14
ホテルのベッドの上で赤い顔をして寝ているDennisを掬上げて抱きしめたかった。彼から発熱の元である病原菌を吸い取ってやりたかった。髪を撫でて静かにキスをした。
「駄目だよ。うつっちゃうよ。」
「私に菌が乗り移ればあなたは治るわよ。」
「駄目だよ。そんなの。君が風邪ひいちゃうじゃないか。」
私は彼が元気になるならそんなこと大したことではなかった。でも彼の熱は深刻ではなく、疲れて風邪をひいた程度だった。
「大丈夫よ。三十七度ちょっとだから。今夜ゆっくり寝れば明日には良くなるわ。」
「うん、だけど鼻が詰まってて・・・これで飛行機に乗ると頭が痛くなって大変なんだよ。前に同じことがあって酷い目にあったんだ。」
「そう・・じゃあ病院行ってお薬もらう?」
「うん、そうしたい。明日のフライトを明後日に変更してくれないかな。」
「了解。」
私は航空会社に連絡してフライトを変更し終えて、フロントで病院を紹介してもらうことにした。
「直接フロントに行って病院を紹介してもらってくるから、ちょっと待っていて。」
「ありがとう。保険の申請もあるから診断書を出してくれるところにして。」
「了解。じゃあ、ちょっと行ってくる・・・なんで熱が出たかわかる?」
「?」
「もっと私と一緒にいたいからよ。」
私はふざけて笑いながら、苦笑いする彼を残して一階に向かった。近くの病院を紹介してもらい、予め連絡をしてDennisとタクシーで向かった。
銀座のビルの一室にある小さな個人病院の待合室は、広くはないけれど清潔で、待っている患者も二人しかいなかった。
「大丈夫?気持ち悪くない?」
「うん、大丈夫、熱っぽいだけ。水飲みたい。」
私は自販機でミネラルウォーターを買い、栓を開けて彼に渡した。弱ったDennisが可愛かった。私の手に負える程度に小さくなって見えた。
診察室に一緒に入り、彼の症状や診断書を英語で書いて欲しいことなどを説明した。飛行機の気圧の変化で頭痛がすることを恐れていることも伝えて、鼻詰まりに効く薬も処方してもらった。
ホテルに戻りDennisにベッドに入るように母親となって促す。熱いと言って布団から足先を出す彼に布団を掛け直す。
「頼むから足だけ出させて。そうしないと寝られないよ。」
「熱を出さなきゃ。体が菌と戦っているのよ。」
「頼むよ。」
取るに足らない会話が楽しかった。弱った彼をふざけて手厳しくあしらうのが楽しかった。錠剤をシートから出して一回分の薬を用意して手渡す。水のコップを手に持って、彼が薬を口に入れるのを待つ。
「ケイといたら男は何もしなくなるな。」
水で薬を飲み込むとDennisは微笑みもせずに言った。この関係がもうすぐ終わることを二人とも承知していた。