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悪評MAX令嬢、王子になる。

作者: 矢井瀬 月


「……え?

 お待ちください。私が、あの御方の影武者を?」


「そうよ、レオノーラ。他に適任がいないのよ」


「“適任”という言葉を、まずどう定義しておられるのか教えていただけますか。王妃陛下」


 令嬢たるもの、“感情を顔に出すべからず”と教えられて育ったレオノーラ・ソヴァージュ侯爵令嬢も、このときばかりはさすがに困惑の色を隠せなかった。


 レオノーラは、この国で最も頭が切れると同時に、最も疎まれている令嬢である。


 鋭い眼差しと辛辣な物言いのせいで、何気ない一言ですら「苛められた」と受け取られ、ただ見つめただけで「睨まれた」と騒がれる始末。

 にもかかわらず、当の本人に自覚はまるでなく、容赦のない正論を放っては、「事実を申し上げただけですが?」と首を傾げる。

 

 好む花は薔薇。好きな色は赤と黒。

 金の巻き髪もその印象に拍車をかけ、冷たく近寄りがたいイメージはさらに増していった。

 17年生きてきて、気づけば悪評だけが、彼女の後ろ姿を飾っていた。


 そんな彼女が今、王妃の私室で、“王太子の影武者”を頼まれているのだ。


「ルシアンが急性胃腸炎で……」


「極度のあがり症で、引きこもっておられるだけではありませんか」


 図星を突かれた王妃は、一瞬言葉を詰まらせたものの、すぐに気を取り直した。


「大事な公務があるのよ。陛下は本当に体調を崩されていらっしゃるし……。諸外国との昼餐会に交易交渉の会談、それから――ほら、ね? とにかく欠席なんて許されないのよ。お願い、レオノーラ。1日だけでいいの。あなたなら、あの子の代わりを立派に務められるわ! そのハキハキとした物言いも、男性としてならば頼もしく映るはずよ!」


 そう言って王妃は勢いよく手を握ってきたが、レオノーラはため息まじりに首をかしげる。


「……私、女なのですけれど?」


「性別なんて関係ないわ! だって遠縁なだけあって、顔がそっくりなんだし、あの子も元々俯きがちだから、少しくらい違ってもわからないわ。大丈夫よ!」


「性別って、そんなアバウトなものでしたっけ……? 当日の進行、顔だけで貫き通すおつもりですか?」


「そのとおりよ。こんなこともあろうかと、重臣の反対を押し切って、貴女をあの子の婚約者に推したんだから!」


(……ええええええーーーー!!??)


 衝撃の事実だった。

 レオノーラの嘆きは、王妃の耳には届かない。

 かくして彼女は、1日限りの王太子代理を務める羽目になってしまったのである。



 数日後、王宮の正装室にて。


 鏡の前で、レオノーラは王太子の礼服に身を包んでいた。

 自前の長い金髪をきっちりと結い上げ、銀の短髪の(かつら)に収める。やや余る肩幅には丁寧に詰め物が施され、背丈は底上げのブーツで自然に引き上げられた。


 襟元から覗く喉元には、慎重に影を入れ、顎のラインは薄く削られている。手袋の中には、小さな綿が仕込まれ、指先まで“男性らしさ”を演出していた。


 その凛とした佇まいはまさに王太子そのもの――いや、むしろ本物以上であった。


「……本当に、そっくりだな……」


 ぽつりと漏れた声に、レオノーラは鏡越しに目を細める。


 声の主は、全身を銀の甲冑で固めた“護衛”の青年。

 その正体は言うまでもなく、王太子ルシアン・ド・クロワゼール本人である。


「まさか、殿下ご自身が護衛として付き添ってくださるなんて。心強い限りですわ」


「うっ……皮肉が、強い……」


「場に赴けるのならば、ご自分で出ればよろしいのに」


「無理だ……。あんな大勢の、しかも諸外国の要人たちの前で話すなんて……絶対、粗相をするに決まっている……」


 甲冑の下から、小さな声が漏れる。内気な王太子は、カチャカチャと金属の音を立てながら震えていた。


 レオノーラはそっとため息をつき、首元の襟を整えると、最後の確認のように鏡に映る自らの姿を見つめ直す。


「それでも、殿下。お顔が似ているからといって、私が中身まで代わりになるわけにはまいりませんわ。急場しのぎは、本日限りにしていただきませんと」


「……ああ、ごめん。……なんとか、今日の君の挙動を、僕なりに見て学ばせてもらうよ」


 情けないと自分でも思いながら、それでも彼なりに誠意を込めた答えなのだろう。

 レオノーラは軽く頷くと、背筋を伸ばし、鏡の中の“王太子”を見据えた。


「……御身の御威光を保てるよう努力いたしますわ、王太子殿下。せめて公の場では、その鎧をカチャカチャと鳴らさぬようには、ご配慮くださいませね」


 

「本日はようこそ。クロワゼール王国、王太子ルシアンがお迎えいたします。どうか本日が、友好と協調への新たな一歩となりますように」


 柔和な微笑みを添えてそう述べると、男装したレオノーラ──“王太子ルシアン”は、諸外国の要人たちを王宮にある迎賓館へと迎え入れた。

 整った顔立ちに、冴えわたる受け答え。芯のある佇まいは、まさに堂々たる王太子そのもの。


 この秘密の代役が伝えられているのは、王妃と王太子の、信頼の置けるごく少数の人物のみ。

 事情を知らぬ家臣たちは、内心ざわつくばかりだった。

(今日の殿下どうしちゃったの? 超カッコイイッ)


 その様子を見守っていた老臣のひとりが、思わずぽつりと呟く。


「あのお姿。まるで……先王陛下の、若かりし頃を見ているようだ……」


 ルシアンの祖父である先王陛下は、知略と胆力を併せ持つ名君として知られている。

 周囲の家臣たちも、深く頷き合った。なかには感極まったのか、そっと目頭を押さえる者すらいた。


 当のレオノーラはといえば、家臣たちの熱視線など露ほども気にすることなく、ただ粛々と役目をこなすのみ。

 昼餐会では、食前酒を受け取る仕草一つさえ絵になり、話題の舵取りも見事だった。


 一方その頃──本物の王太子である、“銀の甲冑をまとった護衛騎士”はというと。


(うう……身動ぎしただけでカチャカチャ鳴る……レオノーラに怒られる……注目される……やだ……)


 甲冑の中でじわりと汗をかいていても、バレないのが唯一の救いだった。


(それにしても……僕よりずっと“王太子”だ。あんなふうに堂々と振る舞われたら……。「君を見て学ぶよ」なんて、軽々しく言うんじゃなかった。期待値だけが上がっていく……どうしよう)


 カチャカチャという金属音は止む気配もなく、むしろ次第に大きさを増し、ついにはレオノーラの無言の視線によって、退室を促されることとなった。



 迎賓館にある王族のための控室に、彼はいた。


 ぎぃ……という控えめな音に、甲冑姿のままのルシアンはビクリと肩を震わせた。部屋の隅に、小さく丸まって座っている。


「殿下」


 毅然とした声が彼を呼んだ。甲冑越しでもわかる、それはレオノーラの声だった。


「昼餐会、滞りなく終わりましたわよ」


 返事がないまま、沈黙が数秒流れる。


「ご気分は、いかがですか?」


 ルシアンがゆっくりと顔を上げると、レオノーラが彼を見下ろしていた。化粧のほどこされた顔立ちも、礼装も完璧に整っている。けれど、その瞳にはわずかな気遣いが感じられた。


「……ごめん、レオノーラ。君が完璧に“王太子”を演じてくれているから、逆にだんだん怖くなってきて……」


「……殿下」


 レオノーラはそっと膝を折り、甲冑の脇に跪くと、声の調子をほんの少しだけ和らげた。


「殿下は何をそんなに恐れているのですか?」


 ルシアンは視線をさ迷わせながら、胸元をぎゅっと押さえる。


「……期待とか……注目されると失敗しそうで……」

「完璧主義なのですね」


 ルシアンが甲冑越しにレオノーラを見ると、金属音がギッ、と鳴った。


「あっ、ごめん」

「何故謝られるのですか?」

「音が……、さっき迷惑かけたし、嫌かなって……」


「それは、音が外交相手の注意を逸らしたからであって、今の私は迷惑だと思っておりません」

「……そっか……」


 ルシアンは兜の中で頭を垂れる。


「殿下は、人の気持ちを考えすぎるのですよ」 


 レオノーラは彼の隣で淡々と言った。


「完璧主義と申し上げたのは、真実そうであるからです。努力されているでしょう……、昔から。

 それ故に積み上げてきた物を、少しの変化で崩してしまうのが怖いのですね」


「努力……。でも父上と母上にはまだ足りないって」

「“確かな自信は、たゆまぬ研鑽の先にある”でしたかしら? ……少々、意味を履き違えていらっしゃる気もいたしますけれど」


 レオノーラはひと呼吸置くと、静かに続けた。

 

「私の“王太子”は付け焼き刃ですが、今日、私が堂々と振る舞えているのは、貴方に知識を授けていただいたからです」


 そうして彼女は「……ねえ、殿下?」と、笑いかける。


「私は少々楽しくなってきたのですよ。

 いつもは『女のくせに』と嫌がられるのに、この格好だと同じことを申し上げても、『さすがだ』『素晴らしい』などと賛辞をいただけるのですもの。この鋭い目つきも、皆様、凛々しいと仰られますのよ」


 レオノーラは、クスッとほんのわずかに口元をほころばせた。だが、それをすぐに引っ込めると、唐突に調子を変えて言った。


「いっそこのまま王太子を乗っ取って差し上げましょうか? あら、その場合私の替え玉が必要ですわね。殿下が私の代わりをしてくださるのかしら」


 いたずらっぽく眉を上げながら、手袋を嵌めた指で甲冑越しにルシアンの顔をなぞる。


「何しろお顔がそっくりなのですもの。皆様も私のような可愛げのない女より、ルシアン様のように物腰の柔らかな女性の方がお好みでしょうから、ちょうどいいかもしれません……なんて、ふふ。お嫌でしょう?」


 ルシアンは、しばらく動かなかった。だがやがて、おそるおそる立ち上がった。甲冑が重々しく軋み、背筋が真っ直ぐに伸びる。


「……うん。それは嫌かな……」


「ええ。まあひとまず本日はお引き受けすると決めておりましたので、引き続き頑張りますわね」


 レオノーラも立ち上がり、ルシアンにそっと手を差し出した。


「では、“護衛騎士”殿。共に公務の続きを」


 控室の扉が再び開かれ、銀の騎士はレオノーラの後に続いて、廻廊へと歩み出た。



「ルシアン殿下、本当にその甲冑の護衛を伴って会談の場へお出ましになるのですか?」


「ああ。何か問題があるか?」


「先ほど、かなり大きな音を立てておられたようでしたので……」


 “ルシアン”は護衛騎士を一瞥すると、当然だとでも言いたげに口の端を持ち上げる。


「この甲冑は、本来、護衛任務に適した造りではない。儀礼用で、着用にはかなりの熟練を要する。しかしながら、王家に代々伝わる由緒ある品でもある。諸外国の賓客に対し、我が国の格式と歴史を示すには好機と考えたのだ。

 彼も、そろそろ着用に慣れてきたはずだ。知識も深く、きっと私の力になってくれるだろう」


 納得したように侍従が一礼し、先導して扉を開けた。


 迎賓館の西の翼廊に設えられた会議場へと、レオノーラは堂々とした足取りで歩を進めた。その背後を、銀の甲冑をまとった騎士が一歩引いて従っていた。甲冑のわずかな軋み音が、荘厳な石造りの床にかすかに響く。


 既に交渉相手たちは着座していた。海を隔ててこのクロワゼール王国を取り囲む三国の王を筆頭に、港湾管理権を握る西海岸同盟の代表者たち。椅子の上にどっしりと構える者、内心の計算を瞳に宿す者。


 その視線が一斉に、レオノーラへ、そしてその背後の銀の騎士へと注がれる。


 もう銀の騎士は甲冑を無意味に鳴らすことはなかった。レオノーラは一歩前へ進み出る。肩を張り、顎をわずかに上げ、磨かれた声で口を開く。


「では、ここに列席の皆々様と共に、交易会談を始めさせていただきます。どうか率直なるご意見と建設的なご提案を賜りますよう、お願い申し上げます」


 その言葉を皮切りに、交渉が始まった。


 まず口火を切ったのは、アストレインの王、メレニウスだった。強面の男で、顔に笑みを浮かべながらも、視線は常に相手の隙を探っている。


「港湾の共同管理に関する協定ですが……貴国が提示された条項では、我々にとって利益が薄すぎますな。積荷ごとの課税基準、もう少し柔軟に調整いただけぬものかと」


 レオノーラはすぐに言葉を返した。


「拝承しました。ただし、我が国の港湾は王家の直轄地であり、貴国の商船に過剰な優遇措置を設ければ、他国との均衡を崩しかねません。公平性を重んじた案でなければ、国内でも反発を招くことでしょう」


 メレニウスは「なるほど」と頷きつつも、手元の書簡を指先で叩く。


「公平性というなら、我々の積荷が他国より高額である事実を考慮しては? 関税が一律では、重い負担になりますな」


 レオノーラが眉間にわずかに皺を寄せた、そのときだった。


 背後に控えていた銀の甲冑が、カチャリ……と微かに動いた。会談の席にあってはほとんど異音とみなされかねないが、音に続くように、ルシアンの小さな声がレオノーラだけに届く。


「……アストレインは、積載重量への課税前提で交渉してきている……課税基準を重量ではなく、品目ごとの通関証に切り替えれば、彼らの輸出品目が限定されている分、あちらにも利があるはず……」


 レオノーラは、静かに目を細めた。


(やはり、殿下は──ご聡明な御方……)


 彼女は指示を噛み砕くと、涼しい顔で手元の資料を一瞥し、指先でページを捲った。


「では一案を提示いたします。貨物の分類に応じた通関証を導入し、品目ごとに課税の緩急をつけることで、貴国の得意とされる高級織物や鉱石については優遇対象に。代わりに我が国が主導する穀物流通については、現状維持を求める形……、ではいかがでしょうか」


 会議卓の向こうで、メレニウスの顔が動いた。


「……ほう」


 その表情は、まさしく「予想外」を物語っていた。明らかに“王太子”が、内政と外交の詳細を把握していることに驚いている。


「大胆で、なおかつ現実的なお考えですな。ご気性は慎ましやかと聞き及んでおりましたが……いやはや、噂とは当てにならぬもの。さすがは、先王陛下のご令孫だ」


 そう口にしながら、彼は静かに首を縦に振る。


「この案、持ち帰って協議させていただく価値は十分にございますな」


 レオノーラは穏やかに微笑み、自然な所作で次の議題へと進めた。

 その背後に控える銀の騎士は、今この場で自分の意見が受け入れられたことに、自らが一番驚いていた。


 会談は、その後もおおむね円滑に進んだ。各国が持ち込む利害の衝突は避けがたかったが、レオノーラはルシアンの助言を受けながら、終始冷静に応対し、時に譲歩し、時に毅然と線を引いた。


 やがて会談が終わり、賓客たちが席を立つ。


「本日は有意義な対話の場を設けていただき、感謝いたします」

「王太子殿下のご慧眼、まことに見事でございました。我が国としても、実りある結果を期待しております」


 そのように述べる各国の代表者に、レオノーラは柔らかな声音と、落ち着いた物腰で、一人一人丁寧に答礼した。賓客たちが迎賓館を後にすると、レオノーラとルシアンは控室に戻った。


 扉を閉じた侍従が一礼して去ると、レオノーラは深く息を吐き、少しばかり肩の力を抜いた。そんな彼女の背後から、重厚な足音が近づく。


「……ありがとう、レオノーラ」


 全身鎧のまま、ルシアンが彼女の前に立った。


「……まさか、自分の言葉が実際に国の行く末に影響を与えるなんて、思っていなかったよ。勉強してきたことは無駄じゃなかったって、やっと実感が湧いた」


 兜の下からこぼれる声には、今までにない力強さを感じられる。


「こちらこそ、お礼を申し上げますわ。ルシアン様のご助言がなければ、乗り切れない場面が多々ありました」


 素直な礼に、ルシアンは笑った。その照れ臭そうな声音に、レオノーラはわずかに口元を緩め、冗談めかして言う。


「さて、この後は公開演説ですわね。……どうです、ご自分でされてみては?」


「いや……もうちょっと待って。さすがに、君みたいに振る舞うのはまだ……。それに、同日に交代したら、いくらなんでも皆気づくだろ……?」


 どこか情けない声音ながらも、先ほどよりは幾分も軽やかだった。


「ではせめて、お顔を一度出して水分補給をなさってくださいませ。その甲冑の中、ずいぶん熱がこもっていらっしゃるでしょう?」


「あ、そうか……そうだな。……って、あれ……?」


「どうされました?」

「……兜が、外れない……ッ」

「は……!? 何ですって!?」


「あれ、なんで!?……あ、そういえば途中で絶対外れないように、ネジで締めたんだった……!」


「ネジ!? 実際の戦場でもないのに、貴方という御方は……!」


 控室には、ようやく緊張の解けた二人の、妙に真剣なやり取りが響き渡った。



 この日の公務の締めくくりは、諸外国との会談の成果を広く国民に伝えるための公開演説であった。


 夕映えの金色が広場に差し込む中、ロイヤルブルーの礼服を身に纏った“ルシアン王太子”が姿を現す。

 金糸の紋章が胸元に誇らしく輝き、立ち姿はまさに威厳と気品に満ちていた。

 その堂々たる姿に、広場の群衆はただ息を呑んだ。


 “王太子”は壇上に静かに立ち、しなやかで芯のある声音で語り始める。


「本日、我がクロワゼール王国は、友邦諸国との対話を終え、交易分野において、前向きな理解と共通の展望を育む機会を得ました」


 紡ぐ言葉は、一語一句が明瞭で揺るぎない。


「積年の課題であった積載課税について、新たな課税基準と、柔軟な通関制度の導入を提案いたしました。これが、我が国と諸外国の双方にとって、前進となることを願っております」


 重ねて伝えられる前向きな数々の報告に、聴衆はざわめき、喜びのさざ波が広がった。


「我らは、言葉を交わすことでこそ、国と国との間に橋を架けられると信じております。真の力とは、剣ではなく、理解にこそ宿るもの。

 私は、父王陛下を補佐しつつ、この国の行く末を誠実に、そして誇りを持って導いてゆく所存です」


 力強いその声に、民衆の間から自然と歓声が上がった。


「王太子殿下、万歳──!」

「素晴らしい……まさに我らが希望……!」


 老若男女が惜しみない拍手を贈り、特に女性たちの目は恋する乙女のように潤んでいた。


 民衆の喝采の中、“王太子”はわずかに口元を綻ばせた。あまりにも自然に、あまりにも美しく微笑むその姿に、誰もが言葉を失い、ただ見惚れるのみ。


 結びの言葉を終え、静かに背を向けるその姿は、周囲が囁く内気なイメージとはほど遠く、迷いも怯えもない。

 たなびくマントがその背中を誇らしげに飾り、凛然たる歩みの一歩ごとに意志が宿る。


 気高く、どこまでも美しいその後ろ姿に、誰もが息を呑み、その背を追う視線を止められなかった。

 “彼”が姿を消した後も、残された余韻に、会場の空気は甘くしびれたまま、しばし時が止まっていた。



 レオノーラは、生まれて初めて大人数から注がれる羨望の眼差しに、内心快感で打ち震えていた。

(気持ちいいーーーーッ‼)


 それを見守る王妃は、満足げにふんぞり返り、

(やはり私の目に狂いはなかった‼ ファンクラブ作れば、国家収入増やせちゃうかもーー!!‼)

 と心の中で高らかに叫んでいた。



 その陰では──。


「……む、無理……レオノーラ、やりすぎ……!」


 甲冑の中で、本物のルシアンが小刻みに震えていた。


(キラキラが過ぎる……! 無理無理無理、僕には無理だ……!)


 そして控室に戻った直後、甲冑越しに聞こえたレオノーラの声に、彼はまたしてもびくっと身をすくめるのだった。


「……あら、また震えていらっしゃる。そんなに大きく震えて、もうネジもないのに……。その兜、よくここまで外れませんでしたわね」


「レオノーラ……ッ、もう僕、王太子ムリッ‼ ……どうか乗っ取ってください……‼」


 またしても自己肯定感が地を這うように下がってしまったルシアンの隣に、レオノーラは静かに寄り添った。


「……しょうのないお方ですこと。私たちの婚約式までには、何とかしてくださいませね」


 大きな部屋の片隅に、まだまだ前途多難な“本物の王太子”が小さくうずくまっている。


 そんな彼を、どこか憎めないと思いながら──。


 代役としての快感にすっかり味をしめたレオノーラのサポートは、結局、ルシアンのあがり症が改善されるその日まで、続いていくことになるのだった。



男装女子が好きだという話をしていたら、

ぼあもるち 様より、「悪役令嬢が王子をしたら面白そう」だというネタの提供をいただきました!

快く参考にさせて下さり、ありがとうございました(,,ᴗ ͜ ᴗ,,)


よろしければブクマや評価、リアクションなどいただけると大変励みになります〜!

男装女子の話は連載にしておりますので、そちらもご興味があれば↓からお立ち寄りくださいませ☆

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