③
封印術を補助するための道具──封印具の開発は、すぐに始められた。下界の術に関する技術はコンスリンクトにしかないため、やはり神界からの協力が必要だ。そこで、神殿を通して技術のある神を派遣してもらった。ちょうどいい時期に、麓の町ケケアにフィエネが来て伝言を頼めたのがよかった。
生徒に意見を募って、術をイメージしやすいモチーフで道具を作ってもらう。魔術と同じく杖状のものや鍵を模したもの、穴に蓋をするイメージということで円盤状のものも用意された。いずれも小さな輪状の突起があり、そこにもうひとつの道具を取り付けるのだ。
「……それにしても、町の地下にこんな場所があったなんて。降りても信じられないな」
並べられた道具よりも、周囲をきょろきょろ見回してセオタスが感想を漏らした。
ここは、タナンテスクの家から近い町外れ。最近、地面が陥没して見つかった地下遺跡の中だ。というのは表向きで、実はクルクヌが遊びに来て、いたずらに創っていった場所だった。古びて見えるが強度は信頼していい。
「兄ちゃん、緊張してるの? 急に話そらしてさ」
「当たり前だろ! お前は呑気すぎる……気をつけろよ」
「わかってる」
セオティは口元に笑みを残しつつ表情を引き締めて、道具を並べた台の向こうに立つリーレンを見つめた。彼女とともに後ろに控えるガゼットも頷き、実験が始まる。
「では、改めて説明するわ。これらの封印具は、術の制御を助けるものの、試作品。ある程度以上の出力が出ないようになるはず。それを確かめるには、道具が許す出力以上の力で、封印術を扱ってみる必要がある」
皆が話に付いて来ているのを確認し、リーレンはひと呼吸置く。
「これには、術が制御能力を越える危険があるわ。試作品の性能が向上すれば、それだけ大きな力で挑まなくてはならない。今回は大丈夫だとは思うけれど……油断はしないで」
「うん」
セオティは神妙な面持ちで封印具に目を落とす。色々と使ってみて、術をイメージしやすい物を選ぶのだ。いずれ彼の最大限の力を上回る封印具を試す時は、術を増幅する道具を使うことになる。輪状の突起はそれを取り付けるものだった。
道具の開発者とリーレンが見守り、セオティが術を使ってみる。その間、セオタスとガゼットは周囲の警戒にあたった。創られた遺跡とはいえ、不純物がいるのだ。
セオティの力を下回る試作品は、いくつか壊れた。彼が使いやすいのは鍵型で、新たな試作品は種類を減らし、その形に絞られて行った。自然と、普段の授業でリーレンが教える時にも「穴に鍵をかけるイメージ」という例えが増えた。
やはり、実験にセオティは適任だった。優れた制御能力から、封印具の力量を細かく感じ取ってリーレンに伝えることができる。試作を重ねるとやがて、リーレンには決して出来ない実験、暴走の制御という段階に入る。ここに到達するまで数ヶ月かかった。
そんな時、間の悪いことに穴のバランスが変わって、調整が必要になった。世界への影響が大きい穴はリーレンの封印でないと不安があるため、実験を中断して旅に出る。
「きっと、あなた達の方が早いでしょう。例の件は、私達が戻るまで待っていて」
小さい穴であれば、任せられる封印士が幾人かいる。セオティもそのひとりで、セオタスと一緒に赴く穴があった。
「うん。姉ちゃん先生が見てないと、意味がないもんね」
封印士それぞれに護衛が付いて旅立って、リーレンとガゼットが最も長い道程を行く。新たな取り組みの最中だし、少し早いが定期の報告を兼ねた旅だ。
手を振って別れた後で、ガゼットは首を傾げた。
「セオティは無茶しそうなのかい? しっかり釘を刺していたね」
「機転がきく分、心配なのよ……嫌な予感がするわ。それに、リドを置いていくのは初めてだから」
「確かに、心配事は色々あるね。いつもクーが頑張ってくれるから、帰ったらいっぱい抱っこしてやらないと」
「ええ。父さん、母さんにも頭が上がらないわ……」
早く帰ろうと頷きあって、少し足早に旅が進んだ。
リーレンが心配したのは、不在の時に生徒が術の暴走を起こした場合のこと。リーレンを真似て術の相殺を試みるか、未完成の封印具を持ち出すか。いずれもセオティが考えそうなことである。そして、成功するとは限らない。
封印や報告を済ませてコンスリンクトに着いた時、ちょうどセオタスに会った。特に心配していたような事件は起きなかったらしいが、どうも表情が暗い。何か気になり、旅を労う自宅での酒の席に、ガゼットはセオタスを誘った。程よく酔いが回ったのを見計らい、率直な問いを投げかける。
「元気がないね、弟に何かあったのか?」
「……リーレンは?」
セオタスは質問に答えず、少し周りの耳を気にした。彼女の両親も同席しているが、この話を聞かせたくないのはひとりだけらしい。
「子供達を寝かしつけているよ。そのうち戻る」
「そうか……彼女には隠すよう、言われたからね。隠したいのもある……実は、久しぶりに弟が寝込んだんだ。今はもう元気だが」
長く息をついて、言葉を続ける。目線は横に逸れて、口にするのが後ろめたいように見えた。
「僕は、実験のせいなんじゃないかと、心配してる」
「セオタス……」
もうテーブルに突っ伏してしまって表情はうかがえないが、掠れた声が彼の心中を物語っている。こんな事を言いたくないが、他に疑う当てもない。
「封印士を目指してからは、あいつ、本当に元気だったんだ。病弱なのを、忘れるくらいに……強くなったって、喜んでたのに」
「自分の言ったこと、わかっているかい?」
小さく、だが鋭くガゼットは言う。弟が実験台になることを許した己を悔いるのかという問いだった。普通より体に負荷がかかる可能性、それが寿命を削るかもしれないということを、理解していただろうと。
「辞めるなら、今だよ」
義母はそっと食卓の片付けを始め、義父は煙草を吸うために窓際へと歩いていった。続けるか、辞めるか、意見を選ぶのはセオタスだ。
「はあ、今もって選択肢があると思えるのか。君は、ほんとうに、前向きな奴だよな」
手探りでグラスをつかみ、一気に顔を上げて中身をあおる。
「飲んだせいかな、喋り過ぎた。僕にはもう、選択肢はない……気の緩んだ、ただの愚痴だよ」
自嘲的な笑みが痛々しい。
「セオティは誰かの役に立ちたいって、それだけで、ここまでやってきた。あいつが続けると言うなら、どこまでも応援するさ」
「命を削っても?」
「ああ。君達が共に背負ってくれるから、僕も覚悟ができたんだ」
ごちそうさまと席を立ち、セオタスは帰途につく。見送りに出たガゼットは、友の背に何を言うか、しばし迷った。
「……また、飲もう。愚痴だって聞くし、俺も言うよ」
「ありがとう。弟ももうすぐ飲める年だ、いずれは、皆で」
ガゼット達が話している間、リーレンは子供達を寝かしつけていた。皆が眠ったと思った矢先、長女のクリシェが母を呼び止める。もしかしたら、眠れていなかったのかもしれない。
「クー、どうしたの?」
傍に行くと起き上がって両腕を伸ばす。珍しく、抱っこのおねだりだ。リーレンはふわりと娘を抱きしめた。
「あのね」
声色で、真剣な話をするのがわかった。ゆっくり、父親似の髪をなでながら耳を傾ける。
「とうさんと、かあさんは、どこに行ってきたの?」
「いろんな所よ。古い友人に会ってきたの」
封印や穴の話は難しいと思い、いつもこういう風に話していた。
「会っただけ?」
まわった国々のことを聞きたがるのが常だが、今晩は何かが違う。リーレンは少しだけ身を固くする。
「会っただけではないと、クリシェは思うのね」
「うん。待ってるあいだ、少しずつ、空がかるくなったの。それでね、かあさんが何かしてるようなかんじがした」
空が軽くなるたび、母親の存在を感じて淋しさが薄らいだから、しっかり留守番ができたのだという。
「やはり、わかるのね……クリシェ」
腕の力を強くして、しっかり抱きしめる母の表情は、娘から見えない。
「友人に会ったのは本当。でも、それだけではなくて、世界を守る旅をしたの。あなたにも、きっと同じ力があるわ」
「それって、セオティ兄しゃんもおなじ?」
ぱっと目を輝かせるクリシェは、大人っぽく「兄さん」と言いたいらしいが、言えていないのが可愛らしい。リーレンの頬はゆるんだ。
「同じよ。大きくなったら、母さんと、セオティと、皆と一緒に頑張りましょうか……」
「うん!」
迷いなく返事をしてから、ぽつりぽつりと話をして、やがてクリシェは眠った。思ったより早く力を自覚し、道を決めてしまった寝顔を見つめて、しばらくリーレンは物思いにふける。
(いつまでも迷ってはいられない。全ては歩み出している……事を始めた私が、遅れている場合?)
セオタスの様子を見れば、弟に何かあったのは察せられた。兄弟がどんな選択をしても、受け入れる準備だけはしていようと気持ちを奮い立たせる。これから、封印具を実用段階に近付けて行くのだ。今、育てている封印士達の術が暴走する事例はゼロではなく、相殺が遅いとあらぬものを封印して、怪我に繋がることもあった。現実問題、封印具の開発は急を要する。




