46/秘密を共有して1
「そういうこと……」
誰もいない教室で事情を耳にした雪落。梅花が話したのはありえないような話ばかりだが、それらに嘘はない。嘘があったとしても、事前に噓吐いたら教えてと伝えてあるため、しっかりと後腐れなく本当のことを伝えられていた。
彼女の言葉に嘘が含まれていないからこそ、雪落は顎に手を添えて深く考えている。自分のことではないのに、曇った表情を浮かべて突然力が使えなくなった忍に、同情している様子だ。
しかし彼女には同情しかできない。なにしろ彼女の嘘を嗅ぎ分ける力と心が読める力は似て非なるものなのだから。
「私のこれと、菊城のとは違うものだと思うのだけど……」
「そ、そうだよね……」
腰に片手を添えて首を傾ける雪落。呆れた目を浮かべてじっと見つめて、根本的なものが違うことを指摘。
考えれば当たり前で、似ているようで全く別物だと聞かずともわかることを知り眉を下げる梅花の仕草に、本当の悩みであることを思い出す。それもわざわざ厭まれている雪落に。
先ほど散々嫌な言葉を言っていたからこそ、何度も聞きに来られることはないと推測できるが、彼女の悲しい顔を前に突き放すのは後味が悪く、故か雪落は解決策がないかと、深く思案した。
「……まあそうね。私のは事故後の後天的のものだから、ちゃんとしたのはわからないわ。でも……菊城と話してみたいわね。後天性と先天性。お互い違うものだけれど、違う視点から情報を共有したらもしかしたら解決策が見いだせるかもしれないし」
とはいえ深く考えても忍が心の声を耳に通さなくなった理由など、わかるはずもない。だがお互いのことを話せばなにか解決策が生まれるのではと考えた。もちろんそれで絶対に解決するとは断言できないことは彼女もわかっている。それでもこうして悩みを正直に話してくれた彼女の力になってあげようと決めたのだ。
気づけば日は傾いて、校内に最後の予鈴が鳴り響く。部活動の終わりを知らせる音に素っ頓狂な声を出した雪落。頭を抱えて俯くと大きく舌打ちをした。
「生まれて初めて部活をずる休みしたんだけど。大会もあるのに……最悪」
「そ、それはごめんだけど……話を聞いてくれたのは雪落ちゃんだし」
「人のせいにしないでくれる?」
梅花の態度と言葉に再び舌打ちを繰り出す。
静かだから余計に大きく聞こえて、梅花はびくりと身体を震わせていた。
雪落は運動部に入っており、近々大会も控えている。そのため先ほどは急いでいたのだが、こうして足止めをされて結局参加できなかったことに怒りを露わにしている。大会前の練習に参加しないということは、大会に出られない可能性もある。そのためか彼女の怒りは静かで深淵の如く深い。今すぐにでも梅花を殴ってしまいたいほど。
その感情をぐっと堪えるために鋭い眼光で彼女を殴る。自分でもわかる激しい殺気に彼女が怯えたのを目に映すと溜息を一つ吐いて視線を落とす。その先には自身の紺色の鞄がありそこから適当な紙切れと筆記用具を取り出した。さらさらと器用に何かを書き出すと梅花を睨みながらそれを突き出した。
「全く、この借りは高くつくわよ。あと菊城と話す時間打合せして教えてくれる? それ連絡先だから」
その紙には雪落の連絡先が記載されていた。
今の時代、スマホ一つで連絡先を交換など簡単に済むことなのだが、雪落はスマホを持っていても連絡に欠かせないライムは殆ど使っていないのだ。他のSNSもたいして使っておらず、家族とのやり取りはいつも電話。故か梅花に渡した紙には電話番号しか書かれていなかった。
「わ、わかった……!」
梅花の事が嫌いなのは変わらない。それでもちゃんと話す前ならば、連絡先すら渡してこなかっただろう。と少しの変化に明るい笑みを浮かべる梅花。
うきうきとしつつ、スマホを取りだして早速連絡先を登録。直後忍の方へとメッセージを送ってから再び雪落の顔を覗き込む。その顔には未だ罪悪感が残っているが、ずっと抱えていた悩みが解決できるかもしれない兆しに、目が輝いていた。
校内はすでに下校時間。連絡したとはいえ直接話をするべく、軽く別れの挨拶を交わす。
「それじゃあ、部活はその、ごめんだけど。進展あったら連絡するね!」
「ええ、そうして。私は顧問に事情話してくるから」
「ほ、本当にごめんね……それじゃあ、また!」
雪落の言葉に手を合わせ謝罪を述べた後、梅花はその場から走り去っていく。廊下は走るな。と言うべきかと悩んだ雪落だったが、誰もいない廊下なうえ、自分も走ったことが何度もある。そのため声は出なかったが、別のことは頭の中にあった。
「……海静が言ってた通り、空木さんのこと勘違いしてたわね私……」
海静が言っていた言葉を思い出して頭を抱える。唯一の友人である、海静のことを信用しきれずにいた罪悪感に眉を落としていた。
確かに雪落は梅花のことをただの噓吐きだと、人を騙すことでしか生きていけない人物だと誤解していた。そのため話さなくてもいい存在だと勝手に決めつけ、ちゃんと知ろうとせずに拒絶していた。そんな想いがあるからこそ、友人の言葉に耳を傾けることはなく、今までに至る。
そして、いざ話してみればその嘘は病気によるもので、悪気はないと、実は誰よりも他人を、周りを気にしているのだと知ることができ。つまりは自分の目が節穴であること知ってしまう。
人付き合いとして、という意味ではなく、彼女にそういう悩みがあるという疑問を抱かなかったことに。
とはいえ彼女がもつ梅花への気持ちは、嫌いという想いは変わらない。1度そう思ってしまったのだから脳に焼き付いたのだ。
約束した手前、今後虐めることも、話を拒否することも出来ないことに酷く息を吐いて、彼女は歩き出した。
「――なんで菊城と空木さんがここにいるの?」
事情説明したとはいえ、大会前なだけあり、こっぴどく叱られて気持ちがナイーブになっていた。そこで 部活終わりに必ず立ち寄っていたカフェへと足を運ぶ。
しかし臨時休業。普段ならばそのまま帰っていただろうが、不運が立て続けに起こっている状況に彼女の気分は酷く落ち込んだ。
その気分を回復させるべく、近くのカフェへと足を運んだ先で、本日三度目の不運が訪れた。




