12
「ここで何か食べて行こうよ。」
Dennisは公園内にある料理屋を見つけて提案する。私はたいてい彼の望みを叶えるようにしていた。鳥居が重なるように見える祠の横に、苔むした屋根を配して小さな二階建ての日本家屋が松川亭という料理屋になっている。彼の関心を引いたのだろう。
いつものように私は彼が喜びそうな和食を注文した。白ワインで乾杯する。黒い石でできた床に木製のテーブルと椅子が点在し、店内の空間は贅沢に見えた。三十席近くある客席は、客も少なく外の人混みとは別世界に思えた。硝子窓から大勢の人の群れが通り過ぎるのが見える。そこは世界から隔離された静かな細胞内のようだった。
「これ桜の花びらの形だろう?」
Dennisは大きな手で箸を不器用に掴んで、花の形に細工された京人参を見せた。
「そうよ。桜の季節だから料理にも桜があしらわれるの。」
「日本料理は本当に綺麗だね。」
彼とあと何回一緒に食事ができるのだろうと頭を掠めた。事実を二人の前であからさまにしたい気持ちとそれを恐れる気持ちが私を黙らせた。
「今日はあんまり喋らないね。」
彼は私の背中をゆっくりと擦りながら顔を覗き込む。
「そう?そんなことないわ。いつもと一緒よ。」
私は彼の繊細さに気づいていた。相手の心理やその場の雰囲気をすぐに察知して分析する。彼には嘘がつけない。きっと私が寂し気に見えたのだろう。私は寂しかったから。
日本での最後の仕事が終わった。Dennisは二日後の朝にはベルギーに帰る。時間はいつも正確に刻まれる。ホテルに戻りソファに埋まり私は絞り出して言った。
「明日一日何がしたい?アレンジするよ。」
最後の一日はオフにしてあり、まだ何も予定を入れていなかった。私は自分たちの空気が重たくなり始めていることを感じていた。きっと彼もそう思っていただろう。それでも平然を繕って質問した。
「ケイは何したい?」
「私は何でもいいわよ。日本にいるんだから。あなたはもう日本最後の日なのよ。」
「そうだなぁ・・・」
Dennisはベッドに長い足を投げ出してラップトップをいじり始めた。
「私たちこれからどうなるの?」