10
私は自分の部屋の鍵を開ける。彼は自分の部屋に行かずに私の後ろに立っている。何も言わずに私はドアを開き、彼が入ってくることを許した。長い腕が私の腰を引き寄せて顔が近づいてくる。
日本酒の香りが混ざり合って、私たちの柔らかい唇も境界がなくなる。甘い舌も唇も誰のものだかわからない。髭の刺さる頬の感覚が口から耳に滑って吐息とともに首から胸に落ちていく。私は液体になって彼を泳がせる。包む。
疲れ果てて眠るDennisの横顔を目から取り込む。まつ毛が濃い黄金色、髭の色は金というより白髪が多いようだ。高い鼻。深い寝息が聞こえる。やっと帰ってきたと思った。初めて会った人にそんな感情が湧くのが不可解だった。
私は彼の背中に自分の胸をつけて、右手を彼の胸に渡し眠った。どこまでが自分の皮膚で、どこまでが彼の体かわからなくなった。彼をすべて包み込んでしまいたかった。愛おしかった。
私は自ら堅固だったはずの扉を開いてしまった。もう持ち堪えることはできなかった。石造りの城壁が砂となって崩壊する。Dennisの世界に私から入って行ったのか、彼に包まれて融合するように二人の空間が混じり合って一つになっていった。それでも彼との時間がひと月だけだということを忘れてはいない。それがどうしても信じられないだけだ。
彼より先に目が覚めて、また彼のすべてを感じていた。白いシーツに滲んだ暖かさに漂う。Dennisの髪の毛の一本一本をなぞって愛でる。大きな呼吸とともに彼の目が開かれる。
「もう起きてたの?時間?」
「まだ早いわ。大丈夫。」
「じゃあ・・・」
彼は私の手首を掴んで引き寄せる。彼の平らな胸と私の膨らんだ胸が触れて、彼の中に吸い込まれて行く。同時に彼が入ってくる。どんなに藻掻いても溺れない喜びの中で愛し合う。そこには私も彼もいない。
鈍い幸せにいつまでも揺れる体を感じながら起き上がれずにいると、
「朝食に行こう。着替えてくるよ。」
とDennisは私の乳房にキスをして部屋を出て行った。快感の余韻が続かない男が可哀そうになるが、私も残った力を使って起き上がりシャワーを浴びる。
朝食のラウンジはもう多くの客が食事を始めていた。ビュッフェでクロワッサンと珈琲を取り、席に着く。Dennisは紅茶とチョコレートの入ったクロワッサンを持って後からやって来た。
「果物が食べたいなぁ。」
「あったでしょ?」
「少しね。あっちにあるのが食べたいよ。」
私は子供の願いを叶えてやりたくなる。近くのウェイターに尋ねる。あれはランチ用らしい。なんとかならないかと果物くらいのことでごねて見せる。別料金になることを了承し持ってきてもらうことにした。
Dennisの分だけでよかったが、私がちゃんと確認しなかったために二皿の果物の盛り合わせが届いた。量も少ないので返さずに食べることにする。
「ありがとう。キウイが好きなんだよね。」
と彼は嬉しそうに平らげる。私が自分の分を彼のプレートに分けようとすると、彼は自分の口に運べという仕草をする。
私はキウイを刺したフォークの手を彼の口に運んでやる。屈託なく微笑む彼に私のほうが恥ずかしい気分になった。こんなことするのはいつ以来だろう。Dennisのペースに飲み込まれていく。