45/雪落は嘘を嗅ぎ分ける
――雪落六花は昔から人の噓が匂いで分かった。幼少期に車に轢かれて頭を強く打ってから現れた後天性だ。意識を失い腕を折るなど重傷だったが後遺症を残して奇跡的に回復したのだが、以来人の嘘が鋭い匂いで分かるようになったのだ。
その力があると気づいたのは、病院で目を覚ましてすぐ、心配する母親から感じ取った匂いだった。それが嘘の匂いであるのは直感で感じ取り、娘のことを心配する言動はすべて嘘だと知ってしまったのだ。
一番信頼している人が自分の死を望んでいたなんて思ってもおらず、その頃から嘘を吐く人を嫌いになった。
――この力は自分だけの、特別な力。他の人を、嫌な人を消せるかもしれない。
その思いで今まで過ごしてきた。気に食わない人は嘘の匂いとその人の弱点を利用して虐げ不登校にさせた。海静もその中の一人だったが、彼女は構ってくれるのが雪落だけで嬉しさを覚え虐げられていても構わず接し、いつしか友人として接するようになった。
この関係は忍と梅花の関係にも似ているが、雪落は未だ誰にも自身のことを話していない。別に聞かれれば答えただろうが、よく話す仲になった海静は雪落の秘密を知りたくないと、もしも知ってしまった場合今までの関係じゃあなくなる気がして聞くことを拒み気にしないようにしているからだ。
そんな中、噓を吐いている人の特徴的な匂いを発する梅花が雪落に向かって「雪落ちゃんって人の心を読めたり見たりできる?」と言ってきた。
まさか1番と言っても過言では無いくらいに嫌う人からそれを聞かれるとは思っておらず、一瞬だけ雪落は目を見開いていた。
「……なにを言うのかと思えば、そんなわけないでしょバカなの?」
「希望ちゃんから聞いたの。たまに変なこと言ってたり嘘をついている人が嫌いとか。嘘って本人が言わないと大体わからないものなのに、雪落ちゃんはわかるからもしかしてと思って聞いただけなんだけど……違った?」
「いえ、……まあ隠してはいないからいいけど……まさか寄りにもよって貴女に聞かれるとは思わなかったわ最悪」
嘆息を吐いて横髪を耳にかけると、ぎろりと睨みつける。とはいえ別に隠しているものではない。
雪落はすんなりと自身のことを話す。
「ってことは」
「言っておくけど心の声が聞こえたり見たりなんてできないわよ。どこのファンタジーよ。私ができるのは嘘が分かることだけ、噓を吐くと匂いがするのよ」
「そういうことだったんだ……え、でもいっちゃあなんだけど私毎日のように嘘吐いてるのに鼻大丈夫なの? それに前から知ってたならなんで今更攻撃を」
「大丈夫なわけないでしょ。おかげで鼻は痛いし、これでわかったでしょ。私は貴女が嫌いなの、気に食わないの。だからさっさと消えて噓吐き女。貴女がいるとこっちの鼻がおかしくなるし目障り」
「酷いなあ……わかったよ。でも雪落ちゃんもいじめとかやめてね」
「善処するわ」
これでもかと棘のある言葉を言い放たれ、しゅんと寂しそうな顔をして去る梅花。
ふと気になることを思い出して今度は雪落が梅花の腕を掴み歩みを止める。
「待って。そういえばなんで私のこの力のことを聞こうと思ったの?」
「え、だから、どうして嘘を見破れたのかなって」
「違う。別の理由があるでしょう? 私には嘘が通じないって言ったでしょう? それに私は嘘が嫌いなの、本当のことを話して」
梅花が雪落の元へ来て嘘を見破る力があるのかを確認しに来たのは確か。だが、『それだけしか聞きたいことはない』のは噓吐き症候群で無意識的に発せられたもの。症状こそ知らないが、嘘をついたことは雪落は最初から気づいており、一体何を伝えたいのかもやっとした気持ちが体の芯に突き刺さる。
そこでいつ話すのかと待っていたのだが、その話すら出さずに梅花は帰ろうとしていたのだ。故にこうして止めて聞き出すことにした。
雪落の言葉にゆっくりと踵を返した梅花はきょとんとした顔で雪落を見つめる。刹那思い当たる節を思い出してバツの悪い顔を浮かべて頬を掻く。
「あ……嘘吐いてた? あはは……ごめん。でもどう言おうかちょっと悩んではいるんだ。もし、私がこれを言って周りに言いふらされたら嫌だしさ。雪落ちゃん私の事すっごーく嫌いみたいだし言いふらされそうだなーって」
「……まぁ、それは……しないとは言いきれない自分がいるけれど」
嘘吐きだからという単純な理由だが、雪落が梅花のことを嫌っているのは確か。そして雪落は気に食わない人を追い込ませるように虐めを行い潰していくのだから、今のこと、これから話されることを絶対に言いふらさないとは言いきれない。
仮に約束したとして、それを守れる自信すらない。
ただ本当の事を聞かないと、モヤモヤとした気持ちが晴れない気がして。
「……まぁ言いたくないなら別に良いけど。どうせ私には関係ないし、本当は関わりたくもないし……ただここまで来て本当のことを知れないのはモヤモヤするのよ。だから……言いふらさないのは、努力、するわ」
「希望ちゃんが言ってた通り本当は優しいんだね、雪落ちゃん」
「は? これは私のわがままであって別に優しくなんてしてないわよ。なんなら今でも消えて欲しいとか思ってるくらい」
「酷いよぉ……でも、うん。わかった。私雪落ちゃんを信じて話すよ」
本当に周囲に話さないという確証はないのに。たった少し話して、努力すると言っただけなのに梅花は雪落のことを信用すると言った。
これを利用すれば梅花を陥れることができる。そう思ったのは一瞬だった。
くわえて彼女の信じているという言葉に嘘偽りを感じなく、こちらを見つめる目も嘘をついているようには思えない。
――酷いことばかり言って、酷いこともしたのになんでここまで信用してくれるのか。先程嫌いなら広められるかもと自分で言っていたのにどうして。
そんな彼女に対する疑問が増えていくなか、雪落の性格を知ってなお信じようとしてくれるその姿が、海静と同じで陥れようとする気持ちが薄れたのだ。
「空木さん。話してくれるのはいいけど、あまり言いたくない話なら場所を移しましょ」
もし気持ちが変わっていなかったらこの場で話させるつもりだったが、ここまで信用してくれる梅花を無下にはできないと雪落は彼女の手を引いて空き教室へと入り話を聞くことにした。
45話をお読みいただきましてありがとうございます!
今回は雪落視点がメインになるように書いてみました。まさか雪落も心が読め……る訳では無いですが、秘密を隠していて、それが嘘を嗅ぎ分けるものだとはと驚いてくれたら何よりです。
にしても気づけばもう11月も終わりで来週にはネトコン12の2次通過者発表……!
今まで無縁だった2次選考でこんなにも緊張するなんて思ってもみなかったです……1次通過したのは今作ではないですが、通ってるといいなぁと祈るばかり……
さて次回は雪落と忍がとうとうエンカウントします。……雪落が忍の心の声聞こえなくなった現状を紐解く鍵に?
それではまた次回!




