③
長老とリーレン達との話がずいぶん長くなった頃、集会所の外には幾人かの町人が来ていた。他の多数は使節の様子を見張っていて、どうしても話が気になる者が壁に耳を当てている。
「ねえ兄ちゃん、あんまり聞こえないよ……本当にリル姉ちゃんが帰って来たの?」
十代の半ばに届くだろうかという年頃の、華奢な少年が口を尖らせる。目線は後ろにいるセオタスに向き、彼の溜め息を誘った。
「うん、この目で見たからな。話が終わるまで待つしかないよ、盗み聞きなんて趣味が悪いぞ」
諭すように頭をなでる手が離れると、少年の髪はぴょこんと跳ねる。セオタスの落ち着いたそれとは髪質が異なるが、色は同じ水色だ。二人は年の離れた兄弟であった。
「気になるから、兄ちゃんもここにいるんじゃない。何か、ぴりぴりしてるし」
「セオティ、半分はお前が原因だぞ。まためまいを起こして、変な所で動けなくなったら大変だろう」
「そりゃ、川に落ちるのは二度とごめんだけど。このところ調子いいし、もう治ったんじゃないかなあ?」
そう言って歩き回って、ついには川に落ちたんだよな──兄が無言で責めると、弟の笑い顔は引きつった。
「あー……わかったよ、目が届かない所へは行かないよ」
しょんぼりする様子を見ると、もっと自由にしてやりたいと思う。しかし、原因不明のめまいでしばしば倒れるから放っておけない。最近はめまいが減って動き回るので、尚のこと心配だ。
(あの赤毛の男は誰なんだろう。リーレンは心に決めた人がいると言っていた……彼が?)
気になることはひとつではなく、セオタスの表情は険しい。あまり兄に迷惑をかけたくないから、セオティは集会所の扉が開くまで大人しく待っていた。
話がひと段落するまでに、すっかり日が暮れていた。長老達を完全に納得させることは出来なかったが、即刻コンスリンクトを追い出される事態は免れた。神殿からの使節を含め、リーレンとガゼットも集会所に泊まることになる。
「帰りたいのは山々だけれど、仕方ないわ」
もう一度、娘の顔を見たくて訪れた両親と抱擁して、リーレンは微笑んだ。大丈夫、きっと長老にもわかってもらえる。
「あっ、リル姉ちゃん! おかえりなさい!」
無邪気な少年は、しばし再会を喜ぶ家族のもとへ駆け寄った。娘に懐いている子供に対して、両親も嫌な顔はしない。
「セオティ? 少し見違えたわ、今日は体調がいいみたいね」
「へへ、リル姉ちゃんが帰ってきたからかな?」
そんなやりとりを邪魔するまいと、ガゼットは少し離れていた。すると何やら目線を感じ、少年とリーレンの向こうに目をやる。同じように彼らと距離をとって立つ青年は、髪色や眉の形が少年とよく似ていた。
(集会所に入る前、俺を睨んだのは……彼か)
目が合うと青年のほうから逸らしたので、話をすることはなかった。あとでリーレンに聞いてみると、幼馴染みなのだという。
「子供時代を共有した……という感覚とは、違うけれど。長年の友人よ。セオタスと、さっきのセオティは年が離れた兄弟ね」
精神的に、リーレンには人間としての子供時代がない。それでも共に過ごした時間が長ければ、並以上の友人であろう。転生前のひとときと、再会してからのわずかな時間しか共にいないから、ガゼットはその差が気になる。
「なんだか、兄貴のほうには睨まれてしまったね。やはり余所者が気に食わないかな」
「そういう町だもの。でも、これからはそうもいかない」
リーレンは生真面目に、コンスリンクトの行方を考えていた。ガゼットが言葉へ含ませたものに気付かないので、鈍感さに笑いがこみ上げて来た。
「はは、遠回しだったようだね、悪い。俺はね、セオタスに睨まれた理由が知りたかったんだ」
ぐいと顔を近付けても、リーレンは瞬間、きょとんとしていた。言われた意味を理解するとともに、薄く頬を染める。
「彼、私のことを好いていたらしいの。外への憧れが、私の旅に向かう意思と妙に重なってしまったのね……セオタスとは、一緒に行けないと言ったのに」
「どうも、彼は君に未練がありそうだよ」
当人は気付いているのかどうか、ガゼットは時々焼きもちを焼く。こうも明らかにセオタスを意識しているとなれば、さすがのリーレンにも嫉妬心が見えた。嬉しさと恥ずかしさが入り交じった気持ちは、合わせる目線で通じるだろう。
「そうだとしても、私にとって一番に特別なのはガゼットだわ」
これを聞いてしばしの後に顔を真っ赤にして、ガゼットは片手で顔を覆う。
「リーレンは……ときに、なんだろう、驚くほど真っ直ぐだよね」
しどろもどろになるのは仰々しい態度に思えて、リーレンは首を傾げた。
「洒落た言い回しなんて思いつかないもの、正直に言うしかないでしょう?」
「それなら、俺もたまにはそうしよう。うっかり攫われては敵わないからね」
顔を覆う手を離したガゼットに、改めて見つめられ、リーレンは息をのむ。彼に真っ直ぐな気持ちを向けられると、きっと誰も動けないのだ。部屋に二人きりとはいえ、集会所の別部屋にいる使節達に会話が聞こえはしないかと、リーレンは一瞬だけ場違いなことを考えた。
ガゼットがリーレンの手を取る。それで、彼の声だけに意識が吸い込まれた。
「これからの生涯を俺と共に歩むこと、約束してくれるかい?」
「もちろん」
そっとガゼットの手を握り返し、リーレンは微笑んだ。
「あなたとなら、どこまでも行けるわ」
心の中では、既に誓い合っていた。言葉が更に気持ちを固め、未来が確かになる。
二人は、手を取り合って歩いて行く。この人生の結末まで。




