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第2話「この村に、保険の光をともしましょう」

夜。

かつては囲炉裏の煙が立ちのぼっていたであろう古びた集会小屋に、十数名の村人が集まっていた。

顔には疲労と不信、でもその奥にある「何かにすがりたい」という光。


みつばは、地べたに広げたボロ布の上に、竹で即席の筆ペンと、灰汁で染めた紙を置いた。


「本日、ご説明するのは“命の保険”です」


声に迷いはない。50年分の主婦力と営業経験が、ここで発動する。


「契約金、一ヶ月あたり米一合。年に一度の更新で、年間十二合。」


「もし加入者が戦や山賊の被害で亡くなった場合、残された家族に“銀貨十枚”を支給します。」


「対象は男女問わず十五歳以上。すでに病を患っていないことが条件です。」


村人たちがざわついた。


「……銀貨十枚って、殿様に米を納めた年でも一枚あるかどうかじゃぞ?」


「そんなもん、本当に支払えるのかい?」


当然の疑問。だが、みつばは頷いた。


「この制度は、十人が加入すれば成り立ちます。五人死んでも、残りの五人の保険料と私の“仕組み”で対応します。」


「それでも不足があれば、私が“知恵”で金を作ります」


「知恵で金を……?」


「ええ。たとえば、川の上流の水利を握って農民に貸す。干ばつになれば水を売れるでしょ?」


沈黙。誰も、即答できなかった。


「――わしが、入る」


口を開いたのは、昨夜、みつばの話に耳を貸した老人だった。

名前は佐助、元は槍兵だったが今は片足を失い、村で子ども三人を育てていた。


「わしの命なんぞ、いつ尽きてもおかしくねぇ。でも……残される孫たちに何か残してやりてぇ。米一合で未来が買えるなら、安いもんじゃ」


ザッ。


みつばはその場で立ち上がり、手製の“契約帳”に筆を走らせる。


【契約書】

被保険者:佐助(男・六十歳)

保険種別:命保険

保険料:月 米一合

給付条件:戦死・事故死・賊による被害死

給付額:銀貨十枚


筆を置き、みつばは佐助に差し出した。


「あなたが、この村の“第1号契約者”です。ご加入、ありがとうございます」



集まった村人たちの空気が、ほんの少しだけ変わった。


疑いはまだある。だが、たった一人が契約したことで、“希望”のようなものが芽生えた。


それはまるで――

焚き火の火に、そっと薪をくべたような、そんな夜だった。


「――来るぞ、山賊が」


その夜、斥候に出ていた若者が、息を切らして村に戻ってきた。

「明朝には山の向こうに着く」とのことだった。


ざわつく村。

子どもを抱えた母親たちは震え、老人たちは口を閉ざした。

誰もが覚えている。2年前、この村は一度、山賊に焼かれている。


「火急のことです。皆さま、集落の中心に集まってください」


みつばは声を張ったが、その声に応じたのはわずか数人だけだった。


「あんたの“保険”は、戦を止めてくれるんか?」

「金で命が守れるなら、とうにこの村は楽になっとる!」


言葉は鋭く、冷たい。

あの老人・佐助すらも険しい顔で俯いていた。


「……私は、あなた方を守れるかどうかは分かりません」


「でも、“損”をしないようにはできる。」


みつばはそう言って、手製の板地図と墨を取り出した。

三国志の地図構成と、風向き・集落の間取り――

記憶の中の“火計”が浮かび上がる。


「山賊は、明け方に東の道から来る。そこで“空き家”に火を入れる」


「煙で視界を遮り、誘導して“壊れた橋”の方へ流す。そこに――落とし穴を仕掛けます」


村の若者たちが色めき立った。

「そんなまどろっこしい真似で……!」と否定の声も飛ぶ。


「これは“孔明”が魏を欺いた火計の応用です。敵は混乱し、こちらが有利に立てます」


「今夜が、あなた方の命の“更新日”です。戦うためじゃない、“生き延びる”ためにやるんです!」


夜半。


みつばの指示どおりに火を点けた村の外れの空き家。

風は思ったとおりに吹き、煙が村の東から立ち上る。


だが――


「おいっ! 火が逆流してきてる! 村の中心に向かって風が変わった!」


“風向きが変わった!?”


みつばの顔から血の気が引いた。


火計は成功するはずだった。けれど――自然は教科書通りにはいかない。


「火が……火が広がってくるぞ!」


みつばは走った。保険帳を抱えたまま、燃える囲炉裏小屋の前に立ちすくむ佐助の孫を抱き上げ、避難させる。


「なにしてるの、逃げて!」

「でも契約帳がっ!」


「命があってこその契約でしょ!」


目の前で、みつばが作った“みつば保険契約帳”が燃え上がった。

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