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 リーレンとガゼット、もといアイナンカルデとヤヌクスが、神界に来ているという事実を知るのは、高位神と準高位神だけだ。人間に堕ちて間もない者が、記憶を持ったままで戻って来たと知れたら騒ぎになる。連日、頭を捻って話し合いを重ねてばかりということもあるが、二人は元いた地区や思い出の広場には立ち寄れなかった。

 それでも、リーレンはわずかに空いた時間を使い、フィエネを訪ねていた。正確に言うと、お茶でも飲もうとフィエネの自室に連れて行かれたのだが。

「時間があれば、ぜひ話したいと思っていたけれど……あなた、強引ね」

 紙とインクの匂いが充満した部屋に、茶と焼き菓子の香が混じる。使い込んだ机にとどまらず、来客用らしきテーブルにも紙が積んである。思いつきをメモしたような殴り書きの山だ。そのせいでお茶のセットはテーブルの半分にしか置けず、必然的にリーレンとフィエネが座るのは話しやすい斜め向かいになった。

「だって忙しそうなんだもん、人さらいでもしないと話せやしないでしょ?」

「まあ、私も話したかったからいいわ。下界で随分と面白い本を見つけたのよ」

 カップに口をつける前に、リーレンはフィエネの目を見た。

「エンニフ、と呼んだ方がいいかしら。あなた、どういうつもり?」

 下界で手に取った裏神話という本には、ヤヌクスとアイナンカルデの恋物語が描かれていた。事実と重なり過ぎる筋書き。大穴を封印し、世界の状況を神界に伝える旅には直接関係なかったものの、あの本はリーレンの心を乱した。文句のひとつも言いたい所だ。

 裏神話が自身の作だと知れたことに驚くでもなく、フィエネは歌う様に答えた。

「何のつもりもないさぁ! あんなシナリオ、私も思いつかなかったもんだから、つい♪」

 シュガーポットから二、三個の角砂糖を取って茶に落とし、スプーンでかき回しながらニヤニヤしている。文芸神は昔から、何を考えているのか読み取れない。

「それよりさ、人間になるってどんな感じ? 神族と見た目は大差ないけど、何か違うの? 素手で握手しても何ともないんでしょ?」

「ちょっと、矢継ぎ早に聞かないでちょうだい。いっぺんに答えられないわ」

 これで悪気がないから困る。リーレンは溜め息をついた。フィエネが面白がって裏神話を書いたというのは、おおむね本当だろう。ただ、質問が続くと身構える。フィエネは言霊の術を持っており、全く無関係な話の中でも、いつの間にか欲しい答えを手に入れるのだ。言葉の裏にどんな質問を織り込んだかは術者のみが知る所だが、術を使っているかどうかは感じ取れた。

(何を知りたいの? 裏神話に欠損させた、結末のこと……それとも、封印の仕組み作りを託されると想像していたか?)

 人間に対して言霊の術を使う実験、という線もあり得る。そして、今でもリーレンの魔力がフィエネを上回っているのなら、余計なことを知られずに済む。リーレンは努めて落ち着いて、自信を持ってフィエネと接することにした。

 こうして、ときに懐かしい面々と話す機会を持ちつつ、これから世界を保って行く仕組みを作る方法が形になる。事を始める場所は、人間に封印術を教えやすいコンスリンクトに決まった。魔術師の町ならば、術を使える可能性が高い。リーレンとガゼットは神託を受けた人間として、前世が神であったことは伏せる。神話と現実が食い違うと、人間界に混乱を生むおそれがあるためだ。

「私はアイナンカルデであった者。今はリーレンであり、かつてから変わらずに私で在る……そう考えています。どうかこの先は人間として、リーレンと呼んで欲しい」

「同感だな、俺ももう人間だ。お互いに切り替えていかないと、ややこしくなる」

 神々への願いは受け入れられ、封印士と護衛士が世界を背負う時代の幕開けに、リーレン・タナンテスクとガゼット・ワースの名が刻まれた。

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