47/秘密を共有して2
「なんでも何も、いたら悪いか」
「いや、悪くは、ないけど……はぁ……空木さん、隣いい?」
気分を回復させるために立ち寄ったカフェにいたのは、2人だけでテーブル席の1つを独占している菊城忍と空木梅花。
忍はともかくとして、梅花は先程のことや抱いている気持ちもあり、できれば会いたくは無かった。
その日は梅花に散々振り回され、大事な部活をサボるという失態までしてしまった雪落。放課後に偶然梅花に会うのは、本日三度目の不運で間違いない。
とはいえ、忍がいるのは好都合。梅花が話してくれた事柄を確かめることができる、そこで雪落は梅花の隣に座ることにした。
「雪落ちゃんから迫られるなんて! 今日はツイてる!」
「馬鹿言ってたらまたはっ倒すわよこの嘘つき女」
「うぐ……仕方ないなぁ。どーぞ」
真ん中に座っていたため、窓側にズレて一人分の空きを作る。そこに雪落を座らせてご機嫌な表情で目の前にあったパフェを1口。
その様子に目を疑ったのは忍。3人になって初めて火蓋を切ったのも忍だった。
「2人ともいつの間に仲良くなったんだ……? それに嘘つきって……もしかして」
「あー、うん。その経緯は後で話すけど言ったよ。雪落ちゃんが忍くんと話したいってのもそれが理由だったりする。……えっとごめんね。私の独断で秘密話して」
「……はぁ、いや、梅花が話したってことは信用できる人なんだろ? それに言わなきゃならない事情があったとか。ならまぁ仕方ないからいい」
「話が早くて助かる〜」
「助かるも何も、既に言った以上何を言っても無駄だろ。それに時間が戻る訳じゃないからな」
「はっ……確かに」
「戻ると思ってたのかこいつは……というか俺のを自然と食べるな」
梅花と話しているとあたかも自分のものかのように、忍の前にある抹茶のパフェに手をつけ始める梅花。
一口、また一口とスプーンですくい上げ口に運び、頬を綻ばせる。余程人の金で食べるパフェが美味しいのだろう。
しかしこのまま見過ごしていては、自分の分が無くなる。手を停めさせるべく少しだけ体を乗り出し彼女の額にデコピンを撃った。
「あだっ! いいじゃん減るもんじゃないし〜!」
「いや減るからな。ガッツリ減ってるからな。なんならもう半分くらいなんだが」
「……てへ?」
「てへじゃねぇだろ」
絶句するように見下した眼差しで梅花のことを睨めば、ペロちゃんマークのようにあざとらしく誤魔化した。
見てるだけで苛立ちを覚えるようなそれに我慢できず、彼は梅花の柔らかな頬を抓り、目が細くなるほどぐりぐりといじり倒してやる。
割と力を入れているため、本当に痛がっている様子が見えるが、嫌がっていると言うよりは後悔している方が強く、頬肉を掴む手を叩き訴えかけていた。
「忍くん! ギブギブ!」
「全く……それで、色々聞いた上での話ってなんだ?」
必死にやめてと訴えかけてこられては辞めるしかなく、息を吐いて手を離す忍。小さく唸りながら頬をさする梅花を放って、雪落に言葉を投げた。
「……」
「雪落?」
「……ちっ、2人のいちゃいちゃを見せたいがために、話してって言ったわけ? それならどうぞ末永くお幸せに。私は帰るわ」
一体何を見せられているというのか。梅花と忍のやり取りに悪寒が走り、本当はラブラブな様子を見せたかっただけなのではと、疑いの目を向ける。
しかし話をしてほしいと言っていた梅花の言葉は、嘘偽りない。そう知っていても甘ったるい空間にいる必要はなく、話すらせず席を立ち上がる。
「待て待て待て。何かを勘違いしてるみたいだが、別に付き合ってもないからな。こいつはいつもこのノリだから、居ないもんだと思ってくれ」
「そうやって焦って誤魔化すの怪しすぎて笑うわ。ていうか空木は満更でもないみたいだけど」
「……話しあるんだろ?」
「……普通に誤魔化したわね……はぁ、話っていうのは菊城の人の心が聞こえるっていうことについてよ。こいつが煩いくらい話してって言ってきたし」
菊城の言葉に嘘は感じられない。つまり本当。本当に付き合っていないとしたら今のやり取りは尚更気持ち悪くすら思えてくる。
だが彼らと相席したのは雪落から。ならばこういう形で席を立つのは申し訳ないと考え、短く息を吐くと再び座り、据わった視線を送りながら話し始めた。
「空木には話したけど、私は嘘がわかるの」
「嘘がわかる……なら心の声が?」
「違うわ」
「違うのかよ」
「ええ。正確に言うとその人の嘘が匂いでわかるの。鼻を突くシンナーみたいな匂い。あ、癖になったり、ハイになったりはしないからそこら辺は気にしないで。本物のそれとは違うから。単に似た匂いってだけ」
「まるでそういう人を見たかのような」
「見たかも何も、シンナーって誰でも手に入れられる麻薬でしょ。もっともそれ目的で使用したら捕まるけど……って話を脱線させないで」
話を逸らすようなことを言ったのは雪落だが、当の本人は気づいていない。まるで自分は悪くないと言いたげにナイフのように鋭く冷たく睨み、話の路線を一言で修正した。
「私は嘘が匂いでわかる。菊城のとは全く違うけど、貴方が無くした力を取り戻したいって聞かなくて、なら話でもしてみるってことで今に至るのよ」
「……梅花。俺は一言も取り戻したいとか相談したこと無かったよな? 何を勝手に話進めてるんだ?」
「うっ……で、でもその、力が無くなってからたまに悲しそうにしてるから……」
「でも取り戻したいとは一言も言ってないな。それに『力がなくても忍くんは忍くんだから』とか言ってただろ」
「そ、それはぁ……忍くんを励ましたくて……でも忍くんは忍くんって思うのは変わらないよ!?」
「はぁ……」
梅花が好意を寄せているのはよく知っている。その返事もちゃんと返せていない忍も、ちゃんと返せていないのは自分が悪いと感じている。
だがそれはそれ、これはこれだ。好きな人に尽くすというのはよく聞くことではあるが、度が過ぎたり、求めていないことをすれば、それはただのお節介。余計なお世話になる。今回のはまさにそれ。
「梅花。あまり言いたくは無いが、余計なお世話だからな。まぁ俺自身もあの力が戻ったらと思ったことはあるから、想って努力してくれたのはありがたいと思う。でも、俺は俺なりに努力するつもりだ。梅花が気にすることじゃない。それに、元より俺の問題だ。あの時お互いを支え合う仲だからとは言われたが、これに限っては俺にしかわからないことだ。わかってくれ」
「……ない」
正直に、梅花のすることが余計なお世話だと。自分の力のことは自分が何とかする旨を話すと、彼女はふっと下を見て震え始める。僅かに鼻をすする声がするが忍には届かない。
いや、届かなかったのはそれだけではなかった。俯いて小さく発せられた言葉も、彼女が忍の事を大切に想う気持ちも。全てが彼には届かなかった。
気持ちこそ伝えているのに、お節介を焼いてしまうほど想う気持ちが溢れているのに。彼にはしっかりと届いていなかった。
「なんか言ったか?」
「わかんない!! 私は忍くんのことを想ってたのに、忍くんのバカぁぁぁあ!!!」
好きな人を想って行動したことが裏目に出て、挙句には余計なお世話と言い捨てられた。その言葉に涙を目尻に溜めた梅花は机を強く叩き立ち上がると、叫びながら、カフェから走って去って行く。
その2人の様子を特等席で見ていた六花が強く長く息を吐いて、こう言った。
「……菊城、あなた女心わかって無さすぎない?」




