第一章:3 不信と怒り
冤罪で捕まった翌日、俺は面会室にいた。
昨日は【荒】の不発の反動で車に揺られている時からずっと意識が朦朧としていた。移動中のことも牢に入れられてからのこともほぼ覚えていない。
意識がはっきりしてきたのは今日の朝。目の前には冷め切った食事が置かれていた。
途轍もなく腹が減っていた俺はすぐに平らげ……ちょうどその頃に兵士がやってきた。
「あんたに面会だ」
「俺に……?」
ハイフレイアにそんなに知り合いがいるわけではない俺に、面会?
兵士に連れられ面会室で待っていると、一人の男が入ってきた。
「よっ!元気か?」
「オニマル……さん」
オニマルだった。ハイフレイアに来てからの知り合いとなると、そうなるか。あとは王女様だが……ここに来るには流石に無理がある。
そんなことはさておき、何故俺が捕まっていることを知っているのだろう。
「そんなオニマルさんだなんてむず痒い呼び方すんなって!呼び捨てでいいからよ」
「……何故、俺が捕まったのを知っているのですか?」
けらけらと笑うオニマルに問いかける。
こちらの雰囲気に気付いたか、少し真剣な顔をして口を開く。
「何を疑ってんのかは知らねえが、依頼を受けてきたんだよ」
言いながら懐に手を突っ込み、
「はいよ、これを渡しに来たんだ」
そんな言葉と同時に差し出される手紙。立派な封蝋で留められている。
「……誰からですか?」
「その印章は王家の紋だろ?ってことは王族じゃないのか?」
「王族……」
となると、一人しか思いつかない。
アイリス王女だ。いったい何の用で手紙など……と思いながら手紙を開く。綺麗な文字が並んでいた。
────ケンジョウ様へ
昨日は危ないところを助けていただき、本当にありがとうございました。
そして、ありもしない罪で投獄されるような事態になってしまったこと、ごめんなさい。
ミタマ様よりご助言いただいてから気付くようなことばかりで、私の考えの至らなさを悔いるばかりです。
改めて色々と調べた結果、ルートヴィヒが私を亡きものにしようとしていたことがわかりました。この調べた事実をお兄様にお伝えして、ケンジョウ様の釈放を手回ししてもらおうと考えております。
明日の昼から始まる闘技大会までには釈放されると思います。ですが、それまでは牢でお過ごしいただくことになってしまいます。
なので、何か入り用なものがあればこの者に申し付けください。この手紙を渡した者は私の側近の一人で、信用のおける人物なので心配は要りません。
無事ケンジョウ様が解放されたときにオニマルという人物のことについてお話を聞かせていただきたいと思っております。ミタマ様の話を聞いて、ルートヴィヒの裏にいるのはそのオニマルなのではないかと、私は考えているのです。ミタマ様曰く、オニマルについてケンジョウ様には何か思うところがありそうだったとのこと。その情報で事件の全容が見えるかもしれませんので、どうかよろしくお願いいたします。
それでは、これにて筆を置かせていただきます。
またお会いできる日をお待ちしております。
アイリス=キュレネ=ハイフレイアより────
「……はぁぁぁぁぁ」
「すっげぇため息!何書いてんだよそれ!」
王女様には申し訳ないが、あまりにツッコミどころが多すぎる。
まず、ルートヴィヒが暗殺を試みていたという話。それに関しては、俺が無実なのだからそんなこともあるだろうとは思う。
しかし……それが事実だとして。何故王女様本人が俺を解放できないんだろう。
仮に兄に言ったとて……俺を解放できるだけの証拠はあるのだろうか。捕まる前のちょっとしたやり取りの印象だけで言うとあの王女様はグイグイ来るし、ルートヴィヒを止めるのに剣の刃を躊躇いなく握るような女であることからかなり突っ走りがちな人だろう。こんな手紙を寄越すくらいだからルートヴィヒが暗殺に関わっていたというのは彼女の中では相当堅い情報なのだろうが、それを客観的に証明ができるのだろうか?勇み足に終わることだろうと推測できてしまう。
おそらくだが、明日の昼までに解放は……無いと思っておいた方がいいだろう。あったら儲け物、くらいに考えないと裏切られた時があまりに面倒だ。信用に値しない。
そして、手紙を渡してきた人物。手紙によると信用のおける人物だと書いてある、が……
「……」
「なんだよ?そんなじっと見たって何も出ねぇぞ?」
そう。手紙を渡してきた人物はよりによって王女様が疑っているオニマル。どうしてこうなった。
この場合考えられるのは
①オニマルは王女様の信用を勝ち取っている人物である。裏切り者であるかどうかは置いといて。
②側近とやらが俺に手紙を渡すのをギルドに丸投げし、オニマルが偶然その依頼を請けた。
あたりだろうか。
「あ、そういやなんで捕まったんだ?」
黙って考えていると沈黙に耐えられなかったかオニマルがそんなことを言ってきた。
捕まった経緯か……正直に話してみて反応を見てみようか。こんなことして仮にオニマルが怪しいとなったとしても投獄中の自分は何もできはしないのだが……
「実は……」
言われた通りの道を歩いていたら戦闘音が聞こえたこと、駆けつけたときに襲われていた王女様を助けたこと、ルートヴィヒに暗殺未遂だと濡れ衣を着せられたこと、何故かそのまま捕まって罪人闘技大会に出場することになってしまったこと……全て話してみた。
「あー……俺があの道勧めたから、結果捕まっちまったのか……すまん!」
言いながら頭を下げるオニマル。そしてすぐ頭を上げ
「姫様を助けてくれてありがとな。あの人は、真にハイフレイア王国を思っている方だから……あんたが駆けつけなきゃ殺されてたと思うと感謝してもし足りねえ」
「自分でこんなこと言うのもなんですが……信じるんですか?ずいぶん荒唐無稽な話だと思うのですが」
「信じるよ」
何故、そうも迷いなく昨日ちょっと知り合っただけの他人を信じられるのだろう。オニマルが少し羨ましく思える。
それと同時に、恐怖も覚える。根拠の無い信用ほど不気味で悍ましいものもない。
「あんたはそんな変な嘘をつくのに向いてなさそうだからな。でも、だとするとどうしたもんかね……冤罪だからといって簡単に出られるわけじゃないからなぁ」
「オニマルから何か言ってもらうことは」
「無理だな。鼻で笑われて終わりだろ。なんなら共犯扱いで捕まっちまうよ」
そりゃそうか。
「やっぱ闘技大会で勝つしかないか?勝って、最後にレオニード殿下に直談判とか」
「直談判?闘技大会で優勝したら恩赦が与えられるという話では……?」
「いやな?毎年罪人闘技大会の度に一人凶悪犯を野に放つわけにもいかないだろ?だから勝ち残ったうえで、最後に王国一の処刑人に勝たないと恩赦が与えられないんだよ。で、その処刑人ってのが姫様の兄上であるレオニード=キュレネ=ハイフレイア殿下ってわけだ」
王女様から聞いてた話と違う。
いや、勝てという話だったからあながち違ってもないのか……なんか、詐欺に遭った気分だ。
「ま、勝ち上がるのはどうにかできるんじゃないか?殿下には勝てないとは思うが……冤罪を訴えてみたら話くらいは聞いてくれるかもよ。姫様だって殿下に話を通してるはずだし」
「……何故?」
「いや、想像つくだろ。助けてもらっておいて闘技大会で勝ち残ってくださいねーって放り出す方が考えづらくないか?」
言われてみれば、確かに。
少し考えればすぐにわかることだった。
「……そろそろ俺は帰ろうかね。闘技大会、頑張れよ」
「ありがとうございます……最後に、ひとつだけ」
「ん?」
どうしても気になることを聞いてみる。
「何故、昨日と言い今日と言い……アドバイスをくれるのですか?」
「んー……俺、お節介焼きなんだよ」
「……なるほど」
はぐらかされた気がする。原因のわからない親切は、不気味だ。
「んじゃ、またな」
そう言い残し、オニマルは面談室から出て行った。
そして入れ替わりで兵士が入ってくる。
「牢に戻るぞ」
「……はい」
────────────────
牢に戻るや否や、兵士から紙を渡された。
「これは?」
「お前も罪人闘技大会に出場するのだろう。ルールの確認をしておけ。あと、使用する武器もその一覧から選べ」
「わかりました」
昨日オニマルから聞いた話だと何でもありのイメージだったがルールがちゃんと決められているのか……
────罪人闘技大会規則
1、勝敗は対戦相手を戦闘不能にすることで確定するものとする。
2、戦闘中、魔術の使用を許可する。しかし、観客及び兵士に危害が及ぶ場合は首の魔道具を起動し、その場で処刑する。
3、対戦相手を殺害しても罪には問われない。
────
ざっくりとしたルールだ。しかし首の魔道具とは……?
自分の首を触ってみると何かが着けられている。首輪だ。なるほど、これで何か起きて処刑されるってことか。武器を持った罪人たちが一斉蜂起したらどうするんだと思っていたが、ちゃんと予防線はあったようだ。
この3つのルールの下に、使用武器の候補一覧が書いてある。両刃剣、槍、斧、フレイル、短剣等……
「あの」
「なんだ」
「捕まった時に押収された武器とかって」
「使えるわけがないだろう」
「はい」
わかってた。
「この一覧に刀がないのですが」
「カタナとはなんだ」
「……東国剣です」
「美術品ではないか。そんなもので戦おうと言うのか?」
「ダメですか」
「ダメだ」
「はい」
無理か……
仕方がないので片手で扱える両刃剣を選ぶことにする。紙に丸をつけて兵士に渡す。
「ふむ。確かに受け取った。それでは飯の時間まで大人しくしてるんだぞ」
「はい」
「……聞き分け良すぎて気持ち悪いな」
何故聞き分けが良くて文句を言われるのか。これがわからない。
兵士は訝しげな視線をこちらに向けた後、そのまま去っていった。
……暇だ。
ひと眠りするか。
──────────────────
目が覚めた。今は……もう夜だろうか。
牢の中は太陽光が入らず、1箇所明かりがついてるだけ。
通路からも光が入ってくるがこれも魔道具の明かりだ。これでは時間などわかるわけもない。
飯はまだだろうか。腹の虫がさっきからすごい勢いで鳴いている。
などと思っていると良い香りが漂ってきた。
「飯だ」
「ありがとうございます」
入ってきて食事を置き、すぐに出て行く兵士。
しかし、そのまま去らずに牢の前で留まっている。
「……何か?」
「いや、なんというか……お前はあまり犯罪者に見えないなと思ってな」
「自分は、やってませんから」
「はっはっは!その言い分は犯罪者っぽいな!」
本当なのに。
飯に目を向ける。焼きたての塊肉、パン、スープ……
「ずいぶん豪華だな……」
「それは罪人闘技大会出場者向けだ。最後の晩餐ってやつだな」
独り言に兵士が反応する。最後の晩餐とはなかなかひどい言い方だ。
「出場者全員シャバに出ることがないわけだからな」
「全員?」
「負けたら死ぬか、仮に生きてたとしても一生服役だ。勝ち残っても殿下がその者を処断する。この大会に出て恩赦が与えられたのは数年前に一人だけ……そいつもお前と同じ黒髪の剣士だった。……縁起は良さそうだな?」
さらっと嫌なことを言う。
生き残っても負けたら一生服役?たまったもんじゃない。というかこれに関しては誰も教えてくれなかったぞ。
「なーに暗い顔してるんだ。罪人闘技大会に出ることを選んだのにどうなるかも知らなかったのか?」
「出るかどうか選ぶ間もなくこんなことになってしまったので」
「あーーーー…………そんなことも、あるのか……?
ご愁傷様だな」
そもそも選ぶなんてことが出来たことすら知らなかった。俺は、何もかもわからないまま今この場にいる……。
気まずそうに去っていく兵士を見送り、食事を見る。湯気はすっかり収まっていた。
明日、戦いが始まる。急に妙な緊張感が走る。
嫌な思考が、俺を埋め尽くす。
俺は悪くない。
助けただけなのに。
理不尽だ。
死にたくない。
一生服役も嫌だ。
怒りと恐怖を飲み込み、生き残るために……
俺は用意された【最後の晩餐】に食らいついた。




