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 封印を施す間、襲ってくる不純物に対抗する護衛が必要だということや、それには各地の冒険者を雇う方法も考えられること、世界の状況を下界全体に知らしめる必要があることなどを議論し、長い謁見は終わった。とっぷりと日が暮れて、リーレン達は城内の部屋を寝床にあてがわれた。

 ガゼットはなんとなく目が冴えて、深夜に城内をぶらぶらしていた。かつて治めた北地区に顔を出してみようとも思ったが、誰かに会えば混乱を招くだろう。今は、ヤヌクスと呼ばれたくない。

 よく磨かれて艶のある石の廊下に裸足で立ち、窓から星を眺める。足の裏から伝わる冷たさが、現実として体に染み込んできた。

(下界に生まれなおして、こうしてまた神界に来るとはね。そのうえ、下界に帰ることを考える、なんて想像していなかった)

 随分と面白い人生だ。笑みの浮かんだ横顔に、小さな足音が響いてくる。音の方を見ると、肩掛けを羽織ったネーブルサニアの姿があった。

「あら、眠れないの?」

「お互いに。喋り足りないことでもあるのかい?」

 月光に照らされ、もとより白い肌が際立って見える主神の妻は、その知的な外見に反してお茶目な面を持つことを、ガゼットは知っていた。夫に隠れて、クルクヌと一緒になって悪戯を仕掛けたこともあり、かつての自由神はそれに引っかかったのだ。

「相変わらず、彼の隣では大人しいんだね」

「ほんの二十年で千年の態度が変わるものですか。世界は変革の時代にあるけれど、だからこそ、変えてはならないこともあるわ」

 知識を司る女神は数えきれない蔵書を持ち、蓄える知識も相応に多いのだが、何か悩みを抱えている様子だ。

(物事を解決する手だてを、幾つも知っていそうなのに)

 ガゼットが空を眺める隣の窓の前に立つ、ネーブルサニアの目線は低い。いつも着けている髪留めがないので、短い髪でも横顔が隠れている。

「変えてはならないこと、か」

 神から堕ちて、人間として歩いてみて、自分の生き方は変わらないとガゼットは思っていた。このままでもいいし、変化してもいい。彼と違って、ネーブルサニアの言い方は、現状に不満があると訴えているように聞こえた。

「それは、世界のためにかい?」

 薄水色の髪に刺さる目線に振り向かず、ネーブルサニアは首を横に振った。

「いいえ、誰かのために」

 肩掛けをぎゅっと握って、答えた声は小さい。誰かとは、何者か。星を見ながらガゼットが考えるうちに、ネーブルサニアは話題を切り替えた。

「……ねえ、ガゼット。折角だから、私も聞いていいかしら?」

「なんだい?」

 謁見の時には、新たな名前を聞かれたきりだった。こうして改めて呼ばれると、なんだかこそばゆい。ガゼットの口元は緩んだ。

「リーレンのことを、愛しているの?」

 悪戯っぽい笑みを、月が照らしていた。しかし、真っ直ぐな目は心から答えを知りたいと言っている。

「……そうだね、俺は」

 かつて好奇心で近付いた彼女を、今では支えたいと思っている。リーレンと共にした旅が、今までで一番面白い。きっとこれからもそうだと、ガゼットは深く頷いた。

「リーレンを愛しているよ」

 共に歩むなら彼女がいい。ガゼットの目的地は、リーレンの隣なのだ。

「よかった。どうか、幸せにね……これから色々と大変だろうけど、あなた達なら乗り越えられるわ」

 穴を調整して世界を保つ仕組みづくりのため、しばらくは話し合いが続く。その結果を実行に移す大仕事がある。今まで以上の荷物を、リーレンと共に負っていくことになるのは明白だ。

「ああ、頑張るよ。ところで、君は、彼を愛しているのかい?」

 恐らくネーブルサニアは、聞き返されたくてこの話題を出したわけではない。それでも口から出てしまうガゼットだった。主神夫妻は、ずっと神界を背負ってきた。その関係性に興味がある。

「うーん……」

 月を見上げてから目線を落とし、ネーブルサニアは「そうねぇ」と軽い調子で答えた。選んだ言葉は肯定だが、なんだか態度は曖昧だ。

「ふうん、そういうものか」

「失礼ね、拍子抜けしたでしょう。あなたと違って、だいたい皆この手の話は照れちゃうのよ」

 照れたようには見えないね、と言うのは心の中に留めて、ガゼットは寝床へ戻ることにした。

 おやすみと挨拶を交わして、彼があてがわれた部屋に入った後、少しの間ネーブルサニアは廊下にいた。外を見るともなく見て、自分を抱きしめるように肩掛けの中で身を縮める。まだ、眠れそうにない。今度は背筋を伸ばして、蔵書が山とある知識の塔へと歩き出した。

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