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「母さんは、どうやって教え方を学んだの?」
「はじめは全部が手探り。教えて行くうち、少しずつ身に付いたと思うわ。今、あなたが抱える気持ちは〈出来ない悔しさ〉でしょう。術をうまく使えない子に、心は寄り添える。あとは、生徒と一緒に解決策を探していくだけ」
出来るとか出来ないとか、ややこしい話がしばらく続いた後、クリシェはいくぶん納得した。
「やらないと分からないわね。リドにも手伝ってもらおう……次の学長、頑張ってみるわ」
「ありがとう」
「うん。でも、母さんが話そうとしたのって、これだけじゃないでしょう?」
ちらちらと、台座の道具に目を向ける。誰にも聞かれたくない話は、学院よりもこれに関連しているはずだ。
「きっと、もうひとつの本題」
確信をもった言い方を受けて、リーレンは長い瞬きをする。
(本当に、察しのいい子だわ。どこまで理解してしまうのかしら)
必要以上に背負い込んでしまわないか心配だが、クリシェの言う通り、リーレンにはまだ話すことがあった。
「そうね。その、封印具のほうを持ってみてくれる?」
リーレンが指差したのは、細かく装飾が施された封印具だ。材質は金属だが黒っぽく、光沢はあまりない。角度によって、所々に彫り込まれた紋様が見えた。
封印具を手にして、クリシェは目を丸くする。普段、自分が手にするものと違うことが、肌で感じられた。
「これは……世の中に出しちゃ、まずいわ。制御装置にもなっているけど、この機能って両立するの?」
「私が確かめた限りでは、両立する。一応聞くけれど、どんな機能に気付いたのかしら」
「術の……増幅」
声を震わせ、クリシェは隣に顔を向ける。しかし母は、台座上の宝珠を見つめていた。
「正解。元々は、この宝珠に備わっていた機能を分析して、組み込んだの」
何のために? 訴える目線に、リーレンは静かに答えた。
「これから長い年月、封印士が世界を支える時代が続くでしょう。でも、せいぜい数百年のこと。仮初めの安定は永遠ではないの。いつか世界が揺らぐ時、封印士は巻き込まれる」
「穏やかじゃないわね」
封印具を台座に置き、クリシェは話の続きを促した。
「神々の住む世界、その更に上に在る世界。この大地を含め、全てを変える戦いが起こるかもしれない。この封印具は私が作った盾。封印士を、彼の駒にさせないためのものよ」
「彼、って?」
「世界の誰もが知っているひと。彼が世界を脅かしていると吹聴しても、誰ひとりとして信じないでしょう」
答えを濁したまま、封印具の話は終わりになる。恐らくクリシェは、そのうち「彼」が主神を指すと分かるだろう。今、答え合わせをすれば、娘は主神の邪魔として排除されるかもしれない。話しておけるギリギリの線はここだ。
「まあ、それは未来の切り札、というところね。そして私は……この宝珠を持って行くわ」
「危険なものなんでしょ。術を増幅する……どうして」
「使うためじゃないのよ。セオティは、霊峰を登ったことがなかったから……これを持つことで、連れて行ってあげられるような気がしてね」
これは、半分嘘だった。宝珠は、今のリーレンにとって切り札だ。衰え行く人の身で、精一杯あらがうための。
「今日話したことは、いつかブロドリーにも……その時が来たと思ったら、話してあげてね」
「……うん」
全てが腑に落ちたわけではなかったが、クリシェは深く頷いた。母達がセオティという犠牲を背負い、未来を見据えてしてきたことを、繋いでいくのが自分の役割だと思うのだ。
旅立ちの準備は、着々と進む。ブロドリーにも、学院を子供達に任せて旅に出ることは伝えた。学長業務の引き継ぎが終われば、あとは出発するのみだ。
神殿との伝達役を担う者や、封印士と護衛士それぞれの教官を務める皆が、一線を退くには早すぎると口を揃えたが、副学長としてセオタスが後見することで納得してもらった。
「なんだか、あっという間だったわ」
自宅で荷造りをしながらリーレンが呟いたひとことは、誰に向けたものでもなかった。ちょうど聞いていたガゼットが微笑む。
「俺もそう思うよ。君に出会ってから……今まで」
後ろから彼女の両肩に手を置くと、リーレンの指先もガゼットの手に重なる。肩が、手の甲が、あたたかい。
「ものすごく、色々なことがあったのにね」
「ああ。クーが小さい頃なんか、いないと思ったら学長室に忍び込んでいたり」
「フェンは稽古場で木剣を頭に食らったわね。上の子がやんちゃだった分かしら、リドはおとなしかったけれど……」
「いやいや、料理を手伝い始めた頃はいちばん気が気じゃなかったぞ。エプロンが、火にかかりそうで……」
ぽろぽろとこぼれるのは、なぜか子供達との思い出ばかりだ。今はもう、後を任せられる大人になったというのに、何か心に引っかかる。
「……ふう、やれやれ。親にとって子供はいつまでも子供って、本当なんだな。出発する前に抱っこしたら、今じゃ殴られそうだけどさ」
「皆、自立が早かったものね。私達が、そうさせてしまったんでしょう。もっと、一緒に居てあげられれば良かったけれど……せめて」
「ああ」
心は、ずっと共に。小さな声は重なりあって夕闇に消えた。もう、明かりをつける時間だ。




