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教えてもらった場所にあったのは古いビルだった。
僕はコートのフードを目深に被り、ビルの前を通り過ぎてから角をひとつ曲がった。
そのままビルの裏手に回ると、周りに人の目がないのを確認して肩にかけていた鞄から双眼鏡のようなものを取り出す。
それを使ってビルを見るとサーモグラフィのようにビルがカラフルに色づいて見え、特に最上階は真っ赤に染まっていた。
マジックグラフィと呼ばれるこの道具は魔力濃度を測定できるもので、デイジー救出の際には重宝している。
「デイジーは最上階か。どうするかな」
僕は蜥蜴の魔族だが、尻尾と角があるだけで残念ながら壁をよじ登ったりは出来ない。
少し考えたが、弱い僕に打てる手は限られている。相手は犯罪者だ。正々堂々と不法侵入させてもらうことにしようと決め、再びビル正面に向かった。
パッと見た感じ、監視カメラはなさそうだ。
フードを深く被って、人通りがないことを確認し素早く身を敷地内に滑り込ませる。
そのまま足を止めず入り口を通り過ぎ、むき出しの非常階段を足音をたてないように注意しながら上る。
4階建てのビルの3階まで登ったところで足を止め、再びマジックグラフィを取り出して非常扉の向こうを覗く。
全ての生き物は魔力を持っている。僕も限りなく0に近いが、0ではない。
そのため魔力濃度を確認することで扉の向こうに人がいるか簡易的に調べることができる。
反応が少なかったらここから侵入しようと思ったが、思ったより数が多い。
濃度は濃くはないが、少なく見ても10人はいる。
その10人に鉢合わせるリスクを考えて、一瞬で結論を出しそのまま非常階段を上り最上階へ向かう。
最上階ではマジックグラフィは覗かない。覗いてもデイジーの魔力で真っ赤に見えるだけだ。
「ごめんくださーい」
ノックをして中に声をかけると、中からガタガタという物音がした後静かになった。
しばらく待つと、中からガチャリと鍵の開く音がしたがドアを開けてくれはしないようだ。
まあいいかと思いドアを開けると、目の前が真っ赤に染まった。
ただそれは一瞬のことで、瞬きする間にそれは掻き消えその向こうで唖然とこちらを見る男たちが目に入った。
「何をした!?」
男たちの中の一人が叫んだ。恐らく彼が今の火魔法を放ったのだろう。
「言うわけないよね」
敵に手の内を教えるバカはいないだろう。バカかな? まあこんなことしてる時点でバカか。
「このっ……!!」
男たちが気を取り直して次々とこちらに向かって火を放つ。
このビル木造なんだけど火事になるとか考えないのかな?
そんなことを考えながら、追加で放たれた火も吸収する。
そう、吸収。
僕は魔力はゴミみたいな量しか持っていないし、生きてるだけで魔力を消費してしまうが、人の放った魔力を吸収することが出来る。
これも僕固有のものか種族の能力かはわからない。
だが吸収出来るからと言って僕が強くなるわけではない。この程度の魔力量なら吸収した傍から消費してしまうので僕の魔力はゴミのままだからだ。
防御は出来るが攻撃は出来ない。
ただし、強くなる方法がないわけじゃない。
「デイジー! いる!?」
「! は、はい!」
僕が叫ぶと、すぐ隣の部屋からデイジーの声がした。思ったより元気そうだ。
「こっちに来れる?」
「無理です!」
無理かぁ。ならば仕方ない。相手は犯罪者だ。遠慮はいらない。
「このっ……ふぐ!?」
僕が鞄を漁っているのを見て男の一人が掴みかかってきたが、びくりと体を痙攣させてふらつきながら距離を取る。
それを見ていた周りの男たちも怯えたように後ずさった。
僕は雑魚の蜥蜴だが、雷属性の蜥蜴らしく小さな頃から雷を扱えた。
といってもやはり雑魚なので、ちょっと嫌な罰ゲーム程度の出力しかできない。
「あったあった」
男たちが警戒して近づいてこないことをいいことに目的のものを見つけて鞄から取り出した。
それは商人である友人から仕入れたちょっと法律スレスレの代物だ。
「デイジー、ちょっとこっちの壁から離れててね」
「えっ!? ちょっ、待って無理……」
「行くよー」
使い方は簡単。取り除きたい壁に取り付けてスイッチを押すだけ。
するとなんということでしょう! きれいにその壁だけが破壊されるのです。
「うぅ……無理って言ったのに……」
もうもうと舞う砂埃の向こうで、椅子に手足を縛りつけられて倒れるデイジーがいた。
どうやら運悪く椅子は破壊した壁の近くに置かれていたようだ。
「デイジー、大丈夫?」
「大丈夫です。最も壁を壊される前はもっと大丈夫でしたが」
「よかったよかった。じゃあ、いつも通り協力してくれる?」
僕が鞄からナイフを取り出してデイジーの縄を切ると、彼女はなぜか悟ったような目で僕を見ていた。
少なくとも貴重なリラックスタイムを中断して助けに来てあげた相手に向ける目ではないと思う。
「はい、私が全て悪いんです。協力させていただきます」
そう言うと彼女は遠慮なしに全力で僕に火の魔法を放ってきた。
やれと言ったのは僕だが、僅かに恨みが混ざっていた気がするのは気のせいかな?
コントロール出来ないため、放たれた人間のトップを凌ぐ魔力の全てを吸収し、久しぶりに少しだけ満たされた魔力に笑みを浮かべながら男たちを見た。
「とりあえずしばらく気絶しておいてくれる?」
友人直伝の精神干渉の魔法で建物内全ての人間を気絶させた頃には、僕の魔力は再び空に戻っていた。
デイジーの魔力を全て吸収して、数十人の精神干渉の魔法を使っただけでそれを使い切るとか相変わらず僕は雑魚だ。
「さて、じゃあリリーさんのところに報告に行こうか」
念のため建物内を1階まで全て確認し、外に出て再び非常階段を上り最初の部屋に戻ると僕は魔力を使い切ってぐったりしているデイジーに声をかけた。
普通の人は魔力を使い切るとそうなるらしいが、常に魔力ゲージが点滅状態の僕にはその感覚が分からない。僕は常にお腹が空いているが、きっとそういうことではないのだろう。
歩けそうもないデイジーを背負って、リリーさんに男たちの回収をお願いするため僕は冒険者協会王都支部に向かった。




