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 あれから、幾つの春を過ごしただろう。封印具の完成により、術の暴走事故はほとんどなくなった。穴を封印する効率を上げるのは、神界にとっても好都合だ。研究の成果は、人間界、神界の双方に歓迎された。

 リーレンは今に至るまで封印具の改良を続け、育成の課程も確かにしてきた。全ては、自分達の子といえる今後の封印士達を、主神の手から守るためだ。

 次女のブロドリーは中堅といったところ、長女クリシェはしばらく前から右腕として、母を支えている。息子のフェーンドは術が使えなかったが、護衛士として活躍している。力は連綿と受け継がれて行く。

(そろそろ、かな)

 拳を握ったり広げたりして、ガゼットは短く息をつくことがある。四十代も半ばを過ぎ、いくら鍛えていても若い頃のようにはいかない。やはり、空に暮らした頃とは違う。衰えなんて言葉、かつては頭を掠めもしなかった。

 護衛士候補生の訓練を見る合間に、なるべく軽い気持ちで息子を呼ぶ。

「フェーンド」

「なに、父さん。改まって」

雑談のように切り出すつもりだったのに、名前の呼び方ひとつで緊張がばれた。いつもは愛称だが、真剣な話をする時はしっかり名を呼ぶのが暗黙のルールだ。

「ああ、少し先のことなんだけどな……いや、そう遠くないか。護衛士の育成を、お前に任せようと思ってる。やる気はあるかい?」

「やる気は……あるよ。でも早すぎない? セオタスさんも父さんも、まだ現役でしょ」

「衰える前に、やることがあるのさ。お前達にも詳しくは言えないけどね。作れるだけの道を作って、後の世に残す。壮大な山登りだよ」

 木剣のかち合う音や皆の掛声で、ふたりの他に会話は聞こえない。それでもフェーンドは、やっと聞こえる位に声をひそめた。

「その話、姉さんとリドには?」

「頃合いを見て、リーレンが話すだろう」

無事に帰る約束が出来ないことだと察し、息子は躊躇しながら頷いた。


 リーレンもまた、衰えを感じ始めていた。術に関しては問題ないが、体力に限界がある。

 本当は、封印士である娘のふたりともに話をしたかったが、姉に対する劣等感に囚われがちなブロドリーは、心構えが足りない。彼女が旅に出ている折をみて、クリシェと共に地下遺跡に降りた。

「ここ……いつも立ち入り禁止にしているけど、どんな場所なの?」

 日光とは縁遠い通路を照らすのは、壁に点々と据えられた魔術の火。しかし誰の魔力を消費するでもなく、燃え続ける。燃料は空気中を漂う微弱な魔力だけ、そんな道具らしい。リーレンには慣れた場所だが、クリシェが足を踏み入れるのは初めてだった。

「簡単に言えば遺跡ね、不純物も出るから気をつけて。あなたが小さい頃に発見されたわ。見かけより頑丈だから、ずっと封印具の開発に使っていた」

「じゃあ……」

淡々と語りながら、娘が幼い日の想いを払拭していることを期待したが、「じゃあ」の先が続かない様子が、全てを物語る。クリシェは今も亡き先輩を追いかけているのだ。

「そうよ。この奥で、セオティ達と実験を繰り返した」

仕掛けの多くは、クルクヌが遊びで施したもの。しかし、最奥の部屋だけは彼の手を離れている。今はぶつ切りで道が繋がっていない迷路の中、空間転移装置を渡り歩いて進む。

 空間と空間を繋ぐ仕掛けなど、どうやって作るのか。クリシェには想像もつかなかった。慣れた様子で歩く母の姿に、なんとなく怖さを感じる。

「母さん」

「ん、どうしたの?」

目の前にいるのは本当に母親か。不安に思って呼んだ声に、振り向く仕草も声も普段通りで、少し安心する。

「ずいぶん広いのね。どこまで行くの?」

「一番奥まで。間もなく着くわ。昔、洞窟にあった仕掛けが置いてあるから、少し手強い不純物の相手をすることになる……油断せずにいきましょう」

「うん」

クリシェは、使い込んだ封印具をぎゅっと握りしめた。

 辿り着いた遺跡の最深部は、ぼんやりと青い光に包まれていた。手前の部屋はドーム型だったが、ここは真四角の空間だ。学院の講堂よりずっと広い。天井は高く、地下の割に圧迫感はない。光の正体は壁一面に描かれた紋様で、かなり複雑な術式に見えた。

「ここなら、もう大丈夫」

 不純物を倒した背後を気にするクリシェに、リーレンが声をかける。部屋の中央にある台座の前で立ち止まり、そこに安置してある道具に目を落とした。

「これは、封印具? それと……」

「宝珠には、触れないで。危険なものよ」

宝珠を指差すクリシェの手をそっと押さえ、リーレンは緊張した様子で息をついた。

「さあ……何から、話しましょうか。この部屋の出来事は、この部屋にいる者にしか知る事ができないようにしてあるわ。上ではどこに耳があるか、わからないものね」

 青い紋様の意味は、この言葉で分かった。直感的に答えを理解しつつ、クリシェは疑問を投げかける。

「誰か……ううん、誰に聞かれちゃ困るの? 昔の友人っていう、人達?」

「ええ。私とガゼットは、近いうちにその人達に会いに行くわ。神界への報告業務も……その時で最後にするつもり」

 並ならぬ決意が声に込もっていた。母娘は向き合って目を合わせる。

「コンスリンクトへ帰れる保証のない旅よ。だから、クリシェに学院を託したいの」

「私に?」

 いつかそうなると思っていたけれど、クリシェはつい聞き返した。封印の術も知覚も、加えて運動能力も優れていたため、あまり挫折を味わったことがない。周囲はリーレンの後を継ぐのに相応しいと讃えるが、自分の理想像と折り合いがつかない。

「不服そうね。私の立場になるからって、私のようになる必要はないのよ。むしろ……私のようであっては駄目だわ」

「そうかしら。きっと、求められるのは皆を引っ張っていく、絶対の学長でしょ」

「求めに応じれば上手くいく、というものではないの。あなたが後輩をどう導きたいか、そのためにどう教えるかを探すのよ」

 クリシェの抱える葛藤を、微笑む母はわかっていた。

「大丈夫。あなたが追う背中は、正解のひとつだから……セオティのこと、大好きでしょう」

 十五歳も離れていたが、兄と慕った存在だ。いつからか、想いは恋になっていた。風化させることが出来ないまま大人になってしまったけれど、恥じることではないらしい。

リーレンの表情は、複雑ながらどこか嬉しそうだ。

「……うん。彼のような封印士になりたいと、ずっと思ってきたわ」

 正直な気持ちを、クリシェは少しずつ紡ぐ。

「力量がバラバラの、どんな学生にも目線を寄せられる……いつか、そんな先生にもなりたかった。セオティ兄さんなら、そうなると思ったの。でも……」

肩を落としてうつむき、自分の両手を見る。この身に宿るのは、母に近い強大な力だ。

「私が目指すには、難しい道でしょう。出来ないってことが、理解できない。ぜんぜん、解決策が浮かばないの」

 娘の姿が過去の自分に見えて、リーレンはいくつか頷いた。

「早くに気付いたわね。私なんて、人に教える立場になってようやく気付いたのに。若い頃は同じように悩んだものよ」

 いつからか吹っ切れた、と肩をすくめる様子は、心無しかガゼットに似ていた。

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