挿話 新月の恒星
時期的に本編のこの辺りですが、もとは外伝として後から書いたエピソードです。
あの日のことを、よく覚えている。閃くのは木剣なのだけれど、速さも鋭さも光のようで。
ガゼットがコンスリンクトに来た頃、この土地は余所者を毛嫌いしていた。神託を受けた存在だとしても、簡単に受け入れられるものではない。リーレンとともに封印士の育成に携わるにあたり、まずは人々との距離を縮めたかったらしい。武器に加えて魔術を扱い、狩猟に長けた男たちに、剣一本で実力を見せつける。荒っぽいが、最も話が早い方法だ。
多くは、魔術を使う前に制される。腕っ節に自信のある者も、ガゼットにはかすりもしない。無駄のない動きを見れば、どれほどの経験をもって剣を振るうのか分かった。
(術のためにできる、わずかな隙を狙われている。リーレンと共に旅したとはいえ、外の人間ができる芸当じゃない。神託は……本当なのか)
事実を確かめるぶんには、納得した。それでもセオタスは、ガゼットと剣を交えたい。リーレンが心に決めた人とは、どんなやつなのかを知りたかった。
「さて。他に、誰かいるかい?」
そろそろ十人は敗北している。木剣は寸止め、怪我人はなし。実力の全てを発揮せずともこの強さ。ほとんど皆の納得を勝ち取っているのに、彼はセオタスと目を合わせた。
「じゃあ……僕が」
「やあ、待っていたよ」
ガゼットは手に馴染み始めた木剣を、他のものに持ちかえる。セオタスと条件を合わせようということか。
「指名してくれても、よかったんだよ」
「今の俺は、そんな立場にないだろう」
お互い、口元には笑みがある。なのに空気が張り詰めて、観衆は息を潜めた。
剣の握りを確かめて、ふたりが静止する。長老の合図で、同時に前へと踏み出した。セオタスが振り下ろす剣を、ガゼットが受け止める。鍔が噛み合って、木肌がささくれた。ここで少し距離を取っても、術を使う時間は貰えない。セオタスはあえて、更に剣を押し付ける。
(手に込めた魔力は、俺が引いた瞬間に使うのかい?)
どうやら、純粋な腕力はセオタスの方が上だ。ガゼットは潰される前に下がるしかない。術に対応するため、相手の動きに注意する。
しかし、構え直したセオタスは、じりじりと距離を詰めてくるだけ。いつ術に変換するのか。剣を合わせても、躱しても、その手に魔力が保たれていた。
「なるほど……やり辛いね」
「お互いに」
おそらくガゼットは、無詠唱魔術をも知っている。いつ放つか分からない術を警戒させる、セオタスの作戦だ。
前の手合わせよりはガゼットの動きを鈍らせているが、紙一重で対応されている。相手に慣れたと驕らないから、剣は幾度もぶつかり合う。
(速い! 目より勘で受ける感覚だな……)
威力のある、上から叩く攻撃を封じるためだろうか。突きを中心に、ガゼットは手数を増やす。術を使う余裕を削ぐための速攻とも取れた。
二、三、剣が掠ったが、よろけることはない。多くは気を逸らす剣、隙を作ったら最後、喉あたりを狙ってくるのだろう。
(避けきれずとも動じず、か。怪我はさせたくないが、加減をしたら負けてしまうね)
魔術という第二の武器を温存しても、ここまでガゼットに付いてくる。リーレンの幼馴染みは、これまで相手取った誰より手強い。ちらつく切札は、速さで消せなかった。
一撃、わずかに競り勝って、セオタスの懐が空いた。誘われているのではないかと疑いながら、ガゼットはみぞおちへと剣を突き出す。入れば勝てる……が、
「!?」
ぞわり、首筋をなでる空気。人の気配に似たそれに反応して、前にある右足を軸に身を翻す。セオタスに背を向ける瞬間ができた。気配の正体は無。左足を出して更に半回転、剣が背中を掠めるだけで済んだ。
「風か、器用なもんだ」
「そうかい? 地味だと言われるけど」
「効率的と言ったほうがいいよ」
やっと作った互いの隙も、これで振り出し。勝敗を決めるには、怪我をさせる覚悟がいる。さあ、どう動くか。目に、剣に、足先に、注意を向ける。
「……ひとつ、提案する。次で勝負を決めないか」
銀の瞳は、まっすぐに朱を捉える。初対面で睨んだ時と違い、視界はとても明瞭だ。いかなる敵にもその腕ひとつで戦い抜いてきた剣士を、心から認めている。
「いいね、乗った。魔術も剣も君の手の内、受けて立つさ。加減はしてくれるなよ」
「当然。……長老、いま一度、合図を願えますか」
白い髭がふさりとうなずく。セオタスとガゼットが目線を交え、木剣を構えた。互いに一歩踏み込めば、切先が届く距離。
「はじめっ」
合図と共に踏み出す時、ガゼットは剣の行き先を決めていなかった。
後出しで間に合うつもりか? 喉元へと突きを繰り出しながら、セオタスは瞬間で出せるだけの光を放つ。
相手の動きを凝視していたからこそ、ガゼットの目は眩んだ。それでも、読み取った動きを信じて姿勢を低くし、前へ。すれ違いざまに剣を振り上げて、柄でセオタスの首筋を狙う。
「くっ」
地に膝をついたのは、セオタスだ。
「やっぱり……足りなかったね」
倒れてしまえれば、まだ楽だったろう。焦点を探してさまよう目には、様々な感情が浮かんでは消える。悔しさ、達成感、悲壮、そして安堵。
ちかちかする目では、それらの理由が読み取れない。ガゼットはセオタスの側まで行き、自分も地面に膝をつけた。
「なんだい、やっぱりって。本気の目眩しにしては準備が遅かったし、優しい光だったよ」
勝敗が決し、観衆はざわめく。小声の会話はふたりにしか聞こえない。
「わざわざ条件を揃えて、一回勝負にしたんだ。合図の前に術の用意をするのは、違うと思ってね……どうせなら、真っ向からやって負けたかったし」
やっとはっきり像を結ぶ目には、晴れやかな笑顔が映った。
「君になら、リーレンを任せてもいいかな。まあ、幼馴染みの戯言として聞いておいて」
とん。剣を放し、ガゼットの胸に拳を当てる。手のひらに爪が食い込むほど、固く握った拳だった。




