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 手を握りあって、夫婦が息絶えていく。腹に剣が刺さったまま、主神ヴィンツェスターはふたりを見下ろした。

「何なのだ」

もはや答えることはないだろう。それでも問いかけたかった。

「何なのだ、お前達は」

安らかな表情が腹立たしい。我々が勝ったとでも言いたげではないか。手袋もなしに、手を繋いで。

 弱まった蔦から、シグフェズルを呼び戻す。

「人間が、私に勝てるはずがない」

幅が広い刃を持ち上げ、繋いだ手に向かって落とす。槍は床に刺さって立ち、リーレンとガゼットの腕は切り落とされて飛んだが、握りあったまま離れない。

「ちっ」

何なのだ、何なのだ。殺しただけでは飽き足りない、感情が燻っている。

「ヴィンツェスター様!」

 腹の剣を自ら抜いて投げ捨てたとき、謁見の間の奥から声がした。主神の妻、ネーブルサニアだった。

「いけません、傷に障ります」

主神に駆け寄って、傷の様子を見る。貫通こそしていないが、かなりの深手だ。

「今」

 ネーブルサニアはすぐに集中し始めた。彼女は治癒の魔術は使えないが、改竄の術を持っている。それで傷をなかったことにすれば、結果としては同じ。主神も、こんな傷は跡も残したくない。頷いて治るのを待つ。

「え……治らない?」

 確かに術をかけたのに、傷は一向に塞がらない。何事かと首を傾げたのも束の間、今度は治癒術を使える者を呼んでくると言って部屋を出て行く。

 廊下に出て、ネーブルサニアは少し自分を抱きしめるようにして震える。そのあと一歩踏み出す時には、何か決意を秘めた目をしていた。

(へえ、傷を癒やさなかったのはワザと、かな?)

 物陰で、フィエネがにやりと笑った。

 謁見の間では、ひとり残された主神が、呪いのようだと零し、神とも思えぬ形相で立っていた。両の拳を握ると腹から血が溢れたが、おかまい無しだ。動きが弱まったとはいえ、玉座の近くで蠢く蔦。もの言わぬ亡骸になった、ふたりの人間。どちらもこの場から消してしまいたい。

「勝ったのは……私だ」

夕日が差す中、魔術の炎で気に入らないものを焼き尽くし、ヴィンツェスターは大きく息をついた。

 こうして、神界に赴いたリーレンとガゼットは、二度とコンスリンクトに戻らなかった。人間達の間では、「神界に上って神になった」と言い伝えられている。




 幾つもの季節が巡った。リーレン達の長女クリシェは、ケケアに移住した魔術師の名門、キャンベルアーリィ家に嫁いでいた。タナンテスク家は次女のブロドリーが継ぐ。長男のフェーンドは剣術の流派としてガゼットの姓、ワースを名乗った。

 子供達は協力して、封印士と護衛士の育成を担っている。学院が開設されて三十年の節目には、コンスリンクトにリーレンの像を建てた。提案したのはクリシェ。全ての封印士が憧れる頂点の姿を、残しておきたかったのだ。

(母さん、父さん。私、ふたりが旅立ったのと同じ歳になったわ)

 風化しない像を見上げて、クリシェは物思いにふける。隣に立つ妹が、心配そうに問いかけた。

「姉さん。本当に、私が学長でやっていけるかしら」

クリシェは最近、急に身辺整理を始めて妹に学長を譲ると言い出した。当人同士の間では以前から話していたが、いざとなると不安らしい。封印士としての能力に差があるから、未だに引け目を感じているのだ。

「大丈夫よ、リドは段取りがいいし……私と違って、厳しくも優しくもできる。術の強さと先生の資質は、関係なかったでしょ?」

 父親似のはっきりした目元に案外優しい笑みを浮かべ、ブロドリーの頭に手を置く。

「フェンと協力してね」

「……うん」

子供扱いにむくれることはない。ただ、別れが惜しい。妹と弟だけが、クリシェの目的を知っていた。

 両親の足跡を辿る。彼女もまた、帰れるかわからない旅に出る。神界で神になったなど、ただの噂。もしそれが真実であれば、自分達に会いに来る。そうでなければ、きっと夢に出て来てくれるはずだ。

(夢に出たのは、会いたい気持ちが見せた幻だけだった)

姉妹は空を仰いで鳥を見た。

「いよいよ明日か」

 しばらくすると、候補生の修練を見ていたフェーンドが、仕事を終えて外に出て来た。

「気をつけてな」

「ええ、行ってくるわ」

 それぞれに、成すべきことがある。子供達の道はここで分かれ、未来へと繋がって行く。

 コンスリンクトを発ち、クリシェは各地を旅する。ある町で、父を思い出させる鮮やかな赤毛の女性とすれ違った。

「君の終着点は、どこかな?」

耳元で囁かれた意味がわからず、眉をひそめる。問い質そうとしたが、女性はあっという間に雑踏の中に消えた。

 少し気になったが、クリシェはすぐに気持ちを切り替えた。両親の足跡を取りこぼさぬよう、様々な場所をまわり、人々に話を聞いた。やがて霊峰を登り、降りて来たとの記録はあるが、彼女が最後にどこへ行ったか、知る者はない。






 さて。そろそろ、幕を引く時か。

 神が人に堕ち、人が神に牙をむいた時代。

 主神ヴィンツェスターが治める世界の、些細な揺らぎの物語。

 仮初めの安定を得て、しばらく時が刻まれる。

 昔話は、これでおしまい。


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