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 長女クリシェのあとに長男のフェーンド、次女のブロドリーが生まれる頃には、コンスリンクトの集会所は建て直されていた。生徒が増え、いくらか教える態勢が整ったからだ。世界中から人が集まるようになり、山の麓に町も作っている。後にケケアと名付けられるその町に移り、セオタスは楽しげに海を眺めた。この町には生徒達の宿舎もできる予定だ。封印士や護衛士の名家も、いくつかここに根を下ろす。

 末っ子がまだ赤ん坊なので、再び神界への報告にガゼットとセオタスで赴く機会があった。ガゼットの故郷に立ち寄って実家に孫の写真を届け、余った時間に町をぶらぶらしていたら、懐かしい──といっても変装している姿を見つけた。普段より随分と大人しい服装で、眼鏡をかけているが、濃いオレンジ色の髪は目立つ。

「また会ったな、本屋さん」

 ちょうどセオタスと別行動していたので、ガゼットは気軽に声をかけた。神話を中心に売り歩く本屋に扮したフィエネは歯を見せて笑い、彼の肩を叩く。

「奇遇だねえ、しばらくぶり! リーレンは一緒じゃないの?」

「ああ、末の娘がまだ小さいからね。今回はコンスリンクトにいる」

 さらりと答えながら、ガゼットは何か失念しているような気がする。フィエネに会う時は、慎重に振る舞おうと思っていたのだが。

(なぜだったかな……ま、いいか?)

 小さな違和感が心の中に残ったが、いくつか取り留めのない話をした。人通りのある道での立ち話、具体的に神界のことを言いはしなかった。

「そのうちコンスリンクトにも行ってみようと思うの。ま、本が満載の馬車じゃあ馬ちゃんが可哀想だから、どうしよっかな〜ってとこ?」

「確かにあの山は厳しいな。麓の町に来ればいいよ、最近は町らしくなってきた」

「へえ、面白そう! コンスリンクトが開かれて、ほんの数年だっていうのに……ずいぶん世界が変わったもんだ♪」

 眼鏡を隔てているせいか、フィエネの目に宿る悪戯っぽい光を、ガゼットは見逃す。別れる頃には違和感も消えていき、そのうち何の話をしたかも曖昧になっていく。用事が済んでコンスリンクトに帰るまでには、フィエネに会ったこと自体、ほとんど忘れていた。

 ガゼット達が不在のコンスリンクトでは、相変わらずセオティがよくリーレンの家を訪ねた。少年から青年に変わりつつある彼は、実の妹や弟のようにクリシェ達を可愛がった。クリシェは「お姉さん」の自覚があって我慢しがちだが、母親より甘えやすいセオティにずいぶん懐いている。

 子供達が昼寝をしている時、クリシェの寝顔を愛おしそうに見つめながら、セオティは小声で話を始めた。

「姉ちゃん先生」

 封印術から離れれば、いつも「リル姉ちゃん」と呼ぶのに。この呼び方をするということは、封印に関わる話なのだろう、リーレンは表情を引き締め、先生の顔になった。

「封印術を教えるのって、難しい?」

「そうね……私自身、教わったことがないから。教え方を今でも模索しているわ。どうしたの?」

「うん。前に、生徒みんなと一緒に実習をしたでしょ。その時に思ったんだ。ぼく達が術を使う時、いちばん緊張してるのは先生だって」

 目線を天井に移し、記憶を辿るセオティ。彼は自分の感覚と照らし合わせて、リーレンの気持ちを考えているようだ。

「もし術が使用者の制御を越えれば、力の暴走が何を起こすのか……姉ちゃん先生も知らないんだよね? 知らないって、怖いもの」

 怒らせたなら、ごめん。そんな目で見られては怒ることもできないし、言は図星だ。

 リーレンはしばし目を丸くして、小さく息をつくとセオティの頭を優しくなでた。

(この子は、知らないことの怖さを身を以て経験している。取り繕えば心配させるだけ)

 手を離すと癖の強い髪がぴょんと立ち、それを合図にリーレンは正直に話そうと決めた。

「見え透いているなら、私もまだまだね。先生なのに。仮説は立つし対処法も考えてあるけれど、上手くいくかは別の話。不安が欠片もないとは言えない」

 軽度の暴走ならこれまでにもあった。上回る出力で上書きできる術式の特性を活かし、リーレンの術で相殺することで無事に済んだ。近くにリーレンがいる時ならいいが、自主的に術の練習をしていて暴走したら止められない。かといって、授業の他で術を使わぬよう徹底して、生徒達の習熟度が上がらないのでは困る。世界の状態は、完璧な安全を確保するまで待ってはくれないのだ。

「暴走を止める練習が出来ればいいのにね。それか、アイナンカルデ様が教え方を教えに来てくれたら」

 純粋な思いつきは恐ろしくもあり、可愛らしくもあった。暴走を止める練習、などという発想に寒気が走るのを隠すように、リーレンは声を立てて笑う。

「ふふっ、確かに、アイナンカルデ様は封印術が得意というわね。でもきっと、教え方が分からないのは私とおんなじよ」

「そっかぁ、確かに。神様って長いこと生きてるもんね、術を使い始めたころなんて忘れちゃいそう……ぼくなんて、ほんの何年か前のことなのに、あのめまいの感じを忘れそうなんだ」

 同じ不調に悩まされる人に、それが封印知覚だと知らせることで、自分と同じく元気になってもらえればいい。以前のセオティはそう言っていた。

「ぼくには何が出来るだろう」

 聞こえるか聞こえないかの呟きは、よく眠っているクリシェの頬に落ちた。その安らかな表情を守りたいと思ってくれているらしい。

「あなたは、もう少しで一人前の封印士だわ。きっと世界を支える一員になる」

「わかってるよ。そうなんだけど……ぼくも、もっと何かしたいんだ。これからの封印士のために」

 セオティが見ているのは、リーレンが見るより近い未来だ。気持ちは横一線に並ばないが、通じるものはある。

「良い先輩になりそうね、セオティは」

「うん、なりたい」

 行く道の候補を示す事も出来ず、リーレンは月並みな言葉を選んだ。何か強い決意を秘めて頷く横顔に謝りたくなる。

(こんな先生で、ごめんなさいね……でも、あなたなら駆け出しの封印士を分かってあげられると思うのは、本当よ)

 出来る者には、出来ない者の気持ちが理解出来ない。理解したいと、切に願っても。どう歩み寄って教えて行くか、自分の在り方を模索するだけでリーレンは手一杯だった。

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