から左から、果てには後ろや上からも。ガルバルに斬撃が降り注ぐ。
「これはいったいどうしたことだァァァ!?囚人ケンジョウ、増えているぅぅぅ!?」
「マジで凄いです……こんなの見たことがありません……!」
実況席も観客席も何が起きているかわからないなか、ガルバルは的確に致命傷となる部分は避ける。しかし、負傷は免れない。徐々に切り傷が増えていく。
「くっ……そ、がぁ!!」
どうにもならず遮二無二斧を振り回す。雷を纏った斧と剣がぶつかり合ったときにケンジョウの動きが鈍った。
「うぐっ……」
「うおおおお!!!」
鈍った機会を逃すまいと迫り来る雷斧。痺れる身体に喝を入れ、すんでのところでガルバルの一撃を回避する。
「(危ないところだった。やはりあの斧と打ち合うべきではない……)」
「はーっ……はーっ……くそっ……
うおおおおおーーーーッ!!!!」
ガルバルは息を切らしながら斧を投げつける。
飛来する長柄斧。まさか投げるとは思っていなかったので虚を突かれる。
身体を逸らし回避に成功するものの、その隙を突いてガルバルが接近してきていることに気付くのに遅れてしまう。
「終いだぁッ!!」
「っ!!」
横薙ぎの斬撃。まともに受けると死は免れないだろう。
「(後ろに跳んで避ける?体勢が悪く距離が取れない。ならば……!)」
前に跳ぶ!
長柄武器であるが故に、肉薄を許してしまうと横薙ぎの攻撃は幾分か威力が落ちる。
前に跳びながら打撃を受けつつ剣を突き出す。
長柄斧を持った右腕に剣が深々と突き刺さる。
「(獲った!)」
「捕まえたァ!」
「何っ!?」
ガルバルは右手から斧を手放し、左手でケンジョウの腕を掴む。
「【死亡遊戯】!!」
そしてその状態から謎の呪文を唱える。
すると両者の身体を包む光のベールが現れ、そのベールが身体から離れていったかと思うと虚空に円を形取る。
「おっと囚人ガルバル、何か唱えました!あれは……?」
「アレは……禁術指定されている【死亡遊戯】ですね。このルーレットは魔力限界量が多い方が不利になる魔術で、【死亡遊戯】自体がかなり魔力を使う為、よほど相手が魔力を持ってないと自身が不利な賭けを強いられてしまうのですが……今回はケンジョウ氏がとんでもない魔力を持っていることがわかっているから安心して使えるということですかね」
「ちなみにこのルーレットに負けるとどうなるんです?」
「負けるというか……当たると、魔力回路の根本……魔力貯蔵器官が爆発して死に至ります。だから禁術なんですね。生命に直接干渉する魔術なので……」
「あーあー、ご丁寧に説明してくれちゃって。レオニード相手にもこれで勝つつもりだったのによ。どうやって奴を掴みに行けばいいんだか」
「……」
「最後に言いたいことがあるなら聞いてやってもいいぜ?」
「…………俺に、魔力があるのか?」
「は?」
虚空に浮かぶ光の円が徐々に鮮明になっていく。
そしてひとつの円盤になった。その円盤の外側に針が付いており、それが出目を指し示すものだとわかる。
だが……
「な、何故……赤……俺の色しかないんだ……?」
「……」
ルーレットとは思えない状態になっていた。
出目となる円盤は、同じ目しか無い。
「てめぇッ!!何をしたッ!!
ありえねぇ!お前は【短距離瞬間移動】を無詠唱で使えるはずだ!さっきの分身しながら斬ってきたやつだって……
絶対に俺の魔力より多いはずだ!なのに、何故……」
ガルバルが叫ぶ。その声は恐怖と怒りが入り混じっていた。
その叫びを嘲笑うかのようにルーレットは回りだす。止まった出目は当然、赤。ガルバルが自身で言った通り、赤はガルバルの色……死神はガルバルを殺すことを選んだ。
「馬鹿な、馬鹿な!
そんな!俺の計算は!算段は!間違ってなかったはずなのに!何故……!なんで……っ」
言葉を吐きながら後頭部あたりが膨らんでくる。
これから起こる惨劇を知らせるように。
「いやだ!嫌だ……俺はまだ死にたくない!ファミリーのみんなが待ってる!オヤジがまってる!
ま、まだ……ま、まままま……」
そして、
ガルバルの後頭部が捲れ上がるように破裂し脳漿があたりに撒き散らされる。
ガルバルは、死んだ。
「け、決着ゥゥゥーーーーッ!!!!まさかのまさか!【死亡遊戯】が発動した時は終わったと思われたケンジョウ=イズミの勝利ィィィーーーーッ!!!!」
「えー……どういうことなんでしょう?全然わかりませんねぇ……魔力量に差がありすぎて挙動がおかしくなったとか……ですかね?」
決着を見届け、ほっと安堵の一息をつくアイリス。そんな妹にレオニードは無慈悲に
「時間切れだ」
と告げた。
その言葉にハッとしてアイリスは懇願する。
「お、お兄様……!どうか、お願い……!」
「さっきも言っただろう。それは聞けないお願いだ。
君の腹心は証拠を見つけることができなかった。約束通り、僕は彼をこの手で斬る」
「そんな……」
「あと、まさか無いとは思うけども」
言葉を切り、目を細める。
「僕の邪魔をしようものなら、最愛の妹であっても斬り捨てる。それは覚悟しておくことだ」
「……っ!」
ショックを受けるアイリスを尻目に、闘技場に目を向ける。
その場に佇むケンジョウを見て、ニヤリと笑う。
ケンジョウはふと視線を上に向ける。
自分を見てニヤリと笑う隻眼の男……レオニードと目が合う。
ケンジョウの生き残りを懸けた、最終決戦が目の前に迫ってきていた。




