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 テイタテイトとラナンキュラスの間に位置する、自由国境地帯。その山間には神殿があり、信仰の中心として機能してきた。

 リーレンとガゼットは、神殿の付近の穴を通って下界に降りることになっている。比較的小さく安定した穴は、世界の様子を現す指標として、神官が見張っているものだ。実際のところ、この穴ひとつで世界の状況は知れないが、彼らが降り立つ地には適していた。

「なんだか、演出ずくめで気が引けるわ」

 出発を控えた晩、リーレンは溜め息をついた。

「確かに、作り物の後光を背負うのは滑稽だよな」

 ガゼットも苦笑いする。きっと主神は今頃、神殿の者達の夢枕に立ち、使命を負った人間が降り立つことを予言している。神殿とコンスリンクトで円滑に協力関係を結ぶため、幾人かの下級神を下界に派遣することも決まっていた。

「人間の寿命で足りるかと考えたら、手段は選べないものね」

 いつかと同じ様に、リーレンはしっかりと指を組む。神へ祈るのではなく、困難に立ち向かうことを自分に約束した。ガゼットが正面に来て、その手を両手で包む。

「大丈夫さ、焦らずにやろう」

「……ええ」

 もうひとりで背負う世界ではないから、頑張れる。リーレンが深く頷くのを、望遠鏡越しにフィエネが見ていた。

「ほうほう、思った以上に仲良しだね〜」

にやりと笑って、伸縮する望遠鏡を片付ける。彼らが「人間として」世界に向き合おうとするのが興味深いと思って、頭の中にメモをした。

「しかし、気付いてるかな? 中堅神がひとり、足りないこと。末代まで呪われないといいねぇ」

二人に聞こえるはずもない遠くで呟いて、フィエネは夜の闇に消えた。


 リーレンとガゼットの帰還により、下界の住人は初めて世界の不安定を知った。神殿から各地へ、神界が肥大化している現状や、それを感じ取ることの出来る存在、調整するための力のことを報せ回る使者が派遣された。封印術で穴を管理する都合上、導管知覚はこの時から封印知覚と名を改める。

「人間も世界を支える一員となる時代が来る。始まりの地はコンスリンクトだ」

 その地名は人喰いの山を指している。人々はやがて、コンスリンクトはこの時代のために閉ざされていたのだと解釈した。フィエネが主導して噂を流すなど、神界がそう仕向けたのは言うまでもない。

 最も難しいと思われたのは、コンスリンクトを解放することだ。国同士の諍いに、戦力として魔術を悪用されてはならない──町を閉ざす信念は堅く、長い年月をかけて住人に浸透していた。

(神界からの協力があるとはいえ……話を聞いてもらえるかしら)

 ガゼットと神殿の使節を伴って行くから、町に入るなり総攻撃されることもあり得る。外の人間を、生きて帰す習慣はない。魔術師達にも、何らかの方法で世界の状況は伝わっているはずだ。お告げのようなそれを具体的にし、国よりも大きな共同体で危機に立ち向かわねばならないと説き伏せる。リーレンにしかできないことだった。

「油断しないのはいいことだけどね。もう少し気楽に行こう、固くなっていると判断が鈍るよ」

「ええ……そうね」

 優しく肩に手を置くガゼットに、リーレンが頷く。それから二人は、少し頭上の空気の動きを気にした。

 山の麓まで来た時、リーレン達は一度足を止める。これを登るには、中腹の洞窟で守護者を倒して行かなくてはならない。フィエネが考案し、クルクヌの手を借りる演出で道を拓く手はずになっていた。

(クルクヌ、頼んだわ)

 普段は武器としている棒で地面を突くのが、クルクヌへの合図になった。彼は浮遊の術でリーレン達に着いて来ている。光を操るのが得意な部下を連れており、使節からは姿を隠していた。足音も姿もない者が術を公使し、これまで無かった山道を目の前に形作る。無から有を生み出す創造の術なら、大地を操る魔術より素早くできるのだ。神殿の使節からすれば、夢を見ているような光景だ。リーレンとガゼットは、彼らを導くかのような山道を、できた先から登って行く。使節があとに続き、どんどんコンスリンクトに近付いた。

 岩場や急傾斜が、難なく歩ける道となって町に迫っている。町人は地形が変化する振動を感じて多くが外に出て来ていた。これまでと違う方向からの侵入者について何か思い当たるのだろう、武器や魔術の準備をして待ち構えるに留まった。

 この町には決まった出入り口がない。ただの人家の間、岩場だった所が、崩れるでもなく切り開かれて勝手に口を開ける。

(天啓が山を割り、この地は外と繋がる。新たな時代の幕が上がる。始まりの娘が帰る時だ)

 人の足音が登ってくるのを聞きながら、幾人かは同じ言葉を頭に浮かべた。特に魔力が強い者は、今朝方の夢に神を見ていたのだ。

 長い茶色の髪が、風になびいていた。姿を消した時にはなかった髪飾りを着けているが、間違いなく彼女だ。隣には赤毛の剣士を、後ろにはどこかからの使者であろう、揃いの装束を数名連れている。

「リーレン……生きて……いたのか」

 掠れた声で呟き、最初に武器を下ろしたのはリーレンの父親だった。町は静まり返り、リーレンは皆に向かって深く頭を下げた。

「本当に、本当にリーレンなの?」

 母親が沈黙を破り、娘に駆け寄る。存在を確かめるように両肩をなでる指は、旅に出る前より細く骨張ったような感触だと思う。

「そう、リーレンよ。帰ってきたのよ」

 胸が締め付けられる感じがして、リーレンは痩せた母親に抱きついた。目的があってのこととはいえ、随分と心配をかけてしまった。

「ただいま、と……言ってもいい?」

 少し涙声になった言葉を聞き、ガゼットはしみじみ、リーレンの故郷はここなのだと感じた。隣の赤毛男に気を取られず、父親が娘と妻を抱きしめたから、尚更だ。

 リーレンの両親は揃って「おかえり」と言いかけたが、離れて様子を見ていた長老が家族の再会を遮る。

「待て、タナンテスク。我々が見た夢の通りならば、余所者を町に入れる前に、リーレンに聞く事があるだろう。世界の揺らぎとは……新たな時代とは、何だ」

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