⑤
「旅はおしまい。ここが私達の目的地……世界をあなたの物にはさせないわ、ヴィンツェスター」
封印具を手にして、構える。持ち手から懐へ繋がる鎖の先には、かつてセオティが使った宝珠がある。ガゼットもまた剣を抜き、主神を見据えた。
「まさか……知ったというのか、全てを」
驚きから、主神の眉が僅かに上がる。彼が神界の信仰を自分に集めたことにより、天界の住人が腹を立てて現状があるとの読みは、やはり当たりらしい。
人間が相手であるからか、主神は大儀そうに玉座から立ち上がった。しかし、気の緩みはない。動作がゆるりとしていても、武器を向けられた以上は受けて立とうということか。
「そうして、死にに来たのかな。私に勝てるとでも?」
「牙を剥いてどうなるか、覚悟はとうに出来ている。命のやり取りだけが勝敗と思うなよ」
ガゼットは口元で笑い、剣を握る手に力を込めた。
「ふん、やってみるがいい。差を……思い知らせてやろう」
主神が宙にかざした手を始点に光が生じ、瞬間で武器が象られる。錨に似たシルエットの槍はシグフェズルといい、柄が短めで刃がずいぶん大きい。光が収まる時、柄の先端に指先から肘までほどの径の金属環が現れた。三日月のように一部が切れていて、外周には放射状に小さな刃が並んでいる。
(あの武器の厄介さと、奴の能力は知っている。この体でどこまで食い下がれるかな)
不純物の掃討に出ることはほぼ無いが、力を司ることを誰もに納得させる程、彼は強い。駄目で元々だ。ガゼットは玉座への階段を駆け上る。リーレンも援護できる距離であとに続いた。
剣を左から横に薙いで、シグフェズルに当てる──上手くいけば金属環を弾き飛ばす、はずだった。しかし主神の姿は忽然と消え、代わりにガゼットの背後から槍が迫っていた。リーレンが封印具に魔力を込めて受けることで防ぐ。主神の姿は、謁見の間の入り口付近にある。一瞬で移動し、そこから槍を投げたのだ。
一度は床に落ちた得物が、自ら宙に浮き上がる。金属環と呼応するように光り、使い手のもとへ戻った。
「大丈夫か、リーレン」
「ええ。でも、何度も楽には受けられない」
リーレンの手には痺れが走っていた。擦れた指がひりひりする。ガゼットの技術なら、受け流すことで衝撃を軽減できるだろうか。
「見下ろされているうちが勝負だな」
言葉をかけるガゼットも、頷くリーレンも前を見ている。次に動くのはどちらだ。ふたりと主神が睨み合う。
(やはり、あの座標が面倒だ)
刃の並んだ金属環は、本体と分かれて主神の左肩あたりに浮遊している。シグフェズルは、離れても必ず金属環に引き寄せられる武器なのだ。座標を奪えば、瞬間的に移動して攻撃する戦法を封じる事が出来る。
「たとえ、真実を知っていても……」
主神は姿を消し、リーレン達の頭上に転移する。落ちてくる槍は避けたが、階段に突き刺さる前に方向を変え、ガゼットのベルトを掠る。回転しながらブーメランのように飛び、また主神の手に戻った。
「お前達の牙なぞ、針の先のようなものだ」
鞘とともに落ちたベルトは、邪魔なので遠くに蹴り飛ばす。もう剣を収めることもない。再び意識の外に行った主神が次はどこに現れるか、それだけに集中する。
リーレンは魔力が急速に高まる場所を感じ取り、空気中の塵を材料に火炎を発生させた。軽度の魔術なら詠唱なしで扱える。
「なぜなら」
出現した先の火に対し水の壁を作り、主神はまた転移した。
「その掌は伝える術をもたない」
柱を死角にせぬよう、リーレンとガゼットは部屋の中央に位置をとる。背中合わせに立つふたりを見下ろせる、階段の上に立った主神は、目を血走らせて呟いた。
「私の世界に歪みを作るなど、できはしない」
主神がシグフェズルを振ると、光の刃が空気を裂いてふたりに迫る。
「キルピ・ムスタ!」
リーレンが作った闇の盾で防いだかに見えたが、ガゼットが「くっ」と歯を食いしばり片膝をつく。光は盾に当たる寸前に分裂し、不規則な軌道で襲いかかってきたのだ。彼のブーツは膝をついた方の足首がぱっくり割れていて、中から血が流れていた。傷の具合を詳しく見る余裕はないが、深手だろう。
主神が追撃の槍を投げる前に、リーレンを中心に光が広がり、先の闇の術を掻き消して謁見の間を満たす。
「ちっ」
目が眩んだ主神は舌打ちし、頭を振って目を瞬く。視界が戻るまでに、ガゼットは血の跡だけを残して走り、彼の懐に迫っていた。近すぎる間合いでは槍は使い難い。突き出した剣が金属環を捉えたが、放射状に並ぶ刃のひとつを欠くだけに終わった。転移で宙に逃れられると、剣で手出しはできない。
「その傷を無詠唱で癒やすとは。大した人間だ」
ぎろり、睨まれるリーレンの左手には、封印具と繋がった宝珠がある。封印具の開発に使った時には関係がなかったが、この道具自体は術を増幅する単純な機能だ。そのため、魔術も数段向上させることができる。
(もっとも、普段より集中や……体力を削られるけれど)
消耗戦では分が悪い。奥の手をとっておくより、早いうちに畳み掛けてしまうのがいい。リーレンはわざと笑みを浮かべた。
「たかが人間と、侮らないことね」
封印具を振り上げると、謁見の間の入り口から玉座まで伸びる絨毯が翻り、宙の主神を取り囲む。視界を奪い、転移の暇を与えぬためだ。絨毯には鋭い風を纏わせているから、上手くいけば傷を与えられる。
「繋ぐ力を持ちながら、あなたは壊して、ねじ曲げてばかり……世界を、神々を、人間達を」
上手くいかなかったとしても、転移先の誘導くらいはできる。
「俺達で見せてやろう」
「ええ。ヴィンツェスターに壊せないものを」
絨毯から逃れて姿を現す位置は、読み通りだった。倒れた玉座の前で、待ち構えていたガゼットが剣を突き出す。狙いは心臓だったが、シグフェズルの幅広い刃で阻まれる。
今度は簡単に逃がさない! 主神が転移するのは、空間と空間を術で繋いでのこと。術を使う間を白刃戦で奪うつもりで、ガゼットが剣を振るう。
右前に踏み出して相手の横へ回り込みながら、脇腹を狙う剣が掠った。手応えはあるが、浅い。水平に振り抜かれる槍を跳んで避け、その刃を足場に更に跳ぶ。
宙返りの途中で主神の首に突き出した切っ先は、回転する金属環に弾かれた。反射的に柄をしっかり握り、武器を落とすことはなかったが、身に迫る金属環を避けられない。
(そっちも操れるのか!)
目の前の出来事がゆっくりに見える。このままでは、腕を落とされる軌道だ。袖が裂け、上腕に刃が掠り、続く刃が更に腕をえぐる。ごり。金属が骨に触れる音が、体の中から耳に響く。




