13
私は不意打ちをかけてしまった。意図した言葉ではなかった。自分でもこの言葉に慌てた。帰る日が近づくほどに、この一言が喉に痞えてきていたのは自覚していたが、無視して過ごしていた。言わずにはいられない自分が口走った言葉に慌てる。
「・・・無理だよ。距離がありすぎる。」
予測していた彼の返答に驚きはしなかった。
「そんなの初めからわかっていたじゃない。」
「まだ真剣な付き合いをする気はしないし・・」
反論する気も責める気もなく、ただ悲しかった。私はどこでもDennisについて行く気持ちでいた。彼と離れることのほうが考え難かった。それを彼が受け入れないことも気づいていた。頑固な心を溶かすことができないことも。
「アジアの東の果てで、その場限りの恋愛気分を楽しんだってことよね。」
「・・・そんな・・つもりじゃ・・」
「そう言ってくれたほうが気が楽だわ。」
腹を立てている自分の出現に、私は翻弄されつつ好きなようにさせた。
「初めての日本人女性はどうでしたか?遊び相手としては合格?」
憎まれ口を叩く自分を止めなかった。Dennisに湿った罪悪感を抱かせたかった。
「仕方ないだろう。遠距離で続けることはできないし・・ケイには僕じゃなくて幸せにしてくれる人が他にいるよ・・・」
凝り固まった彼の気持ちを変えることが無理なことは明白であり、理解していた。彼が自分の気持ちを日本を発つと同時に切り替えようとしていることもわかっていた。機械の操作をするように心も制御できるのだろうか。私には不可能なことだ。私は黙って部屋を出た。もうホテルには戻らなかった。
有楽町駅の雑踏に自分の体を溶け込ませて、まるで何事もなかったかのように景色の一部になった。彼のいない自分一人の細胞は空虚で何の匂いもしなかった。悲しみも喜びもすべての感情が乾燥して香りを放たない。ただ長年してきたように電車に乗り込み何週間ぶりかで帰途に着いた。
絶望感と一緒に、期待というには重すぎる確信が私の中に存在していた。Dennisとの繋がりが未来永劫に絶たれることなく続いていく実感である。そのせいで絶望感からだけでは涙が出ないのである。愛された暖かさを疑うことができない。不思議で馬鹿げた当てにならない感覚だと呆れる。
次の朝、Dennisからの電話で目が覚めた。
「夜中から調子悪くて。熱があるみたいだ。体温計買ってきてくれないかな。」
「なんでもっと早く連絡しないのよ。」
Dennisが我慢して私に連絡しなかったことを責めた。一秒でも早く彼のところに行かなければならない。行きたい。