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 先生どころか、クリシェがまだ封印士のたまごであるうちに、セオティは息を引き取った。容態がかなり悪いとの報せを受け、リーレンやガゼットも彼の家に駆けつけた。酷だと思ったが、傍にいたいと言うクリシェも連れて行った。セオティを正視できず、部屋の隅で泣くリーレンとは対照的に、小さな手は最後までセオティの左手を握っていた。右手を握っていたセオタスが弟の死を感じ取っても、まだ。

(結局、一緒に酒を飲むことはできなかったな)

 そこに体はあるのに、目の前にはいない。冷たくなる前に、セオタスは弟の手を離した。

「セオティ兄さん……」

 一度、大事に名前を呼んで、クリシェはセオティの横たわる布団に突っ伏す。痣で真っ黒な手に重なっている、小さな白い手が痛々しい。

「……しんじゃったの……?」

 答えが返って来ない。それがどういうことなのか、クリシェは身を以て理解した。冷えていく手が伝えてくる、セオティはもう、先輩として前に立ってはくれないと。

 いたたまれなくなり、ガゼットはリーレンを連れて外に出た。ひとり、またひとりと続いて、やがて部屋内にはセオティとクリシェだけになった。二人を結ぶ強い絆は皆が知っていた。

 空が重いのか自分の頭が重いのか、しばらく伏せたままでいたクリシェは、顔を上げても息が苦しくて眉を寄せる。母はずいぶん泣いていたが、大丈夫だろうか。

(なんでだろう、思い出がいっぱい浮かんで来て、楽しいことばかりで、涙が出てこない)

 赤ちゃんの頃から遊んでもらっていた。数えきれないほど、セオティの笑顔を見た。自分もたくさん笑った。長女であるクリシェにとって、年の離れた兄のような存在は大きい。もっと大きくなると、思った。

「……また会おうね、セオティ兄さん」

 冷たい頬にキスをすると、急に涙が溢れて来る。

(あれ? お別れのつもりじゃなかったのに。私はまだ、兄さんの影を追いかけるんだよ)

 十歳そこらの少女が経験するには、重すぎる痛みだ。やがて涙を止めて部屋を出ると、待っていた母の頬も乾いていた。

 リーレンは娘の腫れた目を見て再び泣きそうになったが、抱きしめて顔をそらし、なんとかこらえる。あまり、情けない所ばかり見せられない。

 子供達の前ではそうして強がりながら、内心かなり気落ちしているのはガゼットやセオタスには見て取れた。封印具を作るための実験が命を削ったのだから、少なからず「私が彼を殺した」という意識があるらしい。


 セオティの葬儀の直前、支度を整えて家を出たものの、途中で歩みが止まる。ガゼットと子供達には先に行ってもらい、懸命に深呼吸して気を鎮めようとするが、足が震えて踏み出せないのだった。

「あ、まだここにいたか。どうしたリーレン?」

 戻って来たガゼットの後ろにセオタスの姿をみとめると、堪えきれずにしゃがみ込んでしまう。

「大丈夫……じゃ、なさそうだな」

「いいえ……すぐに行くわ、大丈夫」

 掠れた声は嘘を語る。セオティの死に責任を感じ、ひとりで悩んでいるのはお見通しだと、事実を突きつけてしまうべきか。ガゼットが少し迷う間に、セオタスは彼女と目線を合わせてきっぱりと言い放った。

「嘘をつくな。君は自分のせいでセオティが死んだと思っている」

 リーレンには取り繕う余裕が、セオタスには歯に衣を着せる余裕がない。銀色の目から逃げる長い睫毛が震えているのを見て、セオタスは奥歯をぎり、と鳴らした。

「いいかい、あいつは自分の意思で道を選んだ。歩みきった!」

 腕を掴んでリーレンを強引に立ち上がらせる。その様子をガゼットは黙って見ていた。幼馴染の間でしか通じない気持ちが、きっとある。

「なのに君が責任を抱え込むのか? そうやって、あいつの心まで殺さないでくれ!」

 普段は温厚なセオタスの叫びが胸を抉る。

(ああ、今の私を見たら……セオティも、こうして怒るでしょうね)

 ひと筋、流れた涙を手の甲で拭い、リーレンは自らの足でしっかり地面を踏みしめた。

「そんなつもりじゃない。必ず、皆で作った道を……前を向くから。それだけは約束するから、時間をもらえる?」

 学長として、また母親として。封印士の中でも頂点の力があるために、未だ背負うものが多い。肉親を失った者を前に言い訳をしたくはないが、リーレンは現実を受け入れる準備ができていなかった。ガゼットが支えてなお、そうなのだ。セオタスも頭の中ではわかっている。声に出す事で落ち着きを取り戻し、苦い顔で強く瞬きをして、リーレンの腕を放した。

「ああ……悪かったな、取り乱して。でも頼むから、いつまでも泣いてはいないでくれよ」

「ええ」

 そうして、やっと葬儀に向かった母よりも毅然とした顔つきで、クリシェはじっと棺を見た。目からは大粒の涙が溢れているが、決意の眼差しは変わらない。

(さよならじゃないもん。目標に届けば、それはセオティ兄さんが見たかった景色。きっと一緒にいる感じがする)

 小さな背中は、知らず知らずのうちにリーレンを奮い立たせていた。

 封印士、セオティ・リバティベル。享年は二十五。春が匂い始めた、まだ寒い季節のことだった。

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