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 暗い空間をくぐり抜け、石柱に囲まれた芝生の中庭に出る。真っ白な壁が、陽光を反射して眩しい。大穴を擁するこの場所の地面を踏んで、早まる鼓動を抑えようと深呼吸した。

「ちょっと疲れました? 飛ばし過ぎたかな」

「いいや、さすがに以前ほど頻繁に風に乗ってはいないから、不慣れなだけさ」

「大丈夫よ。お迎えありがとう、マカナタムにもよろしくね」

 リーレン達の背負うものも、主神の腹の中も知らない中堅神は無邪気に笑って、住まいのある区画へと戻って行く。ここから主神が待つ謁見の間まで、城内の構造は知っているので案内はつかない。先に踏み出したガゼットに続いて、リーレンも歩きはじめた。

「本当に疲れてないかい?」

「ええ。さすがは風神、といったところかしら。速かったわね」

 リーレンは口元だけで笑って、目線を磨かれた大理石の床へと落とす。

「ただ、緊張してしまうけれど。封印術で世界のバランスを保つ、体制づくり……その、集大成を報告することになる」

「そうだね、俺達の出した答え……選んだ道だ」

「ガゼット?」

 声が、震えていた。それは武者震いかもしれないが、ガゼットにもリーレンと同じ緊張があるのだろう。

 靴音が一時止まる。ふたりは短い抱擁をかわし、震えを止めた。再び謁見の間へと進む足を、「見つけたっ」と元気な声が邪魔する。

「ほ〜んと、見てて恥ずかしいくらい仲良しだよねえ」

 赤に近いオレンジの髪や黄の手袋、真っ赤な服。色彩が目に痛いような姿が追って来た。文芸神フィエネだ。

「子供ちゃんは大きくなった?」

「大きくも何も、とうに大人よ。あなた、心臓に良くないわ」

 うさん臭い大きな笑顔も、主旨のわからない問答もこれで最後だ。今更どう答えて、言霊の術で何を知ったとしても、フィエネはふたりの動向を傍観するだけに思えた。

「オトナかあ、早いもんだね。それにしても、全世界が公認する夫婦だよ? ちょ〜っと抱擁を見られたくらいで、そんなに恥ずかしがることないじゃない♪」

「あー、はいはい。存分に見せつけてやるよ」

 呆れた風を装い、リーレンの肩を抱き寄せるガゼットは、フィエネに警戒の目を向ける。

「しかし、あまり邪魔はしないでほしいね。雰囲気が台無しだ」

 腰の剣はいつでも抜けるし、笑みはない。高位神を威圧するような態度をしばらく観察して、じわじわと文芸神は満足していく。

「……あはっ、良い顔するぅ。やっぱり、あなた達は面白い」

 どこまでを知って吐いた台詞なのか、恐らく彼女にとって最大級の褒め言葉が出た。全く、喜べたことではない。

「信じるかどうかは任せるけどさ、この先は邪魔しないよ。さぁ、いってらっしゃい」

 ひらひら手を振るフィエネに背を向け、謁見の間へと踏み出して、リーレン達は本来の目的に立ち戻った。ひらり、ひと振りだけフィエネに答えたガゼットの手は、別れの挨拶かもしれないし、「またな」と言っているのかもしれない。

 ふたりが謁見の間に入り、やけに高さのある扉が閉じる時、柱の影からフィエネが見ていた。楽しげに髪留めを外すと扉の方へ投げる。それが挟まった僅かな隙間を確かめて、更に口の端を引き上げた。

「つまらない結末だけは、勘弁してよ」

 解かれた髪が顔を隠す。世界の一大事を覗く表情は恍惚として、見た者がおらず幸い、と言えるほどの歪んだ笑みだった。


 謁見の間は、前世の頃から何も変わらない。暗い赤色の絨毯が真っ直ぐに玉座への道を示し、等間隔の太い柱が天井を支えている。午後の低い陽が差し込む部屋に、今日は主神ひとりだけが待っていた。リーレン達にとっては好都合だ。

「リーレン、ガゼットの両名、報告に参りました」

「ご苦労……やはり、人の身は老いるのが早いか。あまり浮かない顔だな」

 主神の言葉に気持ちは入っておらず、ただの形式張った挨拶に思えた。最近の定期報告では、たまに耳にする言い方だ。

「もちろん、かつてのようには行きませんね。鍛錬を怠れば衰えるばかりだ。霊峰を登るのが難しくなるのも、時間の問題でしょう」

 ガゼットが気軽に言葉を返し、すぐ話は本題に入る。封印士の育成が軌道に乗り始め、封印具の開発によって事故も減った。人間達の中にも封印具を作ることができる錬金術士

が現れ、穴の調整と担う者達の行動の周期が一定に回りつつある。状況を報告すると共に、リーレンは更なる進展を求める。

「この通り、人間は短い寿命を生きるものです。封印士に紛れていた下級神達は、容姿を取り繕う限界ではないでしょうか。引き上げ時かと」

「うむ、そうか」

「魔術師の存在が知れ渡り、理解されるにはまだ時間が掛かるでしょう。しかし、コンスリンクトではこれまでより研究が盛んになっています。護衛士として活躍する者も、まだ増える見込みです」

 はじめは神からの啓示があり、陰から力を貸していた。これから順調にいけば、封印士と護衛士が支える世界は自然な歴史として、人間達の手で刻まれて行くだろう。

「二十年か……三十年か……短い期間で、よくぞここまで作り上げたな。波があれども、おおよそ安定を保っていると、ディルから報告を受けている」

「はい。今後は、何か変化があるとしたら数年単位の間が空きます。定期的に報告に参るのは、今回を最後にしたいと考えております」

 目的を達成するには、この期間で形にするしかなかった──とは口に出さず、リーレンは一礼した。態度に違和感を覚えたのか、主神の目がすっと細められる。

「やはり、旅路が身に厳しいのか」

 リーレンとガゼットは互いに目線だけを向け、瞬きで頷きあった。定期報告をする時、謁見の間の周辺は人払いされているのが常。今が好機、思惑を隠す必要はもう、ない。

「いいえ」

 顔を上げたリーレンは、真っ直ぐ主神を見つめる。その瞳はいつの時代よりも燦然と輝き、前世で仕えた者への敵意を表した。

「旅はおしまい。ここが私達の目的地……世界をあなたの物にはさせないわ、ヴィンツェスター」

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